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魔法の契りで幸せを  作者: 平河廣海
最終章 アフターグロウ
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第十一話 待ち望む人

「なるほどね。いつもの練習が終わった後の休憩の時に、なぜかわからないけどご先祖様がやってきたってわけね」


 翌朝、千渡温泉で朝ご飯を食べながら、昨夜、桜月がやってきて、記憶を操作したこと、桜空は病院に残って看病していることを五月は伝えた。

 もちろん、みんなの記憶はいじっていない。

 五月が温泉の部屋に戻った時にはすでに夜遅くになり、みんなから質問攻めになってしまった。それでも、魔法を長時間使っていたので、すぐに休ませてもらって、どういった状況かを、かなちゃんを始め、みんなに今伝えたところだ。

 桜空には戻るよう言ったが、自分の娘なこともあり不安で仕方ないといった様子だったので、桜空に看病を任せた。布団はたたんであったので、いったん帰ってきたのだろうが、五月たちが起きるより先に、病院へ向かってしまったらしい。そのことも含めて、五月はみんなに事情を伝えようと決めていた。


「それで、ミーちゃん、その人は大丈夫なの?」


 マリリンの問いかけに、五月は固い表情のまま言った。


「……わからない。一応、昨日のうちに入院したんだけど、原因不明なの。だけど、熱がずっと四十度で、体がもつかどうか……」

「……そう」


 マリリンも思わず言葉を失ってしまうほど、桜月の状態は悪かった。


「……でも、さ、原因不明ってことは、ほぼほぼ魔力消費性疲労症なんじゃない?」


 友菜ちゃんの言うとおり、おそらく、魔力消費性疲労症だと五月は思っている。しかし、それにしては症状が重篤なのだ。

 五月自身、何度も魔力消費性疲労症になったが、ここまで状態が悪くなったことはない。

 数日寝込んだことはあるが、その時でも微熱程度だった。

 それよりも重いのは確かだ。

 おそらく、桜空の母親である、ステラと同じ、死ぬ間際のような状態なのだろう。

 ましてや、自分の娘がそんな目に遭っているのだ。

 桜空にとっては気が気でない状況のはずだ。。


「うん。わたしもそう思うんだけど、ここまで悪い状態にはなったことないの。たぶん、相当無理したんだと思う」

「……そう、なんだ」


 ……。

 会話が続かない。

 かなり、重苦しい。


「……ねえ、五月、この後、お見舞いに行かない?」


 そんな前の見えない状況の中、手探りするようにリーちゃんが切り出した。

 みんな、リーちゃんへ視線を向ける。


「このまま沈んでいたって、どうしようもないわ。それに、目を覚ました時、少しでもみんながいてくれた方が、桜月さんだって嬉しいんじゃない?」

「リーの言う通り。それに、桜月を信じてあげなきゃ、かわいそう」

「そうそう。それに、桜空も一人でいるんでしょ? アタシらも行かなくてどうすんの? しっかりしろ、五月!」


 リーちゃんに続き、柚季ちゃんと亜季ちゃんが励ましてくれる。

 確かに、信じてあげないといけない。

 一人で見守っている桜空のためにも、闘っている桜月のためにも、五月が真っ先にあきらめては恥ずかしい。

 それに、今までずっと前を向こうと頑張ってきたのだ。

 それなのに、後ろばかり見ては情けない。

 五月は、自分の心に鞭を打ち、顔を上げる。


「……ありがと。それじゃ、みんなでお見舞いに行こっか」


 そんな五月を見て、ようやくみんなも表情を和らげる。


「そうだね! それじゃ、早くご飯食べて、お見舞いに行こう!」


 友菜ちゃんの掛け声で、その場の空気もようやくほぐれていった。



 ※



「……桜月」


 一向に目を覚ます気配のない娘の名前を、ため息をつきながらつぶやく。

 これで、何度目だろうか。

 久しぶりに会えたことの喜びよりも、このまま目を覚まさないのではないかと思う、不安や恐怖の方が強くて、正直どうにかなりそうだ。

 そのため、五月に休むように言われたが、この場を離れることができず、看護師から追い出されるまで残ってしまった。

 そのあとはいったん温泉の部屋に戻ったが、なかなか眠りにつくことができず、結局みんなに声をかけるのを忘れたまま戻ってきた。


 それでも、桜月は変わらず眠ったままで、かなり熱い。

 原因不明とのことだったので、魔力消費性疲労症だとは思うが、ここまでひどい状態は初めてだ。

 よほど、強力な魔法を使ったのだろう。

 それこそ、「ライジング」や、神器の切り札、それに迫るようなものだろう。

 そうでもなければ、今こうして目の前にいてくれるはずがない。

 でも、その代償は……。

 身を切られるような思いだ。


 お願いだから……。

 目を、覚ましてほしい。

 かつてのように。


 そう願いながら、その手を握ってあげることしかできなかった。

 そうしている時だった。

 不意に、病室の扉が開けられる。


「桜空、大丈夫?」


 五月が、みんなが来てくれた。


「みんな、来てくれたんですか?」


 少し驚きながらみんなの顔を見ると、当然といった表情だった。

 そのみんなの気持ちがうれしくて、顔が綻ぶ。


「ありがとうございます。うれしいです。きっと、桜月も喜んでますよ」


 そうは言うが、まだ目を覚まさないことへの不安で、乾いた笑みになっている気がする。

 それがわかっているのだろう。五月は私の側に来て、その手を握った。

 そのぬくもりは、遠い記憶の彼方にある、朝日と、桜月とそっくりで、目の前に戻ってきてくれたかのように錯覚しそうになる。


「疲れてない?」


 五月は私の顔を覗き込む。


「……眠れなかった?」


 私は苦笑するしかない。


「まあ、はい。やっぱり、心配で……。いったん戻って休もうとしたんですけど、なかなか寝付けなくて……。早く目が覚めてしまったんで、いてもたってもいられなくて来ちゃいました」

「ということは、ご飯は……」


 首を横に振る。

 昨日から飲まず食わずだ。そんなことが気にならないほど、桜月のことが心配だった。


「大丈夫だよ、桜空。桜月を信じよう。わたしだって、前こういう風になったでしょ? ここまでじゃなかったけど、今こうしていられるんだから、大丈夫。だから、いったん休もう? 桜月だって、元気なお母さんを見たいはずだよ」


 信じる、か。

 五月を今まで信じてきて、何回も負けそうな姿を見てきたが、なんとか打ち勝って、今こうして目の前にいるその姿を見ていると、本当に大丈夫なような気がしてくる。

 それに、私がずっと落ち込んでばかりでは、桜月が悲しむかもしれない。

 ここは、少しでも前を向くべきなのかもしれない。


「……わかりました。でも、誰か見守ってくれませんか? 目を覚ました時誰もいないと、桜月も不安だと思いますので」

「その点は大丈夫だよ、桜空ちゃん。うちらが見守ってるから。少し、五月ちゃんと一緒に外の空気を吸ってきなよ。あとは交代で見守ろう」


 友菜の声で、みんなも来てくれていたことが初めてわかる。

 今頃気づくくらい、私は疲れていたのかもしれない。

 これでは、桜月が目を覚ました時、逆に心配されかねないな。


「ありがとうございます。それでは、五月。お言葉に甘えて、少し休みますか」

「うん。じゃ、みんな、お願いね」

「任せて。桜月が目を覚ましたら連絡するわ」

「ありがと」


 李依たちと連絡の約束を交わしてから、私と五月は病室の外へ出て、病院の中にある食堂へと向かった。



 ※



「それで、まだ目を覚まさないのか?」


 次の日、休みの番となった五月は、ちょうど部活が休みとなった裕樹の家へ行き、桜月のことについて話した。


「うん。みんなで交代しながら見守ってるんだけど、まだね……。でも、熱は下がったから、もう大丈夫なはずだよ」

「そうか。ならよかった」


 裕樹はほっと一息つく。

 今までずっと高熱続きだったのが、ようやく落ち着いたので、五月も一安心といったところだ。

 まだ目を覚ましてはいないが、魔力消費性疲労症に一番詳しい桜空も、ここまでくればもう大丈夫だと言っていた。

 その安心感からか、久しぶりに桜空はずっと眠っていたが、その分みんなが見守ってくれている。

 あとは、信じて待つだけだ。


「でも、ずっと病室で見守ってたから、ちょっと体がこわばっちゃってるんだよね」


 思わず苦笑する。

 昨日は午後から見守っていたのだが、前日に魔法を長時間使ったからか、体に疲れがたまっているようだ。


「なら、ちょっとキャッチボールするか? 体全体使うし、動かないと逆に疲れるってこともあるだろ?」


 裕樹は袋に入れてある自分のグローブを取り出す。


「でも、わたしのグローブは? 左利き用のってある?」

「あー、ないな。そういえば、左利きだったっけ」

「うん」


 左利き用と右利き用では、グローブの構造が違う。野球をやっていないので、五月はもっていないのは当然だが、左利きの人は少なく、自分も右利きなので、裕樹も持っていない。

 そのため、少しの間裕樹は顎に手をやって考えたが、やがて何かをひらめいたように声を上げた。


「そうだ。五月ちゃん。この後時間ある?」

「うん。今日はわたし休みだよ」

「なら、今からグローブを買いに行かないか? プレゼントするよ」

「そんな。悪いよ。高いんでしょ?」


 詳しいことはわからないが、それなりの値段がするはずだ。いくら大学生の裕樹とはいえ、かなりの出費になるに違いなく、申し訳ない。

 それでも、裕樹は笑って言った。


「いいから。これは、五月ちゃんが今まで頑張って俺との約束を果たそうとしてきたことへのご褒美。ありがたく受け取ってよ。それに、俺がそうしたいんだから、遠慮するなって」


 確かに、裕樹との約束である、「絶対に幸せになる」ことを成し遂げるために、ずっと五月は頑張ってきた。

 その相手である裕樹がご褒美で贈ってくれるというのだから、ありがたく受け取るべきだろう。

 それに、裕樹がご褒美という形で贈り物をくれるということが、なんだかすごくうれしかった。

 しかも、裕樹がしたいことだというのだ。

 思わずときめいてしまう。


「……あ、ありがと、裕樹」


 だんだんと顔が熱くなってくるのを感じて、俯きながら五月はつぶやいた。


「どういたしまして。それじゃ、行こう」




「……やっぱりあんまりなかったね」


 糸川町にある店を出てから五月は思わず愚痴る。


「まあ、しょうがないよ。左利きの人は少ないんだし。それでもオールラウンド用のやつがあってラッキーだったよ」

「そうだね。ありがと、裕樹」


 黒く輝くグローブを抱えながら五月は笑顔を浮かべる。

 裕樹からの贈り物なので、すごくうれしい。

 これから、大事に使っていこうと思った。


「それじゃ、さっそくキャッチボールするか。千渡川の河川敷でいいか?」

「うん。じゃ、行こっか」


 二人は店まで乗ってきた自分の自転車に乗り、千渡村へと向かった。


「そういえば、五月ちゃん、疲れてない? 大丈夫?」


 その途中の上り坂で、裕樹から声を掛けられる。

 日ごろ野球部で鍛えられているためか、はっきりと聞こえる。


「うん。大丈夫。伊達に陸上はやってないよ!」


 五月も裕樹に聞こえるよう、大きな声で返す。


「そうか。じゃあ、ついてからいったん水分補給して、それからキャッチボールをしよう」

「うん」


 二人はペダルをこぐ力を強める。

 額を流れる汗が気持ちいい。

 ……なんだか、胸の中がすごくこそばゆい気がする。

 裕樹との二人きりの時間。

 みんなと一緒にいるのも、もちろん楽しい。

 それでも、この不思議な感覚は、裕樹とだけしか得られない。

 みんなと過ごすのとはまた違った愛しい時間に酔いながら、ご先祖様が目を覚まして、一緒に過ごすであろう幸せな日々を待ち望むのだった。


次回、第十二話「源桜月」。明日投稿になります。お楽しみに。

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