第二話 リスタート
「では、早速ですが、今日から魔法の練習をしたいと思います」
しばらくしてから、桜空が五月に向き直る。
幸せをつかむ決意が固まって、晴れ晴れとした表情だ。
いよいよ始まるのかと、五月の気持ちも引き締まる。
しかし、ふと五月は疑問に思った。
桜空は魔法を使えなくなっているはず。
それなのに、なぜ桜空はイオツミスマルの中で魔法を使えるのか。なぜ使えると思ったのか。
そして、いくら永遠の呪いにかかっているとはいえ、なぜ桜空は死ななかったのか。
そのように問うと、苦笑しながら桜空は言った。
「正直言うと、わたしにもよくわかりません。ただ、イオツミスマルは空間に作用する神器なので、かけてみる価値はあると思っていたんです。そしたら、ご覧の通り、魔法は使えて、触ることができるという、呪いが打ち消されているような状況です。外に出ると分からないですけど。死ななかったのは、おそらく、『エターナル・カーズ』があまりにも強い呪いだからかなとしか推測できないです」
「そっか……。でも、うれしいな。桜空とこうして触れ合うことができるなんて」
「それは私もですよ。本当に、永い間、一人で待っていたんですから」
お互い自然と笑みが浮かぶ。
生き別れた家族と再会できたような喜びが広がる。
なぜ桜月とこうして触れ合えるのかは、結局のところ分からない。
それでも、今こうして、一緒に居られて、触れ合えるだけでも、桜空は幸せなのだろう。
もちろん、五月も、お母さんが戻ってきたようで、幸せになれるような気がした。
「さ、後でもゆっくり話せますから、練習に移りましょう。まずは、資料が必要ですね……。イオツミスマル」
桜空がイオツミスマルに呼びかけると、突然、目の前に眩い光があふれる。
やがてその光が収まると、そこには、一冊の本があった。
「これが、以前、桜月にも教材として使った、『魔法物理学総論』という、私が執筆した本です。これで魔法の仕組みを学びながら、魔法の実践をすることになります。まあ、最初は桜月と同じく、魔力放出と基本の魔法、あと、体が魔法に耐えられるように、桜月の時にはしなかったですけど、体を鍛える。この三点を実践としたいと思います」
「体を鍛えるっていうのはどうして? 桜月の時はしなかったって言うけど」
桜空は、俯きながら言った。
「……体が魔力に負けないようにするためです。私みたいに、暴走してほしくないので。もし私の体がより丈夫だったら、あんなことが起こらなかったかもしれないですし、後悔してほしくないんです」
桜空は、バノルスでは最強の魔法使いだったらしいが、その魔力に耐えうるだけの体だったかはわからない。少なくとも、祟りの時は耐えられなかった。
もし魔力に体が耐えられなかったら、魔力消費性疲労症になりやすいだろうし、最悪、魔力暴走症になるかもしれない。そうなったら、桜空の二の舞となる。
そんな思いはしたくないし、桜空だって、してほしくないはずだ。
「わかった。とりあえず、体の方は陸上の練習をやることにする。一人でできることといったら、走ったり、筋トレしたりくらいだし、だったらいっそ気晴らしに前の部活っぽくやってみる。……ちょっとでも中学生っぽいこと、してみたいし」
思えば、五月に関係した人が不幸になる、呪いみたいなものに、魔法で対抗できるようになるまで、もしくは、解決するまで、一人でいることにしたのだ。そのような状況で、普通の中学生のような生活など、送れやしない。幸せになるためなのだから、仕方ない。
しかし、それでも無意識のうちに寂しさを覚えていたのかもしれない。それはある意味、桜空が普通の女として、対等な関係を望んだ時と、同じように。
桜空はそんな五月の気持ちが想像できて、やるせない気持ちになる。その分、五月が通っていた、学校の教師代わりのようなものなので、その役割を果たそうと思った。
「……では、始めましょうか。まずは、魔力放出からです」
こうして、桜月と同じように、一週間に二回の休みを入れながら、午前は運動、午後は魔法の練習、夜は中学校の勉強をやる生活をすることになった。毎週金曜日は、翌日を休みにしているのもあるが、呪いが起こるか調べるために、「オラクル」もすることになった。
桜空は、慎重に、魔力放出、基本魔法から教えていったが、想像以上に、五月は成長していった。
※
……運命の子の努力を見ていると、昔のことを思い出す。
母様との、魔法の鍛錬の日々。
今思えば、とても楽しい日々だった。
当たり前だと思っていた。
それが、たった一日で、もう味わえない、幸せな時間になったなんて。
もっと、大切にすべきだったなと思う。
五月には、そんな後悔はしてほしくない。
だからこそ、わたしは、あの後、わたしの子が、子孫が、運命の子が、幸せになれるように、奔走した。
……そのためには、魔法を使わなければならなかった。
今でもわたしのしていることに、葛藤を覚えている。
それでも、幸せになるためには、魔法を滅ぼすためには、必要なことだった。
だから、わたしは魔法を使って、村の復興に尽力した。
いつの間にか、祟りともいうべきあの時のことがあったからか、村は「血腸村」と呼ばれるようになったが、その村を率いていたため、いつしかわたしや蘭の家が村の中心となっていた。
そのため、成美が当主になった、橘家から、わたしは「源」の姓を、蘭は「暁」の姓を賜った。
それ以降もずっと村人を導いてきたが、ある日、わたしはある魔法に目覚めることになる。
……それが、「オラクル」。
その存在自体は知っていた。
もちろん、かつて滅びていたことも。
なぜわたしがまた使えるようになったのか、それはわからない。
ただ、わたしが「オラクル」になったことにより、わたしは真の巫女になった。
神であるガリルトの御言葉を聞き、村人をより良い方向に導くことができるようになったのだ。
そして、わたしは思った。
これで、運命の子を、母様を、支えたり、会えたりするかもしれない。
……その通りだった。
でも、その時、母様との、永遠の呪いという名の約束を果たすのに、障害が多すぎることを知った。
それが、なぜなのか。
実験で明らかにできた。
その呪いのせいだった。
それを解決するためにも、わたしは干渉しなければならない。
そして、運命の子、母様には、イオツミスマルが必要不可欠だった。
イオツミスマルがなければ、干渉することができないと考えられるからだ。
だからこそ、宝物殿に結界を張り、子孫の魔法の発現を止めるために、杯流しをわたしは作り出したのだ。
それだけじゃない。
白魔法「アナライズ」で、様々なことを調べるようになった。
そして、わかってしまったのだ。
「エターナル・カーズ」のこと。
イオツミスマルのことを。
次回、第三話「手にした希望」。明日投稿になります。お楽しみに。