P.010 光チャレンジ(前編)
〈光の苦悩〉
アイツー南原篤哉は、自らの現状をどう考えているのだろう。
私にとってヤツは、国語は他の誰にも負けなくて、冷静に見えても情に厚くて、弥とも悪知恵はたらいて、なによりあのときから私が憧れ焦がれてやまない、そんな存在だ。
簡単に言うなれば、私は篤哉に恋愛感情を持っている。もっとも、私が不必要なまでにあの2人に対して尖っているから篤哉にはそのことを全く悟られていないが。ヤツは私のことを付き合いの長い友達くらいに思っているからだろう。私の方は長年の付き合いの中で、ヤツに頼もしさを感じて好きになってしまったというのに。
篤哉は気づかず私はついヤツを突っぱねる。そんな停滞感をここ何年かずっと抱いているわけだが、最近は危機感すら覚えている。なぜなら、ヤツは本意でないとはいえハーレムを形成したからだ。これは由々しき事態だった。そのことに焦りを感じて、篤哉と同じ文芸部に入ったが、変わらず私がツンケンしているせいで状況は進展せず。むしろ他の女子たちの方が篤哉との関係を深めているようにも思う。
その中でもとりわけ、私が危機意識を持っているのは、石川まりあだ。
『篤哉くん。』
あのまりあの名前で呼ぶ声が今でも思い出される。ヤツを名前呼びするのは家族、私含めた幼なじみ2人と男友達くらいだろうと楽観視していた。だけれども、篤哉の前に突如現れた彼女は嬉々として名前で呼んでいた。そして逆もまた然り......
「光ちゃん?どうしたの?眠い?」
「うん?まぁちょっとだけね。」
繰り広げられていた私の思考は全てまりあを目の前にしたものである。眠気は全くない、むしろ完全に醒めているのだが、思考で手を止めたのをまりあは気になったらしい。
奇しくも私とまりあは同じ1年5組。同じ部活というよしみもあってこうして放課後に教室に残って勉強したり、お喋りすることがある。
ただし、勉強に関しては決してまりあに敵う気がしない。基本的にはお互い自分の勉強をして時折り教え合うことをしているが、教わるのは私で、教師はずっとまりあのターンである。
というより勉強だけには留まらない。ファッション、コスメ、芸能、音楽、文学、さまざまなジャンルに造詣が深い。一通りピアノが弾けたり調理実習でリーダーシップを発揮したりノートの端の落書きが落書きとは思えないほど上手かったりと、手先もそれなりに器用。おまけに、小柄で程よく童顔であるから男女問わず人気を得そうな身なり。まりあは、全てに関して平均以上と言えよう。比較するのもおかしな話ではあるが、対照的に私は身なりはじめ......中途半端と言えよう。これだから篤哉がまりあの前ではだらしなく見えるのも納得してしまう自分がいる。
「あぁ......」
「光ちゃん?本当にどうしたの?」
「自分に嫌気、いや何でもない......」
納得してしまってはダメだろう......今私を側から見たら、酒場で酒に溺れた浮浪人のようであろう。
しかしこのまま引き下がってはいけない。敵わない相手がいるのならーせめてその相手と同じところを目指すまで。
「全く関係ないんだけどさ、まりあはその、男子と出かけたこととかある?」
本当に脈略もない質問だ。だけれど、私には少し考えがある。
〈新たな私と出かけよう〉
「篤哉ぁ、はやくー。」
6月のとある土曜日の朝。私は南原家の玄関に立って篤哉を今か今かと待っていた。幼い頃から通う家の玄関はもはや自宅と同じような安心感さえある
「ごめんねーひーちゃん、ちゃんと起こしてるのにアツったら全然起きないの。」
「わかってるよ荏舞、昔からそういうヤツなのは知ってるから。」
荏舞と篤哉なじりをしているとその待ち時間はゆっくり過ぎていく。時々2階から「うるせー」という声もあるが。
「それじゃあ行ってくるわ、ちゃんとしとけよエマ。」
「偉そうにー、いってらー。」
なんとも言えない脱力感がこの兄妹にはある。その脱力感は両者思春期だからというわけでもなく、生来のことだそう。この兄妹どうなっているんだ。
「あっ、ひーちゃん待って。」
「ん?」
篤哉と揃って玄関から外へ出ようとすると、何か思い出したように荏舞は私を引き留めた。振り返ると手招きをしていたから近寄ると、荏舞は私の耳に手を当てて言った。囁き声で。
「ひーちゃんそのままの気合いでアツゲッチュがんばってねー。」
「な、なんのことかしらね。」
本荘選手、本当に気持ちを隠すのが下手です本当にありがとうございました。もちろんおっとりしているとはいえ兄譲りの観察眼を持つであろう荏舞に見抜かれるのは予想はしていたものの、こんなにも直接的に指摘されるとは......
「光?行かないのか?」
「行くわよ!じゃあね荏舞!」
一番遅くに来たくせして、急かされてしまった。やれやれ、と思いながら彼の後ろをついていく。
篤哉と向かうのは町外れのショッピングモールだ。表向きの目的はもうすぐ誕生日の弥のためにプレゼントを手に入れること。でも、弥には申し訳ないがそんなことはどうでもよい。主目的は別にあるのだから。
「そういえば光、そんな感じの服持ってたのか。」
移動中、篤哉がそんなことを尋ねてきた。比喩の有無こそあるものの、荏舞と同じ気づきを篤哉が持っていることが知れて心の中は躍ってしまう。
「ナメないでよ。私だってこういう服の1着2着持ってるんだから。」
真っ赤な嘘だ。今私が袖を通している服、ほとんどはまりあの助言を得て大急ぎで買ったものである。
〜〜〜〜〜
「全く関係ないんだけどさ、まりあはその、男子と出かけたこととかある?」
「急にどうしたの?」
「い、いやぁ、まりあはそういうときのドレスコード的なもの、知ってるかなぁって......」
「ドレスコードって、そんな大げさだねぇ。」
まりあは少し笑い出しそうになっていた。まるで強者の余裕のようでまた焦りを覚えてしまっていた。
「でもそうだなぁ、男子と出かけたことはないけど、シンプルに女子の友達と出かけるときの感じでいいんじゃないかな?」
しかし真面目なまりあ、笑いかけてもしっかりと答えを返してくれる。
「なるほどね......ちなみにまりあは普段どんな服着るの?」
そのままの流れでまりあのコーデについて噛みつく。『えっとねぇ。』と言ってまりあはスマホに手をかける。
「あまり大したものは着てないけど、こうかな?」
「ちょっとメモしてもいい?」
「いいよ。」
見せてもらったのは写真フォルダ。誰かに撮ってもらったものか、まりあの全身が映っている写真が何枚かあった。服装を参考にする、いや導入するためにしっかりと見つめるが、やはりかわいい。小柄であるはずなのに何故だろうと思ってしまった。
「あんまりじっくり見られると恥ずかしいな......」
「そんなこと。とってもかわいいわよまりあ。」
本音も抑制できないほど、まりあのかわいさは至高を極めているのだ。そんなまりあの写真からインスピレーションを得て、篤哉との外出に向けた準備を進めたのだった。
〜〜〜〜〜
「まぁ俺らも華の高校生だからな。絶壁光も少しはそういうおしゃれに目覚めてもいい頃だろうッ!」
「まったく、アンタはいつもしょうがないわね。」
ブラウンのジャンパースカートに薄くベージュがかった白の半袖ニット、黒のドレスシューズ......こんなにフェミニンなコーデを身に纏ったことはかつてなかった。袖を通した最初こそ自分が自分でないような気色の悪い心地もしたが、今は自分の身を守る鎧のような気もしている。いつもなら鉄拳制裁を加えている篤哉や弥の絶壁イジりも、今だけは許してしまうー
篤哉と話したり、瞑想に耽っているうち、目的地に近くなってきた。さて、本当の目的を果たしてやろうじゃない............!
初の前後編分け。ひとつにしてもよかったんですけど、いつもの時間帯に投稿できなさそうだったのでね......(毎日投稿使命感)
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