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魔法の契りで幸せを  作者: 平河廣海
最終章 アフターグロウ
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番外編 アフターグロウ

「……えへへ」


 先ほどの甘い味の余韻に浸りながら、わたしは裕樹に体を預ける。

 わたしたち以外には誰もいないし、信じられないけれど、恋人同士になれた。

 胸の奥から満たされるような幸せ。

 ケセフ・ヘレヴのことはあるけれど、今はただ、その幸せだけに浸っていたい。

 裕樹も同じことを思ってくれているのか、わたしの肩に手を伸ばし、支えてくれている。

 先ほどのキスが終わってから、ずっとこうしていた。

 そのとき、裕樹の腹の虫が鳴き、わたしたちを現実へと引き戻していく。


「あ、ごめん」


 慌てて裕樹が頭を下げるが、……わたしにとってはチャンスだ。

 なにがチャンスかって?

 ……彼の胃袋をつかむチャンス!

 わたしは裕樹の顔を上目遣いのまま呟いた。


「お腹すいた?」

「ま、まあね。結構時間たってたみたいだな」

「そうだね。なんか、あっという間」


 スマートフォンを見ると、一時近く。野球をがんばり、たくさん食べる裕樹からしたら、かなり遅めの時間になってしまった。

 それでも、お昼ご飯を食べるのにはちょうどいい頃合いだった。


「……ね、ねえ、裕樹。その……、お弁当、作って、きたの。……食べる?」


 自信はあるのだが、やはり口に合うか、なにより大好きな人がおいしいと言ってくれるかが不安で仕方ない。

 それでも、裕樹は驚いたと言わんばかりに目を見開く。


「え? 本当か!? もちろん食べるよ!」

「う、うん。ちょっと待ってて」


 まるで子供が宝物を見つけた時のような目の輝きをして興奮しているので、少し驚いてしまうけど、その胃袋を満たそうと(つかもうと)、わたしは止めてある自分の自転車から荷物を取り出し、その中から二つの弁当袋を見つける。

 よかった。きちんと持ってきていた。

 忘れ物をせずに済んだのはさておき、素早く裕樹に大きい方の袋を差し出す。


「はい、どうぞ」

「ありがとう。それじゃ、いただきます」

「うん。召し上がれ」


 裕樹はわたしが一緒に渡したおしぼりで手を拭いてから弁当箱を開ける。

 中にはご飯、魚、卵焼き、タコさんウィンナー、唐揚げ、ミニトマトが並び、それぞれレタスで仕切られていて、色とりどりとなっていた。

 夏場なので野菜を多くできなかったのは残念だが、それでも野球をやっている裕樹のために、タンパク質を中心に、なるべく栄養素をバランスよく取れるように工夫したつもりだ。


「すごいな。これ、全部五月ちゃんが?」


 裕樹はびっくりしたように尋ねる。

 以前チョコを作ったことがあったが、それ以上の出来だと思う。見た目だけでも衝撃を与えられてわたしは大満足で、鼻が高い。


「うん。料理好きだからね。……味、どう?」


 ただ、いくら見た目がよくても味がよくなくては効果は半減。

 裕樹の心をつかむことはできない。

 そのため、裕樹がわたしの料理を口に運ぶのを固唾をのんで見守った。

 裕樹の口の中に入る。咀嚼され、裕樹の口いっぱいにわたしの料理がはじけていく。

 今頃、その味に酔いしれているはずだ。

 果たして、裕樹の口に合うのか、合わないのか――。

 わたしはひたすら見守り、審判の時を待つ。

 やがてごくんとして喉へ吸い込まれると、裕樹は、はち切れんばかりの笑顔になった。


「五月ちゃん! これ、おいしいよ! まじ最高!」

「本当!?」


 結果は、合格。

 うれしさのあまり耳を疑い、もう一度尋ねると、裕樹は次々と口の中に料理を運んでいき、味わう。

 本当においしそうな笑顔で。

 もう一度飲み込んでから裕樹は再び笑顔で言ってくれた。


「うん! 本当においしい! ずっと食べてたい!」


 すごく褒めてくれるので、照れくさいが、すごくうれしい。

 しかも、大好きな彼から言われたのだ。

 ずっと食べたいと言われたら、そうしてあげないわけにはいかない。


「ありがと! じゃ、とりあえずこっちにいる間は毎日作るよ! で、大山に行ったら会えるときに作ってくるね!」

「サンキュー! よっしゃ! おいしいし五月ちゃんに会えるし、最高だな!」

「うんうん。いっぱい作るし、いっぱい会おうね!」

「ああ!」


 うれしさの絶頂にお互いなる。

 わたしの、裕樹の胃袋をつかむという目的は大成功。

 かなり緊張したけど、もう気にせずひたすらこの楽しい時間に溺れればいいだけだ。

 わたしも自分の分のお弁当を開けて食事を始める。

 もちろん、裕樹とおそろいだ。

 量は裕樹ほどはないけど、裕樹に絶賛されただけあって、我ながらおいしいと思う。

 二人でたわいない話をしながら食べていたが、ふと、わたしはいいことを思いついた。

 いたずらっぽい笑みを浮かべながら、料理をわたしの箸に取り、裕樹の口に向ける。


「裕樹、はい、あーん」


 すると、裕樹の顔が一気にトマトのように赤くなる。


「さ、五月ちゃん!? え、えと、これって……」

「つべこべ言わない。はい、あーん」


 裕樹は突然のわたしの行為に取り乱していたが、かまわず自分の箸を裕樹の口に突きつける。

 世の中の男は、彼女からの「あーん」に弱い気がする。

 それが彼女が使っている箸なのなら、なおさらイチコロだろう。

 すでにキスを済ませているのだから、間接キスだって何回でもしたかった。

 ……結構恥ずかしくて、顔から湯気が出そうなほど熱いが、それでも裕樹との子の甘い時間に、もっと深く浸っていたかった。

 裕樹は視線を惑わせながらも、やがて決心がついたのか、わたしの箸を見つめ。


「あ、あーん」


 そう言って口を開いた。

 その中に目がけ、箸を入れると、裕樹は口を閉じ、「あーん」は大成功。

 さすがに恥ずかしさが勝ってきたので、二人とも黙りこくってしまったが、その甘美な味にいつまでも酔いしれていた。




 二人で甘い舌鼓を打っていたが、やがてお弁当がなくなる。

 そうすると、少し裕樹がうとうとし始めた。


「大丈夫? 練習とかで疲れてるんじゃない?」

「まあね。ここ数日はお盆休みだったけど、食べた後だし、疲れも出てきちゃったのかな?」


 まなじりを擦り、その瞳はとろんとしていて、すごく眠そうだ。

 ……そういえば、男の人って、膝枕にあこがれる人もいたような気がする。

 もしかして、裕樹もそうなのだろうか?

 膝枕とは言うが、腿のあたりに頭をのせていた気がするので、かなり恥ずかしいが、恋人同士だし、キスも済ませているのだから些細な問題かもしれない。

 とりあえず、聞いてみよう。


「……ね、ねえ、その、膝枕、してあげる?」

「え?」


 訳が分からないといった感じで裕樹の視線がわたしに注がれる。

 これって、やっちゃったかな!?


「あ、えと、その、男の子って、女の子の膝枕にあこがれるって聞いたことがあるから、裕樹もそうなのかなって……」

「……そうなのか?」


 裕樹はそんなこと考えたこともないといった感じで困惑している。

 やばい。

 完全にしくじった。


「あ、ごめん……。や、やっぱり今の話は……」

「……で、でも、……五月ちゃんなら、……その、うれしい」

「え?」

「だから、……五月ちゃんの膝枕だったら、俺はいいなって……」


 だんだんと裕樹の顔が赤くなって俯いていくが、それはわたしも同じ。

 大好きな人に、「わたしのだったらいい」って言われるなんて……。

 すごくうれしいけど、恥ずかしい。

 それでも、裕樹のご所望とあらば……、やってやろう。


「そ、そう、なんだ……。あはは……。じゃ、じゃあ、……どうぞ。ちょっと足が太いけど、文句は言わないでね」

「文句言うわけないだろ? とりあえず、……し、失礼します」

「う、うん……」


 ぎこちない返事をしてから正座になると、裕樹も私の真横で同じく正座になる。

 そして、その頭を傾け、わたしの腿にずっしりとした重さが伝わる。

 見下ろすと、裕樹が小さくなって頭を預けていた。


「い、痛くない?」

「う、ううん、全然」

「そ、そう」


 ……。

 お互い恥ずかしさからまたしても沈黙してしまう。

 今日はスカートをはいていなかったので、いくらかましだったが、もしスカートだったらきっとどうにかなっていたに違いない。

 裕樹の方は、もったいないと思っているのかもしれないが、わたしはまだそれどころか、ズボンですら羞恥に悶えている状況なので、これで勘弁してほしい。

 そんなこと、裕樹に考える余裕があるのかはわからないが。

 いずれにせよ、大好きな彼の頭はわたしの腿の上に預けられているのだ。

 万が一にでも落ちてしまったらいけないので、しっかり見守っていないと。

 そう思っていると、静かな寝息が聞こえてきた。


(……?)


 わたしは裕樹の横顔に視線を向けると、目を閉じて眠っていた。


(……やっぱり、疲れてたんだね)


 裕樹がどんな練習をしているのか、実際のところ分からない。

 でも、あまり体を動かすことがない魔法でも疲れるのだ。

 それは、ずっと勉強しているような、頭を酷使している状態に近いのかもしれない。

 裕樹はピッチャーで、投球スタイルはコントロールと変化球で打ち取るタイプなのだから、配球にも人一倍気を遣っていることだろう。

 それに加えて苛酷な運動をしているのだ。

 疲れて当たり前のはずだ。

 その疲れが少しでも癒せればいいと思う。


(だから、今はゆっくり休んでていいからね)


 裕樹の髪をいじくりながら、ずっとその横顔を見ていた。



 ※



(五月ちゃん、五月ちゃん)


 ……なんだろう。

 誰かに呼ばれている気がする。


「五月ちゃん!」


 やっと、はっきり聞こえる。

 これは、裕樹の声。

 耳元から愛しい人の声が聞こえてきて、心が妙に満たされていくのを感じながら、わたしは瞼を開けた。


「……裕樹?」

「おはよう。五月ちゃんも疲れてたんじゃない? 結構、ぐっすりだったよ」


 まだまどろむ意識が少しずつ覚醒していく。

 わたしは正座していて、かなりしびれている。

 裕樹は隣に座っていて、わたしのことをじっと見ている。

 ……あれ?

 おかしい。

 さっきまでわたしの腿の上で裕樹は眠っていたはずなのに。

 それに、日が傾いていて、周りを朱く染めている。

 それでようやく完全に目を覚ました。


「ゆ、裕樹!? 今何時!?」

「え、えっと、……六時」


 歯切れ悪そうに裕樹が答えるが、ようやく状況がつかめた。

 どうやら、裕樹が眠ってしまった後、わたしも眠りに落ちたようだ。

 それで先に裕樹が目を覚まして、起こしてもらったということか。


「ご、ごめん! せっかくキャッチボールするはずだったのに!」


 本当なら、今日はキャッチボールするために会ったのだ。

 裕樹からの告白を受けて、しばらく甘い雰囲気に酔っていたが、すっかり忘れてしまっていた。

 それでも、裕樹はなんでもないように笑ってくれた。


「気にしないで。ちょうどいい休みになったし。ちょっと体がこわばっちゃったけどな」


 ただ、大切な体に少なからず影響があったようなので、申し訳ない。


「ごめんね。今治すから……。リカバリー。ヒーリング」


 裕樹とわたしに黄魔法をかけると、あっという間に足のしびれが取れ、重くなった体が楽になる。

 それは裕樹も同じようで、あまりの変化に本当に自分の体だということを信じられないようで、自分の体を動かしては目が点になっていた。


「すごいな……。これが、魔法……」


 ただ、その衝撃はすぐに収まり、わたしの目をじっと見つめてきた。

 ……大好きな人に見つめられて、結構緊張する。だんだんと脈が強くなって、顔が熱くなるのを感じた。


「ありがとう。すごくいい休日だった。だから、気に病まなくていいよ。それに、大好きな彼女と一日中いられたんだから」

「う、うん……」


 「大好き」、「彼女」といわれ、本当に裕樹がわたしのことを大好きで、恋人になれたんだなあと、改めて甘い充実感が全身を駆け巡る。

 そう言ってもらえるなら、このゆったりとした時間も最高だったし、もっとこの時間が欲しいなと思う。

 だって、わたしも大好きで、なににも代えがたいほど最高の時間だったから。


「五月ちゃん」


 物思いにふけっていると、再び裕樹が声をかけてくる。

 視線を合わせると、告白の時のような真剣な表情だった。


「改めて言わせてください。……大好きです」

「……はい」


 再び愛の言葉を交わす。

 何度受け取っても飽きることがない。

 そのたびに、まるで愛の麻薬を打ったような、幸せな甘い気分になれるから。

 わたしも大好きだから。

 そして、裕樹に抱きしめられると、再び裕樹の唇が、わたしの唇に迫ってくる。

 そのままなされるがままに、わたしは自分の唇を裕樹に差し出し、再び奪われる。

 甘い幸せの味に、二人で酔いしれる。

 それを見守るのは、朱い夕陽以外、何もなかった。


次回、第十七話「恋人つなぎ」。明日投稿になります。お楽しみに。

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