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魔法の契りで幸せを  作者: 平河廣海
最終章 アフターグロウ
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第十七話 恋人つなぎ

「……どう? 似合う?」


 着付けを済ませ、紅白の巫女服にその身を包まれた五月が、くるりと回って桜空と桜月に見せる。

 綾花が手伝ってくれたが、やはりみんなの前で祭りをするとあって、きちんとしなくてはならない。

 一応綾花はこれで大丈夫だと言っていたが、最終確認のためにも、二人に確かめて欲しかった。


「ばっちりですよ、五月」

「うん。母様の言う通り。似合ってるよ、五月」


 二人から笑顔でお墨付きをもらう。

 綾花を含め、着物に慣れた三人からのお墨付きなので、ようやく安心する。

 今日は、杯流しの日だ。

 源家当主として、巫女の役割を全うしなければならず、最低限、巫女服を着こなすなど、身だしなみをきちんとしなければならなかった。

 改めて鏡に映された自分の姿を見るが、サイズはぴったりに見えるし、崩れている様子もない。

 それに、自然と身が引き締まるような気がして、いかにも巫女だという雰囲気が出ている。

 心も見た目もよく、準備万端と言えた。


「ありがと。とりあえず、打ち合わせまであと十分くらいだよね?」

「うん。そう」


 桜月が予定表を見ながら頷く。

 一週間ほど前にこちらに来たばかりだが、早くもなじんでいるようで、村人と話し込んでいたり、源神社の集会所に集まった村人の茶や昼食を準備したり、ガスコンロなどの機械を操作したりしていた。

 それは、桜空も同じで、日々の暮らしにストレスを抱えていないようでなによりだ。

 きっと、全てが終わった後、幸せをつかめるだろう。

 そのためにも、明日封印を解いて、ケセフ・ヘレヴを破壊しなければならない。

 その前座としても、杯流しのお祭りを無事に終わらせたいところだ。


「……ところで、五月」


 恐る恐るといった感じで桜空が声をかけてくる。

 視線を向けると、その態度とは裏腹に、顔が獲物を見つけたかのようにニヤニヤしていて、思わず冷や汗をかく。

 ……直感だった。

 なにか、よからぬことを聞かれる。


「最近、裕樹とすごく仲いいですよねえ? 友菜たちが帰った後、毎日のように会いに行ってましたし。いつの間にそんな風になったんですか? お姉ちゃんに教えてください」


 その瞬間、燃え上がるように顔が熱くなっていく。

 同時に心臓も大合唱を始め、うろたえるしかなかった。


「え……、えっと、その、……うーん」


 ……あの日味わった、幸福の味が、抱き合った感触が、そのぬくもりが、たった今感じたかのように、全身を駆け巡る。

 恥ずかしさに悶えながらも、しばしの幸福に包まれる。


「……なんで取り乱しながらだらしなく笑ってるの? 気持ち悪いよ……」


 桜月に引かれるが、もう恥ずかしさよりも、裕樹と恋人同士になっている甘い幸せが頭を支配していて、全く耳に入ってこない。


「完全に恋する乙女ですね……。ということは、つまり」


 そこで、桜空は五月の耳元に口をよせ。


「……ひょっとして、付き合ってます?」

「……っ!? きゃっ!!」


 今度ははっきり聞こえた。

 思わず五月は飛びのいたが、そのままバランスを崩し、倒れてしまう。

 ……ばれた。

 ばれてしまった。


「へえ。ようやくですか。よかったですね、五月」

「おめでと、五月」

「……」


 二人はニヤニヤしながら祝福してくれるが、恥ずかしさでどうにかなりそうだ。

 もはや何も考えられず、しゃべることができない。


「ほら。立ってください」


 桜空が手を差し出してくれるので、おずおずと手を伸ばし、引っ張ってもらって、俯いたまま立ち上がる。


「で、五月。付き合ってるんですね」

「……うん」


 言い逃れできないほど取り乱してしまったので、ついに観念して、認めた。

 ますますからかわれるな――。

 そう思った。


「よかったね、五月」


 しかし、意外にもそれ以上からかうことはせず、妙にうれしそうな声音が桜空から飛び出す。

 それに、いつもと口調が違う。

 こんな口調の時は、たしかバノルスのことを話して以来。

 桜空の気持ちが、よほど高まっている時だ。


「私はうれしいよ。恋が叶ったんだもん。ずっと、桜月と同じように見守ってきた五月が、幸せになれるもんね。私のことのようにうれしいよ」


 顔を上げると、見たことがないほど、桜空は幸せそうな表情だ。

 多分、これは本当に好きな人にしか見せてこなかった顔だ。

 今までつらいことばっかりだった五月には、到底見られそうもなかったものであるし、ここまで愛されているとは思っていなかった。

 でも、桜空は、自分の娘のように思ってくれていたのだ。

 もし娘が好きな人と恋をかなえられたら、どう思うだろうか。

 きっと、五月の目の前にいる、姉であり、ご先祖様であり、母である桜空と、同じ気持ちになるだろう。

 自分のことのようにうれしいはずだ。


「わたしもだよ、五月」


 それは、桜月も同じ。

 心から祝福してくれていた。


「……ありがと。桜空。桜月」


 もう恥ずかしさなど、遠くへ消えた。

 素直に今の家族たちに喜んで欲しかったし、今の喜びを伝えたかった。

 五月も至福の笑みを浮かべる。


「すごく幸せだよ。あんなに素敵な彼氏ができたんだもん。ずっと一緒にいたいよ」


 そして、絶対に幸せになる、みんなを守るという決意に燃え、顔が引き締まった。


「だから、明日、やろう。今のわたしたちならできる。そして、ずっとみんなと一緒に歩いていこう。みんな、大好きだからね」


 最後に、少し恥ずかしさが戻ってきて、少し口ごもりながら言った。


「……だから、その、最後には、裕樹と結ばれたらなって……」

「うん」


 そんな五月を、からかうことなく、二人は優しい眼差しを向ける。


「私たちも頑張るね。そして、……あなたの花嫁姿、楽しみにしてますからね!」

「……うん! 楽しみにしといて!」


三人は花が咲いたような笑みを浮かべた。



 ※



「あ! 五月ちゃん、やっほー!」

「友菜ちゃん、みんな! こんにちは! 今日はゆっくりしてってね」


 友菜ちゃんの声を聞き、振り向くとみんながいたので、五月も挨拶する。

 打ち合わせが終わった後、綾花がみんなを迎えに行き、ちょうど今来たようだ。

 予めみんなで話し合っていた時間通りで、すでに出店はやっていて、巫女の仕事をするまではみんなと遊んでいられる。

 ただ、五月以外の奥州女学院に通うみんなは、明日部活があり、早めに帰宅することになっているので、短い時間を存分に堪能しようと決めていた。


「あら、五月、巫女服に合ってるじゃない」

「うん。本物はやっぱり雰囲気ある」

「だよね! なんか、厳かというか、神聖な感じというか、そんなの」

「ありがと。みんな似合ってるって言ってくれるから安心だよ。本番、がんばるね」


 リーちゃん、柚季ちゃん、亜季ちゃんも巫女服姿をほめてくれたので、素直にうれしい。

 やる気も出てきて、準備万端。

 あとはみんなで遊んで、杯流しをすればいいだけだ。


「ところで、巫女さん。裕樹さんって来るの?」

「……? 一応来るって言ってたけど、なんで?」


 なぜかなちゃんから裕樹の話題が出るのかわからず、首をかしげる。

 そんな五月を見て、マリリンが言った。


「あのね、みんなで話し合ったんだけど、もし裕樹さんも来るんだったら、五月と二人で回ったらどうかなって思ったの」

「そんな、みんなに悪いよ。それに、わたし、みんなとも遊びたいし」


 みんなの提案はうれしくもあるが、それよりも、みんなで一緒に過ごしたかった。

 もし裕樹が来れば、一緒に遊べばいいだけのこと。

 なにも二人だけになることはなかった。


「そっかあ……。いいと思ったんだけどな……」

「だよねえ……。何か進展があるかもって思ったんだけどね」

「あ、あはは……」


 何やら不穏なことを言っている気がするので、あえて五月は苦笑いして受け流そうとする。


「ああ。それならもう大丈夫ですよ。もう、付き合ってますから」

「……」


 しかし、桜空が爆弾を投下し、一気に静まる。

 まるで、時が止まったかのようだ。

 五月も突然のことに思考が止まって、何も言うことができない。


「……巫女さん」


 やがてかなちゃんが五月の肩に手を置き、静かに時間が流れ出した。


「本当かい?」


 その瞬間、五月の顔が真っ赤に染まる。


「あ、えと、その、えっと……」

「五月」


 取り乱した五月の肩に桜月が手を置く。

 先ほどのような優しい眼差しだった。


「恥ずかしがることはないよ。みんなも五月の幸せを願ってるから。だから、みんな喜んでくれるよ」


 先ほどの会話を思い出す。

 桜空も、桜月も、喜んでくれた。

 それは、五月を大事に思ってくれているからこそだとも思える。だから、みんなも喜んでくれるはずだ。

 だんだんと落ち着いてくる。

 胸の中には、裕樹への恋心が叶った甘い喜びが満ちている。

 自然と、その喜びを伝えたくなり、五月は口を開いた。


「……うん。本当だよ」

「おお」


 みんな、桜空の言葉で知ったのだが、本人が言うと断然違うらしい。


「よかったね、五月ちゃん」

「ホント、おめでと。幸せになりなよ、巫女さん」

「ミーちゃん、おめでとう」

「うらやましいわね……。とにかく、よかったわね。仲良くしなさいよ、五月」

「おめでとう」

「それで! どっちから告ったの!?」


 みんな祝福してくれて、すごくうれしい。

 やっぱり、みんなは最高の友達で、ズッ友だと思う。

 ……それでも、内緒にしたいことはあるが。


「……ごめん、亜季ちゃん。その、それは秘密ということで」


 顔を赤らめながらうつむく。

 告白のことは、二人だけの胸の内にしまっておきたかった。


「そ、そうなんだ……」

「こら、亜季。あんた、デリカシーなさすぎ。もっと愛し合う二人のことを考えて」

「そんなこと言ったって気になるものは気になるじゃん、柚季……」

「まあ、わからないでもないですけど、今回は遠慮してください。大切な思い出なので」

「母様の言うとおりだね。わたしもあんまり言いたくないし。二人だけの秘密にさせとこ」

「……そうだね。ごめんね、五月」

「ううん、気にしないで」


 実際に結婚した桜空と桜月の言葉を聞いて、亜季ちゃんはこれ以上聞かない。

 やはり、愛し合う者同士だけで分かち合いたい思いや思い出があるのだろう。

 それを五月に当てはめるならば、裕樹からの告白だ。


「さ、みんな、早く出店に行こう。五月ちゃんの時間が無くなっちゃう」


 友菜ちゃんの言うとおり、少ししゃべりすぎたかもしれない。

 時間が限られるので、もう出店を回った方がいいだろう。


「そうだね。早速行こう」


 五月の先導で境内の方へ向かう。

 出店は広い境内に設けられていて、村全体を見渡せる高台と集会所へ向かう左右の横道にもある。

 すでに村人などでごった返していて、村人の人口が少ない割には人であふれていた。

 その出店に立っているのは、村人が大半で、残りは糸川町の人くらいだ。そのため、顔見知りばかりで、最初の出店に通りかかったところ、声を掛けられ、その出店に寄る。


「お! 五月ちゃん、友達と一緒に回ってるのかい?」

「はい。それで、雄介は今年もたこ焼き屋ですか」

「ああ! 一応、昔は店だそうと思って、大阪の方で働いてたんだよ。そのあと大山の方で働いてたんだが、潰れちまってなあ。そっから村に戻って、今は親父の田んぼを継いでるってわけよ。ま、その経験があるからこうして杯流しの時は店を出すんだけどな!

 そうそう! みんな、たこ焼き、食ってくかい? 五月ちゃんもどうだ?」

「それじゃ、お願いします。みんなもいいよね?」

「もちろん」


 かなちゃんを始め、みんなが頷く。


「それじゃ、九人分、お願いします」

「はいよ!」


 そのまま雄介はたこ焼きをとりわけ、パックに詰めていく。


「お待たせ! 熱いから気をつけて食べろよ」

「ありがとうございます、雄介」


 みんなに分け、さっそく口に運ぶ。


「あつ! でも、おいしい!」

「本当ね。伊達に大阪に行ったわけじゃなさそうね」

「ありがとよ。まだまだあるから、もっと食べたかったらもう一度来てな」

「じゃあ、アタシ、お代わり!」

「はいよ!」


 亜季ちゃんがお代わりするなど、みんなの反応も上々で、雄介も喜んでくれる。

 そして、次の店へ行き、また声を掛けられ、そこで過ごすといった具合に、みんなで楽しんでいた。


「でも、さすが源家当主ですね。村人みんなの名前を覚えてるんですね」


 いくつか店を回り、次の店へ向かっている最中に桜空が言った。


「まあ、全員じゃないんだけどね。村の会議に参加してる人はわかるよ」

「それでも大したものだよ。こんなに立派な子が子孫で、わたしも鼻が高いな」

「そうですね、桜月」

「でも、五月ちゃんは本当に頭いいから、人の顔覚えるくらい、簡単なんじゃない?」

「どうなんだろう? ただ単に何回もあってるからだと思うんだけど」

「謙遜することないわよ。それでも十分すごいから」

「ありがと。リーちゃん」


 そうやってみんなでわいわい言いながら楽しんでいると。


「あ! 見つけた! 五月ちゃん!」


 ふと、心の奥底から安らぐような声が聞こえる。


「裕樹!」


 振り向くと、裕樹があり、思わず駆け寄る。ずっと待っていたということもあるが、少し勢いをつきすぎて、裕樹に倒れ掛かる格好になった。


「あ」

「おっとっと」


 その身軽な体を裕樹はその大きな体で受け止めてくれる。


「大丈夫かい? 五月ちゃん」


 頭の上の方から裕樹の声が降ってくる。


「うん。ありがと、裕樹」


 顔を上げ、苦笑いしていると、後ろから痛いほどの視線を感じる。

 裕樹に体を預けながら振り向くと、みんな、まじまじと見ながらニヤニヤしていた。


「……どうしたの、みんな?」


 なぜみんながそんな反応をするのかわからず、首をかしげる。

 ただ単につまずいただけのはずなのだが。


「……あー、言うべきなんですかね……。その、五月、裕樹。公衆の面前で抱き合うのは、ご遠慮願いたいのですが……」


 桜空の言葉を聞いて、ふとお互いの状況を振り返る。

 五月は裕樹に倒れ掛かり、それを裕樹は体で受け止めた。

 裕樹の手は五月の背まで回され、抱かれているような格好だ。


(……!!)


 自分の状況を理解した途端、頭が茹で上がるように熱くなる。

 ……やってしまった!!

 しかも、みんなの目の前で!!


「いやー、お熱いですなあ、巫女さん」

「本当に付き合ってるのね……」


 みんなにからかわれたり、呆れられたりする。

 周りの村人からも温かい目で見られ、恥ずかしさに悶え、どうにかなりそうだ。


「ご、ごめんなさい!」

「あ、ああ……。俺の方こそ、ごめん」


 とりあえず裕樹から離れてごまかそうとするが、もう遅い。

 裕樹との間に甘ったるい沈黙が流れ、周りからはどんな関係か一目瞭然だ。

 もう付き合っているのだから、堂々としていてもいいのかもしれないが、奥手な二人にとってこれ以上周りの注目を浴びるのは無理な話で、顔を赤らめて俯くことしかできない。

 それに、五月は源家の当主だ。嫌でも注目を浴びてしまう。そんな中で周りの目を気にせず裕樹とべたべたするのも、まずいかもしれない。

 そんな二人の様子を、みんなは周りに交じって、少女漫画を読んでいるときのように、温かい目でニヤニヤしながら見ていたが、やがて桜空が何かを思いついたかのように手をポンとたたいた。


「みんな、ちょっといいですか」


 オーバーヒートしている二人は放っておいて、桜空がみんなを集め、みんなにだけ聞こえる声で言った。


「二人だけにしてみませんか? やっぱり、二人だけっていうのもありだと思うんですよ。それに、二人も私たちがいたらなにかと目を気にするでしょうし」


 妙案だとばかりに桜空は胸を張る。

 リベルや朝日と付き合ってきた経験から、二人きりの時間がどれほど貴重で、幸せな時間かをわかっていた。

 だからこそ、今この瞬間を大事にしてほしいと思っているのだ。


「でも、母様。わたしたちがいなくても、村人の目にはつきますよ?」


 桜月の言うとおり、ここには大勢の村人がいる。

 その中では二人だけでいたとしても、周りの目を気にしてしまいかねない。


「まあ、そうなんですけど、ね。それでも二人だけの時間を過ごせるので、間違いなくいいと思いますよ」

「でも……」

「まあ、いいじゃないか、桜月。二人だって、周りの目が気にならないくらい楽しめるって。それなのにあたしたちがいたら、余計意識するでしょ? だから、二人の負担を軽くするって考えればいいんじゃない?」

「はあ……。まあ、母様と佳菜子が言うのなら……。みんなもいいの?」


 桜月の問いかけに、みんな頷く。それを見て、ようやく桜月は折れた。


「……わかりました。それじゃ……、五月、裕樹」


 桜月は二人の前に来る。


「な、なに? ご先祖様?」


 それでようやく二人の時間の流れが戻る。未だに動揺しているが、二人のためにも、早めに行ってあげた方がよかった。


「わたしたち、別なところを回ってきます。二人は一緒に回ってください。では」

「へ? ちょ、ちょっと!」


 慌てて裕樹が呼び止めようとするが、すぐに桜月は踵を返し、みんなと合流してから人ごみの中へと消えていく。

 そこには、五月と裕樹の二人だけしか残されていない。


「……行っちゃったね」

「……そうだな」


 二人は嵐が過ぎ去った後のような、心がぐちゃぐちゃになった後だったので、しばらく茫然としていた。

 やがてそれは波が引くように落ち着いていき、状況が頭に入ってくる。

 みんないない。

 周りは混雑していてそれぞれ楽しんでいる。

 そんな中、二人だけ。

 この状況で二人で店を回ったとしても、よくいるカップルのようにしか思われないのではないだろうか?

 先ほどのように注目を浴びるかもしれないが、それも一部だろう。

 裕樹はそう考えると、いっそのこと堂々と一緒に過ごした方が懸命のように思えた。


「……五月ちゃん」


 そのため、裕樹は五月の手を取った。

 その瞬間、五月の胸の中がときめいて、胸の大合唱が始まる。

 五月はおずおずと見上げると、裕樹が引き込まれるような笑みを浮かべていた。


「一緒に店を回ろう」

「……うん」


 そのまま二人は手を恋人つなぎしながら歩きだす。

 互いの温もりが伝わり合って、胸が高鳴る。

 甘い幸せが満ちていて、顔がとろけそうだ。


「……ねえ、裕樹」


 だから、五月は裕樹にもう少し近づいてささやいた。


「……腕、組んでもいい?」

「……ああ」

「ありがと」


 赤面しながら応える裕樹の腕に、自分の腕を絡ませる。

 先ほどよりも裕樹の存在が強くなって、甘い幸せに包まれる。


「あ、裕樹、あれ、食べたい」


 その時、ふとあるお店が目に留まる。

 それは、綿飴屋さんで、綿飴を作る機会がドンと構えていた。


「じゃあ、一緒に食べるか」

「うん」

「じゃあ、おごるよ」

「いいの? ありがと」


 裕樹は懐から財布を取り出し、お店の人から綿飴を買う。


「いただきます」


 綿飴にかぶりつくと、ほっぺが溶けいていくような甘さが広がる。


「おいしい」


 本当にほっぺが溶けてしまっているのかもしれない。

 それほど幸せな笑みを二人は浮かべていた。



 ※



 それから時間になったので、五月は巫女として、杯流しの仕事へ向かった。

 その仕事とは、公衆の面前で、口噛酒を作ること。

 米をかんで入れ物に吐き出すのだが、昔はすごく恥ずかしくて、とてもつらかった。今となっては、もう慣れてしまったので、その気持ちよりも、本来の目的である、「今年一年の感謝をして、向こう一年の平穏を願う」気持ちの方が強く、それを意識して一心に噛み、吐き続けた。


 みんなに逢えてありがとう。

 そして来年もこんな日が来ますように。


 少しは奇異な目を向けられもしたが、ちっとも気にならなかった。

 そのあとは千渡川に向かい、去年の分の口噛酒を流した。

 今は感謝や平穏への願いだが、桜月が始めた時は、桜空の祟りの罪や、桜空との約束を思い返すためだったらしい。

 そして、その口噛酒を使った、「酒礼」によって、魔法が発現するのを妨げていたらしい。

 なんでも、酒がマジカラーゼの活性を強力に抑えるのだとか。

 それが代々続いて、一度は魔法が滅びたのだろう。


 ただ、五月は両親が死んでしまったので、源家だけにしか伝わっていなかった酒礼を行えなかったために、魔法が使えたようだ。

 つまり、ひとつ歯車が違えば全く別な運命をたどっていたのだ。

 そんな不思議な感慨にふけりながら、杯流しを終える。

 そのまま五月は源家本家で着替え、今日の役目は終わりだった。

 境内に向かうと、みんな一か所に集まり、立ち話をしていた。


「お! みんな、巫女さんが戻ってきたよ!」


 かなちゃんが五月に気付くと、みんな振り向く。

 五月はみんなの下へ駆けた。


「ごめんね、遅くなっちゃった」

「まあ、しょうがないよ。でも、うちらはもう帰らないと」


 友菜ちゃんの言うとおり、今すぐ帰らないと、大山へ向かうバスには間に合わないだろう。

 名残惜しいが、お別れの時間だった。


「で、今話してたんだけど、巫女さん、みんなで写真撮ろう!」


 かなちゃんがスマートフォンを取り出しながら言った。


「せっかくの思い出。写真撮らなきゃもったいない」

「そういうわけで! 五月、早く並んで! 裕樹さんの隣に!」

「う、うん」


 柚季ちゃん、亜季ちゃんの言うとおり、思い出の品として写真を撮らなければもったいないが、時間がないので、急いで裕樹の隣に行く。


「五月ちゃん、……その、みんな映るように、腕組もう」

「……うん」

「はいはい。主役がお熱くなってますが、その周りには私たちが陣取りますので」

「じゃ、いくよ!」


 友菜ちゃんの掛け声でみんなポーズをし。


「はい、チーズ!」


 フィルムに収まる。


「じゃ、そういうわけで、あとでスマホにアップしとくから。それじゃ、五月ちゃん、桜空ちゃん、桜月ちゃん、またね!」

「元気にしてなさいよ」

「じゃ、また」

「じゃーなー!」


 奥州女学院グループはもちろん急いで帰路に向かうが、それはかなちゃんとマリリンも同じだった。


「じゃ、巫女さん、あたしらもみんなと一緒に、綾花さんに送られるから、これで」

「うん」

「それじゃ、みーちゃん、またね」

「うん、マリリン。みんな。……またね」


 そのまま風のようにみんなは境内からふもとの方へと去っていき、裕樹と源家三人が残される。


「それじゃ、五月、私たちはお先に戻ってますので」

「え? なんで?」

「もうちょっと裕樹と過ごしたいでしょ? 邪魔しないから、ゆっくりしてね」


 そう言って桜空と桜月も去っていく。

 嵐のような騒がしさが一転、嵐の後のような静けさに包まれる。


「……行っちゃったね」

「そうだな。そういえば、さっきも同じ事言ったな」

「そうだね」


 なんだかおかしくて、クスリと笑う。


「ねえ、裕樹。ちょっとまだ人がいるから、高台の方に行かない?」

「そうするか。もうちょっと二人でいたいし」

「う、うん。そだね」


 いきなりドキリとするようなことを言われ、胸が大合唱をする。

 ただ、嫌ではない。

 むしろ、大好きな人に想われているのを実感できるので、すごくうれしい。

 そのまま二人で腕を組みながら高台へ向かうと、村全体を見渡せた。

 ところどころ明かりがついていて、その一つ一つに村人の営みがあるのだ。

 源家の当主として、それを守らなくてはならない。

 そして、大切な人たちも、自分自身も、リベカの想いも。

 そのすべてを守らなくてはならない。

 それを脅かすのは、あと一つ。

 ケセフ・ヘレヴだ。


 これまでにないほど厳しい戦いになるだろう。

 それでも、これを乗り越えて、幸せになるために、色々と努力してきた。

 ムーンライト・カノンもそう。

 魔法を防ぐというので、その機能に使われている魔法を破壊する、「マジカル・ブレイク」もそう。

 そして、乗り越えた暁には、魔法を滅ぼして、欲しかった幸せを手に入れられるのだ。

 だから、その支えが欲しい。

 今はただ、裕樹の温もりに浸っていたかった。

 五月は裕樹に体を預けると、それを受け止めてくれた。


「……やっぱり、怖いか?」

「……ちょっと、ね。やっぱり、絶対じゃないから」


 裕樹に不安を見抜かれているようで、ばつが悪く、苦笑いする。


「明日、なんだってな」

「うん……」


 ……。

 沈黙が流れる。

 裕樹の顔を見上げると、何を話そうか迷っているように視線を惑わしていた。

 やがて、それは空へ向いた時に終わった。


「ねえ、五月ちゃん」

「うん? なに?」

「……月が、きれいだな」

「……? ……っ!?」


 一瞬、何を言っているのかわからなかったが、かつて読んだ本を思い出した。

 ――裕樹は、五月のことを好きだといったのだ。


「ゆ、裕樹? なんで、今……、ふぁ……!」


 いきなりの愛のささやきに取り乱していると、裕樹に抱きしめられた。

 全身を幸せが駆け巡るが、正直何が何だかわからず、黙り込むことしかできない。


「大丈夫だ。みんながいるから。桜空さんと、桜月さんがいるんだから。だから……、待ってるからな」


 それは、励ましの言葉であり、全てが終わった後、再び逢おうというものだった。

 ……裕樹は信じているのだ。

 五月たちの勝利を。

 大好きな人の信頼の言葉は、五月の胸の中にしみわたり、心の根元を支えてくれるような、とても力強いものだった。

 ……大丈夫。

 みんながいる。

 裕樹がいる。

 絶対に負けない。

 絶対に幸せになれる。


「……うん」


 そのままゆっくりと裕樹に抱き着き、瞳を閉じると、唇に、幸福の味が広がる。

 それはいったん離れると。


「五月ちゃん」


 耳元を愛する人の吐息がくすぐる。


「大好きだ」

「……うん。わたしも」


 再び互いの唇の味を噛み締める。

 そのまま二人だけの温もりに、幸福の味に、ひたすら溺れていた。


次回、第十八話「幕開け」。明日投稿になります。お楽しみに。

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