第十話 運命の邂逅
虫や蛙たちの大合唱が聞こえてきた。
周りは真っ赤に染まり、昼間と比べたら涼しくなっている。
みんなと一緒に千渡温泉に泊まることになっていたが、今日は週に一回ほどの「オラクル」の日だ。
村人の大半には魔法のことを知らせてないので、宝物殿へと温泉の部屋から「ゲート」で向かった。
もちろん、みんなにはきちんと話しているが、夜には一緒に寝たいので、少し抜け出させてもらった。
裕樹は元々合流する予定はなかったし、明日も部活があるとのことなので、家に帰ってしまったが。
五月には、いつも通り、桜空もついてきていた。
他のみんなもついていきたがっていたが、魔法の練習もするために安全を保障できないので、そのことをわかってもらい二人だけでやろうとしていた。
「……ここも久しぶりだね」
目の前にそびえ立つ宝物殿を見上げながら五月はつぶやく。
「そうですね。なんだか、帰ってきたなって感じです。私が暮らしていたころからある、たった一つの場所だからかもしれませんね」
桜空は遠い目をしている。
この宝物殿以外、現存する桜空の時代からの建物はない。そのため、イオツミスマル以外では唯一の我が家ともいえるものなのだろう。
その扉を開け、中に入ると、以前と変わらないまま様々な道具や本が置かれている。
「じゃあ、いくよ、桜空」
「はい。お願いします」
五月は懐からイオツミスマルを取り出し、中に入るための呪文を唱えると、いつも通り周りが真っ白になり、瞬きした途端、暗いのに明るい、宇宙のような空間にたどり着いた。
このイオツミスマルの力を借りて、「オラクル」や、他の呪文を使ってきた。
呪いが解けるまで、それは終わらないかもしれない。
一生、続くかもしれない。
それでも、全ての災厄の下になったであろう魔法を滅ぼすまでは、幸せをつかむまでは、絶対にあきらめない。
現に、みんなと幸せをつかみかけているのだから、あと少しだ。
どこがゴールなのかはわからないが、今必要なのは、地道に呪いが起きるかを調べるために「オラクル」を使うこと、呪いに打ち勝つために魔法の練習をすることだ。
二人は懐から杖を取り出す。
「じゃあ、今日もよろしくね、桜空」
「はい、五月。でも、『オラクル』を使う日なんですから、軽めですよ」
「うん。わかってる」
まず手始めに、魔力放出をして、軽い準備運動をする。
魔力の増強に役立つが、魔力の放出は魔法に直結するので、準備運動にもなるのだ。
五月はもう桜空に迫るほどの魔力量を誇っている。その威力に至っては、むしろ桜空以上のものも多い。
五月は特に白魔法が得意なので、空間魔法や時間魔法、物理魔法などの希少な魔法を多く使えた。もちろん、そのほかの魔法も使いこなしていて、長い間ブランクのあった桜空よりもうまく使える魔法は多い。
それでも、桜空が一番得意な黄魔法には遠く及ばないが。
それに、数か月前、車で移動中に魔法を使ったが、強い魔法を何回も使うとすぐにばててしまっていたので、改善するための練習に次は入った。
簡単に言うと、強い魔法を使って小休憩をはさみ、また強い魔法を使ってから休むということの繰り返しだ。
陸上の短距離にも似たようなメニューがあるが、それを経験して五月が編み出したメニューだ。
その成果か、今では強い魔法を何度も使えるようになって、魔力消費性疲労症をおこしにくくなっただけでなく、その威力も向上していた。
それは、桜空も同じで、すでにブランクなどあったのかわからないほど、以前よりも魔法の腕が上がっている。
ただ、今日は「オラクル」を使う日でもあるし、みんなとは元気な状態で村で過ごしたいので、ここにいる間は強度を落とすことにしている。
そのため、いつもは何セットもやるメニューを、一セット終えたところで、その日のメニューは終わりとなった。
「お疲れ様です、五月。体調は大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。ちょっと休んだら、『オラクル』、行こうか」
二人は自分の空間魔法から水筒を取り出し、つかの間の休憩を取る。
「桜空、最近すごいね。最初見たときはこれが本物の魔法なのかってくらいすごかったけど、今はもっとすごい」
「ありがとうございます。やっぱり、ブランクのせいでなまってたみたいですね。それに、私の本職は研究でしたから、伸びるのは当たり前だと思います。その点、五月は最初から実力を伸ばす方向に努力してるので、私よりもすごいと思いますよ」
「ふふ。ありがと、桜空」
そうやって談笑している時だった。
「……っ!!」
いきなりイオツミスマルの空間が、眩いほど白く光った。
二人は杖を取り、とっさに警戒の態勢を取る。
「桜空、これって何!?」
「わかりません! こんなこと、一度だってないです!」
困惑するしかなかった。
それでも、何があるかわからない。
「アナライズ」
ひとまず五月は周囲の状況の確認をしようとした。
「……なに、これ?」
「どうしたんですか?」
理解できない状況にさらに混乱するが、とりあえず桜空に応える。
「魔力の流れが、ね。普通はわたしたちに向かうんだけど、なんかあっちこっちに動き回っていて、ぐちゃぐちゃになってる」
「え? ということはイオツミスマルの異常ですか!?」
「……わからないけど、イオツミスマルに何か起きているのは確か。警戒、緩めないでよ!」
「もちろんですよ!」
イオツミスマルは、使用者に魔力の供給をしている。そのため、魔力はその使用者である、五月、さらには別の人にも分けることができるので、桜空にも魔力は流れ込んでいる。
それがぐちゃぐちゃになっているということは、イオツミスマルに何かあったということなのだ。
そして、この輝き。
なにか、イオツミスマルの未知の機能が使われようとしているのかもしれない。
だが、二人にはそんなことをした覚えがなく、困惑しながらも何が起こってもいいように警戒するしかない。
そして……。
※
……ついに、時はきた。
わたしの「オラクル」で、母様たちがイオツミスマルの空間にいる場所、時間の軸を探し出すことができた。
たまたま宝物殿にいてくれたのは運がよかった。
そうでなければ、場所の軸を探すのに時間がかかるところだった。
これで、母様たちの下へいける。
……もう、娘と夫、みんなとのお別れは済ませてきた。
桜空伝にも、今のわたしの年齢で死んだように記述してきた。
ここでやるべきことは、全て、終わったのだ。
だからこそ、母様の下に行かねばならない。
胸が張り裂けそうなほどつらいし、みんなにも申し訳ない。
さっきまで、みんなで泣いていた。
でも、最期にはみんな分かってくれて……。
わたしの大切な人が、わたしの意思を尊重してくれて、うれしかった。
……もっと、一緒にいたかった。
だからこそ、みんなに誓ったことを成し遂げなければならない。
みんなとの約束を果たすため。
古からの呪いを打ち砕くため。
リベカの願いを成し遂げるため。
運命の子のため。
今、運命の邂逅を果たす時。
だから、サクラ。
どうか、力を貸して。
今のわたしの体では、耐えきれないかもしれない。
だから、あなたのその神の力で、無事にわたしを母様の下へ送り届けて。
どうか、お願いします。
ガリルト神よ。
「……リンク」
その瞬間、辺りが真っ白に輝き、あっという間に体中が火照り、寒気に襲われ、体に力が入らなくなる。
そのまま、わたしの意識は根元から崩れ去るように消えていった。
※
「リンク」
そうつぶやく声が聞こえたかと思うと。
目が眩むほどの強い光に包まれる。
しばらく目を閉じていると、いつの間にかその光は消え、いつもの暗いのに明るい宇宙のような空間に戻っていた。
もちろん、魔力の流れもそうだった。
……ただ一つを除いては。
「……誰か、いる?」
「アナライズ」を引き続き五月は使っていたが、桜空と一緒に魔力の流れが取り込まれているのに、イオツミスマルの空間の遠くの方に流れていくものがあったのだ。
「行ってみましょう、五月」
桜空に頷き、二人はその方向へ飛んでいくと、徐々に二人とは別の魔力を感じるようになった。
「……ねえ、桜空。この魔力って……」
五月はそれを感じて戸惑う。
だって、それは、桜空にとても似ていたから。
桜空に振り返ると、やはり困惑している。
「……五月が言いたいことはわかります。私も、似てるかなって思います。……でも、この魔力は」
そこで桜空は区切り、苦悩するように顔を伏せる。
やがて決心がついたのか、口を開いた。
「……この魔力を持つ人を、知っています。……『さつき』です」
「え? でも、わたしはここに……」
「違います。『五月』ではありません。……私の娘の方の『桜月』です」
「……!?」
思わず五月は息をのんだ。
源桜月。
五月のご先祖様で、桜空の娘であり、源家初代当主。
そして、桜空伝によれば、唯一魔法を使えた人間。
「でも、なんで急にその魔力が出てきたの?」
ただ、二人は余計混乱するしかない。
そもそも、桜空伝によれば、桜月は二十九で死んでいるはずで、数百年以上も前の人間なのだ。
その人の魔力がいきなり現れるなど、考えられない。
「……わかりません。でも、ここはイオツミスマルが作り出した空間です。リベカ様が作った神器なので、私が知らない機能があったとしても、不思議ではありません」
イオツミスマルのことに一番詳しい桜空でもわからない。
「とりあえず、行くしかないわけね」
「はい」
二人はそのまま、数時間ほど移動すると。
ようやく、小さい影が見えた。
「……! 桜空! あれ!」
「はい!」
急いでそちらへ駆けつけると、そこには、桃色の服を着た、美しい黒髪の女の人が倒れていた。
その桃色の服からは、イオツミスマルと似たような魔力も感じられたが、それを気にしていられない。
「大丈夫です、……か」
五月が抱きかかえようとすると、その顔が目に入る。
……まるで、自分の顔のようだった。
「……桜空」
桜空へ顔を向けると、青い顔をしていた。
「……この人は、……桜月です。私の、……娘です」
桜空はへたり込み、茫然とするしかない。
そのため、二の句を継ぐどころか、何も考えることができない。
そのため、五月しか桜月を介抱することができない。
「……大丈夫ですか!? 大丈夫ですか!?」
抱きかかえて必死に呼びかけるが、意識は遠くの彼方へと追いやられているようで、目を覚ます気配がない。
しかも、顔色が悪いので額に手をやると、すごく熱い。
もしかしたら、魔力消費性疲労症を引き起こしているかもしれない。
そうなると、いくらイオツミスマルの中にいるとはいえ、このまま神器を使っている状況に置くわけにはいかない。
「桜空、いったん外に出よう。このままここにいても、桜月に負担かけるだけ。とりあえず、暁家に運び込もう」
桜空はそれに頷くしかなかった。
※
「……この人が、本当に源家初代当主なのかい?」
その後、イオツミスマルの外に出て、つながりを解いてから、「ゲート」で暁家の五月の部屋へと移動して桜月をベッドに寝かせ、すぐさまゆかりを呼んだ。
いきなりのことにゆかりも混乱していたが、すぐに綾花も呼び、今は五月の部屋に現在の御三家当主全員と、源家初代当主、そして桜空が集まっていた。
もっとも、桜月は目を覚ます気配がなく、桜月のほかが話していたのだが。
また、千渡温泉に泊まっているみんなには、大まかな事情をすでに伝えてある。
「間違いないです。私の娘なのですから。それに、魔力の特徴も全く同じです」
「そうかい……」
ゆかりは顎に手をやり難しい顔をする。
これからどうするべきかを考えているのだろう。
一応五月も考えているが、桜空の時と同じく、その身分のことや、どう体調を回復させるかなど、問題がたくさんある。
「とりあえず、五月ちゃん、桜空さん、前と同じく、魔法で記憶をいじるつもりですか?」
そのため、一番有力な案を綾花が提示する。
「……正直、どうすればいいのかわかりません。ずっとここにいるならばそれがいいと思いますけど、なぜここにいるのかがわからない状況です。むやみにいじっていいものか……」
五月は悩んでいた。
確かに、「メモリー・コントロール」を使えば、桜空と同じように暮らせるようになるだろう。
しかし、一時的に来たのかもしれないし、事故で来たのかもしれない。
そんな、なぜ来たのかもわからない状況でむやみに記憶をいじっては、後々記憶の齟齬などが起きて、新しい問題が起きそうだった。
「そうは言うがね、なんだかんだ、このまま家に置いておくっていうのも危険だよ? 噂になるだろうし、初代当主の体調も問題だし。このまま記憶をいじらずにいると、そっちの方が余計な問題を起こしそうだ」
ゆかりの言うことももっともだ。
このまま五月の部屋に桜月をいさせても、お義父さんや、親戚、村人などが気付く可能性が高いし、なにより本当に魔力消費性疲労症で倒れているのかがわからない。
入院させないといけないだろう。
ただ、そうなると、桜月の身分を証明させる必要がある。
そのためには、「メモリー・コントロール」が必要だ。
「……わかりました。いろいろ考えましたけど、魔法で記憶をいじるのが最善かもしれません。それで、すぐさま桜月を入院させた方がいいでしょう。それでいいですか?」
一同に確認すると、皆頷き、同意してくれた。
「では、魔法で記憶をいじって、桜月を新たな源家として、そして暁家の養子としたいと思います。今回はすぐに学校を手配するわけにはいかないので、大学生以上の年齢となる二十歳の姉としたいのですが、異論はありますか?」
もしかしたら、一時的に桜月はこちらに来たのかもしれない。
そう考えると、就職などで地元を離れることが多いであろう、二十歳くらいがいいだろう。
そして、桜空と同じく、暁家の養子ということにすれば、ひとまず辻褄が合うはずだ。
五月は一同を見渡すと、異論はなかった。
「では、これより記憶をいじる魔法を使います。桜空、準備はいいですか?」
「大丈夫です」
桜空は懐から杖を取り出す。
五月も自分の杖を取り出した。
二人で魔法を使うことで、それぞれの負担を和らげるのだ。
すでにイオツミスマルとはつながっている。
五月も準備は万全だ。
そして、二人は杖に魔力を集め。
「メモリー・コントロール」
村全体に、そして、行政文書に、桜空の時と同じく魔法をかけ、記憶、記録をいじった。
次回、第十一話「待ち望む人」。明日投稿になります。お楽しみに。