第十六話 逢瀬
「枕投げをしよう!」
魔法の練習から温泉の部屋に帰り、みんなで話したり遊んだりした後、いざ寝るというときに、かなちゃんが声高らかに呼びかけた。
かなちゃんは鼻息荒く、大げさにかっこつけながら、みんなの反応を待っているかのように固まっているが、しんと静まり、みんなの痛々しい視線がかなちゃんに注がれる。
「……佳菜子、あんた、何言ってるの? そんなの、騒がしくなって迷惑でしょ? それに、何かっこつけてんの? 大げさなの、ホント変わらないよね」
その沈黙を、マリリンが破る。
かなちゃんとはみんなの中で一番親しいからこその毒舌で、呆れてため息をついている。
それでも、懇願するようにかなちゃんは言いつのった。
「だって! 友菜たち、明日には帰るんだよ? だったら、最後に大騒ぎして、思い出にしたいじゃん!
……それに、できるだけ長く、巫女さんと、サラ姉と、桜月と遊びたいしね」
「……佳菜子」
そのあまりの必死さに、思わずマリリンは口を閉ざす。
「……言いたくないけどさ、もう、みんなでいられるの、最後かもしれないんだよ? 友菜たちは明日帰っちゃうし。一応杯流しの時にまた遊ぼうって約束したけどさ、その前に封印が破れちゃうかもしれないんだよ?」
かなちゃんの言うとおり、杯流しの時まで封印が持つとは限らない。
もし破れたら、真っ先に五月と桜空、桜月は闘うだろう。
準備も十分でないままに。
リベカが神器二つを以てしても、封印がやっとだったほどだ。
命の保証はない。
だからこそ、誰一人かけることなく過ごせるのは、もうないのかもしれない。
裕樹は同じ部屋に泊まってないのだから、昼に一緒になったのが最後だ。
当たり前のように隣にいた大切な人が、いなくなるかもしれない。
その可能性が怖くなって当たり前だ。
「だからさ、あまり特別なことはしたくないけど、もうちょっと遊んでいたいんだよ、みんな」
だからこそ、当たり前の日常を少しでも長く過ごしたい。
そんな切実なかなちゃんの気持ちは、みんな同じだ。
もちろん、五月だって。
みんなとの楽しい時間こそが、なによりの力になるのだから。
「……みんな、やろう。枕投げ」
五月に視線が集まる。
「みんなと、もうちょっと遊びたいな。もっともっと、みんなと過ごしたいの。みんなと一緒の時間がたくさんあればあるほど、すごく心強い。きっと勝てるって思える。だから、お願い」
みんなと一緒に居られて、すごく楽しい。
これからも、ずっとそうしていたい。
だから、思うのだ。
みんなとずっと一緒に、誰一人かけることなく、楽しく過ごすのが、幸せなのだと。
もう、幸せに手が届いているのだ。
それをつかむためにも、最後の一押しが欲しかった。
「……みんな、やろう。私たちが勝てるように、ね」
友菜ちゃんもみんなに呼び掛ける。
その目が光っているのは、見間違いではないだろう。
他のみんなも同じだ。
そして、全員が枕投げに賛同する。
みんな、心は一つだった。
みんな揃っているからこそ、今の幸せがあるのだ。
心強いし、ありがたい。
みんなが友達で、ズッ友でよかった……。
「……ありがと、みんな」
だから、五月は至福の笑みを浮かべる。
その目から涙を流しながら。
「どういたしまして。五月」
涙声の友菜ちゃんに抱きしめられると、どんどん涙があふれてきた。
「……友菜ちゃん……」
そのまま友菜ちゃんを抱きしめ、むせび泣く。
みんなの温もりに、少しでも長く浸っていたかった。
「……落ち着いた?」
しばらくして、友菜ちゃんが優しく声をかけてくる。
五月はいつの間にか泣き止んでいていたが、ずっと友菜ちゃんを抱きしめたままだった。
ただ、そのぬくもりのおかげで、心の隅々まで温かいものが広がっている。
「……うん。ありがと」
「どういたしまして」
ゆっくりと体を離し、互いに視線が交わると、自然と笑みが浮かぶ。
心は温かいまま。
もう、大丈夫だ。
「よし! じゃあ、枕投げ、始めるか!」
「おう!!」
かなちゃんが音頭を取り、みんなで始まりを知らせる掛け声をあげる。
「じゃあ、迷惑にならないように……。『サイレンス』」
桜月が波魔法で音や振動が外へ伝わらないようにし、準備完了。
「おりゃー!! 巫女さん、くらえ!!」
「きゃっ!! このー、お返し!!」
「きゃっ! ……やってくれたわね。リーの本気、見せてあげる。えい!!」
「ぐっ……! リー、痛い。亜季、八つ当たりさせて。ほい」
「ぎゃっ! くっそー! じゃあ、桜空、地獄へ叩き込んでやるよ……。ふっふっふ……」
「やれるもんならやってみてください」
「じゃあ、いくよ! せい!!」
そのままみんなで枕を投げ合い、お祭り騒ぎ。
当たり前のようで、当たり前じゃない、楽しい時間。至福の時間。
光が駆け抜けるように、あっという間に時間は過ぎていき。
いつしか、みんな、眠りにつく。
布団をできるだけ横に敷き詰めて、みんなで五月と桜空、桜月を囲んで。
夏の暑さはあったけれども、そんなのは全然気にならない。
むしろ、みんなの温もりが強く感じられて、すごく心強くて、安らぐ。
絶対に勝てる。
絶対に幸せになる。
その気持ちが燃え上がっていった。
※
「……ということがあったの」
「そっか」
河川敷の草むらに腰を下ろして、裕樹と二人きり。
キャッチボールをする前に、昨晩のことを裕樹に話していた。
午前中に友菜ちゃんたちは大山へ戻り、かなちゃんたちは帰った。
先生には親族が体調が悪いということで、一週間ほど顔を見せられないということを話し、部活を休ませてもらうことにしてもらった。
桜空、桜月と魔法の練習をするのもいいかもしれないが、村人に怪しまれないよう、夜だけしかできない。
そのため、何もすることがなく、久しぶりに暁家の自分の部屋で一人で過ごしていたが、お昼を過ぎた後、裕樹から会えないかとお誘いがあったのだ。
二つ返事で「うん」と返した。
裕樹とも、少しでも長く一緒にいたい。
裕樹を形作る、声やぬくもりといった、全てを焼き付けていたかった。
その後、キャッチボールをするために、買ってもらったグローブを持って河川敷に行くと、すでに裕樹がいたのだ。
「ごめん、待った?」
少し急いで目の前に駆けていくと、裕樹は微笑んで言った。
「全然。今来たとこ」
それから、昨晩のことを話していたのだ。
正直、昨日感じていたことをそのまま話してしまったようなものなので、裕樹への想いの強さも伝えてしまい、とても気恥ずかしい。
いつの間にか、顔が熱くなっているのがわかった。
「……でも、うれしいな。五月ちゃんにそんなに思われてて」
裕樹も俯きながら言った。
恥ずかしくて顔を見られないが、「うれしい」と言われたことに、心が躍る。
それはつまり、幸せだと思うみんなの中に、自分も入れてくれてうれしいと言ってくれたようなものだ。
五月と一緒にいることに、とても好意的に思ってくれていることがわかって、心の中に甘い幸せが満ちていく。
「えへへ……。ホント、裕樹と一緒にいると、すごく楽しいし、落ち着くし、なんか、幸せだなあって思う、……よ」
つい呟いてしまうが、半分告白のようなことに気付き、最後のところは聞こえないほど小さくなる。
……どうしよう!?
途端に、心臓がバクバクと大合唱し、全身が熱くなる。
恥ずかしくて、前を見られず、俯く。
どうすればいいのかわからず、焦りばかりが募るが、何もできない。
「……五月ちゃん」
その時、助け舟を出すかのように裕樹が声をかけてくるが、まだ恥ずかしくて顔を向けられない。
それでもかまわず、裕樹は意を決したように、それを言った。
「好きです。付き合ってください」
「……」
思わず顔を上げる。
いつの間にか裕樹は目の前に立っていて、顔が張り詰めるほどまじめな顔をしていた。
「ずっとさ、好きだったんだ」
そして、その想いを切り出した。
「あの時、『絶対に幸せになる』って約束したときも、バレンタインの時も、組紐を渡した時も、ずっと。それは、五月ちゃんがこの間帰ってきたとき、もっと強くなった。温泉で会った時も、もっともっと強くなった。もう、俺の頭の中には、いつも五月ちゃんがいるようになったんだ」
「あ……」
裕樹に手を取られる。
胸の中がときめいて、静かに裕樹の言葉を待つ。
「でも、さっきの話を聞いて、もう我慢できなくなった。今のうちに、伝えたかった。支えになりたかった。――だから、五月ちゃん」
そのまま裕樹は息がかかるほど顔を寄せる。
胸の高鳴りが抑えられなくて、どうにかなりそうだ。
それでも、次の言葉を期待する。
……五月も、裕樹のことが大好きだったから。
「好きです。俺と、付き合ってください」
互いの視線が交差する。
沈黙が流れる。
「……はい」
その長い時間の終わりを、至福の笑みを浮かべて裕樹に伝える。
……ついに、二人の恋心は実ったのだ。
そのまま裕樹は五月を抱き寄せ、貪るように唇を奪う。
五月も幸せを逃さぬように、必死に抱き着き、幸福の味に酔いしれる。
二人は互いの温もりに溺れながら、二人だけの逢瀬を噛み締めていた。
次回、「番外編 アフターグロウ」。明日投稿になります。お楽しみに。