P.024 おかしな部長
〈おかしな部長〉
合宿午後はついに作品作りに手を付ける。自由を失った目覚めや幼なじみの学力大改造など、午前中までに起こったことだけでも十分腹は満たされているが……まだへばる時間ではない。
「光、大丈夫か?」
「はっ。え、えぇ大丈夫。考えてただけだから。ちゃんと進めてる。」
俺、光、咲柚さん、部長。小説のみを手掛けるこの4人はリビングのテーブルで、胡坐だったり正座だったりしながら、パソコン上で起動している言葉を紡ぐアプリとにらめっこ。一方イラストも手掛けるまりあや風芽さんは、ダイニングのテーブルでペンタブと格闘している。いずれも、無の表情を浮かべている人もいれば、満足げな表情をしている人もまた然りである。
光のように眠たげな表情をしていたら、その他の人間が監視をして時には喝を入れる。集団で集中的に制作に取り組む利点はそこにあるだろう。ただ1人でとろいペースで作るよりかは、遥かに効率的だ。
「よしっ!できたぞ!」
「ひいっ……」
もちろんデメリットも往々にして存在する。共同作業者が周囲に与える影響である。これはプラスに働くこともあるが、おおよそマイナスの働きをする。
たった今、俺の向かい側にいる咲柚さんの投了宣言は確実にマイナスの働きをした。静寂に包まれた制作環境を突如として破壊、俺の集中をわずかに乱したのだから。まぁ、それを俺が咎めたところで、咲柚さんは東京中央銀行営業第二部次長ばりの倍返しを放つだけだから、憤慨の念は丁重に仕舞っておく。
「な、何が終わったんです?」
代わりに投了宣言そのものについて問いかけてみよう。
「あぁ……詳細な筋書きが書きあがったんだ。これさえ書きあがれば……あとは一連の流れにしていくだけだからな!フゥ!」
「咲柚先輩がパリピになってる!?」
「えぇ……」
気分を高揚させる咲柚さんに対して、光は動揺を為しているようだ。無論、俺も『フゥ!』などと口先を尖らせて声を上げる咲柚さんを見たこともなければ音にも聞いていなかったから痛烈な違和感がどうも隠し切れない。確かに執筆の進みや完遂が喜ばしいことであるのは理解できる。しかしそこまで大きく歓喜することなのだろうかとは思う。先輩のように多少であっても俺たちより長く文芸部で執筆していると、執筆の進みに由来する達成感を強力な快楽物質にしてしまうというのか……
「ところで、咲柚先輩はどんなお話にするんですか?」
「よく危険に突っ込もうとするなお前……」
動揺を為していた光は、めんどくさい雰囲気を醸し出す先輩に臆せずインタビュー。いくらなんでもハートが剛胆すぎる。俺だったら軽くあしらって水に流すところだ。
「そうだな……じゃあ、プロットを見てくれよ。」
「はぁ。」
咲柚さんのアンサーはパソコン画面を俺と光に向けるというものだった。その画面には活字がこれでもかと羅列されている。まだセリフが記されていなかったり、一部箇条書きであったり、タイトルは空白の状態であったりと、文学として世に出せるものではないがそれでも内容は一目引くものがある。先輩の言う通り、物語としての体裁さえ整えれば本にしても遜色ない立派な作品に仕上がる。取り掛かり始めてからそう時間もたっていないだろうに、素直に素晴らしい。
流し見るだけでなく、プロット冒頭のあらすじにも目を通してみる。あらすじを読めば、その作品の良さはおおよそ分かる。もちろん、自身の気分を高揚させるくらいなのだから、さぞかし神作になっていることだろう。こうして、妄想上で咲柚さんにプレッシャーをかけておく。現実ではそんなことをできないから。
~リブ・ハード3のあらすじ~
東京都内の銀行で同時発生的に立てこもり事件が発生。それらを束ねる首謀者・△▽は交渉相手として停職中のしがない捜査一課刑事・〇×を指名する。
△▽の命令に従い、「俺は男尊女卑主義者だ」と書かれたプラカードを持たされ女性専用車両に乗ることになった〇×は、乗客たちのリンチに遭う。しかし、停車駅で巡邏中であった鉄道捜査官の☆☆にその場を助けられる。☆☆の助力が癪に障った△▽によって、〇×は以降の行動を☆☆と共にすることを余儀なくされる。
人質解放のため、〇×と☆☆は東京中を駆け巡る。やがて二人は、複数の立てこもり事件の裏にさらに大きな陰謀が渦巻いていることを解き明かす。すべてにけりをつけるため、強大な不運に苛まれながらも、己の悪知恵と体力、ちっぽけな武装を盾にして〇×は陰謀に立ち向かっていく。
~あらすじ終わり~
記号のところには人名が入るのだろう。あらすじだけを読む限り、結末への期待を煽る理想的なストーリーだ。しかし……
「ただのダイ・〇―ドじゃねぇか!しかもスリー!」
本能のまま咲柚さんの見せた編集画面を閉じた。これはいかん、そう直感が告げて。
タイトルからして嫌な予感が脳裏に過ってはいたが、あまりにも予定調和がすぎた。しがない警官、行動を共にする相棒、ちっぽけな存在が巨大な悪に立ち向かう……誰がどう聞いてもランニングと一丁のベレッタが似合う世界一ツイてない男が活躍するアメリカ映画である。本当にありがとうございました。
「よく分かったな南原!そうだ、今回はダイ・〇―ドからインスピレーションを受けて書いた!なかなかの自信作だぞ!」
「インスピレーションどころかもはや舞台と細かな設定を変えただけでただのパクリじゃないですかッ!というかよくダイ・〇―ド知ってましたね!?」
「あぁ。偶然テレビでやっていたのを観たことがあったんだが、あのハチャメチャさといいマク〇―ンのシニカルなキャラクター性といい……すっかり気に入って全作観てしまってな。」
「いやすごく分かりますよ!俺はまだワンからスリーまでしか観てないですけどあのアメリカ映画特有のド派手な演出好きですしね!」
「やるじゃないか!」
咲柚さんのやっていることは純正パクリであろうに、どうしてインスピレーションなどと平気な顔をしていられるのか……
無論、それを咎めているはずの俺が次第に咲柚さんと話の波長が合わさっていくのも問題であるが。まさか一昔前の映画、それも現代人に受けるような要素など微塵もないアクション映画で馬が合うとは思いもしていなかった。気づけば俺の右手と咲柚さんの左手が同盟でも結ぶかのように固く組み合っていた。自らこのように捉えるのもおかしな話ではあるが、SとMという関係性以外に2人が嚙み合った瞬間である。でもやはりMなどと認めたくないなぁ!
「ねぇ篤哉、ダイ・〇―ドって?」
「まぁ本荘くん、よく分からないが2人共なにやら意気投合しているんだ。そっとしておこう。」
「あぁ……まぁ、そうですね。」
「易々と納得すんなコノヤロー。」
周りから見ても俺と咲柚さんが互いに認め合うというのはやや異様な光景らしい。いや、そんなことに感心するんじゃなくて、この状況を制止して年長者の悪行をさらなる年長者が咎めてほしいものである。
つまりは部長の出る幕ということだ。咲柚さんと同盟を解消して、右手の部長に懇願してみる。
「というか部長、パクリはないでしょ?」
咲柚さんのパソコンを指さす。
俺の訴えに応えて部長はパソコンから腕を離して腕を組み始めた。そして口角を上げて、自信満々といった様子だ。いつものことだと思えばそれまでであるしそれが部長の良きところではあるのだが、部員のパクリ行為にその屈託のなさはいかがなものか。
「まぁいいじゃないか南原君。精々部誌の内容は高校の関係者の半分程度にしか目に入らない。仮に椛島くんの作品が君にとってはそういうものに見えてもだね……よっぽどの文句がつかない限りはこっちの絶対的アドバンテージなのだよ。」
「わっる……」
自信満々な様子は瞬時に邪気を帯びた。まるで俺と部長が夏の始まりに邂逅を果たしたときのようである。いまいち、部長はおおよそ感情が平坦であるようで、そういう暗黒面が見え隠れしてしまっている。これだけはなんと人間らしいことよ。
「そういうことだ、最初からいちゃもんつけるんじゃあない。」
「こんの……」
勝った気分でいるのか、氏は渾身のしてやったり顔を俺に集中的に見せつけてくる。いつも無条件で咲柚さんにひれ伏している俺であるが、さすがに腹が立った。突きつけられる表情がどうしようもなくウザったい。相手が生物学的男で、かつ体力で敵えば今頃どついていたところだ。無論、いずれの条件も適合するはずもなく、ただ腹立ちを抑えるのみである。ちょっとしたラマーズ法も用いてみたりして……
「ふぅ……わかりましたよオマージュですねオールオッケーです。」
「かなり吹っ切れたね。」
そうさせた一端を担っているのは部長なのですよ。言いかけたが、収拾がつきかけていた状況の悪化を恐れてこれまた抑えておく。平気な顔しよって部長……
「そういう部長はどんなのを書いてるんですか。」
「あぁ……まぁ、いいじゃないか私のものは。」
光が咲柚さんに抱いた好奇心のように、俺も部長に方針を尋ねてみたり。その上でパソコンの画面を覗き込もうしてみたり。後者はマナーとして完全によろしくない。
だけれど、きまり悪そうにディスプレイを45度伏せる。キラキラとしてさまの部長はどこに行ってしまったのか。
「ほら篤哉、無理に見せてもらうのは良くないわよ。」
「無理には言ってねぇよ……あとどの口が言う。」
部長に対しても、幼なじみは好奇心旺盛である。目も奴の名前通り光輝いていて、とても『無理に見せてもらうのは良くない』と述べる人間のまなざしではない。説得力皆無だ。
「とにかく、私のものは完成してからぜひ見てほしい。よろしいかな?」
「まぁ……そこまでおっしゃるなら無下にはできませんね。」
「物分かりがよくて助かるよ南原君。」
しかし部長は不変だ。体よく言いくるめられてしまう。勘のいいガキは嫌われがちな昨今であるが、今だけは部長の助けになったようだ。なんと誉れなことよ。
それにしても、ディテールを見せることはせずともちょっとした概要だけでよいから教えていただきたいものだ。経験値が足りなさすぎる以上、少しでも先達のやり方を参照したいから。まぁ、変に着色しないようにという、部長の配慮でもあるのだろうか。
―でも、あれほどぎこちなくディスプレイを伏せることがあるのか。
ちょっとした違和感というか突っかかりが俺の心情に生まれていた。見せる必要がないとうよりは……見せたくない。そんな思いを部長から受け取れるようにも思う。
けれど2人の人間に咎められてしまった。ここはそれ以上話題を展開することなく、突っかかりを無理やり身体の奥底へ流した。
〈星に誘われて〉
「寝れん。」
就寝時刻になってから1時間ぐらいか。仰向けになったりうつ伏せになったり脚を曲げたり枕を顔の上に乗せてみたり……しかしどんなに手を尽くしてみても、眠りにつける気配がない。執筆や勉強などで、局所疲労だとか精神疲労ばかりがたまって、眠りに繋げられるほどの全身疲労がたまっていないということか。明日も早いというのに、なんと厄介だ。
寝られないとき特有の焦りが募っていく。それが明らかに感じられた俺は、衝動的にベッドから降り立っていた。
とりあえず水を一杯放り込もう。そう考え、暗がりの中を歩く。眠気はないから、足取り確かだ。
「あれ……」
俺の部屋とダイニングに面している。そしてダイニングに出ればリビングやその先の外の景色もよどみなく見える。だから、外でランプを焚いて誰かが岩に腰かけているのも一目で分かる。
霊威とか怪奇現象とか、そんなものは一切信じていないにしてもなんだか不気味だ。不気味である一方で、正体を突き止めたくもなる。興味は、冷水の出る蛇口から外でほのかに灯されている明りに向いていた。俺は虫だ。
そうして虫は、玄関に向かってさらに歩く。裸足ながらスポーツシューズを履いて、扉を開け放つ。周囲を見回してみれば……正体がすぐさま判明。
「何やってるんですか?」
「おぉ、南原君か。勉強をしているんだよ。南原君はどうしたんだい?」
「まぁ、ちょっと眠れなかったので気分転換に。」
居心地悪そうな岩に座っていたのは部長だった。玄関からそこまで歩み寄っていくと、電気のランプのほかに古典や英語・日本史の単語帳、英語の文法書、現代文の参考書などといった教材類も目に入ってきた。
そういえば、部長は3年生だから当然、今年度大学受験に参戦する受験生だ。受験生の夏は無駄にできない。そういうことで、部長も今こうして勉強に励んでいるのだろうが……
「というか、室内でやったらいいんじゃ?テーブルもあって、書いたりもできるわけだから。1階ならみんな起こすこともないし。」
「いいんだよ。私、ここへ来たら夜の川沿いで勉強するのが好きでね。使う教材もほとんど書く必要がないものだから、気分よくやれる方で勉強したいんだ。だから、大丈夫。お気遣い感謝するよ。」
「そうですか。」
逆に俺が気を遣われる結果となって、部長は再び、開いている古文単語帳に顔を落とす。
昼間の学習時間はやかましくて、勉強に身が入らなかったのではないか。そうも思って、のびのびと勉強してもらえるようにと室内へ誘うことを考えたが、確かに外も学習環境としては悪くない。外の方が部長にとっての幸せが詰まっているようで、移動を強要するのは憚られた。だからやめた。
それに、ランプの薄明かりに照らされる部長の懸命な姿や横顔が心に染みていくようで……そうさせなかった。
「南原君は、進路はどう考えているんだい?」
「えっ。」
部長への思いに浸って油断しているところを急襲された気分だ。なんの脈略もなく思い出したように、部長は顔を起こして俺の進路を尋ねた。
「あまりしっかりとは考えてませんよ。国立の大学で、それなりのところに進みたい。そんなものです。」
受け答えは先生との面談と全く同じ内容である。高校生活が数か月経とうとも俺の意識は変わっていない。
そんな打算的とも捉えられかねない答えに、部長は諭すわけでもなく、ただ手軽に後押しをするだけであった。自身の勉強を遮ってまでお聞きになったろうに、中身の薄さに肩透かしに遭った気分だ。
「そうなのか。じゃあ、今のうちからがんばらないとだね。」
「逆に部長は、どうなんですか。」
肩透かしに遭ったそのままの勢いで部長に同じ問を聞き返す。だが、何気なく尋ねた問いが地雷であることをすぐさま実感させられるのであった。
「夏の高校3年生に進路のことを聞くとは、南原君も酷だね。」
「あっ……すみません。忘れてください……」
確かに、デリカシーのかけらもなかった。配慮に欠けてしまっていた。あまりにもストレートな問いかけだった。申し訳なさと動揺であたふたとしてしまう。
だけれど、当の部長はかすかににやついている。憤りを感じている様子など見られない。一層わけがわからない。
「冗談だよ、頭をあげてくれ。私から聞いておいて君が聞いては駄目というのは道理に合わないというものだろう? それに、私は比較的余裕がある方だから、聞いてしまったからって気に病まなくていい。」
「部長……」
「本当に焦っているじゃないか。まったく、おもしろいなぁ君は。ははは!」
気づけば部長の笑いものにされていた。目の前の年上少女の気に障ったかと思って、誠心誠意の謝罪を捧げたのだが、またもや肩透かしに遭ってしまった。そんなリアクションを目にして、部長のにやけ顔は花が咲いたように、声をあげて笑う。本気であたふたとしてしまったのに、ひどいものだ。今度はこちらが、少しだけ憤ってしまう。
だけれど、嫌じゃない。端から星谷梨子という人間は不思議で不気味なほど落ち着き払って、でも心の奥底は人間らしい熱さや青臭さ、豊かさがあって。だから俺を振り回したとて、いつも、結局最後にはハッピーエンドになっている。ハッピーまでとはいかなくとも、前よりちょっとだけ良好な時間が流れるようになる。今だって……つい憤ってはしまったが、部長の笑顔、悪くない。心地よい。
「もちろん、余裕のない高3生もいるからそのあたりは気を付けてほしい。自発的には進路について訊かない方が賢明だ。」
「はい、心に留めておきます。」
「あぁ、よろしい!」
しっかりと次に繋がるような言葉をかけてくれるのも、部長のいいところだ。多少なりとも振り回されたところで、少し時間が過ぎ去ればどうでもよくなっているくらい、彼女は魅力的な人間である。出会ってしばらく経った今じゃ……楽しいとさえ思える。この部長に嬉々としてついていきたいとも思える。
――少し、センチメンタルが過ぎたろうか。やめよう。
「じゃあ。」
「あ、待ってくれ南原君。」
「はい?」
ちょっとしたお説教もありがたく受け取ったところで、物思いにひとしきり浸って気分上々となったところで、背を見せて室内に戻ろうとしたが、それと同時に呼び止められる。振り返ると部長も岩から立ち上がっていた。
「君さえよければ、ちょっと歩かないかい?」
そして次には突然のお誘い。これは…………世にいう逆ナンというやつだろうか?
大変お待たせいたしました。24話目お楽しみいただけたでしょうか。
私事ですが、この4月からひとつレベルアップして大学生になってしまいました。楽しい楽しい高校文芸部の思い出がまた少し遠ざかってしまった…… 今は新生活ということもあってなかなか筆が進みませんが、高校時代の思い出を刻むためにも確実に執筆は進めていきます。ぜひ気長にお待ちください。
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