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魔法の契りで幸せを  作者: 平河廣海
第一章 胎動
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第二十二話 桜空

「五月、本当によかったのですか?」


 そう聞かずにはいられなかった。

 五月は何度も頑張ろうと決意してきた。でも、そのたびに打ちひしがれて、先日の決別、そして「ブラスト事件」が起こってしまった。


 そんな五月が、再び一人になろうとしている。みんなを巻き込まないために。

 いくら辛くなったときにはみんなを頼ると言ったところで、みんなと一緒だったのに打ちひしがれてきた光景を間近に見ていた私は、五月が本当に耐えられるか疑問だった。


「サラ、勘違いしないで」


 そんな私の心配を、五月は勘違いだという。

 そんなことはないと、目で反論する。しかし、五月は笑って続けた。


「今までと決定的に違うところがあるの。それはみんなに魔法のことを伝えたこと。これまでわたしとサラだけで抱えてきたことを、みんなに打ち明けた。

 そして、やっとみんなを信じられるようになったこと。今までみんな信じると言ってきたけど、信じていながら心の底から信じられなかった。それが今は違う。みんな、呪いに巻き込まれてでも、わたしと一緒にいたい、少しでも支えになりたいって、そう思っていてくれていることが、やっと、わかったから。

 だから、信じられるようになったの。

 それだけだけど、大きな違いだよ。少なくとも、わたしは胸のつかえが下りたよ」


 五月の表情を見る。晴れ晴れとしたものだ。

 今までの強がったものではない。

 信じていいのだろうか。

 今度は大丈夫だと。

 今までのことが思い出される。それで、信じるのを躊躇(ちゅうちょ)してしまう。


「サラ」


 五月が声をかけてくる。

 私は、五月に目を合わせる。


「わたしを信じて」


 五月はきっぱりと言う。


「大丈夫。今度は絶対。かなちゃんがいる、マリリンがいる、ゆかりがいる、綾花がいる、裕樹がいる、サラがいる。楓と雪菜、お父さん、お母さんにもお別れを言えた。魔法のことも言った。もう、後ろめたいことは、ない。

 だから、わたしはもう、迷わない。まっすぐ前に進める。

 だから、サラ。

 わたしを信じて」


 五月の決意は固い。決して揺るがないだろう。

 ……もう一度信じるべきだろうか。

 いや、信じるべきだろう。

 それでも、簡単には頷けない。

 それは、今までの五月を見てきたから。そして、私はいろいろな事から逃げてきたから。

 私の弱さが、信じられない根底にあった。


 そんな私に、また、源家を巻き込んでいいのだろうか。

 私の娘に瓜二つな、目の前の少女を。

 そんなこと、いいはずがない。

 それに、今の五月には、みんながついている。

 呪わないように、なるべく関わらないようにしようとしてはいるが、その絆は固く結ばれ、五月を支える土台となっている。

 みんな、支えてくれている。

 五月の存在も、みんなには欠かせなくなっている。


 ……成長したな。

 あんなに力強い五月を、初めて見た。

 それを見てると、もう、大丈夫だと思う。

 少し前までの、今にも崩れそうな、脆い姿は、もうなかった。

 だから……。

 私は。


「……わかりました。五月、信じます。私も、いつでも、ずっと、死ぬまで、五月の味方ですからね」


 五月を信じることにした。



 ※



 退院してから、五月は学校には通わないことにした。


「わたしが学校に行っても、何にもならないし、むしろ、かなちゃんとマリリン、そして、いろいろな人に迷惑をかけちゃうだけでしょ? だったら、桜空(さくら)伝の原本の解読とか、呪いへの対抗策を練る方が、ずっと重要じゃない。中学校は不登校でも卒業できるらしいし、平気。勉強は教科書とか問題集があればどうにかなるし。飽きたら高校のをやればいいし。

 村の人への説明は、悪いけど、お義母さん、お願いします。わたしが変に出しゃばって、村の人を呪っちゃうわけにはいかないから」


 そのように、呪いを警戒しながらも、最後に一回だけお見舞いに来たかなちゃんとマリリンに話し、お義母さんにもそのことを話した。正直、呪ってしまうのが怖かったが、伝えなくてはいけないことだったので、内心複雑だった。


「まあ、巫女さんの学力って、正直異常だよねえ……。学校にいてもレベルが違うっていうか……」

「だよねえ、ミーちゃん、試験対策の勉強を一切しないで楽々学年一位だし……。天才って、こういう人のことなのかもね……」

「まあ、あたしは、五月がしっかりした大人になって、源家当主として村のみんなを率いてくれたら、それだけで十分だけどねえ。まあ、村の連中には、あたしや綾花がうまく言ってやるから、きちんとやり抜くんだよ。教科書とか問題集はあたしが何とかするから」


 そう言って、三人は苦笑いしながら了承をした。

 そのため、退院して帰宅した五月は、早速源家の宝物殿から自室に持ち込んでいた、桜空(さくら)伝の原本を読むことにした。

 しかし、以前も読もうとして読めなかったので、今読もうとしても読めるようには思えない。


「こんな時こそ、『オラクル』の出番かな」


 そう独り言をつぶやき、五月は「オラクル」を唱えた。

 すると、「ブラスト」を習得したときのように、頭の中にイメージが広がる。その感覚は、「ブラスト」と異なり、「プレディクション」や「オラクル」に似た感覚だった。少し感覚が違うが、問題なく使えそうだった。

 そして、最後にその呪文のようなものが聞こえる。それを、唱えてみた。


「トランスレーション」


 しかし、何も起こらない。体には疲労がたまっただけのような気がする。

 失敗したのかと思ったが、ふと桜空(さくら)伝を見ると、その表紙に、振り仮名がついているような感覚で、しっかりとしたきれいな字で、その本の題が書いてあった。

 それを見て、背筋が寒くなる。


桜空(さら)伝」。

 そのように書いてあった。

 その名前を、五月は知っている。

 生まれた時からずっとそばにいる、五月以外は見聞きできず、誰も触れない、不思議な友達。

 その友達の名だった。


 そして、「桜空(さくら)」の正式な名称は、実は不明で、村に残っていた、神様の名称の「さくら」という音を「桜空」という漢字に当てて、「桜空(さくら)伝」と呼ばれていることが、頭の中に浮かんだ。

 読み方を変えた、単純なトリック。

 サラを知っていながら、桜空(さくら)のことを疑いもせずに過ごしてきた自分に、そして、こんな子供だましのような真似をされて、真実が隠れて今まで呪いへの対処が後手に回ったことに、腹が立つ。


 そのせいで、両親、楓、雪奈が死に、かなちゃん、マリリン、ゆかり、そして、裕樹も呪いに巻き込まれているのだ。

 それなのに、こんな子供だましをされると、それがなかったら呪いに対処できていたかもしれない。

 そう思う。

 それこそ、サラが「桜空(さくら)」なら、魔法を使って、呪いをどうにかできていたかもしれないのだ。


 しかし、もし本当に何者かによって情報の操作がされていたとしたら。

 サラが、「桜空(さら)」であることを、裏付けることになるのではないだろうか。

 幽霊のようであることも、神様のようにも思え、五月は、サラのことを、桜空(さら)と考えてしまう。

 もしそうであるならば。

 ……ずっと、隠されていたのか。

 なぜそんなことをしていたのかがわからない。

 どうして、魔法を使ってくれなかったのか、わからない。

 戸惑い、疑い、怒り。

 いろいろな感情がごちゃごちゃになって、「桜空(さくら)」、「桜空(さら)」、「サラ」という存在を不気味に感じる。


 でも、今ここには、桜空(さら)伝の原本がある。

 真実が、ここにある。

 それがわかれば、隠されていた理由もわかるかもしれない。

 魔法や、呪いのことについて、何かわかるかもしれない。

 「サラ」と「桜空(さくら)」について、何かわかるかもしれない。

 そう思って、五月は読み始めた。



 ※



 今となっては昔のことだが、山間(やまあい)に村があった。田畑を耕して人々は暮していた。

 ある日、その村の神社の神主が、山中で倒れた女性を見つけた。服はところどころ破れ、血で紅く染まり、髪は土埃にまみれて灰色となり、全身から血が流れていて、神主は女性が死んでいるものと思った。急いで駆け寄ると、かすかに体が揺れていた。生きている。そうとわかると、神主は自宅まで女性を運び、村の女と一緒に精一杯介抱した。

 女性はなかなか目を覚まさなかった。息はしているものの、弱々しく、神主は女性の無事を切に願った。


 数日後、村の女を家に送った神主は、自宅に戻ると、女性が起きているのを見た。助かった。そのことがわかると、神主はうれしく思った。桃色の長髪で美しく、整った顔は美人そのものの、少女だった。そのとき、少女が神主を呼んだようだった。しかし言葉がわからず、何を言っているかわからなかった。少女も言葉が通じてないことに気付いたみたいだったが、何か聞き取れない言葉を話すと、神主に向かって話しかけた。すると神主は、少女の言葉を理解することができた。驚きながらも事の経緯を話すと、少女は助けてくれたことを感謝したうえで、動けるようになるまで世話になりたいと頼んだ。神主はそれを受け入れ、しばらく少女は居候(いそうろう)した。少女の名は、桜空(さら)といった。


 ある日のこと、神主の村に近隣の村から、百人以上の不審な人間が、不思議な術を使って村々を襲い、ほとんどが壊滅したという情報が入ってきた。さらに、それが神主の村に迫ってきたのである。村は混乱し、四方八方に人々は逃げた。神主もどうするか悩んだ。その時、少女が、「自分は神である。自分を助けてくれたお礼に、その不審な人間どもを追い払おう」と言った。神主はにわかには信じられなかった。そこで少女は神主に不思議な術を見せた。何かの言葉を少女が話すと、急に突風が吹いたり、水の矢が放たれたり、植物が急成長したりした。それを見て、神主は少女を神と確信し、神に指示された場所に避難し、神に全てを(ゆだ)ねた。


 そして、神と不審な人間が激突した。一対百以上と、無謀なように思えた。しかし、神は傷つきながらも、その不思議な術ですべて撃退した。村から脅威は去ったのである。

 これに村人たちは感謝した。もちろん神主も感謝し、神の傷がいえるまで世話をし続けた。神は神主に礼として、神主が独り身であったので、その不思議な術で嫁を授けた。神主は神に感謝し、夫婦で幸せに暮らした。数年後には子も生まれ、幸福に包まれた。


 ある村に、神が舞い降りた。神は傷を負っていて、その村の神主が介抱し、その感謝として、村に襲ってきたものを撃退した。その十数年後、村に疫病が広まった。神主は神に助けを求めた。そこで神は病人のもとへと足を運び、神の術で癒した。ほかの村々からも要請があり、神が滞在していた村に来たり、神のほうから近隣の村に出向いたりして、その人々も救った。人々は神を讃美し、その神を祀る神主一家を称賛した。


 しかし、神といえども、一人ずつしか癒せず、人々の治癒は滞った。そうなると人々は口々に神や神主、その家をののしった。神への感謝として、その年に不作だった穀物を神社に収めていて、それが狙いで事態を長期化させていると人々が考えたためである。また、疫病は周辺地域にも拡大し、それを広げたのは神や、神主一家だといううわさが広まった。それに対し神主一家や村長の家が潔白を主張したが、人々は神や神主一家を死罪にするよう領主に請願した。それを受けて、領主は神主一家を捕えるよう命じ、その命を受けた村人が神主を殺した。


 それに対し、神は怒り狂い、村に火を放ち、人々を次々に殺した。なすすべがなかった。血や腸が、川のように流れた。一命をとりとめた者も、血があふれるように流れ、次第に動かなくなった。

 そこに、神主の妻がやってきた。自分の身を生贄としてささげることで、怒りを鎮めるように神に懇願した。神はそれを受け入れ、神主の妻を生贄とし、怒りを鎮め、神の世界に帰った。これが、「桜空(さら)の祟り」である。


 その後、神主の娘の桜月(さつき)が、「杯流し」という祭りを始めた。祟りを招いた罪を流すため、「神との約束」を思い返すためである。もともとは生贄を用いていたのだが、神である桜空(さら)はそれを望まないと考えたため、巫女の体の一部を捧げるために、口嚙(くちかみ)酒を用いるようになった。また、その杯流しの日には、神主一家の者で、(よわい)が十二になるものには、杯流しで用いる口嚙酒の一部を飲ませる、「(しゅ)(れい)」をするようになった。


 桜月は神同様、不思議な術を用いて人々を導いた。その際自然に浮き上がる不思議な勾玉も用いた。人々はそれを、「弥栄之四方御統(やさかのよもみすまる)」と呼んだ。領主は畏れをなし、桜月に異を唱えることがなくなったどころか、村と協力するようになった。


 桜月は、晩年、神社の宝物殿にこもり、疫病の混乱が収まった後、その生きた姿を見た者は、家族のほかにはいなくなった。その桜月は二十九でこの世を去り、人々は、桜月の亡骸(なきがら)に、口々に感謝を伝えた。桜月のことを思い、桜月の子孫、村長の家、領主の家がより協力するようになり、村の中心となった。

 その村は、桜空(さら)の祟りで血や腸が川のように流れたことから、「血腸(ちわた)村」と呼ばれるようになった。



 ※



 桜空(さら)伝を読み終わったころには、夕方になっていた。

 ほぼ、現代に伝わる「桜空(さくら)伝」そのものだった。

 しかし、その最後の部分は、内容がより詳しくなっていた。

 杯流しの由来。現代にはない酒礼。弥栄之四方御統を使っていたこと。桜月の晩年のこと。

 「神との約束を思い返す」とは、どういう意味なのだろうか。

 それに、弥栄之四方御統を使ったとは、どういう意味だろうか。

 そして、神様とは、桜空(さら)とは、本当に「サラ」のことなのだろうか。


 疑問が次々生まれる。

 その答えを、サラは知っているかもしれない。


「……サラ、いる?」


 サラを呼ぶ。


「どうしました?」


 いつものようにサラが現れる。


 ……これは、本当に聞いていいことなのだろうか。

 その戸惑いが、疑いが、怒りが、頭をよぎる。

 しかし、聞かないことには、先に進めない。


「ねえ、サラ。……サラって、『桜空(さくら)』なの?」


 サラの顔が驚愕に包まれる。

 ……やはり、か。

 五月はそう思った。


「ど、どうして……」


 その先を言おうとして、サラは気付いたようだった。

 五月が「桜空(さら)伝」を読んでいたことを。


「……読めたの、ですか?」


 サラが声を絞り出す。


「……うん。『オラクル』で、『トランスレーション』を習得して、それで」

「そう、ですか……」


 声音が弱い。

 そんなサラの反応が、五月の推測は正しいことを証明するかのようだった。


「……ねえ、サラ」


 か細い声でサラに声をかける。


「なんで、……なんで、みんなを助けなかったの?」


 もう、止められなかった。


「サラって、『桜空(さくら)』なんでしょ? 魔法を使えるんでしょ? みんなを助けられたはずでしょ? 百人以上を全員撃退したんでしょ?

 それなのに……」


 どうして、何もしてくれなかったのか。

 そう言おうとしたつもりなのに、それ以上は、嗚咽が混じり、言葉にならない。


 それを、サラは茫然と聞いていた。


「……五月」


 今までずっと一緒に過ごしてきて、そして、今の五月の詰問を見て、サラは、五月の気持ちを知った。

 そして、決心した。


「……私が知っていることを、全て話します。

 包み隠さず、です。

 今まで黙っていて、すみません。

 ですが、五月のためでもあったんです。

 でも、打ち明けなければいけないと思いました。

 長い話になります。今は夕方ですから、明日の朝、源神社の、宝物殿に来てください」


 五月に、すべてを話すことを。


「……本当?」


 サラの言葉に、深呼吸をして、落ち着いてから五月は答える。

 ようやく、サラが話してくれると思った。


「……本当ですよ。

 五月のためにも黙ってたんですけど、今は、五月が取り乱したみたいに、これ以上黙っていても、状況が悪くなる一方だと思ったんです。

 それに、私の話を聞けば、五月のためになるかもしれないと思ったんです。

 だから、すべて話しますよ」


 そう言って、サラは微笑む。

 母が浮かべていたような微笑みで、ごちゃごちゃの気持ちが落ち着くくらい、温かな包容力だった。

 まるで、サラが、母のようだった。


「だから、五月。明日、お話ししましょう。すべて話しますから、ね?」


 母のように感じたから、五月は、素直に首を縦に振った。


「では、明日の朝、宝物殿で待ってますね」


 そう言って、サラは部屋を出ていった。



 ※



 ……ねえ、サラ。

 あなたは、桜空(さくら)なの? 神様なの?

 それとも、ただの人間なの?

 いつからここにいるの?

 何を知っているの?

 魔法について、何か知っているの?

 もし魔法を使えるのなら、なんで使ってくれなかったの?

 あなたはどんなことをしていたの?

 ……そもそも、あなたは誰なの?


 他にも、いっぱい知りたいことがある。

 それを、教えてくれるんだよね。

 今までの疑問が解決しそうで、一つの光が見えた気分。

 でも。

 それと同時に、不安にもなる。

 なにか、よくないことがあったんじゃないかって。

 それが、わたしの呪いにもかかわるんじゃないかって。


 さっきは取り乱しちゃったけど、たとえどんなことがあったとしても、サラの気持ちを、みんなの気持ちを、信じるよ。

 みんな、わたしにとって、かけがえのない存在、宝物なんだから。

 ……だから、サラ。

 あなたが胸の中に秘めていることを、ずっと抱えていることを、わたしに打ち明けて。

 わたしだって、あなたの、みんなの力になりたいんだから。


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