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僕らのガッカリ桜  作者: ゆらゆらゆらり
安田大地編
3/58

居場所

 音楽室に近づくにつれて、いくつもの音が耳へと流れこんでくる。バラバラとした響きからも、席について音の確認をしながら、ポンタを待っている状態だろう。


 そっと引き戸を開けると、視線が集まってくる。


 遅刻した生徒が授業中に入ってきたという感じだが、それだけじゃない表情が見てとれる。驚きの中にある緊張?

 昨日、練習中に追い出されたやつが来たからか。時間になっても姿を現さないから、今日は来ないと思われていたのかもしれない。

 音が一斉に止まったからか、空気がずしりと重くなったようだ。


「おうっ」


 空気なんてしっちゃこっちゃねえ、とばかりの張りのある声が飛んできた。光喜が手にしているトランペットを、軽く上へと上げている。

 いつもの調子に自然と、言葉を打ち返していた。「おうっ」


 手をあげて答えると、肌で感じるほど空気が変わっていた。


「遅刻だ。バーカ!」


 トロンボーン担当の池田ユイからも声が飛んでくる。


「早く準備しないと、ポンタ来ちゃいますよ」


 一番前列のフルートを手にした後輩も声をかけてくれる。

 いつもの雰囲気。ありがたい。


 急いで準備に取りかかり、サックスを手に席に着くと、ほぼ同時に戸が音を立てた。

 無音の中、ポンタは大きなお腹を撫でながら、譜面台の前のいつもの場所へと向かっていく。


 ポンタの表情が一瞬で引き締まる。普段は冗談を言うことだってあるが、練習に入れば怒鳴り声も飛んでくる。


 普門館(※2018年より解体)――吹奏楽の甲子園といわれる場所が、肩にのしかかっているということなのだろう。


 ポンタこと岡崎先生は去年の春、この高校に教師となって戻ってきた。20年ほど前までは吹奏楽の名門といわれていたこの部を立て直すために。

 ポンタは栄光の時代の生徒であり、教師になる前はプロとしてオーケストラで指揮もしていたらしい。


 去年、たった数か月の指導で、僕らは地方予選で金賞を受賞していた。でも、いわゆるダメ金。金賞は12団体だったが、3団体しか全国に行くことができない。

 僕らは普門館に行くことができなかった。

 

 

 ポンタは愛称の由来であるポッコリお腹(タヌキ腹)をなでながら、譜面台の前に立った。

 すかさず、部長である光喜の号令がかかった。僕らは椅子から立ち、挨拶をして腰を下ろした。そして、いつものようにポンタの指示を待つ。

 ポンタの視線は譜面に向かうことも、生徒たちを眺めることもなく、僕へとまっすぐ向かってくる。


 それを感じながらも、僕は視線を落とした。このまま練習を始めてくれ、そう思いながら。


「安田」、その呼びかけに応えるように顔を上げれば、次の言葉が突き刺さってきた。「帰っていいぞ」


 そう言ったポンタは譜面へと目を移している。

 僕の言葉など待っていない。今日やることの指示をだし始めている。


 僕は立ち上がっていた。今はそれしかない。自然と体が動いていく。

 サックスをケースに戻し、無音の中、戸へと向かう。

 向きを変えると、ポンタも無言になって、譜面を見つめている。僕が一礼し、顔を上げても、何も聞こえてこない。


 戸を開けて出る時、光喜の声が聞こえてきたが、振り返ることなく、足を踏み出しつづけた。


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