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魔法の契りで幸せを  作者: 平河廣海
第二章 桜空伝
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第二十四話 狂乱

 冷たい風が肌に突き刺さる。

 多少悪寒がして、だるさも感じるこの体にとって、かなり応えるものだ。

 それでも、領主からの出頭命令を拒むことはできず、私は同じような症状に苦しむ朝日を置いていくしかなかった。

 そのため、魔力消費性疲労症から回復して、もうすぐ魔法の練習を再開できそうな、桜月に看病を頼んだ。


「……ごめんなさい。朝日が大変な時に」


 しかし、桜月は笑った。


「気にしないで、母様。領主様からのご命令なのだから。父様はわたしと叔母様も様子を見に来てくれるそうだし」


 桜月の笑みが、私のことを気遣ってのことに見え、かえって私の胸を締め付ける。

 最近の村の中での私たちの状況を思うと、余計に心配だ。


「……大丈夫。いざとなったら、わたしが何とかするから。よっぽどのことがない限り、大丈夫。だから、安心して行ってきて」




 最後まで、桜月は微笑んで私を見送った。




 胸の中に、暗い疼きが今もある。

 最近、私と朝日も村人と同じように、悪寒、だるさを感じるようになり、朝日に至っては頭痛までしている状態だ。すでに村人の大半が発症してしまっていて、頭痛だけでなく、胸痛や発作などを訴えるものも多かった。

 そのため、「神主一家は、年貢欲しさに神を利用している。事態を長期化させて、自分たちだけ生き残ろうとしている」という噂が、どんどん村人に広まってしまい、私たちは村人から白い目で見られるようになっている。

 それは、村人だけにとどまるはずはなく、領主にも不信感を与えてしまい、この事態の説明を求められたのだ。


 でも、私たちは何も知らない。何もしていない。


 最初は、魔力消費性疲労症が頭をよぎった。

 悪寒とか、だるさとか、その症状が、あまりにも似ていたからだ。

 ただ、それは違うと今は思う。

 頭痛や胸痛、発作など、魔力消費性疲労症では起こりえず、そもそも、この地の人たちには魔法は存在しないので、魔力消費性疲労症は発症しないはずだからだ。


 なにか、よからぬことが起きている。そのことだけは言える。

 しかし、誰もその原因がわからない。

 その得体のしれないもの、新たな疫病ともいえるものへの恐怖に襲われていた。

 そのためなのだろう、私たちへの不満が煽られ、噂が広まってしまった。それがさらに不信感を増大させ、さらに距離を置かれる――そんな悪循環だ。

 疫病、恐怖、噂。見えない影に喉元をつかまれているような苦しみを私たち一家は味わっていた。


 そのため、一時的に村から姿を消すことも考えた。

 しかし、朝日の体調、私たちの家の立場を考えると、無理だった。

 もしかしたら、朝日の体調が悪化するかもしれない。噂が本当だと、暗に認めてしまうかもしれない。


 それに、成美のことが心配だった。

 私たちと親しかったことで、橘家の中で立場が苦しいものになっていたのだ。


「私のことはいいので、桜空さんたちはいろいろと気を付けてくださいね」


 そんな時でも私たちのことを心配してくれて、とてもありがたい。

 だからこそ、成美の身に危険なことが及ばないようにしなければならなかった。

 ……それに。

 それでもみんなで逃げるようになったら、私たちはお尋ね者だ。

 追っ手に襲われることだろう。

 それは、かつて親しかった、村人にも矛を向けるということ。

 私なら、桜月なら、容易に退けられるが……、それは、殺す、ということでもあるので、そんなのはしたくなかった。


 それに、領主が私を出頭させたのは、詳しい事情を聴いて対応を決めるということなのだろう。

 潔白を主張し、認めてもらう、唯一の機会だった。

 願うしかなかった。

 潔白が認めてもらえることを。

 元の生活に戻れることを。



 ※



「そち、一か月ぶりじゃな……」


 領主――橘成吉との対面。

 一段高いところにいる領主から見下ろされていて、威圧感を感じる。

 朝日たち、村人とは違う服を着ていて、一層身分の違いを見せつけられている。

 しかも、領主の屋敷ということもあり、どうしても委縮してしまいそうだ。

 深呼吸して気持ちを整える。


「お久しぶりでございます。朝日の妻、桜空にございます。朝日に代わり参上しました。して、本日はいかがいたしましたでしょうか」


 私は負けじと本題に入ることを促す。

 領主はそんな私のことなど気にも留めず、淡々と言った。


「なに、最近そちの村で奇妙な病気が流行っていると聞いてな。そちの家が流行らせているというのは、真か?」

「そのようなこと、断じてありませぬ」


 即座に否定する。


「ふむ……。ならば、名主として作物を徴収しておるが、欲に目がくらんだということは?」

「そちらもあり得ませぬ」


 重ねて首を振る。


「ふむ……。いやな、村人から請願があったのじゃよ。そちとその家族を処罰してほしいと。じゃが、村人が噂していることの証拠が何一つなかった。そちの言い分も聞いたうえで、穏便に済ませようと思っていたのじゃよ」


 しかし、そこで領主は目つきを鋭くした。


「じゃが……、そち、どこから来た?」


 背筋が凍る。


「そちだけじゃ。出自がわからぬのは。十六年前、名主の朝日の嫁になったと村人は言っておる。じゃがそれ以前は全く分からないのじゃ。

 ……そち、何者じゃ? 今回の奇妙な病気を起こしたのではないか?」

「ち、違います!」

「なら、どこから来たのじゃ? 怪しげな術を使えるのではないか? ……成美は吐いたぞ、『よくわからないけど、桜空と桜月は二人で何かをしている』と」


 成美。

 寝耳に水だった。


「なぜ、成美殿が……」

「儂が聞いているのじゃ!」


 領主が一喝し、遮られる。


「どうなんじゃ? 何をしておったのじゃ? ……成美と同じように、拷問されたいのかの?」


 ……。

 拷問?

 成美を?


「……それとも、そちの家族のように、殺されたいのかの?」


 領主がほくそ笑む。


「き、貴様!」


 思わず立ち上がる。

 ……こいつ、今なんと言った?

 私の家族を殺す?

 私の、何よりも大事な人たちを?

 激情が全身を駆け巡った。

 それは、黒く湧き上がる感情。

 怒りなんてものじゃない。

 かつて母を、大事な人たちを奪われたからこそ感じる、恨みや、憎しみ、そして、恐怖。


「捕らえよ!」


 領主が叫ぶ。

 周りの武士たちが、私に一斉に飛び掛かる。

 それを横目に、私の体内でうごめくものがあった。


 ……いけない。

 そう思った。

 もし、この地の者の前で使ってしまっては、私は、家族は、もう普通に暮らせない。

 幸せがなくなってしまう。


 でも!

 今ここで捕まったら……。

 それに、胸の中の黒い感情のせいで……。

 もう、抑えられない。


「……う、うう……」


 ……ダメ。

 ……止まって。


 でも。

 ふと頭の中に浮かぶ。

 朝日の顔が。

 桜月の顔が。

 菊の顔が。

 成美の顔が。


 その瞬間。

 一気に、はじけた。


「うわあああ!!」


 そこに響くは私の絶叫。

 それを合図に、無数の光が領主たちを襲い掛かった。


「ぐああ!」


 悲鳴に包まれる。

 周りが赤く染まる。

 それでも、まだ抑えられない。


「うわあああ!!」


 そのまま、光に包まれて。

 全て、吹き飛ばした。

 瓦礫と血の海が広がる。


 ……ああ。

 そうだ。

 こうすれば、いいんだ。


 みんな、殺せばいい。


 邪魔者みんな、消せばいい。


 私は、バノルスの血を引くもの。

 ガリルトの血を引くもの。

 魔法を操る私は、この地の者にとって、神同然。


 そうだ。

 私こそ、神なんだ。


 朝日がつけてくれた名前の桜空の別の読み方は、「サクラ」。

 それは、この地の神だ。

 ……神なのだから、天罰を下さなければ。

 みんなを、助けなくては。


 その時、瓦礫の中から音が聞こえる。


「……あれ?」


 殺し損ねたのだろうか?

 私は殺すことに愉悦を覚え、笑みを浮かべながらそちらに向かう。

 そして、そこには。


「な、成美!」


 奥の部屋にでもいたのだろうか。

 牢屋のような部屋にでも閉じ込められていたのだろうか。

 たとえ、愚かしい領主の血を引こうとも、大切な人の一人。

 成美がいた。

 成美と分かった途端、黒い感情が小さくなり、正気を取り戻す。

 そして、いてもたってもいられず、彼女に駆け寄った。


「……桜空さん」


 体から血を流してぐったりとしている。

 拷問のせいかもしれない。

 ……私のせいかもしれない。

 血の気が引くような思いだったが、死にそうな彼女をほおっておくわけにはいかない。


「ご、ごめんね! 今治療するから!」


 緑魔法と黄魔法で治療すると、たちまち血は止まり、痛みもとれたようで、成美は目を見開いた。


「こ、これは……」


 しかし、成美はそこで何かを思い出したのか、私の肩をつかむ。


「そ、それよりも! 桜月たちが……!」


 その言葉にはっとして、私は立ち上がる。


「そうだ……。助けないと……」


 再び黒い感情が渦巻く。

 そのまま、成美に振り返ることなく、村の方へと全力で飛び立つ。


「……待っててね。みんな」


 どうか、無事でいて……!



 ※



 このとき、成美はどう思っていたのだろうか。

 私には、わからない。

 今となっては、もう確かめるすべはない。

 その資格もない。

 大切な人のはずなのに。

 それでも、私は領主――成美の父を、殺すしかなかった。

 再びみんなで幸せになるためには。

 そして、その願いは……。



 ※



 間に合って……。

 間に合って!


 魔法で私の村へと急ぐ。

 全力で。

 どれくらいの時間だったかわからない。

 あっという間だったかもしれない。

 それでも、永遠に続くトンネルのようで、気の遠くなるほど長い時間だった。

 それでも、私にできるのは全力で戻ることのみ。

 成美のことを気にする間もなかった。


 朝日が。

 桜月が。

 私の大切な人たちが。

 殺されるかもしれない。

 また、全てを失ってしまうかもしれない。


 そんなのは、もう嫌だった。

 やがて、神社のある山が見え、それを一気に越し。

 わが家へとたどり着く。


「朝日! 桜月!」


 家の中を探す。

 隅々まで。

 でも、……どこにもいない。


「なんで……?」


 焦って何も考えられない。

 こうしている間にも……。


 最悪の想像が浮かぶ。

 大切な人が。

 幸せが。

 流れる水のように、この手から次々と流れ落ちて消えてしまう。

 そんなの信じたくなくてまた懸命に探す。

 その時だった。


「……っ!」


 外から物音が聞こえた。

 急いでそこ――神社の境内に向かうと。


「……あ、ああ……」


 二人とも数人の男に捕らえられていた。


「う、うう……」


 桜月は呻き声をあげている。

 まだ、生きてくれていた。

 ……桜月は。


 朝日が目に入った瞬間。

 ……私の根元が、粉々に崩れていく。

 何も、考えられない。

 絶望へと落ちていく。

 思わず膝をついてしまうが、変わり果てた朝日の姿しか目に入らない。


 ……風穴をあけられていて、血が滝のように流れ落ちている。

 朝日の命が、どんどん消えていく。

 顔は血の気を失い、青白い。

 もう、動く気配すらない。


「朝日!!」

「ぐはあ!」


 黄魔法の光で男たちを吹き飛ばす。

 朝日と桜月を開放し、すぐさま駆け寄るが……。


「ねえ、朝日! 朝日! 目、目を開けてよ! お願い、お願い……」


 黄魔法と緑魔法を使って、朝日と桜月を治療する。

 涙ながらに叫ぶが、朝日は反応してくれない。

 最悪の想像が浮かぶ。

 恐る恐る、朝日に触れる。


「……嘘」


 ……もう、冷たい。

 鼓動が、ない。

 それは、すなわち……。


「嘘、だよね……」


 朝日は何も答えてくれない。

 もう、朝日と二度と幸せな日々を送れないことを無情にも突き付けられた。

 その瞬間、心の枷が外れる。


「嘘だあ!!」


 体の中から、あふれんばかりの力が溢れだし。

 私の意識が飲み込まれる。

 そして。


「死ね!!」


 先ほどの男たちを魔法で殺し。


「ふふふふふ……」


 殺した瞬間の彼らの絶叫の、血しぶきの、その金臭さの心地よさに酔う。

 ……こんなに気持ちいいなんて。

 人を殺すのが。

 恨みを晴らすのが。


 でも。

 まだ足りない。

 まだ、殺したりない。

 暗い笑みを浮かべながら立ち上がり、その場を後にして、高台へとゆらりと歩みを進める。


 ……殺してやる。

 こんな目に遭わせた者どもを。

 皆殺しだ。


 ……そうだ。

 私はこの地では、神同然なんだ。

 「サクラ」なんだ。


 ――これは、天罰だ。

 神への捧げものをないがしろにした者たちへの裁きを下さねばならない。

 この村の者たちはみんな噂をしていたのだから。


 ……皆殺しにしなくては。


 我が名はサクラ。


 超常の業――魔法を操るもの。


 この地の民よ。

 恐れおののけ。

 自らの罪業を悔いるがよい。


「……プロミネンス」


 その瞬間、村の中心に赤い火の玉が降り注ぎ。

 轟音とともに、辺りを真っ赤に染める。

 次の瞬間、高台から見下ろす村は。

 真っ赤に、火の海となっていた。


次回、第二十五話「サクラの祟り」。明日投稿になります。お楽しみに。

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