P.026 星を背負う丑三つ時
〈先代と星谷梨子〉
「思い出の景色?」
「あぁ。いや、ちょっと誇張が過ぎたかな。」
再び歩き出して、俺の右斜め前を陣取る部長は、嘲笑にも似た感傷的な顔つきをちらつかせる。
「昔、といってもちょうど2年前のことだけれどね。私が1年生だったころ、今こうしているようにそうた……当時の部長に誘われたんだ。ちょっと歩かないか、見せたい景色がある、って。」
「そう、なんですか。」
部長の自分語りが始まったようだった。
だが、世間一般の自分語りと違うことは、ぜひとも聞きたいエピソードであるということだ。つかみどころの少ない部長の自伝には、正直興味が大いに湧いている。星谷梨子という人間の素顔に、好奇心が強まっているからだろう。
「その部長には……散々振り回された。国語主席スカウトという名目の拉致被害に遭わされたり、気づいてくれなかったり……いや、そうだな。拉致が最悪だった。」
懐かしむような部長は、なぜか途中言葉に詰まった。だが、それよりも言いたいことがある。
「あ、部長も国語トップでスカウトだったんですか。というか、それだったら大きい大きいブーメランが部長に刺さりますよ。」
「失礼な。私は君に非人道的な担ぎ上げなどしていないだろう?」
「非人道的な担ぎ上げって何ですか恐ろしい……ハハッ」
単語のコンビネーションが不可解で身震いする思いもあるが、それ以上に可笑しくて、堪えきれず吹き出してしまう。かつて被害者の部長も、俺の笑いに誘発されて微笑を放っている。さっきまでの嘲笑ではない。
そんな微笑の少女は、瞬く間に真剣な表情を取り戻した。
「でも、いざというときには本当に頼りになる人だった。後輩たちにとても親身になってくれたからね。合宿で夜歩きに誘われたのも、その非人道的な担ぎ上げへのちょっとした謝罪、罪滅ぼしを込めたものだった。振り回されたけれど、ちっとも嫌じゃなかったな……」
なんともしおらしい。こんな部長の様子は、いつだったか、生徒会長だった人間にずたぼろにされて自信過少になっていたときのようだ。
まさか。ある種電撃のような予感が身体中を駆け巡った。
「なぁ、梨子さん。…………また自信を無くしているん、ですか。」
相手にショックを残すには、相手の思いもしないことをすることが大切だ。数分前した名前呼び。初挑戦の『なぁ』。深夜テンションなどではない、まっすぐな呼びかけと視線で部長―梨子さんを揺さぶってみる。
「え、え。は、はぁ。」
効果覿面。ショックというより、引いているようにも見えるがあえて気にしない。
「まぁ、否定することはできない。最近その部長のことを思い返すことがあって、私はただただ振り回すだけの存在になっていないのだろうか。そんなことを、考えてね……」
やはり自信過少に陥っていたようだった。無論、気持ちは理解できないものではない。先代と比較して苦悩する次代は、往々にして存在する。
だが部長は、自分自身というものを最も心得ていない。自己分析が甚だ下手くそだ。
それを、分からせるとしよう。
「俺はですね、部長。貴女の志としている先代部長に会ったことも無ければ為人の完全形も知らない。だが、貴女の話を聞くだけならば……先代と星谷先輩は、全く同じですよ。」
「…………えっ?」
豆鉄砲を食らった鳩とはこのことなのかと思う。でもそんな反応は的外れだ。
星谷部長にとって、その先代は特別な意味を持っているのだろう。ひとりの文芸部員として、みんなをまとめ上げる存在として。けれどその特別を、部長はすでに掴み取っている。
「今さらうだうだ詳説するつもりはありませんよ。ただひとつ、少なくとも俺が入ってから3か月の部長自身を深く、客観的に、省みてください。部長は志に、すでに辿り着いているはずですよ。」
気恥ずかしくないと言えば、ウソになる。じじくさいという点では部長も大概。だけれど、それ以上に昔気質な説教を浴びせかける自分が痛々しい。我に返って、横にいる部長から顔をそらす。
部長も、それ以上は何か問うことをしてこなかった。俺の言う通り、自省してくれているのだろうか。
その中で、一言だけ聞こえた。
「まったく、そっくりだ………」
何を意図した一言なのかはわからない。ただ声は限りなく穏やかで、優しくて。でも揺るぎなくて。
これまでの自分の姿をあるがまま咀嚼している。そう考えた。だから俺はそんな一言に、いつの間にか底知れない安心感を抱いていた。
〈きらめく気持ち〉
ようやく、部長の言う『思い出の景色』を拝むことができる場所に辿り着いた。歩いてきたむさ苦しいほどの林道が噓のように視界が開けた場所に足をつけている。
「おぉ…………!」
「すごいだろう?写真を見ているような煌びやかさ、本当に圧巻だ。」
俺も部長も夜空を仰いで感動に浸っている。
満天の星空とはよく言うが、その最たる例がこの夜空だ。迷いなく断言できるくらいには綺麗だ。退屈……ということもないが、日常が闊歩する街に比べて大気の澄み渡り具合はとびきりで、余計な明かりも排されている。星見にはうってつけな状況である。
そんな最高な環境であるにも関わらず、ひとつ問題を抱えている。俺が。
「えっと……夏の大三角ですよねアレ。シリウス……で、プロキオン…………」
星座や著名な恒星に疎すぎることだ。
見上げればすぐに三角形になる点を捉えられる。なぞればそれがかの有名な『夏の大三角』であることは、まぁ容易に理解できる。だが、それぞれの星を見て目を回しても名は容易に思い浮かばない。つまるところ、星についてほとんど知らないのだ。
そんな俺の様を見兼ねてか、部長がガイドを敷いたのだったが……
「ははは、それじゃあ季節が真逆だよ。正しくはね」
「ちょっ、部長?」
どうやら俺が唱えていたのは冬の大三角だったようで、無邪気に笑って近寄ってきた部長が夏の大三角を解説する。
最上部がベガ。
左側はデネブ。
右側はアルタイル。
なるほど、と感じた。間違って記憶していたから、それを修正できてよかった。部長は部長で愉快であるようだしで、ウィンウィンな場面である。
平和的に時間が流れていくのに、反射的に驚愕の声をあげてしまう。理由は至極単純。
―――距離感がバグっとうよ?
部長は俺からの見やすさに配慮してくれているのだろうが、密着しすぎだ。二の腕を張り付けながら、もう片方の手で俺がしたように三角形をなぞっている。
無論、初心な男子高校生はそのような状況に遭遇すると集中できるわけもなく、指の走る様子は頭に入らない。上よりも、およそ頭一個分の身長差がある部長の横顔をまじまじと見つめてしまう。家族よ、こんな情けない息子・兄をどうにかしてくれ。
そんな自分に嫌気が差してきて。
「部長、星が好きなんですね。星谷さん、だからですかね。」
後ろに半歩引き下がって、その上で適度にからかってみたり。つい十数分前にからかったらものの見事にカウンターを吹っ掛けかけられたが、それでも密着の状況を脱したくてなりふり構っていられなかった。切り抜け方のバリエーションを学べ、というものだ。
「あぁ、星谷さんのことは先代の部長にも言われたよ。でも特段そういうわけじゃない。まったく、バイアスも甚だしいぞ。」
「それはまぁそうですね……」
説明中だった部長は半歩後ろの俺に視線を遣る。またもや不機嫌になってしまったかと肝が冷えたが、さっきまでと違って元から表情は清々しい。本気で怒っていることも、からかい返そうという魂胆のいずれも持ち合わせていないらしい。
「それに、星が好きなんじゃなくて、星を含めたこの景色が好きなんだ。ソウタロウさんからもらったこの景色が、ね。」
「ソウタロウさんというのは例の先代?」
「そう。自分にとって特別な人から教えてもらったことほど、印象深いものはない、からね…………」
「ほう……?」
先代―ソウタロウさんという人との思い出をたどる星谷部長は、次第に力を無くしていった。物憂げで儚げな雰囲気を纏っていった。
その理由を、俺は知らない。否。正確には、知りたくない。
なぜなのか。
力を無くしていったのは、ちょうど『特別な人』と口にしたあたりからだった。この場合『特別な人』は聡太朗さんという人にあたる。
特別な人。それがどう特別なのか、一義的に解釈するのは困難だ。あり得ると考えられるのは、文芸部で部長を務めていく上での志、目標。そう考えるのが適当なのかもしれない。
だが、仮にそうであるならば『特別な人』と婉曲せずにはっきりと言えばいい。俺の知る部長は屈託なくモノを申す人間であると心得ている。つまり………………その言葉にはまた別の意図が込められているのだ。
そして、その別の意図というものは容易に想像がつく。一般に知れ渡っている概念であろうから。
―――好きな人、愛している人
部長の力なく物憂げな雰囲気。それは裏を返せば、部長を実に麗しい女性に変化させている。不敬を承知で、体格は高校3年生の平均には届いていないだろうと思われるくらいには歳不相応な見た目であるのに……正直、美しい。
『特別な人』という部長が何気なく放ったであろう言葉と、現在進行形で眼前に醸されている女性らしい美しさ。それらをリンクさせれば……特別の意味するところが『恋情』と考えられることはいたって自然だろう。
「まぁ、そうかもしれませんね。誘っていただいてありがとうございました。」
「……あぁ。」
だが、真実を問い詰めはしない。
他人のセンシティブな心理に土足で入り込むのは性に合わない。
そもそも他人の恋愛事情など積極的に聞き入れたくもない。
部長の変化の理由を知りたくないのは、それらのこともあるからだ。だけれど、俺の勝手でしかない、わがままな思惑もある。むしろそれが最も俺の心理を抑制している。
今はまだ、そうじゃないという実感があるが、いずれ俺にも星谷部長をどうしようもなく特別だと思う日が来る。ある種対抗心にも似た、不透明でも淡い思惑である………………
「………………昼間、作品のことをはぐらかしてしまったね。」
「え?あ………………はい、確かに。」
気を抜いているところへ、部長は口を開いて言った。素っ気ない応答しかできない。
「完成してから見てほしいと言ったが、あれは嘘。本当はまだ、一文字も書けていない。最後の作品だと思うとなんとなく指先が重く感じてね。」
そう言い放った瞬間、またもや散り散りだった点と点が結ばれるような感覚を覚えた。見せたくなさそうにパソコンの画面を伏せたのは、そして開いた掌の指先を注視しているのはそのためだったのかと。
「だが、南原君に一方的に戯言を吐きかけているうち、ここへ来るときに励ましてもらっているうち、すっきりした。吹っ切れたんだ。好きにやればいいって確信が持てた。本当に………………ありがとう!」
麗しの女性は回れ左で俺に振り向けば、邪気のない笑顔を振りまく夏のひまわりのように溌剌とした少女となっていた。
部長はなにかと不安や自信過少に陥りやすい。だが、今回は自力で踏みとどまったようだった。それが受動的でも俺の貢献のようで、素直に心躍る思いである。
「南原サンドバックが機能したなら、よかったです。どういたしまして。」
心躍る思いとは裏腹に、部長には淡々と返答する。でも、それが部長にとっては面白おかしいようで、エンジンを焚いてしまったらしい。
「サンドバックだなんて嫌だなぁ。もっとこう……AIみたいに話を聞けば必要最低限の相づちを返してくれるのがよかったのだよ。」
「結局無機物には変わりないんすね。俺の頭は電子回路のひとつも積んでないはずなんですけどねぇ……」
「でも電子ではないにしろ人間の脳は回路を積んでいる。その回路が偶然にも機械的なAIの機構と似ていたんじゃないかな?」
もはや、悪知恵の働いた小賢しい子供のようである。
「どうしても俺をマシーンに仕立て上げたいと……」
「ははは!再びのちょっとした冗談さ。君がちゃんと温かい血が通っている情に厚い人間であることは分かっているさ。」
「………………どうもです。」
でも、遊べるだけ遊んでも結局部長………………いや、星谷梨子という存在に歪みはなかった。
そんな歪み一つない人物から自分自身の寸評というものを受け取るのは、どこか気恥ずかしい。ありがたいし、部長に限れば幸福この上ないことであるはずなのだが……どうしても無機質な礼しかふるまえない。これが、冗談でも部長に無機物であると揶揄される所以か。
「ふぅ……」
部長は安らかに息をついた。夏のひまわりのようであった少女は、再び俺が知るいつもの
高校生に戻っていった。
「気も晴れたところで、帰ろうか。見足りないことはないかい?」
「大丈夫ですよ。俺だったらまた来年見にくればいいですし。逆に、部長はもういいんですか。」
星谷先輩にとって缶詰めの合宿は最後。俺の充足感を気遣うよりも、部長に心残りが無いかの方が気がかりだった。
「私は……うん、大丈夫。君にこの景色を伝承できればそれでおしまい。あとは、文化祭に向けての仕上げをするだけ。思い残すことはないよ。」
「そうですか。」
彼女の瞳は星明かりで煌めくとともに、自らの活力で燦々と潤んでいた。
迷いや不安は完全に取り払われたようだった。そうなれば、俺の出る幕はもうない。
「……帰りましょうか。」
「あぁ。」
部長が大切に思う星空に、別れを告げるようにして背を向ける。
最高の景色である。だが、たった今をもってこの場所に用は無くなった。実際進むのは
帰り道であっても、心の歩みは一区切り―部長の最後―に向けて前進していくだけだから。
ふたり足並みを揃え、また鬱蒼とした林の中を突き進み始めた。
〈星明かりを背負って〉
「少し長話をしてしまったね……」
「悔いてもしょうがないです。急ぎましょう。」
かたや後悔の念、かたや冷静さを保って早歩きをする。
ほかのメンバーのことを忘れていた。出てきたときには2階でぐっすり夢の中を彷徨っているらしかったが、もしトイレにでも起きて、さらには俺と部長がいないことに気づかれると……やや都合がよろしくない。
突如姿を消したことを奇異に思われ、捜索願いなど通報などされるのはひとつ。しかしそれ以上に……関係性を勘違いされるのが恐ろしかった。
一度通った道であれば、部長の先導なしでも行ける。今すぐに戻らねば。早く帰還しようという考えが部長にも渦巻いているようで、足早に林道を駆け抜けていたのだが……
「うわっ!」
「えっ……ちょ!」
背後の部長が何やら奇襲でもかけられたような声をあげる。後ろを振り返ってみれば、仰向けで伸びている幼女―失敬、部長がいた。その足元を照らすともっこりと飛び出た岩肌が見受けられる。その岩に足が引っかかって盛大につまずいたらしい。
これは、申し訳ないことをしてしまった。
「立てますか……?」
すぐに駆け寄って部長の状態を尋ねる。頭上にしゃがみ込んだ俺に、彼女は顔を上げてあっけらかんとした、いつもの何食わぬように思われる表情を見せつけた。
それは『万事問題なし』と言わんばかりではあるが、一応それなりの密度で部長と関わってきた人間からすれば問題ありの表情だ。隠そうとしているものの、引きつりが表情筋に浮かんでいる。
「申し訳、なかったです……悔いてもしょうがないなんて言いながら帰りを焦ってしまって。」
俺が歩みを速めていたから、その後に付く部長も追いつけるようにと無理に急いたことだろう。そうなれば当然、自身の足元への注意は散漫になってしまう。普通なら気づくことができるちっぽけな障害物にもつまづくだろう。
つまり、ころんだようじょの様相を部長が呈しているのは純度百パーセントで俺の所為だと言える。俺の心境はお葬式のようで、意図せず反射的に即席謝罪会見を行ってしまっていた。自分の声が罪悪感で弱々しくなっているのが分かる。
「まぁそれはそうかもしれないが、それこそ今さら後悔しても不毛というものだろう。君の気持ちは理解したから、落ち着いて帰るように心がけよう。」
「……そうですね。」
部長は咎めることも、かといって慰めることもせず俺を赦す。焦りはよろしくない。それをこれからの教訓とする部長がいるだけである。どんなミスケアよりも、救われるような気がした。
続いて起き上がろうとする部長に俺は右手を貸そうとしたのだが、そんなことはお構いなしに、自らの腕力と脚力で立ち上がった。
「さて。いたっ」
「部長?」
しかし救われたような実感を抱いたのも束の間。部長から、痛みに喘ぐ声が放たれる。
目の前の彼女を改めてランプで照らしてみれば、両脚に擦りむき傷ができている。右脚はかすったような傷であるが、左脚は、なんとも痛々しい。相当量の血液を出してしまって、一滴が脚を伝って下っている。
「あはは……醜いものを見せてしまったね。早く消毒もしたいからとりあえず―」
そう言いつつ部長は脚を前へ進めようとするが……
「うっ。」
「やっぱりそうですよね……」
あれだけ盛大に転倒して、凄惨なケガを負えば、歩こうとするだけで苦悶の顔つき声色となるのも無理はない。むしろ必然だ。歩こうという意思を持てている時点で部長はなんと強いことよ。
だから、どうにかせねばと思う。諸悪の根源は俺だ。ならば歩くだけで苦痛を感じてしまう部長の責任を取るのも俺だ。
それじゃあ何ができる?おそらく、全人類―正確には全男子の間で、解がひとつに定まることだろう。
「………………南原君?どうしたんだい?そんな人をおんぶする姿勢になって。」
「まさしくその通りなんですがね。」
鈍感ヒロインか、というツッコミはさておく。
俺にはそれ以上の解が見当たらない。少し前のようにただ口先で謝るだけであれば部長は軽くあしらって、無理をして進もうとするだろう。それでは、結局俺の罪悪感が再燃してしまい、それぞれ身体的・精神的衛生上好ましくない。
ならば、部長には負ぶられることを半ば強制し、俺自身には負ぶることを強制すればよいじゃないか。そうすれば無理も罪悪感も抹消されるではないか。そんなことを考えて、部長に背中を向けて跪いているのである。
「そんな、悪いよ南原君。私だったらちゃんと歩けるから。」
「どの口が言いますか。一歩一歩進むごとに辛そうな顔つきになって、どこをどう解釈すれば『ちゃんと歩ける』になるんです。」
「そ、それは………………」
年長者を諫めるなんてことは初めてのことじゃない。正直に言って日常茶飯事だ。けれども、ここまでおじさんじみた無骨な説教はなかったことだろう。これでは、部長のことを『じじくさい』などと評してきたことにケチがつく。
でも、これでいい。こうでもしなければ、星谷梨子という人間は決して折れない。
「ほら。とっとと帰って洗いましょう。」
「そ、そうだね。ししし、しつれいするよ。」
見せたこともないような取り乱しを上演。俺にも緊張という感情は存在するし、無論年上の女性を背負うというシチュエーションに直面すれば緊張の感情は否応なしに増長していく。だが、絵に描いたような動転のしようを見せつけられると………………たちまち滑稽さの方が俺の脳内を支配していくのであった。
そうして心中で滑稽さを噛みしめていると、背中全面に質量がのしかかってくるのが感じられる。
その体感はとても柔らかで……典型的な女子の身体つきを表しているように思う。でも、いつだったか小さな幼女を負ぶったときと同じ重量の感じ方で、胸部装甲の薄さも強く伝わる。こんなことを口にしては、菩薩のような慈悲深さで部の統制を執る部長といえど……咲柚さんや光のような鉄拳制裁は免れないだろう。
邪念を振り切って、しゃがみ込んだ状態から直る。
「よいしょっと。」
「大丈夫かい?!私重くないかい?!大八車を探さなくていいのかい?!」
「自分を米俵か何かと思ってるんですか?重くないし、むしろ軽いくらいですよ。」
「う、うぅ…………」
即座に大八車を思い起こす部長も、それに気づいて適切に返答できた俺も、どちらも褒め称えたいところである。
しかし、本当に軽い。今、自分が背負っているのは生まれて数年の幼女であると錯覚不可避だ。それをある程度ぼやかして伝えて、部長を落ち着かせようと試みたが……むしろ我に返ってしまったようで、上昇していく熱を背中に感じる。気恥ずかしさに、ひしひしと浸かっているのだろう。
それほどまでに恥じられたら、俺にも照れくささが伝播してしまう。
「ちょっ、ぶ……」
部長が顔を首筋に極限まで近づけているようだった。すでに身体の大部分を密着させておいてこのように考えるのもおかしな話ではあるが………………密着よりも、接近によってほのかに感じられる息遣いや大気を突き抜ける甘い香りの方が、俺の拍動を速める。はっきり言って、興奮してしまう。
だが、あと少しのところで『やめてください』とは言えなかった。下手に振り切って、再び恥を感じられても、無限ループに入るだけのように思われるから。
油断をすれば、ここ一時間で女性としての魅力と元来のかわいさを露わにした部長―星谷梨子さんに理性を吹き飛ばされそうだ。間違いない。それでも今は身体を俺に預けて、ゆっくりとしていてほしい。
長から見れば力不足な後輩だが、こうして甘えていればいい。
「君は、いささか優しすぎる。あまり優しいと、気苦労も多くなるよ。」
「………………心配ご無用、です。」
もうすでに、気苦労は多い。自分が優しいのかどうかなんてことは俺の知るところではないが、大変に思うことは実に数多だ。何を思ってそう気遣ったのかは承知していない。それでもひとつ確実なのは、部長の気遣いは少々タイミングをずらしている。
それに、俺は溢れんばかりの気苦労と生きていくと決めた。少なくとも文芸部員である間は。その意味で『心配ご無用』なのである。
そうして俺は、興奮冷めやらぬまま夜道を駆け抜け、最後まで部員への配慮を忘れない部長を送り届けたのであった。
あと少しで9000字の大台を突破するところでしたわね。なろうって、あまり長くない方が読まれるんでしょうか。分からないので、我流の長さを貫きますが。
ちなみに9割がたどうでもよい近況報告ですが、大学でも文芸部に入りました。高校と違ってクオリティがさらに跳ね上がる感じですが、変わらずやっていきたいですね。ラノベっぽい文章を書いたるぞ、バリバリ。
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