P.020 顧問と部長のクセが強いんじゃあ
〈そして高校生だけになった〉
とある山地の一角。緑に囲まれている上、太陽の光にきらめく清水が流れゆく川があるこの場所は、生きとし生けるものをブラッシュアップさせていくようである。かく言う俺も、休憩のSAなどで車外に出たりしたとはいえ、こうして大自然に解き放たれると気分が透き通っていくようだ。自然の息吹とはなんと素晴らしいことか。
そして3泊4日の缶詰め合宿を共にするのは、2階建ての大きなコテージである。持ち物はビッグでありたいと言う先生も、このコテージはさすがにレンタルしたのだとか。ただ、レンタルだとしてもサイズ感からしてかなり高くつくと見える。
大人たちはコテージ解錠と使用前のチェック。学生はそれぞれの着替えや執筆機材、数十分の食材など荷下ろしをしている。俺たちの作業は、通常夏の炎天下でやるにはかなり酷なものであるが、標高が比較的高いこと、緑が多く流れる空気が違うように感じられることで............実に快適なのだ!なるほど、楽しいとは少し違うかもしれないが、先輩たちが言うようにこの環境で缶詰めできるのは大いに価値があるのかもしれない。
しかし、そんな爽やかさが俺の全身を突き抜けていく一方で、重苦しい雰囲気を纏っている者も若干名。仲良くかわいらしく眠っていた同期たちである。つまり、先生たちと俺の一連のやりとりを耳にしていなかった2人だ。テキパキカバンを下ろしているが、浮かない表情をしている。
「本荘くん石川くん、浮かない顔をしてどうしたんだい?」
俺からすれば答えは分かりきっているが、部長は到底その心を知り得ない人間。良かれと思って気にかけたことだろう。
「先生たち、私たちだけでも大丈夫だと説明してますが、本当に大丈夫なのかなと思いまして......」
「そうですよ!危機管理の面からしてどうなのよ......」
「だよなだよな......って、アレ?」
まりあと光の指摘も確かにごもっともである。ごもっともではあるのだが......率直に、『そこ?』という感想を持ってしまう。純度100パーセントの偏見にはなるが、女子はもっと先に生理的嫌悪が表立つように思う。同じ邸宅内に男と。2人はそのことよりも引率責任放棄について懸念を抱いているから、俺は呆気に取られてしまう。いや何度でも強調するが、その感覚も正しいけれど。
「いや、2人はその、ひとつのコテージの中に男もいるの、嫌にならないのか?」
不可思議でたまらなくて、本来は部長と2人の会話に勢いで割って入る。
「嫌にって、昔アンタと弥含めてお泊まりしたことあったのに、何を今さら嫌になることがあるのよ。」
「私も、見ず知らずの男の人ならともかく、優しい篤哉くんなら問題かな、って......」
「君たちな......」
口酸っぱく言うと、2人とも、甘いな......
光は、コモン・センスのアップデートを行った方がよいだろう。平気な顔して昔と言うが、昔というのは軽く10年以上前、未就学児の頃の話である。当然純朴な幼児と煩悩に塗れた思春期野郎が同列に扱えるはずもない。俺にその気が無いから光は助かっているが......そうでなかったら無事ではいられないことを自覚すべきだ。
一方まりあは、批判的思考力を身につけた方がよかろう。『優しい』などと俺を評してくれることは身に余る幸せであるが、そう評価するに至った俺の一面は、実際にはほんの一部分に過ぎないかもしれない。持っているつもりはないが、もしも俺が潜在的に隠している本性が顕現したら......やはり光と同様、無傷では済まないことを認識すべきである。
..................心の中で2人を諭すこと、気色悪いことは自分でも重々承知の上である。その気が無いなどと但し書きをしても、よろしくないことを連想してしまった時点で俺は有罪である。次第に、光とまりあに対しての心情が呆れから申し訳なさにシフトしてきた。
「いや、すまんな............」
「えっ、どうしたの?」
「篤哉変なの。」
『変』たらしめているのは君たちなのだが............そんなことと言えるはずもなく。被っているキャップのツバをぐっと引き込んで2人から表情を隠す。精一杯の決まり悪さの軽減措置である。
「ところで南原君、それを私たちには聞かないのかい?」
「だったら車中での先生の問いに元気な返事は。」
「しないね、うん。」
「そういうことです。」
先輩たちも気にかからないのかと言えば嘘になるが、先方が俺の存在を嫌でないと思うのなら、無駄に気にかける必要もないというものである。そういうことで、間隙を縫う部長の問いは軽くあしらっておく。
※
「どれ、荷下ろしは終わったけ。」
「はい、もう入れますか?」
「あぁ、水道電気ガス家電ネットワーク。全て異常なし。ぜひのびのびと作品作っちまってくれ!」
千種先生は気分上々で部長へそのように伝えるとと共に、鍵を部長の差し出した両手のひらの上に落とす。
「でも怪我や事故には十分に気をつけること。」
対照的に茜先生は淡々と言葉を連ねる。
「その通り。そして何か緊急事態があれば上回生が俺か茜先生に連絡すること!あそこのホテルにいることが多いだろうから、連絡から15分くらいで参上したる。」
そう言いながら、千種先生はさらに高地にあるホテルを指差す。この場所から鉛直上向きにある。確かに距離的にはたどり着くのにそれほど時間は要さないだろうが......やはり再三にわたり、教育委員会に通報してやろうかという気持ちが現れてくる。事後のことが面倒であるから決して実行には移さないが。
渡す物を渡し、伝えることを伝えて、達成感でも覚えたのだろうか。先生たちは足取り軽やかに車に戻った。茜先生は助手席で。
「それじゃあ気をつけて、でも楽しめよ!あばよ!」
「............なんすかそのグラサン......」
窓から身を乗り出して振り向く千種先生はゴキゲンなさまを体現しているようである。ついでに、柳○の決めゼリフも放てばそれはもうパーティピープルである。
そして先生たちは車を走らせ遠ざかっていった。その瞬間をもって缶詰め会場には高校生しか存在しなくなったのである。
「それじゃあ、中に入って部屋割りを決めようか。」
なす術無くなった俺らは、部長の一声で歩き出す。何か抵抗できないものか......小さくなっていく車体を眺めながら思う。
「本当にこれいいんですかね。主に千種先生がこの部の顧問であることに。」
「まぁ千種先生も私たちを信頼してこのように放任しているんだ。その信頼に背くことなければ大丈夫。さぁ、中に入ろう南原君。」
「さいですか......」
あくまで部長はこの異様な状況に肯定的である。とうとう無力感が俺を襲い、部長の手招きに吸い寄せられていった。
血湧き肉躍る、高校生オンリーの宿泊行事。本格スタートである。
〈部長に料理をさせてはいけない〉
「南原、お前手際いいな。」
「そうですか?」
「篤哉、家で夕飯作ることが多いんですよ。レパートリーも多いしで。」
「言っても文化鍋でやる炊飯は初めてだけどな。」
コテージの環境を整えて、それぞれで休息を取っていたら、いつの間にか夕方になっていた。1日目の夕飯は咲柚さん、光、俺の3人組で作ることになった。
今日の献立はおそらく合宿で王道のメニュー、カレーだ。簡単で一度大量に作れば明日まで取っておけるということで1日目はこれで満場一致だった。まぁ、正味俺は風芽さんとまりあといういかにも料理上手なメンツの作る料理を早速食べてみたかったが、明日以降にお預けである。まずは半・男飯でお茶濁しといこう。
しかし、そんな俺の担当は炊飯。炊飯器は無く、備え付けの、扱ったことのない文化鍋は大変だろうという他2人の配慮が故であるが、ルーや添え物作りはさせてもらえないのである。そういうことで、男飯らしからず、繊細な炊飯に挑戦中なのだ。
まぁ、誰かの声は常に調理場に響いているのだが。
「夕飯作るのが多いというと、ご両親はお忙しいのか。」
「ですね。一体どんなブラックに摘まれているのか......」
「大変だな......」
朝は早く、夜は遅い。冷静に考えなくとも、咲柚さん含めた皆その異常さをおぞましく思うようである。
「そういえば、この期間中は荏舞はどうしてるの?」
火加減が難しいが、言葉の応酬はまだまだ止まらない。
「変わらず1人でやってるぞ。むしろ1人の時間が増えてウマウマー、とか思ってるだろうな。」
「荏舞、というのは?」
「あぁ、俺の妹ですよ。中学生の。」
「なるほどな。」
「でも荏舞ひとりにして大丈夫?」
「おま、荏舞を甘く見るんとちゃうぞ!ここ最近料理の腕をメキメキ上げてきてるしいろんな家事もできるようになってきてめちゃくちゃ頼もしいんだからな!あれほどパーフェクトに成長する妹もいないだろう!いや、確かに1人のとこの誰か来たりでもしたりしたらこま............って、アレ?」
この感じ、数時間前にもあったような気がする。気づけば2人の作業の手は止まっており......
「キモ............」
「篤哉、それはないわぁ。」
やってしまった南原選手。
シスコンを抑えきれず、とてつもない速度で我が妹についてマシンガントーク。これには咲柚さんも幼なじみもこの上なく引いている。特に咲柚さんは、俺の気色悪さに表情が歪んでいる。
「シスコンも程々にしないと、冗談抜きで気持ち悪いわよっ。」
「あぁありがとう光そう言ってくれる幼なじみが大事だわ!」
そして光は......哀れみの視線で俺を見つめる。そこには生まれて以来育まれてきた絆が込められているようで............本気の説教に対して感謝の念すら湧いてくる。
「まぁいい、南原が気持ち悪いのはもともとだ。光も作業に戻れ。」
「ちょっと待ってもともとってどこから?え?」
一悶着も解決に向かうかと思いきや、咲柚さんの衝撃発言。そんなに気持ち悪い一面を先輩たちに向かって見せつけていたのだろうか......いや、咲柚さんの性質で脚色されているだけだろうそうだろう。うん............
※
心理状態を揺らされたりなどしながらも、調理自体は滞りなく進んだ。
「おぉすげ」
米が炊き上がったところ、蓋を取ってみれば、煙幕の如く湯気が噴き出すと共に一粒一粒際立った米粒たちが登場。電気の力を借りず、火加減も一から気を払ったことで、その様は圧巻である。これは鍋底の米には香ばしいお焦げが期待できる。
「上出来じゃない?」
「だろうだろう!」
会心の出来に、自分自身でも気分が良くなっていくのが分かる。この米に、現在進行形で香りを漂わせているカレーをかけたら............どんなに旨いことだろう!お手製の価値は、そういうところにもあるのだ。
「そろそろ出来上がったかい?」
「はい、そろそろですよ梨子さん。」
完成間近のところに部長がやってきた。空腹だ!と言わんばかりの顔である。
「私だけ調理担当じゃなくて悪いね。本当によかったのかい?」
その通り、部長は俺たちのチームにも、まりあたちのチームにも属さず、調理に与しない。風芽さんと咲柚さんの導きで部長は料理から外されたのである。部長は全体を見ているから。おおよそそのような理由を2年生2人は述べていたが......それにしては食い気味だった。
良かれと思い、こんな提案をしてみる。
「それじゃあ部長。僭越ながら、サラダを作ってみ」
「ヘーイ南原と光こっちへぇ!」
野菜を軽くカットするだけのサラダであれば部長の手を煩わせることもないだろうと思ったのだが......風芽さんはこれまで聞いたこともないような声で俺を制止する。光も巻き込んで、円陣の隊形になる。
「どうしたんですか?」
「南原、それに光。梨子さんにどんなに簡単な調理もさせてはいけない......」
これまでになく咲柚さんの喋り口が深刻そうである。
「どうしてです?料理お上手でないにしても、野菜カットくらいなら。」
「甘いな光......アメリカのビッグサイズの菓子並みに甘い......梨子さんはそんなものでは済まない......」
よく分からない例えも溢れるほど、咲柚さんが動揺し始めている。
「いいか、梨子さんには悪いが......あの人が料理を作るということは、ブラックホールを錬成することと同義だ。」
「いやいや、そんないくらなんでも大袈裟ですよ。」
「まだ分からんか南原。よし、ならば去年私が見たブラックホールを事細かに説明してやる。光も心して聞くんだ。」
またこの人はオーバーだな。率直にそう思う。しかしながら、素直に話を聞かないと咲柚さんの気も収まらないだろうと考えて、おざなりながら耳を傾けてみる。
「まず、去年梨子さんは野菜のみじん切りから始めたが、それはもう–」
だけれど、おざなりに耳を傾けていたら、意識と記憶が半分ほど跳んでいった。咲柚さんの言う、ブラックホールとやらの想像を絶するほどの引力の大きさによって............
「みんな、どうしたんだい?」
振り返ると何気ない部長の姿がある。部長に自覚は無いが......ブラックホールの錬成者と聞くと、この調理場に入れてはいけないように思う。咲柚さんから聞いた話は......ホラーと銘打っても遜色ない。軽くトラウマになりかねない。
「いえ......本当にあと少しなので俺たちでやりますので!」
「そうです!梨子先輩はもう少しゆっくりしてください!はい!」
「いいのかい......?」
「物分かりのいい後輩たちで、助かるぞ......」
後ろから咲柚さんの力無い声が聞こえてくる。いや、物分かりがいいというよりは、分かる以外に他ないのである......早い話、咲柚さんの言うことは誇張でもなんでもなかったのである............
メンバーをまとめ上げる部長の、決して知りたくなかった弱点を情報として得たところで、そろそろ夕飯である。ブラックホールに食べられることなく、大地の恵みをいただけることに感謝......!
夏の山間部のコテージというかログハウスに泊まるって、なんか楽しそうですよね。ハーレムじゃなくても。
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