第80話 水魔将フロウ
アンナとティリア、ネーレの三人は、オルフィーニ王国の中心都市ブームルド内を駆け抜けていた。
その目的は、都市を浸水させている即席水没器を破壊することだ。
道中、三人もエスラティオ王国の兵士達と遭遇し、事情を聞かされた。
周囲の水魔団は、その兵士達が引き受けてくれる。そのため、三人が目指すべき場所は、ただ一つである。
「お姉ちゃん!」
「カルーナ!?」
そこで、道の横からカルーナがやって来た。
「どうして、ここに!? 戦いは終わったの!?」
「エスラティオ王国の援軍が来てくれて……」
「援軍のことは知っているけど……」
「そこに、プラチナスがいて、敵を引き付けてくれたの」
「プラチナスが!?」
カルーナの言葉に、アンナは目を丸くする。
しかし、すぐに思いつく。ツヴァイが、こちら側についているため、プラチナスも味方になったのではないかと。
「そうか……プラチナスはツヴァイのために……」
「うん、そうみたい……」
「プラチナスさんが……」
「……それじゃあ、カルーナも行こう!」
アンナの一声で、四人は走るのを再開する。
しばらく足を進めると、目的の物が見えてきた。
「あれが即席水没器……」
「うん、私もさっき見たけど、恐らく周りに水魔団がいるはず……」
即席水没器の周りには、見たところ誰もいない。
しかし、カルーナの言う通り、誰もいないはずはないだろう。
アンナは周囲を警戒しながら、即席水没器に近づいていく。
「……アンナ! 危ない! 下だ!」
「下!?」
そこで、ネーレが叫んだ。
それを聞いて、アンナは地面に意識を集中させた。
地面には、即席水没器の影響で、水が張ってある。
「はっ!」
それをよく見ると、僅かに歪な揺らめき方をしていた。
アンナはそれを認識し、大きく後退する。何か、嫌な予感がしたのだ。
「くっ……!」
下がった直後、アンナがいた場所に水の柱が噴き出した。
何かはわからないが、罠だったようだ。
「なるほど……ばれてしまったか」
「はっ……!」
その瞬間、声が響く。
それは、水の柱から聞こえてくる。
「……姿を隠して、少しでもダメージを与えようと思ったが、厄介な者がいるようだな……」
水の中から、魚のような顔をした男が現れた。
その男の持つ雰囲気から、アンナは正体がわかる。
「水魔将か……」
「いかにも、我が名はフロウ……水魔団の団長である」
この男こそ、水魔団を束ねし男なのだ。
「……拙者の攻撃を予測したのは、貴様のようだな」
フロウは、ネーレに目を向け、ゆっくりと話し始める。
アンナを助けてくれたのは、ネーレの一声だ。何故わかったのか、気になっていたのだろう。
「……水の流れが不自然になったのが、すぐにわかったからな」
「ほう? 人間にしては大した観察力だ」
フロウは、ネーレにそう言い放った。
その雰囲気は、人間を見下す意図もなく、素直に称賛しているように見える。
「……それにしても、四対一か。多勢に無勢であるな……」
そこで、フロウはアンナ達の人数に注目した。
カルーナが加わったことで、アンナ側は四人。一方、フロウ側は一人。数では、アンナ達が圧倒的に有利である。
「やけに弱気だな……」
だが、その雰囲気をアンナはおかしく思った。
魔将ともあろう者が、数だけでそんなことを言うと思えないのだ。
アンナの言葉に、フロウは笑みを浮かべながら、言葉を放ってくる。
「当然のことだ。拙者は、魔将の中でも強い方ではない」
「何……?」
「勇者一人でも恐ろしいというのに、援軍付きとは、分が悪すぎる」
フロウは、弱気なことを言い始めた。
だが、その表情にそこまで焦りは見えない。
アンナは、何か意図があると感じた。
「故に、数を増やさせてもらおうか……水の分身」
そこで、フロウが腕を組む。
すると、地面から四本の水柱が立ち、そこからフロウそっくりのメロウが現れた。
「これで、数でこちらは五人、そちらは四人、数はこちらだな」
「これこそが分身術……」
「我ら四人もまたフロウ……」
「それぞれが水魔将ということだ……」
現れたフロウたちは、口々に言葉を放つ。
これは、フロウが作った分身のようだ。
「全てが水魔将……そんなことが……」
その分身に、アンナは目を丸くする。
それぞれが水魔将と同等の力を持っているなど、考えたくもなかった。
アンナ側は、ティリアは直接戦うことができず、ネーレの実力もそこまでではないだろう。
よって、戦えるのは、アンナとカルーナくらいだ。それだけで、魔将を五人倒さなければならない。
「お姉ちゃん……よく見て」
アンナが、そんなことを考えていると、横からカルーナが話しかけてきた。
「よく見るって?」
「フロウ本体が、全然動いていないの……」
「え?」
カルーナの言葉で、アンナもフロウ本体に注目する。
確かに、分身がそれぞれ構えている中、本体だけは腕を組んだまま、動いていない。
「まさか……」
「うん……あそこまで動かないということは、動けないってことじゃないかな?」
「あの状態じゃなければ、分身を保てないってこと?」
「それもあるし、そもそも、あれだけの分身を生み出して、疲れない訳もないから、それで動けないのかもしれない。でも、どちらにせよ……」
「狙うのは本体ってことか……」
カルーナの言葉で、アンナは状況を理解した。
分身がどのような強さでも、本体を倒せばいいだけだ。
もし、本体が、消耗しているなら、むしろ今はチャンスともいえる。
「アンナ、カルーナ、一人くらいなら、俺でも引き付けられる」
「私も、一瞬なら動きを止められます……」
「ティリア、ネーレ……」
「それなら、私が二体を怯ませる。お姉ちゃんは、本体をお願い……」
「わかった……行こう!」」
アンナ達は、作戦会議を済ませ、それぞれ構えた。
そして、アンナは一気に駆け出す。
「くるか!」
「麻痺呪文!」
アンナに襲い掛かってきた分身の一人に、ティリアが魔法でかけた。
すると、分身の動きが、一瞬だけ止まる。
「ほう! やるな!」
「お前は、俺だ!」
「くっ……」
さらに襲い掛かる分身に、ネーレが短剣で攻撃した。
分身は、それに対応せざるを得ず、動きが止まる。
「紅蓮の火球双火!」
「む……?」
「これは!?」
その他二人の分身に、カルーナから火球が放たれた。
二体は、それぞれ対応しなければならず、その動きが止まる。
「今だ!」
「くっ……!」
その隙に、アンナが本体に斬りかかった。
予想通り、フロウは動けないようだ。
「解! 水の分身!」
「何!?」
その瞬間、ティリアが止めていた分身が消え、アンナの前に新たなる分身が現れていた。
アンナは、攻撃を止めることができず、それは分身によって受け止められる。
「……拙者の力を見抜くとは、流石は勇者一行」
「いつでも移動できたという訳か……」
「そういうことだ……危なかったがな」
アンナ達の作戦は、失敗してしまった。
アンナは、一度体勢を立て直すため、大きく後退する。
ネーレも、後ろに下がり、分身から離れていく。
「お姉ちゃん! ネーレさん!」
「大丈夫ですか!?」
後ろにいたカルーナとティリアが、二人にそんな声をかける。
一瞬のできごとであったため、二人と特に怪我はしていなかった。
さらに、フロウがこちらを追いかけてくることもなかったため、問題はなさそうだ。
「……これは、戦い方を変えねばならんか」
「ああ、そうだな」
「ならば、あれを使うとするか」
「ああ、拙者達の力を、見せるとしよう」
そこで、フロウの分身達が笑い始める。
アンナ達と水魔将の戦いは、始まったばかりなのだ。




