第56話 流れし毒
アンナは、悩んでいた。
現在、とてもまずい状況であるからだ。
「勇者様……」
「お姉ちゃん……」
アンナは、カルーナとティリアとともに入浴していた。
すると、王女であるセリトアが何故か入ってきたのだ。
そして、セリトアはアンナの隣に陣取った。元々、カルーナが隣にいたので、アンナは二人に挟まれることになってしまったのだ。
「……なんだろう、この状態」
ちなみにティリアは、カルーナの隣で呑気にしている。彼女は、この騒動をそもそもわかっていない。
「勇者様、ここならゆっくりとお話できますね」
「え? いや、それは……」
「今までの冒険、聞かせてもらえますか?」
それは、つい先程、またの機会と言ったはずのことだ。
「またの機会にということになったんじゃないでしょうか……」
「だから、この機会にだと思いまして……」
「またの機会……」
アンナは、セリトアが割りと自己中心的だと思った。一国の王女様のため、甘やかされていたのだろうか。
「王女様? お姉ちゃんは疲れているんです。お風呂の中で、そんな話はしないでください」
「……そうですか。それなら、仕方ないですね……」
カルーナは笑っていない笑顔で、助け船を出した。すると、セリトアは意外にも簡単に引き下がる。聞き分けはいいようだ。
「勇者様……」
「えっ……!?」
その代わりというかのように、セリトアはアンナとの距離を詰めてくる。
「む……」
「あっ……」
それに合わせて、カルーナも距離を詰めてきた。二人に挟まれ、アンナは縮こまる。
「ふ、二人とも? 狭いよ……?」
「そうですか?」
「そんなことないと思うけど」
何故か、ここだけは二人の意見が合っている。
その後の風呂でも、アンナは息苦しい思いをするのだった。
◇
アンナはカルーナとともにベッドに入っていた。
今日のカルーナは、アンナにかなり接近してくる。
「カルーナ?」
「お姉ちゃん? 何かな?」
「その……」
アンナは、カルーナに今日のことを聞くべきか迷っていた。そんなことを聞けば、カルーナが気を悪くするかもしれない。
しかし、聞かなければ、カルーナの真意はわからないため、アンナは意を決し質問することにした。
「カルーナ、今日のこと、嫌だったの……かな?」
「……うん」
アンナの言葉に、カルーナはゆっくりと頷く。
「だって、王女様……お姉ちゃんに近すぎるもん」
「やっぱり、そうなんだ……」
やはり、セリトアのことが気になっていたようだ。
「お姉ちゃんから、どうにか言ってくれないかな?」
「うーん、まあ、相手は王女様だし、強く言えないしなあ……」
「だよね。だから、嫌なんだ……だって、立場でわがままを通すなんて、絶対間違えてるもん」
「それは……そうかもしれないけど」
アンナは、相手が王女だから遠慮している面がある。それが、カルーナにとってはなおさら気にいらないようだ。
「まあ、仕方ないっていうのもわかるんだけど……嫌なものは、嫌なんだ……」
「けど、そんなに気にすることでもないんじゃない。話してみたら、案外いい人かもしれないし……」
「それは……」
カルーナは、何故かセリトアに対する敵意が大きい。アンナにとっては、それが疑問でもあった。
「お姉ちゃんが、とられる気がして……」
「とられる? そんなことにはならないよ?」
「うん……わかってはいるんだけどね……」
何か思うところがあるのか、カルーナの表情は晴れなかった。
◇
毒魔団のメデュシアは、メデューサという魔族だ。
メデューサは、基本的にはラミアと変わらない見た目をしているが、その髪だけは無数の蛇で構成されている。
彼女は、同じく毒魔団のピュリシスに呼び止められていた。
ピュリシスは、セイレーンという種族の女性だ。人間のような体だが、腕にあたる部分は羽になっており、その足は鳥のようである。
「ピュリシス……何用かしら?」
「メデュシア……貴様何を考えているのだ?」
「何を? そんなこと決まっているでしょう。イルドニア王国の攻略を考えているのよ」
少し怒ったような口調のピュリシスを、メデュシアは軽い調子で躱した。
「攻略……では、その毒をどうしようというのだ?」
「……察しがいいのね。これを、イルドニア王国に流れる川に流し込むのよ」
「なっ!」
メデュシアの言葉に、ピュリシスは目を丸くする。
「そんな手を使うなど、卑劣だ。我らが将、ラミアナ様は、そんなことを望んではいないぞ!」
「……あの方は甘いのよ。いつまで経っても、正々堂々。そんなことでは戦に勝つことなどできないわ……」
「貴様! ラミアナ様を侮辱するのか!?」
メデュシアの将を馬鹿にするような発言に、ピュリシスは激昂した。
「忠誠心というのは素敵なものよ。ただ、真の部下は、主の間違いを正すのも仕事」
「戯言を!」
「あら、わかっていないのかしら? このままだとどうなるかを」
「何?」
「現在、魔王軍は劣勢と言ってもいい程よ。いつまで経っても成果が得られなければ、ラミアナ様の立場も危ういわ」
「くっ……」
メデュシアの言葉には、ピュリシスも納得できる部分がある。
現在の魔王軍は、二つの魔団を失い、かなり疲弊している状態だ。格魔将に、迅速に成果をあげるように、魔王から通達があった程に。そのため、早く成果を出さなければ、毒魔将ラミアナも危ういのだ。
「戦いは綺麗事じゃないわ……簡単な方法で、相手を疲弊させられるなら、そうするべきなのよ」
「だが、しかし……」
「あなたは、見て見ぬ振りをするだけでいいの。これは、私が独断ですることなんだから」
「あ、ああ……」
ピュリシスは、メデュシアの甘言に惑わされてしまうのだった。
◇
イルドニア王国にアンナ達が着いた次の日、事件は起こった。
「よく来てくれたのう……」
「王様!? 一体何があったんですか!?」
アンナ達は朝早くに、イルドニア王に呼び出された。何か、深刻な問題が発生したようなのだ。
「大変なことになってしまったのだ。国に流れている川に、毒が流し込まれたようじゃ」
「毒……?」
「さらに、それによって、川の近くにある村の住人が……全滅してしまったのじゃ」
「全滅!? そんな……」
そこで聞かされたのは、衝撃的な出来事であった。イルドニア王国の数多くの村が、一夜にして滅ぼされたのだ。
実行犯は、考えるまでもなかった。アンナは、拳を握りしめながら、その名前を口にする。
「毒魔団……!」
「なんという卑劣か……我が国の民達が……」
皆が悲しむ中、一人だけ顎に手を当て、考えている者がいた。それは、ガルスだ。
「……その作戦には、違和感がある」
「ガルス? どういうこと?」
「俺の知る毒魔将ラミアナは、間違ってもそんな手を使うような女ではない。恐らく、何者かが独断で実行した作戦なのだろう」
「でも、それがわかっても……」
「つまり、ラミアナはこのことに必ずけじめをつけるはずということだ」
次の瞬間、ガルスの言った言葉が真実となった。イルドニア王に、一人の兵士が駆け寄り、耳打ちしたのだ。
「ど、どうやら、毒魔将ラミアナから一報が届いたようじゃ」
「それは……! 一体、どんなことなんですか?」
「……魔宮の洞窟の見取り図と我々への宣言のようじゃ」
毒魔将ラミアナが渡してきたものは、魔宮の洞窟内で、どこに自身とその部下がいるかというものであった。
そして、その状態で、戦い決着をつけようという、いわば果たし状のようのである。
「やるしかないみたいだな……毒魔将、ラミアナ……」
アンナは、まだ見ぬ強敵に対して、体を震わせるのであった。




