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恋する私に【髭】がある

作者: ひげまゆ子

 《彼》と暮らし始めて5年が過ぎた。

 

 

 私の短い《人生》の中でも、とても幸福な時間だ。

 

 

 朝、仕事にいく《彼》を見送り、夜、仕事から帰ってきた《彼》を出迎える日々。

「彼は玄関まででいいよ」って言うけれど、ベランダに出て《彼》を見つめると、とっても嬉しそうな顔をしてくれるのを、私は知っている。


 

 本当は私が料理したいけど、いつもご飯は彼が作ってくれる。

レシピは代り映えしないけれど、その優しさがとっても美味しい。《彼》は食後のスイーツの用意も決して忘れることはない。

 

 

 なかなか長い休みのとれない《彼》だけど、

時間を見つけてちゃんと一緒に遊んでくれる。ちゃんと構ってくれる。自分じゃよくわからないけれど、私の気持ちは顔に全部出てるみたい。少し寂しいなって思っていると、彼はちゃんと「どこか行く?」って声をかけてくれるんだ。

 

 

 心のそこから《彼》を愛してる。

片時も離れていたくない。不謹慎だけど、世の中がウィルスで大変なことになって、《彼》がずっと家にいてくれるのは、正直嬉しかったんだ。


 

 私にはもったいないくらい素敵な《彼》との時間に不満なんてない。

あるとすれば私自身にだ。私はお世辞にもかわいくない。街で彼と歩いていて、彼の知人にあったとき、十中八九、男の子に勘違いされる。とても悲しい。

  

 そのたびに《彼》は「彼女は、かわいい女の子なんです」と言ってくれる。すごく申し訳ないけど、それ以上にとっても嬉しい。もう一生ついていこうって思う。

 


 でも《彼》は、本当に私で良いんだろうか――――――だって、

 

 

 『私の顔には立派な【髭】が生えている。』

 

 

 それはもう顔を覆うほどにびっしりと。ご飯食べるのにも、何か飲むのにも邪魔になるくらい。


 お父さんとお母さんにも【髭】生えてるから、きっと遺伝だと思う。お父さんとお母さんのことは大好きだけど、私はもっと《普通》に生まれたかった。

 

 

 鏡で自分の顔をみるたび、何度も剃ろうと思うんだけど、《彼》はありのままの私が好きみたいで、剃らせてくれない。だから、私は《彼》と一緒のとき以外、外に出ないで、ずっと家で待ってる。

 

 

 お買い物も全部《彼》がやってくれる。洗濯とか掃除もしたいって思うけど、《彼》が全部やってくれる。

 

 このままじゃいけないって思うんだけど、【髭】の自分に自信が出なくて、毎日変わらない日々を過ごしてる。

 

 

 最近、《彼》はWeb小説っていうのにはまっているみたい。家でもよく読んでる。『異世界転生モノ』っていうのが好きみたいだ。

 

 死んで、異世界で生まれ変わって、大活躍して幸せになる話だそうだ。異世界はファンタジーな世界で、《彼》はエルフって種族が好きみたい。絵を見せてもらったけど、全体的につるっとしてて、やっぱり【髭】はない。

 

 とっても弱い魔物になったり、不幸な境遇から、頑張って大逆転する話もあるみたい。これは『ざまぁ』っていうらしい。

 

 私と《彼》との時間を奪っていくWeb小説は、何だか苦手意識があったけど、『ざまぁ』はとても共感できる。

 

 

 これは私の物語だと思う。

 

 

 私もこれから、進化したり、レベルアップして、この【髭】をなくすんだ。私を男の子って言った人たちに『ざまぁ』するんだって思った。

 

 あ、でもいっそ、私と《彼》で異世界に行ったら良いんじゃないかな。私の【髭】はなくなって、きっとエルフになるんだ。

エルフは大森林のなかで長い年月を生きるらしい。《彼》もエルフになって、一緒に森を散歩しながら生きていくなんて、

なんて素敵なんだろうか――――――

 

 

 馬鹿だと思われるかもしれないけど、私はそれから一生懸命祈った。心の中で何度も祈った。

 

 

 『神様お願いします!』『神様お願いします!』『神様お願いします!』『神様お願いします!』『神様お願いします!』『神様お願いします!』『神様お願いします!』『神様お願いします!』『神様お願いします!』『神様お願いします!』『神様お願いします!』『神様お願いします!』『神様お願いします!』『神様お願いします!』『神様お願いします!』『神様―――――』

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 最近、《あいつ》の様子が少しおかしい。

 

 

 元々内向的な性格ではあったが、最近は輪をかけてひどくなっている。外で知っている顔にあっても隠れてしまうし、そもそも外に出たがらない。家にいてもべったりで、片時も離れようとしない《あいつ》のことを考える。

 

 たまに家を出ると長い時間吠えているみたいだ。今までこんなことなかったんだが。

 

 

 「僕もほとんど家にいるからなー。ちょっと構い過ぎたかも。分離不安かなあ。」

 

 

 家を出るのを嫌がるから、運動不足気味なのも、原因かもしれない。

 

 

 「そろそろ、遠出もしたいんだけど、こんなご時世だからなあ。」

 

 

 検索サイトで目ぼしい施設を検索してみる。

 

 

 「お、近くの温泉やってるな。併設の公園も広いし、一回りして温泉に入れば、《あいつ》の気分も変わるかな」

 

 

 今日の予定を決めて、早速、《あいつ》に声をかける。

 

  

 「■■■ー!、今日の夕方、ちょっと大きな公園と温泉行こうな。日中はちょっと暑すぎるからなー。もうちょっとだけ、我慢してくれな?」

  

 

 「わん!」

 

 

 

 


 


 「夕方まで時間もあるし、異世界小説読もうかな―――――

 今日のタイトルは、『最愛のワンコと異世界転生して、エルフのおしどり夫婦になる』」


 


―Fin―








お読みいただきありがとうございました。

愛犬は《ミニチュア・シュナウザー》です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ワンコの話だったんですね。女の子に髭が生えてるのかと思いました。笑 [一言] これもかなり面白いです。特にオチが好きですね。 夫婦の話かと思いきや、主人とペットだったんですからね。こいう話…
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