P.016 お姉さんたちとお戯れ
〈見た目は最年長者〉
俺は今、2年生の2人の後を追うようにして海水浴場の脱衣所を目指している。歩く左手には日差し強く眩しく照りつける砂浜と程よく波立った海が広がる。これらそのものをただひたすらに、傍観者として見られていたら良かったろうに、今から次第に当事者に変化することになる。
そして正面を見据えれば–制服姿でない素の先輩たちが歩を進めている。内容はあまり聞こえないが、2人はどうやら内輪ネタで盛り上がっているらしい。
2人を観察、などと表すと事件性が生じてくるだろうが、その観察の結果を俺の脳内で咀嚼してみる。
ふわりとたわむロングヘアスタイルで、常にアルカイックスマイルを思わせる笑みを浮かべて聖母を連想させる楠見風芽さん。
その身体的特徴と言ったらまず、あるところ以外は平均的な女子高生ということだろう。そう、あるところ以外は。こんなことを考えとして持ってしまった時点で本来ならばお縄にかかるところであるが、やはりその高校生としては十分なバストサイズが目につく。彼女は今日、肩出しの真っ赤なシャツを濃色の膝上デニムスカートにインするという、ザ・女子高生がしそうな格好をしているわけだが......美しい曲線を描いて強調される胸のラインだけは一般女子高生ではないだろう!あんなものを初めて出会った時のように知ってか知らずか押し当てられたら、瞬く間に俺の理性は蒸発するだろうッ!
そして、黒髪前下がりショートで決め、凛々しい顔立ちを見せることでデキるキャリアウーマンを思わせる椛島咲柚さん。
特筆すべき特徴は、文字通り突出したところはないが、その美しいスレンダーな全身像であろう。今日の彼女は、これまた濃色のデニム地スキニーに白のノースリーブニット、ライムグリーンのロングサマーカーディガンといういかにも休日の大人の女性らしそうなファッションである。そこから分かるのは、スキニーを綺麗に穿きこなせるほどの美脚、好スタイルの象徴であろう健康的なくびれを持っているということ。凛々しい顔立ちも相まって......高校生であることを俺が知らなかったらとしたら間違いなく社会人女性と勘違いしたことだろう。決して俺は痛めつけられるのが快感に感じるような人間ではないが、椛島先輩がサディスト的な側面を持っていること、妙に納得してしまう。
それぞれベクトルが異なるとはいえ、いずれの先輩も実年齢に見合わない大人らしさを備えている。ママさんとOLの休日を後ろから追いかけるような......不思議な感覚である。考えとして起こすのは悪いが、部長や光、まりあがいたらこんな感覚には浸かることはなかっただろう。
......冷静になって自省してみれば、いや自明に、先輩を観察して評価するなどかなり気色悪い。楠見先輩、椛島先輩、申し訳ありませんでした–文字通り談笑の裏で、謝罪の意を込めた一礼を献上。それと、さりげなくバカにしてしまった3人にも陳謝。ソーリー......
2年生は楽しげに、俺は勝手に苦悩しているうち、近年俺が足を踏み入れることなかった地にいよいよたどり着いた。
※
レディーは水着に着替えるだけでも、一苦労なのだろうか。
じりじりと熱を放つ砂浜。そこにパラソルを突き刺そうとするだけで汗が噴き出すほど、暑い。影ができればもう少しマシになるだろうが。
それにしても、トランクスタイプの水着に薄手の羽織姿の男一人でレンタルのパラソルを砂浜に刺すというのは......側から見れば見るに耐えないことだろう。カラオケや焼肉など、一人〇〇と呼ばれるものは世の中数多あれど、一人海水浴というものは決して市民権を得ていない。おそらく。
もちろん今日は一人海水浴ではない。先輩たちがいるのだからそばにいてもらえばいい。そうなれば一人で海に来ているイタイ奴とも見られないのだから。そう指摘されてしまうのがオチだろう。それでもこうして一人黙々と休息の場所を作っているのは、かなり長い間先輩たちの着替えが終わらないからである。むしろ男である俺の用意が早く終わりすぎてしまっただけなのかもしれないが。
......なかなか来ない。休息の地を作り終えてついに手持ち無沙汰となった俺は、パラソルの庇護のもとで脚を三角にする。このまま虚に周りの世界を見渡せば......女性観察を趣味とする変質者、あるいは筋肉質な男が好きなホモの出来上がりだ。
もちろんあくまで俺はノーマルかつフラットな人間だからそんな勘違いを受けるようなリスクは回避していく。スマホを手に取って。まぁ一人寂しく砂浜の上に佇んでいる時点で目も当てられない奴の烙印は押されかねないが。比較的人口密度が低いところに休息の地を作ったのだから、正味先輩たちには早く来てほしい。
「篤哉くんおまたせ〜」
「ほんと、お待ちかねしてまし–」
今か今かと待望していたところを、2人は俺の背後からやってきた。楠見先輩の急襲に冗談めかして不平を言おうとしたが............
It’s wonderful......
お手本のように言葉が詰まったどころか、心の中に感極まっているアメリカ人が現れた。
楠見先輩の召している水着は、青い花々をあしらったビキニに、レースのスカートというもの。見た目からすればかなりエレガントなデザインであるが、先輩の十分なバストサイズや健康的な肉付きはそのエレガンスを惜しみなく輝かせている。母性にも似た色気が溢れている。
一方、椛島先輩。召している水着はいわゆるセパレート。楠見先輩のものに比べれば露出度では劣るものの、セパレートの泳ぎやすさのために身体に密着するという特性上、椛島先輩の引き締まったボディラインがとても強調されている。こちらからは、身体美に由来する正当なエロスを感じられるのである。
まとめるのであれば、私服同様ベクトルは異なれど2人とも最年長者と錯覚してしまいそうだ。
............本当に、こんなことを観察して考えていることが露見してしまったら、楠見先輩はともかくとして椛島先輩からは鉄拳制裁どころでは済まされず、家畜として扱われることとなるだろう。
こんなにも魅惑的な2人を目の前にして考えを巡らせないようにすることの方が難しいというのに、いざというときには男の過ちとして処理されてしまう。なんと世界は不条理なのだろうと、声を大にして言いたい。
「おい、南原お前、変なこと考えていないだろうな?」
「へ、変なことってなんですかねふぎゅぅ?!」
後ろに振り向いたまま動作を停止していたからか、椛島先輩に俺の犯罪係数の高さを悟られてしまったようだ...... なす術もなく俺の顔は鷲掴みにされてしまう。俺の顔面は自分自身で確認するまでもなく崩壊していることだろう。苦しい。
「は〜い咲柚ちゃんそこまで〜」
「フン、命拾いしたなお前。」
俺を痛めつける椛島先輩を楠見先輩が丁寧に止めに入るというこの構図。いつだったか見覚えがある。そう、親子だ。片親が子を厳しく躾けているときにもう片親が優しくするというやつだ。まさかこんなときに先輩2人から両親の片鱗を見出してしまうとは、やはり無意識のうちにそれぞれを立派な大人、社会人とみなしてしまっているらしい。
〈顔面崩壊スペシャル〉
「それじゃあ、みんなでビーチバレーしよ〜!」
「お言葉ですが先輩、3人しかいないのと誰か1人はここにいて荷物見張る人がいた方がよいよいのではないかと。」
「チーム分けなら私たち2人と南原で問題ないが、確かに荷物は問題だな。」
「軽く殺す気ですか?」
いくら身体的な違いが男女であるとはいえ、俺よりも運動能力で勝るであろう椛島先輩がいるチームと一人で対決することとなったらおそらく俺は蒸発してしまう。いや、椛島先輩は俺の息の上がる姿を見たいがために俺の圧倒的不利を演出しようとしたのだろう。正直、俺と椛島先輩、一対一でも対等にやり合える気はしないが。
話し合った結果、1人は休息の地で荷物番兼ポイントカウンター、残りの2人はビーチバレー対戦という形で総当たり戦を行うことに。いよいよ俺がこれまで避けて通ってきたシーアクティビティ、始まる!
最初は俺と楠見先輩との対決。向かいコートの先輩は夏の日差しに強く照らされながら、入念に屈伸や背伸びなど柔軟を行なっているようだが、この戦いはさすがに、どれだけ手加減しようとも俺が勝利しないと男としての沽券に関わるだろう。ただし......
「篤哉くん、手加減は無用だよ〜?」
「分かってますよ。」
楠見先輩はあくまで対等なゲームを望んでいるようだが、性別も違う上、先輩である。生返事こそしたものの、ここはやはり辛勝を演出するといこう。
サーブ権は俺に決まった。
「それでは両者よろしいか?」
互いの準備が整ったところで、審判役・椛島先輩がパラソルの陰から2人の意思確認を取る。2人とも首を縦に振ったところで......
「スタート!」
先輩の号令で真夏のバレー対戦開始。椛島先輩の声には勢いがかかっているが、当の本人はまったりとしている。
そして俺は、フローターサーブで始めるとする。もっとも、かろうじて勝利したように見せかけるつもりであるから初撃は緩く放つが。
フローターサーブはボールを軽く上げて打撃を加えると2次の係数の値が小さそうな二次関数のグラフを描くようにしてボールが飛んでいく。はずなのだが......手元が狂った。ボールは高く上がって相手コートに飛んでいった。先輩がジャンプアタックで反撃するには格好の軌道である。
しかし、辛勝を演出するという意味ではこれは都合がいい。アタックで返ってきたとしても取れないことはないだろう–そうたかを括っていると......
「よいっしょ!」
勢いよく跳んだ楠見先輩の胸が、揺れるッ!まるでエロスの教科書に載っているように、皿に乗せられて運ばれるゼリーのように、弾む!その他にも先輩の程よい身体が視覚情報として次々に脳に伝達されて......動きを止められる!
当然、動きを止められると俺はどうすることもできずに......
「あだッ!」
ボールが顔面にクリーンヒット。先輩はどうやら読み通りアタックを仕掛けたようで、かなりの速度でボールがヒットした。その痛みは、俺を土下座するように悶えさせるには十分な威力だった。
「ごめんね〜、篤哉く〜ん」
「この下衆が......」
「返す言葉もございませ......」
椛島先輩は、俺の一点で静止した視線で全て分かっていたのだろう。気色悪そうに放つ『この下衆が......』、その冷静かつ的を射た一言に反論する根拠も気力もなかった......
その後も楠見先輩との試合は続いたものの、男の性が邪魔して、ロクな試合にならないまま俺が敗北を喫したということだけを伝える......
※
正直なところ、楠見先輩に負けることは無いだろうと思っていた。実際、実力勝負であれば勝っただろう。しかし、あんな無意識な色仕掛け戦法を取られて勝てる男などいるだろうか?決していないと俺は胸を張って言わせてもらおう!言い訳などと指摘されても強く主張させてもらおう!
「胸を張ってだなんて、反省の色が見えんな。」
「言いがかりですよッ!というかなぜ心が読める!」
反対コートの椛島先輩が目を細めた険しい表情で読心術を発揮してきた。なぜそんな技術を持っているのかは保留しておくとして、胸を張って、というところにまで文句をつけられるともはや言論統制である......
そして次の相手は話題の椛島先輩である。身体能力高めの彼女には勝てない前提で勝負を挑むことになるから、次のゲームははなから負け戦。そして勝ち前提の楠見先輩とのゲームで敗北を喫したため、俺の全2戦中2敗で全敗もほぼ確定。こうなってくると、3試合のうち俺のターンが先の2試合で終わるような対戦順になったことが作為的なもののように感じる。
「篤哉くん大丈夫〜?いってもいい〜?」
「......椛島先輩がよければ。」
そう言うと、椛島先輩も問題ない旨を楠見先輩に伝えた。影の下に楠見先輩が座っていることで、俺の視界に入ることは無さそうだ。
そして楠見先輩の号令が鳴る。
「よ〜い、スタート!」
サーブ権は椛島先輩。どんな強烈な一球が来るのかと、息を呑む。負け戦だとしてもなんとかして、惜敗で収めたい。
最初の球を身構えていると、意外にも椛島先輩が放ったのは俺が最初に繰り出した、弱いフローターサーブだった。手元の狂いもない綺麗な軌道である。その上球速は速くないゆえ、返すのはとても容易。落ち着いて、アンダーハンドパスで反対のコートに送る。
その後数往復ボールの応酬が続いた。椛島先輩は真顔を崩していないところを見ると、俺との実力差はそれほどない、均衡状態のようである。これは勝利のチャンスである。どうすることもできないまま負けた第一試合とは違って、実力が通用するのだから!
すると、高い位置からの球がやってきた。この状況進〇ゼミで見たことがあるぞ。そう言わんばかりに–決めの一手にかかる。
「やりぃ!」
強力なアタックを椛島先輩のコートに放った。椛島先輩はボールを捉えることもできずにスルーして、俺の得点に。今日ここに来て初めて、熱烈な爽快感を全身に覚えた。このままの調子でいけば負け戦ではなくなるぞ。そんな予感が俺のありとあらゆる領域を駆け巡った。
「なるほどな。それじゃあ、いい声で鳴いてみせろ......」
「え?」
しかしそんな俺の予感は、先輩の独言と再開後のラリーで、浅はかな夢物語に過ぎないことを思い知ることとなった。
サーブの直前、先輩の表情は歯を見せた笑みを浮かべていた。そしてその次の瞬間には............弾丸が飛んできた。日本の海岸であるのに。
「あびィ!」
またしても、ボールが顔面にクリーンヒット。奇声を発する。しかし最初のものと違うのは、その威力。楠見先輩とは比べ物にならないほどの力が篭った一球である。あえて言い換えるのであれば、殺意の篭った一球だった。その殺意の一球を受けた俺はたちまち土下座悶えを先輩に披露。熱された砂に顔面を深く埋める。
「んんんんんんんんんん!」
声にならない痛いとはまさにこのことなのだろうと強く思う。
ようやく立ち直った後、椛島先輩は愉快そうな声色で宣言する。
「私は強いだろう?南原。」
「左様でございます......」
「だったら戦いをダラダラとやっていてもしょうがないだろう。早く終わりにして楽にしてやろう。」
あっ、オワタ。瞬間的にそう悟った。
その後は、ボールが顔面にヒットするということこそ無かったが、弾丸のようなボールを返すこと、そもそも捉えることが不可能だった。これが本当の椛島先輩の実力らしい。つまり最初、実力が等しいと俺が錯覚したのは、椛島先輩の小手調べにまんまと噛みついたからに他ならなかったのである。そして小手調べ終了後は弾丸が飛び回る始末。こうなればもう......俺の精神はすり減って、俺がストレートに負けるのをただ待つのみである。
このゲームが始まる前、椛島先輩と楠見先輩一緒になってチームを組んで対戦することに対して、俺は『殺す気ですか』と突っ込んだ。それは間違いだから訂正しよう。
–椛島先輩ひとりで、俺を殺す気ですか?
女性のファッションといいバレーの描写といい、知識がある人が読んだらとても怒られそう。そしてこのラノベ主人公、ムッツリが過ぎるな(作者感)
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