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赤髪の女勇者アンナ ~実は勇者だったので、義妹とともに旅に出ます~  作者: 木山楽斗
第五章 水面に映るもの

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第72話 怪我人を乗せて

 アンナ達は、オルフィーニ共和国へと向かっている。

 イルドニア王国を出発し、数日が経っていた。

 アンナ達は、馬車で移動しており、御者席にはアンナとカルーナが座っている。


「カルーナ、こっちでいいんだよね」

「うん、そのまま真っ直ぐでいいよ」


 イルドニア王国を出発した日、カルーナはガルスと入れ替わる形で、馬車の中に入っていた。その原因がなんだったのか、アンナにはわからない。

 ただ、一つわかることは、あれからカルーナの態度が少し変わったことだった。


「ねえ、カルーナ……」

「何? お姉ちゃん?」


 アンナにとって、それはとても気になるものだ。

 カルーナの態度は、悪くなった訳ではない。ただ、少しだけ距離感があるのだ。


「その……何かあった?」

「……別に何もないよ」


 例えば、以前までならこの御者席に座っている時、アンナと隙間なく引っ付き、体を押し付けてくるが、今は引っ付いているだけなのである。


「……本当?」

「……本当だよ」


 アンナとカルーナとの関係は、一度崩れたことがあった。その時のことを思い出し、アンナは恐れているのだ。

 アンナは、再びカルーナに離れられたら、駄目になってしまうことを確信していた。

 いくら使命感が芽生えたからとはいえ、元々の目的はカルーナとの平穏な暮らしを取り戻すことなのだ。そのための前提条件が崩れたら、アンナは戦えなくなってしまうだろう。


「……それなら、いいけど」

「……うん」


 いつもより少しだけ距離の開いた二人は、変わらず馬車を走らせるのだった。





「うん……?」

「どうしたの? お姉ちゃん?」


 アンナが馬車を走らせていると、その道筋に一人の人間が立っていた。

 体はマントで覆われており、短く青い髪をした中性的な顔立ちの人間だ。年は、アンナと同じか、少し下くらいだろうか。

 その人間は、手を上げてアンナ達に合図をしていた。


「……なんだろうか?」

「わからないけど、とりあえず止まってみた方がいいかも」

「そうだね……」


 アンナは、馬に止まるように合図を出す。

 馬車が止まったのを確認すると、青髪はアンナ達に声をかけてきた。


「悪いが……俺を乗せてもらえないか?」

「え?」

「足を怪我してしまったて、歩けないんだ……」


 そう言って、青髪は足を指さす。

 確かに、包帯が巻かれており、怪我をしているようだ。


「……カルーナ」

「うん、お姉ちゃん……」


 そこでアンナとカルーナは、顔を見合わせる。

 もちろん、困っている人間を助けることは、二人にとって当然のことだ。

 ただ、問題が一つだけあった。


「その……乗ってもいいんだけど、中の人達に事情を話すから、ちょっとだけ待って欲しいんだ……」

「もちろんだ。世話をかけてしまって申し訳ないな」

「それじゃあ、カルーナ、よろしく」

「うん」


 それは、馬車の中にいる者達のことである。


「それと、中の人達はちょっと個性的だけど、悪い人ではないから、気にしないでくれるかな?」

「……うん? まあ、乗せてもらえるのに、文句を言ったりする気はないぜ」


 ティリアはともかく、残り二人はマントと鎧だ。普通の人が見たら、少々驚く可能性がある。


「お姉ちゃん、皆に伝えたよ」

「よし、それじゃあ、こっちへ肩を貸すよ……」

「すまないな、ありがとう」


 アンナが肩を貸し、青髪は馬車の中へと案内されていく。


「……あ、名前を聞いてなかったね。私は、アンナ、そっちは妹のカルーナ。よろしくね」

「俺は、ネーレだ。よろしく頼む」


 青髪はネーレという名前のようだ。

 アンナは馬車のドアを開け、ネーレを中に連れていく。

 すると、ネーレは目を丸くして驚いた。


「なっ……!?」


 やはり、事前に宣告していても、驚きは変わらなかったようだ。


「そ、その……こちらにどうぞ」


 そんなネーレを落ち着かせるために、ティリアは彼女を自分の隣に座らせる。

 ガルスとツヴァイは特に反応せず、黙っていた。


「い、いや……これはなんの集団なんだ?」

「ティリア、ネーレさんのことを任せても大丈夫かな?」

「あ、はい。お任せください」


 ネーレは困惑していたが、アンナは残りのことをティリアに任せることにする。

 いつまでも、ここで止まっている訳にはいかないからだ。

 こうして、アンナは御者席に戻るのだった。


「ど、どういうことだ?」

「ネーレさんでいいんですよね? 私はティリアといいます」

「あ、ああ……」


 ティリアは、とりあえずネーレを落ち着かせることにする。


「あちらは、ガルスさんに、ツヴァイさん。お二人とも、悪い人ではないので大丈夫です」

「ガルスだ、よろしく頼む」

「ツヴァイという。ティリアの兄だ」

「よ、よろしく……」


 二人が普通に挨拶をしたことで、ネーレも少し落ち着いたようだ。

 これで、ティリアがしたかったことができる。


「ネーレさん、少し足の様子を見せてもらえますか?」

「足を?」

「私は回復魔法を使えます。だから、ネーレさんの怪我を治せるかもしれません」

「……そうなのか、それなら、お願いしたいな」


 ティリアのことを信用したのか、ネーレは足を上げ、包帯をとっていく。

 すると、大きな切り傷が見えてくる。


「これは……かなりひどいですね」

「ああ、森で誤って罠に嵌ってな……」

「そうですか……今、回復魔法をかけますね」


 ネーレは、森で罠に嵌ってしまったようだ。

 森には、猟師などが獣や魔物を捕まえるために罠を仕掛けることがある。それに誤って人間が嵌ることは、稀にあることだ。


回復呪文(ヒール)

「おおっ……」


 ティリアの回復魔法によって、ネーレの傷はどんどんと癒えていった。

 聖女と言われたティリアにとって、このくらいの傷はすぐに治せるのだ。


「うん?」

「あっ!」


 その時、馬車が動き出した。

 そして、その揺れによって、ティリアとネーレがバランスを崩してしまったのだ。


「ティリア!」

「に、兄さん、大丈夫です……」


 ツヴァイが思わず立ち上がったが、ティリアは無事であった。

 なぜなら、ティリアが倒れたのは、ネーレの上だからだ。


「ネーレさん、大丈夫ですか?」


 ティリアは半身を起こしながら、ネーレに声をかけた。


「だ、大丈夫……うん?」

「どうしたんです……あっ!?」


 ネーレも、どこも打ってなさそうだったが、そこでティリアはあることに気づく。

 それは、自分の手が、何か柔らかいものを掴んでいることである。

 そして、その柔らかいものは、ネーレの胸元にあるのだ。


「ご、ごめんなさい!」

「いや、別に構わないが……」


 ティリアは、すぐに手を離すと同時に驚く。


「ネーレさん、女の人だったんですね」

「ああ、別に隠していた訳じゃないんだけどな」


 ティリアは、容姿や口調から、ネーレを男性だと思っていた。

 だが、どうやらネーレは女性のようである。


「ごめんなさい……男性だと思っていました」

「それも別にいいけど、とりあえず退いてもらえるか?」

「あ、ごめんなさい……」


 ティリアは、ネーレの上から退き、再び座り直し、ネーレもそれに続く。


「でも、どうしてそんな口調を……?」

「うーん、多分男所帯で育ったからだな。その人達の影響で、こんな喋りをしてるんだと思う」


 ティリアが疑問を口にすると、ネーレはそう答えてくれた。


「……治療を続けましょうか。足をあげてください」

「ああ、よろしく頼むぜ」


 ティリアの言葉で、ネーレが足をあげる。治療が、再開されるのだ。

 奇妙な客人を乗せた馬車は、走り続けるのだった。

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