表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕らのガッカリ桜  作者: ゆらゆらゆらり
安田大地編
11/58

うらめしき携帯

 とその時、曇った音が。

 本当にこいつは、タイミングをよんでくる。悪い意味で。


 ちらりと美和ちゃんを見れば、電話にでて、といった感じで小さくうなずいた。

 となれば、ほっとくわけにもいかない。おそらく母ちゃんだから、何としても上手く聞き流すしかない。


 だが、携帯電話をポケットから取り出し、確認してみると家からではない。とはいっても、こちらも上手く聞き流したいところだ。

 光喜は前置きなしに、『お前、立見公園にいるのか?』、と言ってきた。突然のことに、いなくは……ない、としどろもどろになってしまう。


『ポンタが、すぐに武道場に来いってよ』


 武道場?


 口をついたつぶやきに、光喜が答えてくれた。

 どうやら、明日の演奏会のために、大型楽器や機材などの搬入をしていうるようだ。去年のことを思い起こせば、園内にある武道場が控室と楽器置き場になっていた。今年も同じのようで、駐車場に止めたまバスから、部員総出で運び込んでいるという。


「じゃあ、先生も今、武道場に?」


 当然のことを口にしている。いるから、呼び出されているわけだ。


「あぁ、関係者の人に挨拶にいってきたみたいで、さっき戻ってきたよ。そしたら、なんでかお前のサックスケースを持ってるし、すぐに呼び出せときたもんだ」


 サックスケース?


 完全に浮かれていた。サックスケースをどこかに忘れていたことに、今頃気付いた。忘れた場所はステージだろう。だけど、なんでそれをポンタが?

 何か嫌な胸騒ぎがしてくる。ステージ下に近づいてきたスーツ姿の男……。

 耳には光喜の声が届いているが、全然頭に入ってこない。


『――まあ、いいや。後でゆっくり聞くから。とにかく、今すぐ来いよ』

「いや、俺は……」


 僕の声など聞く気はないといった感じで、電話は切れている。


「大ちゃん」


 その声に視線を向けると、美和ちゃんが微かな笑みを浮かべて、


「すぐに行ってあげて」


 電話内容は分からないだろうが、僕が行かなくてはならないということは察しているようだ。


「いや、いいんだ」


 それより、行きたい場所がある。


 美和ちゃんは一歩、二歩と足を踏み出し、僕の前に立つと、手にしてしるものを、そっとつかみ取った。そして、もう一方の手にあるオレンジジュースを一気に吸い上げた。

 向きを変えて走り出したと思ったら、数メートル先で、ふわりと両手からカップが浮き上がり、ゴミ箱へと消えていった。


 美和ちゃんは振り返ると、茫然と立ち尽くしている僕に向かって、


「大ちゃん。明日がんばって」


 えっ、と言葉をもらす僕に対し、


「明日、あのステージで演奏会でしょ」

「そうだけど……」


 ふと、気付く。舞台袖近くの壁に張られていた紙のことを。美和ちゃんもあれ(予定表)を目にしていたのか。僕があれを見つめていた姿も。


 美和ちゃんは小走りで戻ってくると、僕の両肘辺りに手を添え、くるりと向きが変えられた。そして、早く行ってあげて、と背中が押し出される。

 戸惑いの中、振り返ると、


「明日、楽しみしてる」


 にっこりほほ笑んでいる。


「いや、でも……」


 でられないかもしれない。また、怒鳴られて追い返される。関係者の人に文句を言われて、ポンタの怒りは倍増しているかもしれない。


「大ちゃんがサックスを吹いているところ、もっと見たいの。だから……」


 笑顔だったのに、どこか寂し気にゆがんで見える。瞳が潤んでさえいるように見える。

 なんで、そこまで。なんで……。


「わかった」


 僕はそう言葉を返していた。

 どこかしんみりとした雰囲気になっているのを打ち壊すように、美和ちゃんが明るい声で、早く早く、と再び背中を押してくる。


 ゆっくりと歩を進めた。

 土下座してでも、明日はださせてもらおう。

 僕は足を止め、振り返った。そして、声を強く押し出した。


「演奏会の後、一緒に桜見に行こ」


 美和ちゃんが笑顔で大きくうなずいてくれている。




 武道場に向かう途中、野外ステージが目に映った。

 足を止め、今は誰もいないその場所を見つめてしまう。手は自然と胸元にあるサックスへと伸びている。

 あの瞬間の感覚が蘇ってくる。そして、それは沈めていた遠い記憶も引き上げていた。

 小学生だったあの頃を――


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ