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僕らのガッカリ桜  作者: ゆらゆらゆらり
安田大地編
7/58

埋没

 マイクスタンドの前に立った美和ちゃんは、「最高の景色だね」


 広場にいる人たちが、何か始まると思ったのか、ステージへと視線を向けている。奥へ奥へと後ずさりしてしまう僕に対し、美和ちゃんはマイクスタンドに手をかけ、見渡すように眺めている。

 そして、突然振り返ると、意味ありげな笑みを浮かべ、「一度やってみたかったんだよね」


 君がいた春は♪


 歌いだした。しかも、マイクのスイッチを入れて。


 チラチラと覗き見るようだった視線が、顔ごとステージに向かってきている。完全に何か始まったと思われている。


「ヤバイって」


 美和ちゃんに近づいて、背後から声を殺して言葉をかけたが、完全にスルーされている。


 遠い夢の中♪

 空に消えてった♪

 咲き誇るさくら♪


 ゆっくりと刻むように、言葉をリズムに乗せている。

 一拍置くと、今度は頭を軽く動かし、リズムを取り始めた。

 そして――リズムに乗って再び歌いだした。歌詞は春ようにアレンジされているが、それは確かな『夏祭り』


 また、心の奥底がざわめいている。楽し気に揺れる美和ちゃんの背中に、心がはしゃいでいる。

 心に体が反応していた。

 ケースに近寄り、サックスを取り出していた。


 サックスストラップを首にかけ、立ち上がると、美和ちゃんと視線が重なった。

 目の前に広がってくる笑顔に、僕はうなずきで応えた。

 美和ちゃんの声を耳に、息を吹き込めば、指が動いていく。

 昨日の夜、僕はこの曲の楽譜を手にしていた。




     ★


 ベッドに入っても、興奮からか、なかなか寝付けずにいると、ふと美和ちゃんが口にした曲名が浮かんできた。

 夏祭り――その曲名が遠い記憶のどこかで引っかかっている。ような気がする……?


 もしかすると……。


 ベッドから飛び起き、何でも押し込んでいる戸棚を漁った。

 これでもない、これでもないとやっていると、目当てのものが見つかった。長いこと眠っていましたという感じで、くすんでいて埃もまとっているファイル。

 今まで練習してきた楽譜が整理されて収められている。といっても、たいした数ではない。それに自分でやったわけでもない。母ちゃんがしてくれていたことだ。


 曲名を追いながら、時期を遡るようにページをめくっていた指が止まった。

 時期を確認すると、小学3年の夏とある。まだ、始めて数か月の頃に練習していたということになる。

 基礎的なことが終わって、最初にこの曲をやったということか。なぜ、この曲が選ばれたのだろう。


 さらりと楽譜を見た感じでは、決して簡単な曲じゃない。初心者に毛が生えた程度には、難曲といっていいだろう。


 サックスを手にとり、楽譜を見ながら指を動かしてみた。もちろん、夜だし、家だし、音を出すわけにはいかないが、指はスムーズに動いていく。そして、すぐに楽譜なんていらないことに気づいた。

 当たり前だ。必死に練習した曲じゃないか。


 小学生だった頃の記憶を埋もれさせてきたからか、大事ものまで埋もれている。そんな気がする。




 

 朝食の時、僕がなにげない感じで、「夏祭りって曲知ってる?」と口にすると、母ちゃんの口が止まらなくなった。しまいには口ずさみながら、後片付けをしていた。


 母ちゃんはどこか嬉し気に、僕がどうしてもこの曲がいいといって、この曲を選んだのだと笑みを浮かべていた。

 

 僕自身が選んだ曲……。


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