第十二話 愛し愛され愛し合い
「……なぜ」
やっとの思いで、声が出る。
「なぜ、こんなことを……」
なぜ。
疑問しかない。
これからは、リベルとともに歩んでいくのだと思っていた。
ノア派とも分かり合えると思っていた。
ガリルトとも分かり合えると思っていた。
マスグレイヴの脅威を退けられるはずだと思っていた。
それに……。
跡継ぎ……。
いや。
私たちの、子供だって……。
ノア派の息子の、リベルだからこそ、私との仲睦まじさから、バノルスが一つになって、ガリルトとも関係がよくなって、再び、一つになれると思っていたのに。
未来は明るいとそう思っていたのに。
幸せになれると、思っていたのに。
「答えてください!」
なぜそれを……。
捨て去ったのか。
なぜリベルが……。
「……止められなかったんですよ」
不意に、リベルが口を開く。
「あの襲撃の数日前のことです。父上が私を呼び出し、命令を下しました。
『成人の儀の時、サラファン・トゥルキア・バノルス、ステラ・トゥルキア・バノルスの、暗殺に加担せよ』というものでした。
もちろん、私は首を横に振りました。反乱だということは一目瞭然で、王位につけるものを根絶やしにするということは、王がバノルスにいなくなることになります。そうなれば、かつての王の血を引く、父上たち、ノア派が実権を握るのは、当然の流れです。
ですが、それは、私が愛した、サラファンを殺すことと同義です。
そんなのは、断じて容認できなかった」
……わからない。
受け入れられないのだったら、なぜ……。
「……それがなぜ、反乱を起こして、……みんなを、愛しているはずの私を、殺すことにつながるのですか?」
リベルは殺したくなかった。
そう思う。
それを押し殺してまで、なぜ……。
※
……「バノルスの将来のことを考えろ」。
そう言われたのです。
確かに、私とサラファンが結ばれることで、ノア派の影響力が増して、不満が減るかもしれない。
跡継ぎも解決するかもしれない。
ノア派率いる、軍事省の不満も減るかもしれない。
……ですが。
果たして、リベカの血を引くあなたは、あなたの子供は、健康でいられる保証があるのですか?
否。
これまでの、リベカの血を引くものは皆、短命で、病弱です。
穢れているんです。
それだけで、ノア派はあなたを、あなたたちリベカの血を、穢れた血を引くものを、信用できません。
あなたはまだどうなるかわからないかもしれませんが、そんなの関係ありません。
リベカの血を引くこと、その者が王に就くこと、その者しか王につけないこと。
それ自体が問題なんです。
未来永劫、穢れた血を引くものが王であり続ける。
国民にとって、不安にしかなりません。
国が不安定になるだけです。
……それに。
そもそもリベカは、オラクルを穢して、オラクルを滅ぼした存在です。そのせいでガリルトが不安定になり、それ以来バノルスは、本来の防衛だけでなく、ガリルトを支援していて、その負担が重くのしかかっています。
なぜ、ガリルトの、リベカの重荷を、穢れを、バノルスが背負い続けなければならないのでしょうか?
そんな負の遺産を持ち込んだ女の血を引いたものが王である限り、民の心に安寧は訪れません。
あなたは分かり合うことを目指して頑張っています。
たしかにそれは、傍から見たら美しい心の持ち主のように思えます。
ですが、甘すぎます。
現実は、あなたが思っている以上に、不満が高まっている。
もう、あなたがどうにもできないほどに。
あなたも見ましたでしょう?
反乱後に、ノア派が掌握したバノルスで、民衆が素直に新たに政権を握ったノア派に従っていたところを。
……それが、国民の気持ちなんですよ。
今一度考えてみてください。
あなたがやろうとしていたノア派との関係の改善が、果たして民の幸せになるのかを。
私は同じことを父上から話されて、ようやく気付いたんです。
国民は、現在の王家に不満を持っていて、ガリルトにもよくない印象を抱いている。
……だから、私は。
国民は、リベカの血を引いた王、あなたやあなたの母上を必要としていないのだと、ノア派の方を必要としているのだと知ってしまったのです。
空しかったです。
あなたがあんなにも、バノルスのことを、みんなのことを思っているのに、誰もあなたのことを必要としていなかった。
そのことに、気づかされました。
そのことを、ノア派はもちろん、父上や、軍事省の大臣でノア派の長である、ユダは知っていた。
だからこそ、自分たちが王にふさわしいと考えていたのです。
確かに権力欲しさもあるのかもしれません。
その思いが、少なからず見え隠れしていましたから。
ですが、それ以上に、国のことを、民のことを、ノア派たちは思っていることを、私は知ったのです。
だから、私は……。
民や国と、最愛のあなた。
どちらかを選ぶことになりました。
……悩みました。
私は、あなたを一生の、唯一無二の伴侶だと思っている。
この世のいかなるものよりも愛している。
あなたの存在が、私の根元を支えているといっても、過言ではありません。
そんな、あなたを……。
殺すのか。
私にとって、いなくてはいけない、最愛の存在を、自ら捨てるような真似をするのか。
それとも。
あなたを殺して、政権側みんなを殺して、王を殺して、私が空虚な存在になることをわかっていても、大多数の国民、国を思って、加担するのか。
……考えてみました。
もし、加担しなかったら。
父上たち、ノア派は、口封じに私を消そうとするでしょう。
簡単には殺されないでしょうが、あなたと違って、数に押されるだけでも助かる道はほとんどありません。無いといっていいくらいです。
つまり、私は死ぬことになるでしょう。
それを知った時、あなたがどれだけ悲しむか。
……想像したくもありません。
では、加担したら。
……楽に殺せば、あなたが味わう苦しみが、少なくて済むと思いました。
そして、あなたが死ねば、その苦しみから解放される。
苦しむのは、残される私だけ。
私は、あなたが苦しむのが嫌だった。見たくなかった。
そうなるくらいだったら。
……自己満足かもしれませんが、私が加担して、あなたが何も知らないまま殺されて、苦しみをなるべく少なくして、その罰として私が苦しんだ方がいい。
そう思ったんです。
……だから、私は。
反乱を承諾する代わりに、前線に立って、私があなたを殺せるようにしたんです。
後悔したくなかった。
あなたから未来を奪うのだから、私との幸せの日々を捨て去るのだから、自分でけりをつけたかったんです。
結果的に、他の連中が殺したかもしれない。
ですが、何もしないよりも、私が何かした方が、後悔が少ないと、思ったんです。
ただ、一つ疑問がありました。
あなたを、どうやって殺すのかということです。
あなたは、現在のバノルスでは、天才と称されますが、それは、類を見ないほどの魔力や、魔法の腕を持っているからです。
それは、魔力が強大な、バノルス王家と、ガリルトの血である、リベカの血を引くからで、未だ病気を発症していないため、王だった、ステラ・トゥルキア・バノルスをはじめ、リベカ以降の王すらもしのぐほどで、魔法の腕だけでは、最強といえることが所以です。
そんなあなたを、果たして殺せるのか。
甚だ疑問でした。
あなたは実戦に一回しか出ていないだけなので、その分父上たちノア派が甘く見ているのかと思いました。
ですが、違いました。
対抗策を、長年にわたり研究していたそうです。
そのヒントになったのが、マスグレイヴの捕虜。
捕虜は、マスグレイヴでは珍しく魔法を使える人間だったそうです。
その魔法が、興味深いものだった。
魔力を弱めるというものでした。
これを使えば、政権を倒せると踏んだそうです。
十年ほど研究し、ついにそれは出来上がりました。
「マジカル・デリート」という魔法です。
これを使えば、魔力を操れなくなり、魔法を使えなくなります。
それを広範囲に使えるような使用者がノア派から生まれ、今回の反乱で最前線に立ちました。
そのものの名は……、軍事省の大臣でノア派の長、イスカリオテ・ユダ。
ここ数年は軍事省の方で科学兵器の導入が進んでいますが、マスグレイヴに対抗しようというのは建前で、魔法を「マジカル・デリート」で無力化させて、今回の反乱を成功させるために、科学兵器の導入、開発が秘密裏になされました。
実際に私に使っていただきましたが、何もできませんでした。
それが、ユダならば、広範囲に使える。
ほぼ確実に、反乱は成功すると思いました。
私の疑問点がなくなり、あとはもう、実行するだけだった。
結果は、王を殺すことに成功し、ノア派ではない省の長をすべて処刑。
王の側に就く人間は、すべて失脚、あるいは死亡しました。
……一人の行方不明者以外、すべて。
ですが、あなたを捜索中に空間魔法の痕跡を発見し、その痕跡のあったゴルゴタを部下たちとともに重点的に捜索しました。
結果、部下の一人があなたを発見しました。
しかし、そこから部下が監視してユダをゴルゴタに呼ぶはずだったのですが、あなたに気付かれてしまった。
すると、急にあなたの方から、強い光が発せられました。
まずい、と思った時には、もう遅かったです。
私たちは光に巻き込まれ、気が付くと、バノルスとは全く違う、この地にいました。
とりあえず体制を整えるために数日かけて全員集まりました。
その後、情報収集のために、一人を斥候に出しましたが……。
戻ってきたのは……。
ここに来たのは。
……サラファン。
あなたでした。
私たちには、「マジカル・デリート」を使えるものはいませんでした。
もう、死角から一斉に攻撃するしかなかった。
ですが……、さすがというべきか、ご覧の有様です。
空間魔法を使える、私しか、生存者はいません。
その私も、あなたには遠く及ばない。
結局、私は、大勢の人を殺し、殺されるのに巻き込みながら、何もできなかった。
それどころか、あなたを苦しませることしかできなかった。
逝かせることが、できなかった……。
※
私は静かにリベルの告白を聞いていた。
その言葉一つ一つが私の心を空虚にする。
おそらく、リベルが言っていた空しさと同じだろう。リベルも私と同じ気持ちだったのだろう。
私がやろうとしていたことは、だれも望んでなんかいなかった。
誰にも必要とされていなかったのだ。
……私が穢れているから。
リベカ様の血を引いているから。
それを知って、私を苦しませないように、リベルは私に手を掛けようとしたのだ。
ガラガラと音がした気がする。
私の根元が崩壊していく。
ガリルトのために、バノルスのために、民のために、私が歩んできたすべてが否定された。
誰のためにもなっていなかった。
ただの邪魔者だったのだ。
「……私を生かしてマスグレイヴから防衛する砦とする考えはなかったのですか?」
それでも、私の存在する意味を否定されたくなくて、必死に抵抗する。
残る手段は、バノルスで最強とされた私を生かし、マスグレイヴへの対抗策にすること。
母上が病気で前線に立つのには不安が大きかったので、私はバノルスを守る切り札のような存在だったのだ。
それを切るのは、バノルスのことを考えるのであれば、間違っている気がした。
「……」
リベルは瞑目する。
それは、自らの過ちに気付いてしまったからなのか、私を傷つけないようにするためなのか。
表情からは読み取れなかった。
「……それは、ありえませんでした」
……。
否定された。
私の軍人としての役目も。
結局、私は疫病神でしかなかったということを思い知った。
「あなたは強い。それゆえ、生かしておけば必ず反撃に出る。
そのように考えるのは当然です。
それに、国民があなたのことを支持するかもしれない。
そんな危険なことは防がなければいけない。
だから、殺すしかなかった……」
リベルの目頭が光る。
それは涙。
最愛の人が、誰からも疎まれ、殺すしかなかったのを、悲しんでくれているのだろうか。
そう信じたい。
だって、私だってそう思っているから。
頬を何かが流れる。
それが止まらない。
止めようとするが、どうにもできない。
やがて、それは嗚咽に変わった。
すぐ近くにあった幸せが、希望が、あっけなく流れていった。
「……空しいですよ。
大罪を犯しただけなんですから。
最愛の人を苦しめただけなんですから。
……でも。
あなたは生きている。
まだ、幸せになれるかもしれない。
こんな、私なんかと一緒にいるよりも……。
だから。
サラファン。
私を、殺してください。
こんな大罪を犯した私を裁いてください。
そして、幸せになってください。
それだけが、私の願いです」
最後に願いを話すと、リベルは青魔法を放ち、足元で広がっていた火を一気に消し去り、山に降り立つ。
そして、魔力を練るのをやめ、完全に白旗を掲げている。
本気なのだろう。
リベルがしたことは、大罪であり、空虚。
私と似ている。
だからこそ、リベルの気持ちがわかる。
でも、私は母上が少なくとも味方だった。
こちらに来てからは、朝日たちも味方だ。
一方のリベルには、私と同じ状況になった今、誰も味方がいない。
孤独だった。
そんな彼のことを、愛していた。
今はどうだろうか。
母たちを殺した大罪人だと知ったとしても、愛しているのだろうか。
正直、殺したい。
とにかく、苦しめたい。
恨みを晴らしたい。
それでも、そんな負の感情が起こるたび、心の奥から、これまでの思い出が、幸せな日々が、次々とよみがえってくる。
初めて逢った時のこと。
対等に接してくれたこと。
一緒にデートしたときのこと。
抱きしめてくれたこと。
キスしてくれたこと。
結婚前夜のこと。
そんな幸せの日々、日常が、すぐ傍にあった。
ずっと、リベルと一緒だった。
それを思い出すたび、身を切られる思いになる。
やっぱり、私は。
リベルを、愛しているんだ。
そう実感する。
そんな幸せな日々を、彼は捨てた。
それでも、間違ってはいたかもしれないが、私のことを思っていたのだ。
そんな彼を、幸せを、私は捨てられるのだろうか。
殺せるのだろうか。
何をするのが最善なのだろうか。
見逃すべきなのだろうか。
彼の思いを汲むべきなのだろうか。
そして、どうすれば、私は納得できるのだろうか。
逃げて見逃すのか、きちんと向き合って見逃すのか、殺すのか。
私は、きちんと向き合いたい。
そうでないと、後悔すると思うから。
でも、そうだったらどうすればいい?
私は、彼とどうしたい?
一緒に生きるか?
……それは、できないだろう。
いつまでも母のことを、みんなのことを引きずって、これまでのようには付き合えないだろう。
では、見逃すのか?
それでは、リベルの気持ちはどうなるだろう。
先ほどのリベルの話から、さんざん悩んだのだろう。
それは、私を愛しているが故だ。
それなのに、願いが聞き入れられなかったら。
絶望し、罪の意識に苛まれ続け、自決するかもしれない。
そんな彼の亡骸を見てしまったら……。
……寒気立つ。
そんな恐ろしいことは、できない。
だったら、殺すのか?
それしか、ないのか?
彼の願いは成就し、私は仇をとれる。
実際、仇をとる、甘えを捨てると決めていた。
そもそも、甘いと、リベルにも言われていた。
ここで殺さなかったら、またリベルにそう言われるのではないだろうか。
失望させてしまうのではないだろうか。
リベルにとっても、けじめにならないのではないのだろうか。
私にとっても、前を向くための、けじめにならないのではないだろうか。
……朝日は、どう思うのだろうか。
こちらに来てから会った、彼の温もりを、こんなところで思い出してしまう。
……リベルや、母上の言っていた、私の幸せは、こちらの地での幸せでも、いいのではないだろうか。
朝日の父は、私を朝日の嫁に、と考えていた。
冗談だと思っていた。
でも、リベルと同じ温もりの彼なら。
……もう一度、幸せになれるのではないだろうか。
リベルとは一緒になれないけど、リベルに失礼だけど、みんなの願いが、叶うのではないだろうか。
リベルを殺せば、私は朝日や、朝日の家族と一緒に住み、幸せへの一歩を踏み出し、それはやがて、リベルと母が願っていた、私の幸せへと結びつく。
そう、思った。
そして気づく。
私の中での、朝日の存在の大きさに。
つい、朝日のことを考えてしまう。
そのたびに、彼が愛しくなる。
(ああ、そうか……)
私、朝日のこと、好きなんだ……。
リベルと同じくらい愛してしまったんだ……。
そう思った。
そして、朝日なら。
私のことを、必要としてくれるかもしれない。
私は、彼と一緒に歩みたいとまで思う。
それは、リベルとの幸せから断ち切る、けじめであり、私にとって、身を切られる思い。
それでも、リベルと同じ温もりの、朝日との日々が待っているということ。
幸せになれるということ。
願いを果たせるということ。
だから、私は。
「リベル、……言い残したことはありませんか?」
「……サラファン、愛しているよ、永遠に」
「私も、愛しています。永遠に、ずっと。
来世では、絶対、妻にしてくださいね」
私の告白がうれしかったのか、感極まったのか、笑みを浮かべながら、涙を流すリベルを。
「……さよなら!」
殺した。
「……ブレイキング・ブレイン・ステム!」
次回、第十三話「月明かりの隠し事」。令和二年三月十三日投稿です。お楽しみに。
補足
「ブレイキング・ブレイン・ステム」
緑魔法と黒魔法の複合魔法。脳幹を破壊し、殺す。
脳幹
中脳、橋、延髄で構成されていて、血圧、心拍、呼吸など、生命活動に欠かせない機能をつかさどる。「ブレイキング・ブレイン・ステム」は、この脳幹を破壊するので、生命活動を営めなくなり、死に至る。