P.009 人事尽くして天命待つのみ
〈同期ズのおそらく平々凡々な日常〉
暦が6月に変わって数日。明日はいよいよコンクール用の作品の提出開始日である。最後にみんなで作品に目を通しておこう、という部長の一声でオフィスに参集することとなった。
俺が教室でのタスクを終えてオフィスに着いたころ、中には光とまりあの2人がいるのみだった。互いに談笑している様子である。
「おつかれーっす、って、まだ2人だけか。」
「うん、先輩たちももう終わる頃だろうけど。」
「あ、あぁ......」
もう別の意味でまりあを直視することができていない。出会い頭優しく応答する彼女なのだが、数日前の忌まわしい記憶がフラッシュバックして俺は頭痛がしたりしなかったり。
まりあには記憶が残っていないものの、俺の関わり方次第であの性質を呼び起こしうる可能性があると思うと、この前までと違って本当に距離を置きたくなる。
「ところで篤哉くん散文作りはどうだった?私この間俳句短歌見てもらった後から追い込みしたんだけどね......」
しかしまりあの健気に語る姿、柔らかな笑み、すべて魅力的で、とても距離を置くようなことはしたくないんだよなぁ!表情筋もつい緩むんだよなぁ!まぁ......一方で距離を間違えればまりあの狂気の扉を開くことになって。このディレンマに、しばらくは苛まれそうである。
「キッモ......」
「いやなんでだコノヤロー!」
筋肉緩んだ顔をしているから。理由は明白であるからそう心で自答する。が、まりあに関するディレンマに苛まれていることを知らずに光にドン引かれるのは甚だ心穏やかではない。
「それにしても2人いつから名前呼びしてたのよ?」
「そりゃまぁ、そういう流れになったからだろ。」
「何コイツ。」
分かる、気障な発言に聞こえてうざったさを光が感じてしまうのは分かるさ。しかし嘘偽りのない事実である上、名前呼びをしている裏で秘めたる狂気的なバックグラウンドがあることを理解してほしい。後者は言い出したくもないが。
「まりあはどうなのよ?篤哉から名前呼び。」
「どう、って言われてもなぁ。元々私からお願いしたからもちろん嬉しいけど。」
「......アンタまりあに何か吹き込んだ?」
「だからどうしてそういうロジックになる。」
何かにつけて光は俺と弥という幼なじみズをいびりがちである。特に俺に対しては顕著な気がする。理由を尋ねようにも報復が恐ろしく、長い付き合いとなった今でも聞けない。
惰性で同期たちと話をしていると、そのうち先輩たちも揃った。やかましさも人数に比例して大きくなっていくとともに、ミーティングが始まった。
〈人事尽くして天命待つのみ〉
この前、俺が主導した戦略会議のときのようにそれぞれの作品を回し読みしている。全員が読んでいる最中、俺はその様子を見回してみたりもしたが......それは真面目そのものだった。作品に、部を存続させるために注いだ全力がこもった結果だろうと思われた。
「さて、みんな一通り読んだだろうか。それじゃあ......南原君。」
「は、はぁ。」
部長からの指名があまりにも突然で呆気に取られる。そしてなぜか、部長の表情はどこか誇らしげである。
「南原君以外5人の作品を見た上での全体的な感想を、聞いてみたい。」
「これまた突飛な話ですね......でもいいですよ。というか、みんな、みなさん同じ感想なんじゃないんですかね?」
「ほう、それは何だい?」
「ちゃんと賞を取れそうであると同時にみなさんの世界観が素直に出ていました............端的に言うのであれば、最高の出来栄えでした!」
心で思ったことのそのままを勢いよく吐き出していた。
『つくつくぼうし』 本荘 光
『満開宣言』 石川まりあ
『宝物』 椛島 咲柚
『ハピネス・エンカウンター』 楠見 風芽
『星の輝きとなって』 星谷 梨子
こうして提出者名票を見ると、女子比率の高さを改めて実感するが、今はさほど重要なことではない。それよりも、十人十色な散文タイトルが氏名の横に付されているわけだが......本当にタイトル負けしない、読み応えある作品だ。俳句短歌もまた然り、だ。
コンクール作品は『賞を取れる窮屈な』文章であるべきだとこの前全員に述べた。しかし、彼女たちの作品を読んでみるとどうだろう。そんな窮屈さはわずかにも感じられない。期間が短いながらも、自分自身をそれぞれ見つめ直したのだろう。そしてその結果が素直に書かれた作品という形で如実に表れているのだろう。
とにかくそのような側面をすべて含めて何度でも言おう............最高の出来栄えである!
「確かに、私の青春とは?私自身とは?ということもリフレーミングしてみたりもしたからね。そこを気づいてくれて良かった。」
俺の分析は正しかったらしい。部長は誇らしげであると同時に、喜ばしそうでもある。
「もちろん南原君の作品群も最高だった。」
「そうですか?ありがとうございます。」
「さすがこの部にやって来たことだけはある。褒めてやろう。」
「ほんとによかったぉ〜ぎゅっってしてあげるよ〜」
「全部面白かったし、これならきっと入賞いけるよ......!」
「ほんと、篤哉国語だけじゃないのね。見直した。」
「は、はぁ、ありがとうございます......」
クセが強かったりギャップが激しいなどはあるが、全員から一様にお褒めの言葉を授かったことで特大の照れ臭さを感じている。語尾もつい吃って小さくなってしまう。
ひとしきり作品について言葉を交わし合ったのち、部長がまとめに入った。
「それではみんな、短い期間にも関わらず作品を仕上げてくれて本当にありがとう。会長にはきつく釘を刺されたりもしたが、もう大丈夫。こんなに良い作品たちができたんだ。部を存続させられることはもちろん、好成績で会長を見返すことだってできるんじゃないかな。ひとまずは心を休めて、来月1日の結果発表を待とうとしよう。本当にお疲れ様!」
部長の力強い演説を前に、俺たちの全力の拍手が湧き上がった。『もう大丈夫』、この言葉に根拠があるかと問われれば、そんなものは存在しないだろう。だけれど、その根拠無い自信が心地よかった。他のメンバーも、実に安らかな様子だった......
※
突然だが、部長は掃除や整備が好きらしい。この前まりあの作品チェックをオフィスでしていたときも環境整備を行っていた上、事あるごとにオフィスを何らかの形で清めている気がする。
「部長、こっちもやっておきますか?」
「あぁ、お願いしよう。」
ずっと部長だけにやってもらうのも忍びない。そんな考えが芽生えて、ミーティング終了後、徐ろに掃除を始めた部長に助力を申し出た。俺に割り当てられたのは窓拭きだった。
文芸部に思いがけず入部してからそろそろ1ヶ月。そんなことを作業中に思い出した。最初こそ印象最悪だった部長も、今では文学に対して直向きな、少し口調がジジくさい少女、といった印象だ。俺は歳下だけれども。
「ところで部長、文芸部の3年生は他にいないんですか?」
会話をつなげる目的で、部や部長について尋ねてみることにした。
「一応もう1人いたりもするが、その子は委託契約みたいな形で、ほとんど部室には顔を出したりしないんだ。作品を書くのも部誌のときだけだしね。」
「そうなんですか。じゃあ、部長がワンオペでこの部仕切ってきた、と。」
「いやいや、ワンオペだなんてとんでもない。楠見くんや椛島くんも助けてくれるからね。それに、南原君はじめ、1年生たちにも助けられているよ、ありがとう。」
「それは......どうもです。」
本当に、部長を『押しの強い変人』と初見の時に思った自分をブン殴りたい気分である。後輩にも気遣い感謝を決して忘れない、この上ない聖人君子じゃないかと強く思う。自分が愚かしさに、窓ガラスを磨く手も止まってしまう。志願兵なのに。
「ただまぁ......自分語りにはなるが、私が部長でいいのか、たまに疑問に思うこともある。」
「えっ。」
俺が手を止めていると、突如部長も作業を止めて近くの椅子に腰掛けた。遠くを見つめて言った、私が部長でいいのか疑問......もちろん、俺ならば声を大にして『向いてますよ』と答えたい。そう思った。だけれども、部長の言い分も聞かず即答してしまうのは、なんだか無責任だと感じた。
「どうして、そんなこと。」
一応、続きを尋ねてみる。
「私はだね、昔から物語を読むのが好きなのだよ。だが、だからといって人の心を突き動かすようなおもしろい物語を書けるかと言えば、そうじゃない。筆が乗ればうまくいくこともあるが大体思い通りにはならない。そんな人間があろうことか文芸部の部長だ。人材不足のためにだ。会長にも無能認定をされてしまったし、南原君も、この間の作品を見た上でならそう思ったろう?」
俺の評価や会長の罵詈雑言を全身で受け止めってしまっていたようだ。
すべてを諦め、嘲笑うような表情で部長はこちらに視線を送る。俺の知る部長とは全く違うようだった。そんな部長は俺の肯定を望んでいるのだろうが......言い分を聞くまでもなかった。不適、無能、そんなわけがなかろう!
「部長!俺はあくまで!賞を取れるかの観点でこの間の評価を申したまでです!賞という呪縛を離れれば文学なんてものは多様性の海!そうじゃないんですかね!」
「あ、あぁ、そうだ」
続ける。
「それに創作の腕が安定しないからなんですか!部長最初に言ったじゃないですか!文学創作にはまず直感や野性が大事だって!部長独自の直感を作品に落とし込んだら作品だって暴れ馬のようになって安定しないのも当然!部長の信じて大切にしている感性さえ武器にできれば、それで十分でしょう!?無能なんかじゃ決してないッ!」
「わ、分かった、分かったから南原君。とりあえず近い......」
「あっ。」
またやってしまった。気がつけば部長ににじり寄り、両腕で激しく肩を揺すっていた。部長の眼鏡のレンズに自分が映っているのが分かるくらいに。焦ったり感情が昂って周りが見えなくなること、どうにかならないものだろうかと本気で思う。
「すみません熱くなって......」
瞬時に手を離して、謝罪する。でも、なぜだか部長は笑みを浮かべている。
「まるで会長と対峙した時のようだったね。少し驚いたが、君は普段落ち着きはらっているからね。多少熱くなったりしてもいいんじゃないかい?」
「そんなこと、言われましてもねぇ......」
この人には決して勝てない。そう実感してしまう。俺に初めて出会った時に仕掛けた押しの強さ、誰にもフラットであるからこその無意識の人心掌握、身は小さきながらもほとんど絶えることのない気高さ。部長ー星谷先輩が文芸部の部長たる理由は、そういうこともあるのだろうなと感じた。
「まぁとにかくだ、南原君からは挑戦する機会のみならず、元気や勇気までもらってしまったね。ありがとう。文学は多様性の海か......そうだね、私が勝手に窮屈に考えていたのかもしれない。文学は七つの海だ!うん、その言葉、大切にさせてもらうよ!」
「いやすごく恥ずかしいのですがそれは......」
部長は勢いよく立ち上がって、俺のぽっと出のセリフを噛み締めていた。冷静になってみれば感情的になってセリフはクサいものであって......部長の心に刻まれるほど大層なものではないし、なにより心に留め置かれるととても恥ずかしい。
ただ......部長がニコニコと愉快そうにしているから、まぁいいか。正直、今までにないくらい楽しげな部長、いや星谷先輩は、かわいらしかった。
「必ず、各部門入賞して、存続させましょう。」
襟を正して改めて決意を固める。
「あぁ。眞名田会長に、一矢報いてやろう。」
最後に来て、部長はそれまでのかわいらしさが消えて、猛々しい意志を固めたようだった。1ヶ月後、俺たちはどうなっているのだろう............
もはや毎日投稿がコモンセンスとなっております。やはり受験生(ry
☆☆お読みいただきありがとうございます。ブックマーク・お気に入り登録よろしくお願いします!☆☆




