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魔法の契りで幸せを  作者: 平河廣海
第二章 桜空伝
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第十四話 二人きりの夜に祝福を

本作にある暦は、特に表現がない場合、太陽暦(日本が採用しているカレンダーと同じ)にしたいと思います。時代背景的に、朝日の時代は太陰暦なのですが、混乱を避けるために、ご理解のほど、よろしくお願いします。

 翌朝、起床すると、朝日と同じく、山のふもとの方にあるという家に戻っていた、朝日のお父様、お母様、妹の菊に、私が無事に帰ってきたことを喜ばれ、また、村の脅威を退けたことに感謝された。

 まるで、家族のように。

 それがうれしい。


 ただ、伝えなくてはならないことがある。

 朝日と一緒に、みんなに話がある旨を伝える。

 結婚の挨拶をするためだ。

 みんな、私たちの方を見つめる。


「えっと、その、じ、実は、昨日、桜空が帰った後、け、結婚することになりました。その挨拶をと思いまして」


 朝日が頭を下げる。

 私も朝日に続き、頭を下げる。


「こちらのことを全く知らない、異邦人ではありますが、料理もできますし、洗濯、掃除など、家事全般できます。不束者ですが、朝日と結婚したいので、認めてくださるとうれしいです」


 それを聞き、驚いてしまっているのか、みんな目が点になっている。

 昨日結婚する意志を固めたということは、私が目を覚まして、朝日のことをしってから、たった二日しかたっていないということと、私に婚約者がいることを私から聞いたからだろう。

 実際、朝日のお父様はそのことを指摘する。


「いくらなんでも、すこし、早いんじゃねえの? それに、桜空さんは婚約者だっているんだろ? 生きているかもしれないのに、本当に大丈夫なのかい?」


 私のことを思っての発言だろう。

 婚約者が、生きているかもしれない。

 普通なら、生きていることを信じて、ずっと待つのだろう。

 ……その必要がない。


 そうしたのは、こちらを選んだのは。

 私なのだから。

 幸せになるには、そうするしかなかったのだから。

 胸が痛む。


「……大丈夫です。

 彼は、昨日すべて私が殺した、私の追っ手を率いるものでした。

 つまり、敵、です。

 そのことを、彼は深く悔いていました。

 そして、私に、殺すよう懇願しました。

 けじめをつけるために。

 私が、幸せになるために。

 そのために、私は、彼を、婚約者である彼を、愛していた彼を。

 ……殺しました」


 みんな息をのむ。

 私が殺したことについてなのか、婚約者が敵だったことについてなのか。

 それはわからない。

 ただ、驚き、戸惑っていることは伝わる。


「……でも」


 それでも。

 私がどれだけ、朝日のことを思っているのか、知ってほしかった。

 愛していた人を殺した人だけれども、なんで朝日を選んだのか、知ってほしかった。

 そして、私が朝日の嫁になることを、認めてほしかった。


「朝日は、私のことを救ってくれました。

 支えになってくれると、言ってくれました。

 放っておけないと言ってくれました。

 無理しないように言ってくれました。

 私のすべてを、包み込んでくれるようでした。

 私が目を覚まさないときも、傍にいてくれていたと聞いています。


 だからでしょうか。

 リベル――私の婚約者だった人と、同じ温もりを感じました。

 すごく、落ち着いて、安らいで。

 朝日の言葉、一つ一つが、うれしくて。

 朝日とずっと一緒にいたくて、その温もりに包まれていたくて。

 気が付けば、朝日のことが、愛しくてたまらなくなっていました。

 ……大好きになっていました。

 朝日と結婚できれば、一緒に人生を歩めれば、どれだけ幸せなのか……。

 いつの間にか、そう思っていました。

 その時、結婚を申し込まれました。

 絶望していた私にとって、朝日のことが恋しくなっていた私にとって、どれだけうれしかったことか……。

 だから、私が首を縦に振るのは、当然のことです」


 私がどれだけ朝日のことを愛しているのか。

 そのことが。


「……わかった」


 伝わった。


「おめえらも、いいよな?」


 朝日のお母様も、菊も、認めてくれる。

 そのことを茫然と見ていたが。


「朝日、桜空さん。

 ……結婚、おめでとさん」

「おめでとう、朝日、桜空さん」

「お兄様、桜空さん、おめでとう!」


 祝福の声。

 それを聞いた瞬間。

 結婚が認められたことを悟る。

 気が付けば、目頭が熱い。

 そのことを自覚すると、もう止まらなかった。

 天にも昇る心地で、どんどん涙があふれる。


 そんな私を、朝日が抱き寄せてくれる。

 その温もりを感じた瞬間。

 幸せをつかんだ気がして、母とリベルの願いを果たせた気がして。

 ……胸のつかえが下りた気がする。


 ……大丈夫。

 朝日が一緒にいてくれるんだから。

 ……最愛の人が、支えてくれるのだから。

 ……私は、幸せだ。

 ……もっと、幸せになれる。

 そう思う。

 そのまま、朝日の胸の中で、号泣した。




 その後、今後の生活についての話になった。


「朝日が神主の役割を担っているし。

 神社の方の家、つまりここだな、そこで二人は暮さねえか?

 ちょっとおらたちが普段住んでる家とは離れるし、山の上になってしまうけど、夫婦水入らずの方がいいと思うし、神主の方を集中してできるし、そっちの方の田畑を耕しやすくなるし、ちょうどいいと思うのだが」


 「夫婦水入らず」。

 朝日の嫁として認められていること、改めて朝日の妻になったことを実感して、この言葉に、思わず胸が高鳴る。

 それに、「山の上にある家」というのは、私が朝日と出逢い、「桜空」と名付けてくれた、大切な場所。そこに住まないか、と言われたのだ。


「いいのですか、父上?」


 長男という立場もあるのか、朝日が確認する。


「ああ、大丈夫さ。

 確かにうちは名主だが、まだおらは現役だし、菊に婿を取れば家も続く。それに神社の方が村人にとっては心のよりどころだ。そっちの方が心労があるだろうから、そっちに集中した方がいいかもしれんしな」


 本当に神社の方が心労があるのかは不明だが、突っ込まないことにする。

 私たち二人の邪魔になりたくないという心遣いを感じたからだ。

 朝日もそう思ったらしく、お義父様の提案を受け入れることにする。


「承知しました。では、ありがたく、神社の方で、桜空と一緒に生活していきたいと思います。

 父上、母上、今まで育てていただき、ありがとうございました」


 私たち二人で生活するということは、独立するという意味にもなる。

 つまり、朝日にとって、今まで育ててくれた親元を離れることになるということだ。

 その感謝を伝えるのは、自然なことだった。


「まあ、同じ村の中だし、これからもお互い手伝うこともあるだろうから、そんな堅苦しくする必要はないさ。

 いずれにしても、二人とも、幸せにな。

 ……早く孫の顔を見せてくれよ」


 ……最後の一言に、思わず顔が赤くなる。

 以前、母にも言われたことがあるが、結婚した今では、実際に夫婦なので、その営みをするというのが、以前にもまして実感する。

 ただ、それは、私が幸せをつかんだことと同義と言える。

 たとえ、どんなに愛し合っていたとしても、この幸せをつかめるとは限らない。

 もしそれをつかめていたとしたら、私はこちらには来ておらず、朝日とも会うことはなかったのだ。


 ひとつ歯車が狂うだけであっという間に地獄にまで落ちる。

 この世に絶対的な幸せはないのだ。

 だからこそ、この幸せを、朝日との日々を、一つ一つ、噛み締めるように、大切にしなくてはいけない。

 いつこの幸せを失うのか、わからないのだから。




 その後は、ふもとの家に向かい、朝日の荷物を中心にまとめる作業を、朝日と、お義父様、お義母様が行った。

 一応、神社の方の家にもある程度の道具はそろっているので、着替えなどを中心にまとめていた。

 一方のわたしは、着の身着のままで逃げてきたために服が成人の儀の服しかなかったため、菊の服をしばらく借りることになり、荷物に二人でまとめていた。必要最小限だけ借り、他に必要なものは、自分で作ったり、行商人や呉服屋から買うことにした。


「そういえば、朝日は何歳ですか?」


 一緒におしゃべりしながら作業していたが、ふと朝日のことが気になり、菊に聞いてみた。


「お兄様ですか? 二十歳ですよ。私は三歳下の十七歳です」


 ……。

 失礼なことをしてしまった。


「あ、すいません、菊。私、あなたより二つ年下です。そうとは知らず……」

「気にしなくていいですよ。もう家族なんですから。堅苦しいのは無しです。お兄様と接するような感じで、私にも接してくださいね。あと、もしよろしければ、砕けた言葉で話してもいいでしょうか?」


 しかし、菊は失礼とは考えていない。

 むしろ、家族だからと、朝日と接するように接してほしいという。

 それは、対等な関係。

 しかも、リベルと同じく、砕けた言葉を使おうとしてくれている。

 おそらく、普段からそうなのだろう。

 朝日がそうしないのも、同じだと思う。

 いずれにせよ、私がずっとしてほしかったこと。

 それを菊が求めてくれている。

 受け入れられているのが実感できて、すごくうれしい。


「わかりました。じゃあ、これからもよろしくお願いします、菊」

「こちらこそよろしく、桜空。

 ところで、桜空の誕生日はいつ? みんなでお祝いできればと思って。ちなみに、お兄様は一月一日で、私は九月二十三日、お父様が八月七日、お母様が六月十五日よ」

 それに対して、私は当然のように言った。


「私の誕生日は、十四月十四日ですよ」


 ……。

 それを聞いて、菊は沈黙する。

 一方の私は、何か変なことを言ったのではと心配になる。

 やがて菊が口を開く。


「ねえ、桜空。

 ……一年は十二か月よ」


 ……。

 今度は私が沈黙し、その私の様子を見て菊が困惑している。

 少し考えてみる。

 すると、ある一つの可能性が浮かんだ。

 ここがバノルスではないから、暦が違うかもしれない。

 これ以外に、理由が思いつかない。

 そのことを菊に伝えると、菊も理解してくれた。


「あー、確かに。

 じゃあ、桜空の誕生日は、どうしよっか?」


 暦が違うから、きちんと祝えないと菊は思ったようだ。

 その気持ちを無下にはできないので、作業しながら二人で考える。

 すると、あることが頭に浮かんだ。


「菊、こちらでは一年は十二か月なんですよね?」

「そうよ」

「でしたら、私は十四月生まれなので、十四から十二を引いて、二月十四日生まれということでどうでしょう? こちらの地に来たのですから、暦もこちらに合わせるべきだと思うんです」


 それを聞いて、菊は納得してくれた。


「そうね、桜空。じゃあ、そうしましょう。

 これからは、桜空の誕生日は二月十四日、その日には毎年みんなでお祝いするの。今は五月だから、まだ先だけど、楽しみにしておいてね」


 また一つ、幸せが増えた。

 これから、もっと増えていくだろう。

 そのことに、胸が躍る。


「ありがとうございます、菊」


 お礼を言うと、菊は私に笑顔を向けてくれた。




 一時間ほどで荷物はまとまり、農作業をしてから、みんなで神社に向かった。

 ふもとから山の上へと上ったため、私は昨日までの疲労もあり、新しい家に着くなり座り込んでしまう。


「荷物は部屋に置いておきますね」

「ありがとうございます、朝日」


 見かねた朝日は私の部屋となる場所に荷物を置きに行ってくれた。


「私たちはご飯の準備してるから、桜空は休んでて」

「ありがとう、菊」


 菊の好意を受け入れ、しばらくその場で休んでいると、ふと、これは夢なのではないかと思ってしまう。

 みんな死んでしまった。

 バノルスから逃げざるを得なかった。

 リベルと、結婚できなかった。

 ……殺してしまった。


 それでも、朝日と出逢って、菊たちとも出逢えて。

 家族にもなれた。

 しかも、出逢ってから二日でだ。

 先日まで、ずっとバノルスで生活するものだと思っていたのに、全く知らない土地で暮らすことになったのだ。

 まるで、絵空事のようで、まだ現実感がないのかもしれない。


 運命のいたずらなのだろうか。

 そもそも、リベカ様の血を引いていなかったら、このようなことにはならなかっただろう。

 それがすべての始まりだったといえるのだから。


 でも。

 そのおかげで、朝日とも逢えた。

 今は、それでいい。

 朝日といられる今が、とても幸せなのだから。


「桜空! ご飯できたけど、大丈夫!?」


 奥の方から菊の声が聞こえる。


「ありがとう! 今、行くから!」


 私はそれに応える。

 家の外からは、温かな夕日が差し込んでいた。




 食事を済ませると、お義父様、お義母様、菊は元の家へと帰っていった。

 すでに夜のとばりが下りている。

 夜に、朝日と、二人きり。


「改めて、これからよろしくお願いします、朝日」

「こちらこそ、よろしくお願いします、桜空」


 私は朝日に向き直り、正座して、頭を下げた。

 面を上げ、視線が交差する。

 自然と笑みが浮かぶが、朝日のために、やらなければならないことがあった。


「……朝日、お願いしたいことがあります」

「……穢れのことでしょうか」


 朝日は察してくれていた。


「そうですね。朝日を穢すわけにはいきません。『清める』と言ってくださいましたが、今やっていただけないでしょうか」


 不安だった。

 もし朝日まで穢してしまったら、私と同じような苦しみを味わうことになるかもしれないのだ。そんなのは、見たくもさせたくもなかった。


「わかりました。準備いたしますので、少々お待ちください」


 朝日は部屋を出ていく。


(リベル、母上、みんな……)


 一人残された私は、もう逢えない大切な人たちへ思いを巡らす。


(幸せに、なります。あなたたちの分も。だから……)


 ……。

 私は、次に進まなくてはいけない。

 いつまでも、後ろを向いてはいられない。


(しばしの別れです)



 ※



 その後、朝日が戻ってきて、本殿へと向かった。

 中は、蝋燭(ろうそく)に照らされ、植物のようなものでできた床でできていて、一段高いところは木で、さらに奥には祭壇のようなものがあった。

 私は床の方に座り、朝日は一段高いところに立つ。

 朝日はそこに置いてあった白い革のようなものが付いたものに、傍にあった棒を取り出し、それをたたいた。


 ドンっ! ドンっ!

 心の臓を揺らすような、力強い音が響く。

 朝日は棒をいったんしまい、別に置いてあった、白いたくさんの紙のようなものが付いた道具を取り出し、それを私に向かって横に振る。


 ササっ……。ササっ……。

 たったそれだけのことなのに、頭の中に何かが駆け抜けたかのような感覚がする。

 そして、朝日はまた道具をしまって、今度は懐から巻物を取り出し、そこに書かれてあることを唱える。

 朝日が普段使っている言葉と違うのか、聞き取ることはできなかったが、なぜか引き込まれる。

 祝詞(のりと)というべきものだろう。

 このような行為を朝日は繰り返していった。



 ※



「……終わりました」


 しばらくしてからの朝日の言葉。


「私にできることはしました。これで大丈夫です。桜空は清められました」


 それは、一連の儀式の終焉を、穢れの終焉を意味していた。


「……ありがとうございます」


 ようやく、肩の荷が下りた気がする。

 これで、ようやく、普通の女として生きられる……。

 そう思うと、眠気が襲ってくる。


「……もう、休みましょうか」

「……うん」


 片付けをしてから、寝室に戻る。

 布団の上で、改めて朝日に向き合う。


「……これから、よろしくお願いします、朝日」


 朝日も私に体を向ける。


「こちらこそ、よろしくお願いします、桜空」


 これからは、二人で歩んでいくのだ。

 すべて順調にいくわけではないと思うが、二人でなら乗り越えられる。

 幸せでいられる。

 もっと、幸せになれる。

 頭を上げると、朝日と視線がぶつかる。

 自然に、お互い、笑みが浮かぶ。


「……おいで、桜空」

「……うん」


 そのまま、私は彼の温もりに包まれていった。


次回、第十五話「幸せの芽」。令和二年三月二十六日投稿になります。お楽しみに。

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