弾ける
美和ちゃんの歌声に、体の中の何かがあふれ出してる。それが息となって吹き込まれていく。指が躍るようにはしゃいでいる。
今まで抑えていたもの、抑え込んでいたものが吹き飛んでいく。
小3だった頃の自分が浮かんでくる。
必死に練習していた自分。大変できついのに楽しくてしょうがなかったあの頃。
僕は……僕はサックスが……。
指は止まり、音はやんでいる。いや、新たな音が――拍手が聞こえてくる。いくつもの大きな拍手が。
気付かぬうちに、ステージ前に人が集まっている。
ヤバイ!
美和ちゃんへと視線を向ければ、彼女も僕を見ている。
ステージ前の状況に焦る僕に対し、美和ちゃんは楽しくてしょうがない、そんな顔をしている。
とその時。
「おいっ! 勝手に何をしている」
大声が聞こえたと思ったら、拍手をする人をかき分けるようにして、誰かが近づいてくる。
髪をピッチリとセットし、眼鏡を掛けた中年男性が舞台下で足を止めた。スーツの胸元には、関係者だということを示す小さな身分証らしきものがある。
鋭い眼光が、斜め下から突き刺さってくる。
これはマジでヤバそうだ。
どうする? と視線をそっと横へと流すと、
「行こう!」
美和ちゃんは声と同時に走り出し、両手を広げてステージから舞った。
「マジかよ」
そうするしかなさそうだ。っていうか、僕の体も動いている。サックスを抱きしめて、舞台から飛び降りた。
そして、美和ちゃんの背中を追って走った。
逃げ出していく僕らなのに、拍手が見送ってくれていた。
――取り残されたサックスケース。それには、まったく気付いていなかった。