第二十一話 魔女の約束
一旦は訪れた静寂。
それを切り裂くかのように三人は一気に飛び出す。
もちろん、魔力を集めながら。
しかし、目の前の神の器はもはや破壊の権化だ。
ゴルゴタ一帯のバノルス、マスグレイヴ双方の軍を壊滅させたその力は想像以上で、すでにあちらこちらクレーター状の地形になるほどの攻撃を浴びているのに、未だに動き続けている。
リベカが封印するのでやっとだったというのも納得だ。
それでも、これが最後の機会なのだ。
幸せになるために、ひたすらにあがく。
その三人が飛び出すのを見計らったかのように、ケセフ・ヘレヴは魔力を集め、一気に放出する。
全てを闇に葬らんとする、まさしく神の雷だ。
しかし、こちらには神の力を宿した器が三つもある。
今までの努力も合わさり、それに対抗できる。
「ナイトメア・ブラスター!」
桜月が黒魔法の大砲を連発すると、まるで大蛇のように曲がりくねり、神の雷と激突する。
その力は拮抗し、どちらに転んでもおかしくない。
それでも、まだこちらにはそれ以上の力がある。
「マジカル・シェア!」
桜空が桜月の魔法に魔力を供給する。
その途端、一気に均衡が崩れる。
桜月の大砲が飲み込んでいき、ケセフ・ヘレヴへ迫る。
もともとケセフ・ヘレヴは周りに「シールド」、「マジカル・ブレイク」を展開していて、守りが厚い。
それでも、こちらも「マジカル・ブレイク」を合成魔法にすることで、その守りを打ち破れた。
たびたびケセフ・ヘレヴの魔力が弱まっているから間違いない。
もしかしたら、「マジカル・ブレイク」同士が打ち消し合っているのかもしれないが、残りの「シールド」だけなら、力で打ち壊せる。
その想像通り、ケセフ・ヘレヴを大砲が襲うと、先ほどまで感じていた魔力が急に薄くなる。
効いている!
こちらは追い込まれているが、それは向こうも同じだ。
「五月!」
桜空が叫ぶ。
この隙を逃すわけにはいかない。
「カノン・ブレイカー!」
五月が一気にカノンに魔力を送り、大量の大砲を放つ。
先ほどの「ライジング」を使っていた時よりは劣るが、それでも鉄を溶かすような、凶悪な一撃であることには変わりない。
それがすべてケセフ・ヘレヴを覆いつくすと、空気が割れんばかりの轟音や衝撃波、焼けるような熱さが伝わってくる。
「シールド!」
空間魔法を桜空が使うが、先ほどまでとは勝手が違う。
先ほどまでは、いわば壁のような盾の状態に魔力で練り上げていた。
だが、それでは自由が利かない。
そのため、鎧のように体の周りに展開したのだ。
そうすれば自在に魔法を操ったまま、防御もある程度できる。
実際、五月の魔法の余波は完全に防げた。
それに、ケセフ・ヘレヴの魔力も、霧のように消えそうなほど、弱まっている。
そこで三人は直感する。
――今がその時だと。
己の魔力のすべてを費やし、古の運命に終止符を打つ。
その最大の好機であり、最後の機会なのだ。
「桜月!」
そのため、桜空はあらかじめて決めていた一連の作戦の決行を決意する。
「はい!!」
それは桜月もわかっていた。
「母様! 五月! 魔力を集めておいてください!」
「はい!!」
スタートダッシュを切るのは桜月。
桜襲の切り札を使い、三人の体調、魔力を万全にするのだ。
そのために必要な魔力を集めながら、桜月はふと思った。
(……たぶん、体が持たないんだろうな)
いくら桜襲とはいえ、切り札を四回も使うことになる。
それ以外に、「ライジング」を三回使ったことになるのだ。
特に「ライジング」は、使った後にしばらく寝たきりだったし、二回目にはそれが半年以上も続いたのだ。
無事で済むはずがない。
それでも、みんなに、五月に、桜空――母様に、幸せになってほしいのだ。
そのためなら、わが身を差し出すことになろうとも、一向にかまわない。
みんな悲しむだろう。
それでも、その幸せのために全力を尽くしたかった。
(……みんな、ごめんね)
心の中で謝りながら、魔力を解き放った。
「アウェイキング・オブ・サクラガサネ!!」
その瞬間、一気に体の中から燃え上がるように魔力が沸き上がり、体が軽くなる。
それは、五月と桜空も一緒だろう。
そのすべてを叩き込む!
「ライジング!」
禁忌とされた魔法を使った途端、全身が悲鳴を上げる。
骨が砕けるのではないかと思うほどきしみ、永遠の眠りにつきそうなほど、体が重くなる。
それなのに、魔力だけはプロミネンスのように爆発的に体の中でうごめく。
全て解き放ったら、今度は終わりだ。
そう思ったが、覚悟は決めていたのだ。
ためらいなく、桜月は魔力を放った。
「ナイトメア・ブレイカー」
その莫大な魔力を感じながら、桜空はふと物思いにふける。
(……そういえば、初めてだな)
禁忌とされた「ライジング」は、その教えを守り続け、決して使わなかった。
それを破るのだ。
母上や、リベカ様達に背くことになる。
それでも、不思議なことに、それでもいいと思った。
それは、ずっとガリルトが、バノルスが背負い込んできた古の運命を、重荷を、ようやく終わらせられるから。
その解放のためなら、よろこんで戒めを破ろう。
それに、今はその柵から解放されるべきなのだ。
五月を、桜月を、みんなを巻き込んでしまった。
その贖罪のためにも、終わらせよう。
「ライジング」
その途端、これまで感じたことがないような、燃え上がる感覚を体に覚える。
魔力がふつふつと湧き上がっている。
それと同時に、どんどん体から力が抜けていく。
なるほど。どうりで禁忌になるはずだ。
こんなに体に負担がかかるのだから、ただでは済まない。
それでも、また幸せをつかむんだ!
「ライトニング・ブレイカー!!」
一気に魔力を放ち、桜月の「ナイトメア・ブレイカー」と混ざり合う。
それは、合成魔法と言えるようなもの。
黒魔法最強の魔法と、黄魔法最強の魔法が合わさった、「サン・アンド・ムーン」だった。
それを確認すると、五月も魔力を解き放った。
「ライジング」
そして、湧き上がる魔力を根元から絞り出しながら思った。
(……これで、終わり、か)
妙な感傷にふける。
全ては遠い昔のご先祖様の、リベカが発端だ。
それでも最初はそんなことは知らなかった。
お父さんとお母さんが死に、デマを流された。
心に深い傷を救ってくれたのが、楓と雪奈。
裕樹とも出逢え、また光を見ることができた。
それでも、二人は死んでしまった。
またデマを流された。
それでふさぎ込んでいた五月を支えてくれたのは、他でもない、裕樹だ。
――絶対に幸せになる。
裕樹とその約束を交わしたからこそ、前を向こうとすることができた。
そうやってもがいて出逢ったのが、ズッ友のかなちゃん、マリリン。
魔法やデマのことがあっても、決してひどいことはしなかった。
むしろ、ずっと五月のことを思ってくれていたのだ。
そんな彼女たちと幸せになるためにも、距離を置かなければならなかった。
そんな時、ずっとそばにいてくれたのは、最初からそばにいてくれた桜空だ。
疑った時もあったけれど、娘のように大切に思ってくれていたからこそ、心から信頼できたし、大好きだ。
母親同然の存在であり、姉になってくれた。
その桜空のおかげで、魔法を使えるようになって、呪いに対抗できるようになった。
それで出逢ったのが、友菜ちゃん、リーちゃん、柚季ちゃん、亜季ちゃん。
みんな、ズッ友のように接してくれた。
そして、ご先祖様も一緒になって、裕樹と恋人になれた。
もう、幸せはすぐそばだ。
だから、絶対みんなで幸せをつかむんだ。
そのためにも、絶対生きて帰る!
「……アウェイキング・オブ・ムーンライト・カノン!!」
体の中のすべての魔力をぶつける。
すると、まず「サン・アンド・ムーン」がケセフ・ヘレヴを飲み込み、その衝撃が広がる直前、ケセフ・ヘレヴの周りを取り囲むように、数百メートルほどの巨大な光が浮かぶ。
どこか幾何学的な模様で、まるで魔法陣のようだ。
そう思った次の瞬間、魔法陣から太陽が生まれたような、全てを無に帰すほどの巨大な光の奔流が巻き起こる。
それは、結界を突き破って、遥か彼方の空まで伸びていく。
なぜか、衝撃はなく、ただそこに巨大な光があるだけといった感じだ。
おそらく、それに触れただけで瞬時に消えていくのだろう。
まさに、全てを破壊する魔法だった。
「……あっ」
思わず桜空は間抜けな声を漏らす。
その光は細くなっていき、次第に消えていった。
その光の中にあったはずのものは、全てなかった。
……ケセフ・ヘレヴでさえも。
「……あ、あはは……、終わった、のかな……?」
体をふらつかせながら五月が尋ねる。
「た、たぶん、……ね」
桜月が頷く。
確かに、神器の魔力は、イオツミスマル以外、ない。
「……そっか。……よかっ、た……」
そのまま目の前が真っ暗になり、五月は倒れた。
「さ、さつ、……き」
桜月は駆け寄ろうとするが、体が動かない。
そのまま倒れこむと、意識が闇の中に吸い込まれた。
「さ、五月……? 桜月……?」
その二人の下に桜空も駆け寄りたかった。
抱きしめて、今すぐに手当てしたかった。
それでも、思うように足が動かず、倒れる。
(……あはは。せっかく勝ったのに、もう、動けないや)
瞼が重くて、抗えない。
そのまま吸い込まれるように目を閉じた。
(……ごめんね、みんな。今は少し、休ませて……)
次回、第二十二話「お帰り」。明日投稿になります。お楽しみに。