第六話 願い
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
早速ですが、この第六話投稿前日に、第一章第一話に大きく加筆しましたので、まだお読みになってない方は、よろしければそちらもよろしくお願いします。
「テレポーテーション! テレポーテーション! テレポーテーション!」
隠し通路を走りながら、白魔法での移動を試みる。
でも発動しない。ペトラ礼拝堂の中と同じく、魔力を練られない。
このままでは、追っ手に見つかったら……。
だめだ。そんなの考えては駄目だ。
私は、母を見捨てたんだ。みんなを、見捨てたんだ。
そこにいたであろう、リベルも。
王女であるのに。
みんな、見捨ててしまった。
償えないほどの罪を、犯してしまった。
こんな私に、生きる資格など、無いはずなのだ。
でも、母は言った。
「いきなさい!」
どっちの意味なのだろうか。
「行け」なのか、それとも、「生きろ」なのか。
おそらく、両方だろう。
だから、私は。
ここで捕まるわけにはいかない。死ぬわけにはいかない。
母の最期の願いを、無下にするわけにはいかない。
みんなを見捨てる、償えない大罪を、犯してしまったのだとしても。
あるいは、犯してしまったからこそ、生きなければいかないのかもしれない。
そう思う。
だから、私は。
「テレポーテーション! テレポーテーション! テレポーテーション!」
生きるためにあがく。
暗い、隠し通路の中で。
明るい出口を求めて。
なるべく遠くを目指して。
この隠し通路が通じている、最も遠い場所、ベツレヘムを目指して。
※
何度も魔法を使おうとしても、全く使えそうにない。
そんな絶望的な状況で走り続けている。
だが、襲撃や、母を、みんなを見捨てて逃げたことへの動揺、精神的ショックのため、体が非常に重く、走りづらい。何度も転んでしまうほどだ。
だんだん、体力を消耗してしまって、何度も立ち止まりそうになるが、そのたびに自分を奮い立たせ、足を動かす。ばててしまっていて、走っているのか歩いているのかわからないほどだ。
しかし、休めそうもなかった。
「この通路はいろいろなところに通じてるんだって?」
敵の声が聞こえてきたのだ。
私は必死に足を動かす。魔法の呪文を小声で唱える。
「そうらしいな。まだ遠くに行っちゃいねえと思うが、魔法を使えない範囲の外に行くと、すぐ魔法で逃げるだろうから、急がねえと」
……え?
つまりは、敵が魔法を使えなくさせたのだろうか。
だから魔法を使えないのだろうか。
「いずれにせよ、あの王女様を捕えればこっちのもんさ。あいつさえ殺せば、王家は滅ぶ。そうなりゃ、ようやくちゃんとした王家が王になってくれるよ」
この発言は……、「王家が滅ぶ」、「ちゃんとした王家が王になる」ということは。
まさか。
母は……。
もう……。
私を支える何かが、根元から崩れていく感覚がする。
足が止まりそうになる。
悲しみに囚われそうになる。
でも、動揺してばかりではいられない。
「いきなさい!」
そう、母は言った。
こんなところで、立ち止まっては、捕まってはいけない。
生きるんだ。
また、幸せになるんだ。
だから、足を止めるわけにはいかない。
それに、科学兵器が使われていたから、マスグレイヴが攻めてきたのかと思ったが。
これが、マスグレイヴが実行したものではないとしたら。
……バノルス国内の者の仕業だとしたら。
ノア派が襲撃したということか。
……それは、リベルを疑うことになるけれども。
だが、だとしたらなぜ科学兵器を使ってきたのだろうか。
ノア派の筆頭、ユダが長を務める、軍事省で科学を導入しているとはいえ、剣や鎧などしか扱っていないはずだ。爆発したり、パーンと音が鳴って遠くから攻撃するような武器など、魔法以外存在しない。
つまり、バノルス単独では、ノア派だけでは無理なのだ。
だからこそ、マスグレイヴが関わっているはずなのだが。
しかし、そのことに気を取られている場合ではない。
あいつらに見つかれば、捕まる、殺される。
母の願いを、無下にしてしまう。
もう、体が思うように動けない。魔法も使えない。
でも、奇跡が起こることを信じて。
私は、ひたすらに足を動かし、呪文を唱え続ける。
「いたぞ!」
だが、そのもがきは、むなしく散る。
あいつらに、見つかってしまった。
それでも私は必死に逃げる。
そうしなければいけない。
再びパーンと音が鳴る。
背中に痛みが走る。
紅く染め上げているのだろう、濡れていくのがわかる。
幸せの象徴だったはずのドレスは、絶望を象徴するように、真紅のドレスとなっているのだろう。
その色が濃くなり、広がっていくたび。
私という存在が終わりへ近づく。
それでも、終わらせないために、私は呪文を唱える。
これが、最後の機だろう。
もう、意識が遠のきかけてる。
眠くなってきた。
寒い。
でも、諦めない。
母のために。
「……テレポーテーション」
その瞬間、周りの景色が一変する。
背の丈の低い、草原が広がり、見上げれば、青空が広がっていた。
……魔法を、使えたのだ。
ひとまず、生き延びられたのだ。
だが、追っ手に見つかるわけにはいかない。
とりあえず魔法で結界を敷き、自分の治療をした。
出血が止まる。一時的だが、数時間程度は持つ結界も敷いたので、外からは私を認識できないだろう。
この瞬間、自分が安全な状態になったと思った。
そう思うと、瞼が重くなる。
「……コネクト・トゥ・ヤサコニ・イオツミスマル。
ゴー・イン・ヤサコニ・イオツミスマル」
より安全な、母の形見の、イオツミスマル内に入る。
ここなら、わずかではあるけれども、魔力の供給を受けられる。
ヤサコミラ・ガリルトも使えばよかったけど。
いつもの暗くて明るい、不思議な空間にたどり着くと、いつもの生活に戻れた気がして。
ゆりかごに揺られている気がして。
母に見守られているような気がして。
そのまま、意識を失った。
※
何も聞こえない。
寒くも、暑くもない。
そんな感覚がし始めた。
それを自覚すると、様々な感覚が飛び込んでくる。
何かに触れている感覚がある。たぶん、地面に倒れている。
心なしか、血の臭いがする。
そして、瞼がくっついている感覚がしているうえに、何も見えない。
どうやら、眠っていたみたいだった。
だから、目を開けてみた。
すると、暗くて、明るい、そして地面がないように見えるところに倒れていた。
「つっ……」
手をついて立ち上がろうとするが、痛みが走り、思わず呻く。
どこか傷ついているのだと思い、自分の体を診るために服の方を何気なくのぞいてみた。
紅かった。
でも、白いところも、わずかにあった。
そして、血の臭いがした。
「あっ……」
ようやく、思い出した。
直前まで、何があったのかを。
襲撃を受けたことを。
みんなを見捨てたことを。
逃げたことを。
結局、リベルのことを考える暇がなかったことを。
何も、できなかったことを。
母を、見捨てたことを。
「母上……」
できるなら、再び襲撃直前の日常に戻りたかった。
それが、意識を失う直前に、確かにそこにあったのだけど。
今はただ、はるか遠くの向こう側へ遠ざかっていた。
私の支えが、消え去ってしまった。
目頭が熱くなり、自分の気持ちを抑えられなくて、何もできなくて、どうしようもなくて、悲しみがあふれて。
ただ、むせび泣く。
これから、どうすればいいのだろうか。
いくらイオツミスマルやヤサコミラ・ガリルトから魔力を得られるとはいっても、ずっとつながったままにしたことがなかったので、どの程度体に負担がかかるかわからなかったし、食料もなかった。
このままでは、エネルギーがなくなり、飢え死にどころか、魔法の使用が不可能になり、逃げることもままならない。
そうなると、結界を張れなくなったり、結界が長持ちしなくなったりして、捕まってしまう。
イオツミスマル内にこもるには、つながり続けることが必要だが、エネルギーがなくなることを考えると、つながらなくなるだろう。つながるだけでも、全属性の魔法を使うため、マジカリウムの供給しかできない神器では、エネルギーなしでポリマジカリウムを得られないからだ。
こう考えると、逃げ続けるのは。
ほぼ、不可能だった。
そうなると、敵を倒す必要がある。
ただ、襲撃時みたく、魔法を使えないだろう。それでは、どうすることもできない。
……詰み、だった。
もう、希望はない。
……ただ。
一つだけ。
すがれるものがあった。
「ヤサコミラ・ガリルトなら……」
神器のうちの、切り札。
かつて使われたことのないものを使えば、あるいは何とかなるのではないだろうか。
そのなかで、ヤサコミラ・ガリルトは、「別なところに行ける」という効果だ。
これならば。
……逃げられるのではなかろうか。
国民を、みんなを。
リベルを。
見捨てることにはなるけれども。
王女が、赦されぬ大罪を犯すことになるけれども。
そんなことをしていいのだろうか。
私のため、母のために。
国民を、みんなを。
リベルを。
見殺しにすることなど、赦されるのだろうか。
せめて、もっとあがいて、どうしようもなくなってからでは赦されぬのではないだろうか。
それほどの、大罪だ。
私は、そう思う。
もしかしたら、国民全体で立ち向かえば。
敵を退けられるかもしれない。
……そのために流れる血と、どちらが多いだろうか。
そもそも、天秤にかけていいものなのだろうか。
私は悩む。
でも、ここで私だけが逃げたら、もっと悪い状況になるのではないか。
王がいなくなって、マスグレイヴに蹂躙されるのではないだろうか。
もっと血が流れるのではないだろうか。
国民が奴隷になるのではないだろうか。
あるいはノア派が王になるかもしれない。
ただ、リベカ様がバノルスに嫁いだ時、後任のオラクルもいたが、その者は「オラクル」を使えなくなり、結果的にガリルトの情勢は不安定になった。
そう考えると。
周辺の国民に協力を呼び掛けて、反撃に出よう。
そう、思った。
……母亡き今、王位につける者は。
私だけなのだから。
だから私は、ヤサコミラ・ガリルトを持ち出し、ヤサコニ・イオツミスマルとともに私とのつながりをつくり、万全の状態で外に出た。
※
イオツミスマルの外に出ると、そこは結界の中だ。
その近くには、隠し通路の出口があった。
周辺の草原の背の高さから、ベツレヘムの近くと分かったが、そこは隠し通路の出口で、ペトラ礼拝堂からは一番遠いところだった。
白魔法を使えばここにたどり着くことなど容易かもしれないが、結界を張ったこと、そもそも移動できる魔法を使えるものが少ないことので、ここにたどり着くのは、時間を要するはずだったことから、敵の目を欺くには十分だった。
その結界の外に出る。結界は使用時に使った魔力に応じて持続時間が伸びたり、常に魔力を消費することで、その時間だけ結界を張れる。
つまり、持続時間と使用魔力は比例するのだ。
だからこそ、エネルギーがなくなると、ポリマジカリウムを産生できなくて、魔力を使えなくなるので、結界を張れなくなるのだ。
そのため、長時間とどまることはできない。
二つの神器とのつながりを常時確保し、万全の状態で、ベツレヘムへ、姿を消す黄魔法や、着替えの服がないので、国民を説得するときに備えて、一応別の服装に見える黄魔法、血の臭いを感じなくさせる緑魔法、空を飛ぶ複合魔法を使いながら向かった。
特段、変わった様子は見られないが、どの程度時間が経ったかわからず、敵襲を常に警戒する必要があった。
幸いなことに、ベツレヘムに、襲撃されずにたどり着いた。
人目につかないところで、私の姿を他の人に見えるようにする。
そして、街を歩いていた人に、神器を浮かべて見せて、王女であることを示しながら話しかけた。
警戒感が薄いと思われるかもしれないが、後々王都を奪還しなければならないのに、自分の立場を明確にしておかないと、協力してくれないと思ったため、神器で身の程を明らかにしようと考えた。
万が一、敵だったら、魔法でどうにかするしかない。
その際、魔法をまた使えなかったら、今度こそ仕舞いだが、結局それは、最初から逃げようとしても逃げきれないので、その線を考慮しないことにした。
「すみません。私、ステラ女王の娘、サラファン・トゥルキア・バノルスなのですが、こちらに……」
しかし。
「いたぞ!」
「捕らえろ!」
その町の人が、私が王女と分かると、私を捕らえようとしていることがわかる。
結局、今の私には、味方はいない。
だから、ここから逃れることにした。
魔法で空を飛び、私の周りを丸く覆うバリアを敷く。
今度は魔法を使え、ひとまずこの場はやり過ごせる。
敵はなにやら黒くて長い筒のようなものを私に向けていたが、その引き金を引くと。
パーン!
私に傷つけたであろう、音とともに、火花が飛び出たのがわかる。
すると、バリアに何かがぶつかる。小さな物体。
どうやら、科学的にあの物体を発射して攻撃するみたいだ。
魔法を使えたために、傷つくことはなかったが。
それでも、襲撃の時を思い出し。
私が撃たれたことを思い出し。
……母の最期を思い出し。
身の毛立ってしまう。震えてしまう。
だが、魔法を使えたため、それは届かない。
大丈夫なはずだ。
魔法さえ使えれば、私は敵なしなのだ。
深呼吸する。
落ち着け。
スー、ハー。
……。
恐怖心をあまり取り除けなかったが、とりあえず震えが止まってくれる。
落ち着いてくれたみたいだ。
大丈夫。
魔法があるのだから、私に攻撃は届かない。
こうなっては、私を殺すことはできない。傷つけることさえ叶わない。
私が敵を殺すのは、赤子の手をひねるように、たやすいことだ。
魔法を使えるならば、私にとっての戦闘は、ただの遊戯にしかならない。
だが、この敵は打ち払うべきだろうか。
実際、私なら町ごと焼き払える。「プロミネンス」を使えば、たやすい。
しかし、仮にも国民だ。いくら敵とはいえ、問答無用で殺したくない。
それに、今のうちに魔力やエネルギーを使いたくない。無駄に魔法を使うと、後で魔法を使えなくなり、逃げられなくなる。
ゆえに、私は、姿を消す魔法を使って、追ってこれないようにして、この場から去った。
※
いくつも、いくつも、街を回った。
反撃しようと思っていた。
しかし、いずれの街も、漏れることなく。
私を捕らえようとした。
さらに、情報を集めるため、姿を消して街を歩いていると、どうやら、この国はノア派に乗っ取られたらしい。
クーデターとでもいえばいいのだろうか。
そして、母や、父など、旧政権派ともいうべき者たちは。
皆……。
処刑、された。
火炙りの軽だったらしい。
リベルがどうなったのかは、全く情報がなく、消息不明だ。
つまり、私には。
味方は、いない。
一人だった。
皆、敵だった。
私は、この国の人たちにとっては。
ただの、大罪人だった。
でも、捕まるわけにはいかない。
母は、いきなさいと言った。
「生きろ」、「行け」のどちらかは、正確にはもうわからないけど。
捕まっては、その願いは果たされない。
だから、私は逃げ続ける。
※
私は、一度ゴルゴタに身を隠すことにした。
人がいない、というのもあるが、あえて王都の近くに構えることで、食料を得る際に使う魔力量や、エネルギーを節約するためだった。。
しかし、なかなかうまくいかない。食料があるところは、バノルスでは人がいるところになる。草原や町、湖、海、川の近く以外は、砂漠が広がり、そこには人が住まず、食料も全くない。
そのため、食料を得るには、人がいるところに行かなくてはいけない。しかし私はお尋ね者。姿を消しながら盗みをしなければならない。
元王女が盗人など、滑稽なことこの上ないが、生きるためには仕方ない。
しかし、姿を消すにも魔法を使う、移動にも魔法を使う、生命活動を営む上でもエネルギーを使う。
そのため、食料が不足し、エネルギー不足。疲労もあったため、私の体は、限界に近付いていた。
※
明くる朝。
結界の中で目を覚ますと、周囲の状況が一変していることに気付いた。
魔法で調べると、多くの人が、ゴルゴタにいるようだった。
何らかの方法で、私の潜伏場所がばれたのかもしれない。
逃げようとすれば、逃げられる。殲滅しようとすれば、殲滅できる。
しかし、結局、その場しのぎにしかならない。
やがて、魔法を使えなくなって、飢え死にか、処刑かを選ぶことになるだろう。
遠くに行こうとしても、マスグレイヴを経由しなくては地理的に無理だ。魔力が持つかもわからない。
もう、詰みだった。
死以外、私を待つものはなかった。
だんだんと、私への包囲網が狭まる。
生きるためには、もう、切り札を使うしかなかった。
使えるうちに。
ヤサコミラ・ガリルトを、今、ここで。
それに、すがるしかない。
守ろうと思っていた国民に、分かり合えると思っていたノア派に裏切られた。
母や父たちを失った。
リベルは消息不明。情報がない。
私は、今、空っぽだ。
こんな、空っぽな女なんか。
王女でも、何でもない。
ただの屍だ。
屍が動いているにすぎない。
そんな屍を求める人間など、私を求める人間など、ここには、存在しない。
そんな何もできない私が、嫌になって、悲しくて、情けなくて。
涙があふれる。
だから、逃げていいと思った。
こんな私など、ここにいるだれもが必要としていないのだから。
もう、敵がすぐそばにまで迫っている。
やるしか、ない。
私の生きるための、最後の希望に、すがるしかない。
……最後まで、もがいてやる。
だから、私は。
「ごめんなさい、みんな……」
何もできないことへの謝罪を。
独り言のようにつぶやいて。
ヤサコミラ・ガリルトとのつながりを維持したまま。
その呪文を唱えた。
「……アウェイキング・オブ・ヤサコミラ・ガリルト」
その瞬間、ヤサコミラ・ガリルトが輝き。
ゴルゴタ一帯を光に包み。
その鏡面に、私は吸い込まれていった。
次回の投稿は、令和二年一月三十一日です。