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僕らのガッカリ桜  作者: ゆらゆらゆらり
安田大地編
20/58

祭りから遡ること1か月半前

 僕らが2年も終わりのこと。


 練習前に突然、ポンタに、「安田、アルトサックスに変更だ」と告げられた。


 できません、と言っても、「もう決めたの」一点ばりだ。そんなことを言われても、吹けるわけがない。もう何年も吹いていないのだから。指だって……動かない。


 そんな僕に対し、ポンタは「大丈夫だ」と言い、そのままサックスが押し付けられた。




 でも結局、吹くことはできず、ポンタに「パーカッションに戻してください」と頼み込んでいた。

 ポンタは、とりあえず保留、と言ったが、なんと言われようがやる気はない。

 そんな思いで、パーカッションに戻り、部活の練習は終わった。




 その日の帰り、光喜とともにうちの蕎麦屋で、遅めの昼食を食べていた。

 今日は定休日だが、新作天ぷらの揚げだめしということで、父ちゃんは店にでていて、僕らは試食がてら、天ぷら蕎麦を口にしていた。


 試食といっても、父ちゃんが味のことを、どうこう聞いてくることはない。僕らが食べている間も父ちゃんは、カウンターの向こうで何やら作業をしていた。


 反対に、いつもなら母ちゃんが、あれこれ聞いてくるのだが、今日はひとり暮らしをしている姉ちゃんのところに行っているので、店も静かだ。


 光喜は、うまいな、と言いながら、蕎麦をすすり上げ、天ぷらにもかじりつている。そして、カウンターの向こうへ、「おじさん。紅しょうが天ぷらもいいですね。もちろん、おじさんの腕があってこそですけど」

 その声に、父ちゃんは微かな笑みで応えている。


 早々と蕎麦をたいらげた光喜は、どこか改まった口調で、「大地。サックスやってみろよ」


 その声に、口に運びかけていた箸をとめ、光喜を見つめていた。

 言葉がでない僕に対し、光喜は同じ言葉を繰り返し、さらに、「ほら、うちの部、サックスパートが弱いじゃん」



 どこか後付けのように、言葉を足してくる。

 確かに、サックスパートが弱いといえば、そうかもしれない。だけど、それは新入生が入ってくれば変わる可能性がある。


 そのことを言うと、光喜は、「確かにそうなんだけど、なんていうか、ポンタはお前に期待しているというか……」

「なんだよそれ。一度も吹いたことがない俺にか。意味わかんねーし」

「いやあ……」


 光喜は言葉がないといった感じで、声がしぼんでいた。それでも、言葉を引っ張りだそうとしている。


「ほら、えーっと、お前今でも毎朝走っているじゃん。だから、人並みはずれた肺活量に可能性というか、なんというか……」


 その無理矢理感のある物言いに、そうか、というほど僕も純粋じゃない。

 ランニングにしている時にポンタに会ったこともなければ、見かけたこともない。もし、光喜か誰かがポンタに話していたとしても、それで、それなら管楽器を吹かせてみようなんてなるだろうか。


 もし、サックスの経験者というなら、話は別だが。ってことは、お前!


「おいっ! ポンタになんか余計なこと話したか?」

「いや、話してはいない。ただ、どこかで何かで伝わったのかもしれない……かな?」


 なんだ。そのあいまいな言い方は。


「要するに、(サックスをしていたことを)知ったことは確かなんだな」

「かもしれない」

「だとしても、サックスをやる気はない」

「そんな、きっぱり宣言すんなよ。もったいないじゃないか。大会で優勝するほどの腕があるのに」


 どれほどの腕だよ。たかが、小学生の大会じゃないか。今の高校生のレベルからしたら、所詮子供のレベルだよ。


 そう言うと、光喜は、「違う!」と語気を強めた。さらに、


「俺なんかが言っても、しょうがないけど、あれは凄かったよ。あの頃は技術とかそんなもん全然分からなかったけど、ここが――」、自分の胸を拳でたたき、「めっちゃ震えたよ」


 あの大会を光喜は見に来てくれていた。優勝して、とても喜んでくれていた。でも、ここまで思ってくれていたとは知らなかった。

 ありがたい。でも、吹くことが……できないんだ。


「ごめんな」、その後の言葉が続かない。それでも、絞り出した言葉は、「思うように指が動かないんだ」


 その言い訳をするたびに胸が痛む。

 光喜から言葉は返ってこない。父ちゃんは何をしているのだろう。カウンターの向こうからも何も聞こえてこない。

 静けさが息苦しい。


 光喜が無言のまま立ち上がった。顔を向けると、光喜は「そうか。なら、しょうがない」

 にっこり笑い、無理いってごめんな、と小さく頭を下げた。


 そんなことでしないでくれ、そんなこと。


 光喜は横の椅子に置いていたトランペットケースを手に取ると、父ちゃんのほうへ、「ごちそうさま。うまかったです」と声をかけた。

 父ちゃんはドアひとつ向こうの家に戻ったのか、何も聞こえてこない。


 光喜は座ったままの僕に、じゃあな、と言って立ち去ろうとしている。その背中を、「あのさ」と呼び止めた。

 全てを話したかった。聞いてもらいたかった。


「俺……逃げたんだ。サックスから」


 光喜が驚きの顔で、僕を見つめている。そして、無言のまま、元いた椅子に戻ってきた。


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