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魔法の契りで幸せを  作者: 平河廣海
第三章 光
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第一話 あなたは五月

今回から、第三章「光」です。

「それから、どれくらい時間が経ったのかわかりません。目が覚めると、もう、誰も私と見聞きできず、触れない状態になっていました。魔法も使えませんでした」


 桜空の話を五月は口を挟まず聞き続けている。

 かつてのこの村で繰り広げられた幸せの日々と、地獄のような時間。

 それは、五月のご先祖様が実際に味わってきたことだ。

 しかも、辿っていけば、桜空は、五月のご先祖様ということにもなるのだ。

 その衝撃は、計り知れない。

 そのため、何も言うことができなかった。


「そして、桜月はもう……。その頃には、桜月の娘の葉月(はづき)が神主となっていて、現在の源家よりも、より強大な指導力を発揮して、村人みんなが付き従っていました。それを支えるように、暁家を菊の娘の蘭が、橘家の成美が率いて、村人を指導していました。どうやら、御三家と呼ばれるようになったのは、なぜかはわかりませんが、その時期からのようです」


 当時、家名を持つものは、貴族や有力な者、武士などしか名乗れなかったという。桜空の話によると、経緯はわからないが、その時から御三家として源家と暁家がその姓を名乗っていたようだ。

 祟りを鎮めたのが、桜月だったからかもしれない。

 桜空伝は、神主の妻がいけにえになって祟りを鎮めたとしているが、実際には桜空を呪って無力化させて鎮めた。それを脚色したのだろう。


「しばらくすると、ずっと一人でいるのがつらくて、桜月を恨んだこともありました。私をこんな体にした張本人ですから。

 だって、何もできないまま、ずっと一人で、誰とも話せない、反応してくれない、触れない、魔法も使えないという、存在しているのかすら怪しい状態でずっと死ぬことすらできなかったんですよ?」


 桜空は悲痛な思いを告白する。

 実の娘を本当は責めたくないのだろう。

 しかし、桜空が永い苦しみに苛まれ続けたのは事実。

 それは、今も続いている。

 もしも自分が、と五月は想像してみるが、耐えられそうにないほどの生き地獄のように感じられたのだから、桜空の気持ちが痛いほどにわかった。

 そして、それはいつ終わるかわからない。

 呪いが解けるまで、死ねないからだ。

 なぜ死ねないのかは、おそらく、黒魔法だからだろう。

 赤魔法、青魔法、そして、大地や生命をつかさどる、緑魔法の複合魔法だからこそ、呪いという形で、死ねない状況を生み出したのだと言えた。


「……でも、それは、私の罪を償うのには、必要だったのかもしれません。私の祟りに遭った人にとっては、これくらいしないと、満足しなかったでしょう。ただ死ぬだけなんて、そんな生ぬるい贖罪では気が済まないですから。

 そうして、私は自分の罪を認め、その頃から本当の意味で罪を償うことができたのです。――桜月との、一つ目の約束を果たせた瞬間でした」


「罪を認め、反省すること」

 それが、一つ目の約束。

 そんなの簡単だと思うかもしれない。

 でも、最愛の夫を殺されたのだ。

 そんな簡単に、自らの罪を認めることなどできない。

 なおさら、反省することは難しいだろう。

 それでも、この約束を果たして、初めて再出発することができる。

 そう桜月は考えたのだろう。


「それから永遠と思えるような、気の遠くなるくらいの時間を待ち続けました。

 運命の子が生まれるのを。

 源家に子が宿ったというのを耳にしては、期待に胸が膨らみました。

 でも、満月の時に生まれなかったり、生まれたとしても男の子だったりの繰り返し。

 そして、どんどん源家の子たちも少なくなっていき、ついには直系の者しか残りませんでした。

 ……運命の子は、いないんじゃないかと、絶望しそうになりました。そのたびに、まだ終わってはいないと、空元気のように自分を励ます日々でした」


 桜空はどんな思いだったのだろうか。

 単純に、絶望という一言だけでは表せない気がする。

 運命の子が生まれないということは、永遠に桜空の苦しみは続くということだ。

 それこそ、「永遠の呪い」という名の呪い、「エターナル・カーズ」に蝕まれていたのだから。

 死ぬことさえできない。

 絶望もあるかもしれないが、もしかしたら、恐怖もあったのかもしれない。

 だからこそ、いつか生まれるかもしれない、運命の子を、待ち続けていたのだろう。

 もちろん、桜月との約束を果たすためにも。


「……その思いが、神に届いたのでしょう。ついに、満月の夜、女の子が生まれてくれました。……五月、あなたです」


 桜空は、笑みを浮かべる。


「本当に、うれしかった。ずっと待ち続けていたんですから。それに、五月のお母さんの言葉を聞いた時には、涙が出ました。

 『あなたは五月』って、いったんです。

 それは、気の遠くなるくらい昔に、私が桜月に名付けた時と、同じ言葉で。

 あなたが、自分の娘のように思えて……。すごく、愛おしく思ったのを覚えています。それは今も変わりません。

 だから、あなたを幸せにするって、決めたんです……」


 桜空の想いの強さが、ありありと伝わってくる。

 五月は、少し照れくさかったが、その想いの強さがまるでお母さんのようで、うれしかった。

 しかし、桜空は、切ない表情に変わる。


「……それなのに、不幸なことばかり続いて……。桜月と約束した、それこそ私がお願いした、『魔法を滅ぼす』という約束を、破らなければいけなくなるなんて……。

 災いが起こるかもって、わかってるのに……。

あなたに大変な思いをさせるって、わかってるのにね……」


 桜空はうつむき、涙を流す。


「……ごめんね、五月。こんな目に遭わせちゃって……。本当に、ごめんね……!」


 そのまま、桜空は嗚咽を漏らす。

 桜空が自分のことを強く思ってくれているということが、これでもかと、雄弁に、心の底に痛みをもって伝わってくる。

 魔法を滅ぼすという、自分の愛娘との約束と、運命の子の幸せの板挟みになって、ずっと思い悩んできたのだろう。

 そのことが、五月はわかった。

 そして、五月のことを優先してくれたことも。

 その強い想いを受けているのだから、そのことが分かったのだから、もう、五月は自分の為すべきことを絶対に果たすと、「絶対に幸せになる」と決意する。

 もはや、五月だけの幸せではない。

 桜空の、みんなの幸せでもあるのだ。

 五月は、桜空を抱きしめる。


「ありがとう、桜空。そんなに思ってくれて。

 わたし、絶対に幸せになるから。桜空の約束も、絶対に果たすから。

 だから、わたし、がんばるよ。みんなを守れるように、幸せになれるように、魔法を使う。そして、最後には、魔法を滅ぼすよ。

 ……これからも、よろしくね。桜空」


 五月も、気が付けば、自分の目頭が熱くなっていた。


「……うん、五月」


 しばらくの間、二人は涙を流していた。

 それは、桜空の迷いを、五月の桜空への疑いを、あたたかに溶かしていった。


次回、第二話「リスタート」。明日投稿になります。お楽しみに。

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