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魔法の契りで幸せを  作者: 平河廣海
最終章 アフターグロウ
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第十二話 源桜月

「……なかなか起きないね」


 桜月が来た日も合わせて四日目。看病の番となっていた五月は、一緒に部屋にいる桜空に思わずこぼす。


「まあ、かなり重かったですからね。時間がかかるのもしょうがないです。もうすぐだとは思うんですけどね……」


 桜月の顔色は良くなってきている。医者も、原因はわからないが、もう大丈夫だろうと太鼓判を押してくれたのが昨日の話。

 もうそろそろ起きてもおかしくない。

 その時を、どれほど桜空は待ち望んでいるだろう。

 もう二度と会えないと思っていた娘と、もうすぐ話せるかもしれないのだ。

 五月もかなちゃん、マリリン、裕樹としばらく会えなかったが、それとは比にならないほど遠い過去に別れたのだ。

 簡単にその気持ちを想像するのはできなかった。


「……ねえ、桜空」


 それでも、五月は気になったことがあった。


「桜月が起きたら、真っ先に何をしたい?」


 桜空をまっすぐに見つめて尋ねる。

 もし手伝えることがあるならば、その手助けがしたかった。

 今まで助けてくれた恩返しというよりも、比べられないけれど、永い間大切な人と会えなかったという同じ経験をした者として、その会えない苦しみや、会えた時の喜びが少しはわかるからだった。

 少し考えるかなと思ったが、意外にもすぐに答えが返ってきた。


「……『ごめんね』って、言いたいです。そして、抱きしめて、『ありがとう』って伝えたいです」

「……そっか」


 祟りを起こして、つらい思いをさせて、「ごめんね」。

 止めてくれて、目の前に戻ってきてくれて、「ありがとう」。

 「桜空の祟り」がきっかけの謝罪と感謝を、真っ先に伝えたい。

 それが、桜空の気持ちだ。

 失ったものは多い。

 それでも、再び逢えたのだ。

 早く目を覚まして、二人でその分の時間をゆっくりと取り戻してほしいなと、五月は思った。

 そして、桜月に視線を戻すと。


「……ん、……うーん、……あれ? ここは?」

「……え?」


 思わず間抜けな声を漏らす。

 なぜならば。


「桜月!? 桜月!? わかりますか!? 私、私ですよ!」


 思わず桜空も駆け寄る。


「……母様?」


 大きな瞳がしっかりと桜空を捉えている。


「そうですよ! ……よかった。本当に良かった……」

「あ……」


 そのまま、桜空は桜月を抱きしめる。

 すでに、涙がこぼれていた。


「ごめんね。そして、ありがとう、桜月」

「……」


 何が何だかわからないといった感じで、桜月は困惑していたが、やがて、目を閉じて、桜空を抱きしめる。


「……うん。ただいま。母様。あと、……つらい思いさせちゃって、ごめんなさい」


 桜月が目を覚ました瞬間だった。

 二人は抱き合い、涙を流しながら、運命の邂逅を果たした至福の時に、しばし酔う。

 永遠かと思われた、呪いの日々は、今、こうして終わりを告げたのだ。

 五月は静かに部屋を後にする。

 今は二人だけの時間に浸って欲しかった。




 その後、桜空が外に出てきて、五月を中へと手招きした。


「どうしたの?」


 桜空に問うと、どう言おうか迷っているように視線を惑わせながらも、意を決したように言った。


「桜月から話があるそうです。医者に色々報告する前に、しなければならないことがあるとかで」


 桜空の言葉の意味が分からず、五月は混乱するが、ひとまず中に入り、話しを聞くのが先決だと思った。


「失礼します」

「どうぞ」


 中にいる桜月から返事がする。

 中に入ると、桜月はベッドに寝たきりのままだった。


「こんな状態ですいません。あなたが、運命の子の、五月?」

「はい。ご先祖さま。わたしは源家現当主の源五月といいます。訳あって今は形式上、暁五月と名乗っていますが、立派な源家の一人です」

「やっぱり! わたしは源桜月といいます。あなたから見れば、源家初代当主、っていうことになるのかな? あなたの隣にいる、桜空の一人娘です。よろしくお願いします」


 寝たきりのままではあるが、できる限り頭を動かして桜月は挨拶する。

 ただ、ふんわりとした雰囲気で、気さくな印象を五月は受けた。


「それで、話というのは?」


 和やかな空気でご先祖様と過ごしていたかったが、医者が来ると困るようなので、さっそく切り出す。

 桜月は表情を変えずに言った。


「わたしがこっちに来た時、桃色の服を着ていたでしょう? それ、ここにあるかしら?」

「え? ええ、あります、けど?」


 桜月は入院患者用の寝間着に着替えさせられていたが、ピンク色の服を最初見つけた時には着ていた。それは、病室の片隅に置いてあったので、すかさず桜空が持ってくる。


「これですか、桜月」

「うん。ありがとう。それで、母様。この服、覚えてませんか?」


 五月は桜空に視線を向けると、困ったような表情を浮かべていた。


「……これって、私があなたにあげた、魔法道具の桜襲ですよね? なぜ、これを……?」

「……あの事件の後でしたから、わかりませんよね。とりあえず、それがあれば大丈夫です。急にわたしが動けるようになったら、医師はびっくりしますからね」

「……どういう意味ですか、ご先祖様?」


 意味が分からなかった。

 急に動けるようになる?

 確かに桜月は寝たきりだが、まだ体が回復しきっていないだけなのではないだろうか?

 それに、その言葉からは、この桜襲というピンクの服があれば、体がよくなるという意味合いにしか聞こえない。

 桜襲を作ったという桜空は、ますます困惑していた。


「桜月、この桜襲って、魔力の抑制にしか使えない道具ですよ。これがあっても……」

「まあまあ。実際に見てください。それは、これから話すことに関係してるんです」


 そこで一拍おき、桜月は魔力を集める。


「桜月!? いったい、何を……」


 桜空が止めようとした、その時だった。


「……コネクト・トゥ・サクラガサネ」


 その瞬間、莫大な魔力が集まってきて、桜月に流れていくのを感じる。

 「アナライズ」を使っていないのに、それがわかるほどの力だ。

 なによりも、「コネクト」を使ったということは。


「……まさか、神器?」


 思わず五月が尋ねると、桜月は微笑んで言った。


「はい。わたしが神器にしました」

「さ、桜月……。どうして……」


 桜空はもはや何も考えられない状態にまでなっていた。

 それをいたずらっぽく見つめてから、桜月は表情を引き締め、今度は桜襲の魔力を集めて。


「アウェイキング・オブ・サクラガサネ」


 その呪文を唱えた途端、強烈な光がこの部屋を包み込む。


「……っ!? 桜月、何を……」


 そう桜空がこぼした直後、光がだんだん収まり、元の部屋に戻った。


「……うん。やっぱり動く。成功。よかった」


 そう言って、桜月は体を起こし、あろうことか、ベッドから降りて立ち上がった。

 そのはずみで点滴の輸液セットが倒れそうになるが、間一髪のところで五月が支える。


「さ、桜月! 寝てないとだめですよ!」


 慌てて桜空がベッドに戻そうとするが、朗らかに笑みを浮かべながら桜月は言った。


「大丈夫ですよ、母様。――これが、神器・桜襲の切り札である、全ての病気や傷、疲れ、魔法から回復する、っていうやつです。これで、わたしは完全に五体満足です」

「……切り札? それって、かなり負担がかかるんじゃ……」


 桜空から聞いていた神器の切り札からは想像もできないほど桜月は元気なままだ。

 もしこれが切り札ならば、間違いなく魔力消費性疲労症になるはずだと思っていたのだが。

 現に、桜空も混乱しているようだ。


「そうですよ、桜月。それに、なんで桜襲が神器になっているのですか? そもそも神器は、リベカ様しか……」

「……そのことで母様と五月に協力してもらわなくてはならないことがあったので、わたしはここに来たのです」


 そして、桜月は俄かには信じられないことをのたまって見せた。


「イオツミスマルの中に、未知の神器とともに、リベカの手記が遺されていました。……ケセフ・ヘレヴが封印されている空間との境界付近に」

「……」


 言葉が出ない。

 さらに神器があり、リベカの手記も見つけられた。そのうえ、失われたはずの神器である、ケセフ・ヘレヴも見つかったというのだ。

 自分の魔法のルーツとなった一人の女の足跡がすぐそばにあったことに、五月はあっけにとられるしかない。

 桜空にとってはなおさらだろう。


「ストレージ」


 桜月は空間魔法でしまっていた、二冊の書物を取り出す。


「これが、その神器――ムーンライト・カノンと、リベカの手記です。『オラクル』と『アナライズ』の合成魔法で見つけました」

「『オラクル』!? 桜月、まさか……」


 桜空は開いた口が塞がらないまま思わず叫ぶ。

 桜月は頷いて、口を開いた。


「そうです。母様。わたしは、五月と同じ、……オラクルです。そして、母様との約束に背くと知りながら、五月に魔法を教えて、呪いに対抗しようとしました」


 それから桜月は、ずっと見守ってきたこと、呪いに疑念を抱いたこと、その呪いは打ち破れないようなものだったこと、「オラクル」に目覚めたこと、イオツミスマルに魔法を打ち壊す作用があったこと、杯流しは魔法を滅ぼすために始めたこと、「オラクル」と「ライジング」を使って五月に夢を見せて魔法を教えたこと……。

 そして、ある日、未知の神器であるムーンライト・カノン、リベカの手記、ケセフ・ヘレヴを見つけて、リベカの手記を読んで桜襲を神器にし、こちらに来たことを話した。


「……それで、桜月、そのリベカの手記には、具体的にどういうことが書いてあったのですか?」


 恐る恐るといった感じで桜空が尋ねる。


「簡単な日記であり、政務記録ですね。それじゃ、今読みますか」


 桜月はリベカの手記を開き、「トランスレーション」を三人にかけた。


次回、第十三話「リベカの手記~ガリルト編~」。明日投稿になります。お楽しみに。

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