はじまり
吹く風が体を撫で、心を通り過ぎていく。音楽室から洩れてくる音とともに。
学校近くの公園には誰の姿もない。土曜で、しかも午前の中途半端な時間だからだろう。いや、普段からめったに人なんていない小さな公園だ。だからこそ、ここへと足を向けていた。
高めの枕は、固いベンチ以上に寝心地が悪い。それだけじゃない。この枕代わりのケースがしきりに、問いかけてきやがる――サックス好きか?
俺は……なんで、サックスやってんだろ。
サックスが近くにあった、そういうことだろう。
5つ上のねえちゃんが小学生の時に、音楽教室をしている親戚のところに通い始めた。親は店が忙しいので、僕も預けられるように、そこに置いていかれ、楽器をいじって遊んでいた。
だから、環境。そういうことだ。
そして、もうひとつ。小学3年の時、母ちゃんが物置を掃除していたら、サックスがあったといって勧めてきた。
やっぱり、環境、そういうことだ。
それから音楽教室でもサックスを練習するようになっていた。
俺は本当にサックスが好きなのか……?
無意識のうちに右手で、左腕をさすっていた。
昔、骨折した腕だが、普通に動くし、痛みがあるわけでもない。でも、嫌な記憶が蘇ってきそうになる。嫌な自分の姿とともに。
今まで何度もしてきたように、頭を真白にして、記憶を沈めていった。
★
何かを感じる。
そこで気付いた。眠りに落ちていたことに。
僕を眠りから引き戻してくれたのは猫ちゃんたちのようだ。2匹の猫が僕を見ている。というより睨まれているのかもしれない。
学校帰りに、この猫たちを見かけたことがある。このベンチで気持ちよさそうに、日向ぼっこしている姿を。
ごめん。君らの場所だよね。
ケースを手にして立ち上がり、自転車にまたがった。少し離れたところで振り返ると、ベンチに飛び乗った2匹が、気持ちよさそうに丸まっている。
そんな姿を眺めながら、何とはなしに手は制服のポケットに伸びていた。
取り出した携帯電話――「マジか!」
表示された時刻がヤバいことになっている。聞こえていたはずの楽器の音も聞こえなくなっている。
もう昼? ってことは――大失態。最高、最大、フルパワーでペダルを踏みこんだ。