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魔法の契りで幸せを  作者: 平河廣海
第一章 胎動
23/101

第二十話 みんながいるから 中編

初めての感想をいただきました。ありがとうございます。とても励みになります。

頑張って投稿し続けますので、引き続きよろしくお願いいたします。

 頭の上のあたりがうるさい。やけにその存在を主張してきて、耳が痛くなるほどだ。

 五月はそれに抗うように丸くなる。

 そこに、聞きなれた声が響く。


「五月、早く起きないとお母さんにまた叱られますよ」


 そう言って、五月の体をゆする。


「……うん、わかった、ちょっと待って」


 五月はもっと寝ていたかったが、これ以上寝ていても、やかましくされるだけなので、渋々応じる。

 すこし、変な夢を見ていた気がする。どのような夢を見ていたのかは、全く思い出せないが、夢などたいてい忘れるものなので、あまり気にならない。

 枕元の携帯電話を開くと六時を指していて、そろそろ起きないと高校に間に合わなくなる時間だった。


「ふぁ……、サラ、おはよう」


 目をこすりながら体を起こすと、双子の姉のサラが五月から離れる。


「早く着替えてください。まだ遅刻はしない時間ですけど、もたもたしてたらバスに乗り遅れて、始業数分前に学校に着くことになりますよ。もし渋滞してたら、遅刻しちゃいます」

「わかってるから。サラこそ早くご飯食べてよ。食べるのが遅いんだから、わたしより遅くなるかもよ」

「言われなくてもそうしますよ。とにかく早くしてくださいね」


 そのように言い合うのは、双子にとっての日常だった。



 ※



 階下に降りると、サラとお父さん、お母さんがすでに食卓に着いていた。


「おはようございます」


 五月は挨拶をする。


「おはよう、五月。早く食べなさい」


 お母さんが返事をする。お父さんも五月のほうを向いて同じく挨拶をした。二人は既に食事を始めていた。


 五月は席に着き、「頂きます」を言ってから食べ始める。ごはん、みそ汁、魚、サラダ、目玉焼きが並んでいて、始めに味噌汁をすする。

 五月が食べ始めたのを見て、お母さんが五月に声をかけた。心なしか、上機嫌のようだった。


「五月、裕樹君とずいぶん仲良くしているみたいですね」


 ゲホゲホ!

 それを聞いて、五月はむせてしまう。心臓がうるさくなり、顔が火照る。


「お、お母さん、何を言ってるんですか。裕樹はそんなんじゃないですよ」


 否定するが、お母さんはにやにやしたまま。


「じゃあ、嫌いですか?」

「そんなわけないじゃないですか。裕樹はいい人です。優しくて、一緒にいるのが楽しくて。そんな人なのに嫌いなはずないじゃないですか」

「じゃあ、好きですか?」

「え、……えっと、それ、は……」


 うまい言葉が見つからず、言葉を継げない。それでは裕樹に対する五月の気持ちがお母さんの想像する通りであることを教えるようなものだが、照れくささに負け、俯いてしまう。


「へえ、やっぱりそうですか」


 内緒にしたかったが、お母さんは納得してしまう。五月の気持ちは完全に看破されたようだった。

 五月は気恥ずかしさで反論できない。気持ちは嘘ではないのだが、恥ずかしくて反論したい気持ちになっていた。


 その五月の気持ちに気付かないのか、追い打ちをかけるように今度はお父さんが加わる。


「もしかして、五月は好きな人でもできたのか?」


 もう何も考えたり、言ったりすることができない。それくらい恥ずかしくて、すっかり五月は縮こまり、食事に手がつかない。


「お父さん、お母さん、もうそこらへんにしてください。五月が学校に遅れちゃいます」


 そう言って事態の収拾をしてくれそうな発言をしたのは、双子の姉のサラだった。


「五月と裕樹がラブラブなのは見てわかることじゃないですか。本人たちは付き合ってない認識なのが不思議なくらいです。あんなにまめに電話したり、メールしたり、出かけたりしてるんだから、さっさと付き合えって思うんです。

 いくら大好きな妹とはいえ、あんなにラブラブなとこを見せられると、こっちも恥ずかしくなります。リア充爆発しろって感じです」


 リア充とは、恋人がいるなどの、現実の生活が充実している人々のことを指す。そんなことが一瞬五月の頭をよぎるが、サラがとんでもない発言をしたことで、そちらの方に意識が行く。

 五月と裕樹がラブラブ。ラブラブ。……らぶらぶ? 裕樹、と?

 その言葉の意味を飲み込め、五月はサラに叫ぶ。


「さ、サラ、あんた、何を言ってるの? そんなんじゃ……」

「はい、これで終わりです。五月、いい加減急がないと学校に遅刻しますよ。終業式に遅れて一人で乗り込みたいのですか?

 それにこれ以上やってもくどいだけです。だから、もうこの話はおしまいです。お父さんとお母さんも今日はこのくらいにしてください」


 サラは強引に打ち切り、ごちそうさまでした、と言って、その場から去る。お父さんとお母さんは食事に集中。五月は羞恥心を引きずりながら、学校に遅れるわけにいかず、急いで食事を済ませる。

 そんなにぎやかな朝。家族との朝。

 騒がしくて、心が揺り動かされるが、幸せな時間。

 知らないことのはずなのに、ずいぶん昔のことのはずなのに、それは日常の光景だと五月は無意識に感じていた。



 ※



 サラとともにバス停に向かうと、いつもの二人が待っていた。どちらも姉妹と同じ制服を着た女子高生だった。

 先に気付いた楓が五月とさらに手を振る。


「あ、五月、サラ、おはよう」


 その楓によって、雪奈もこちらに気付き、顔を向ける。


「五月、サラ、おはよう」


 姉妹もそれにあいさつで応える。

 自転車通学をした、中学生の時から、四人はこうして待ち合わせをし、一緒に登校していた。それは、皆が同じ高校に進学した今も、バス停で待ち合わせをすると言う形に変えて続いていた。


「五月とサラ、今日はちょっと遅かったね。何かあった?」


 雪奈が姉妹に尋ねる。

 五月は、先ほどの光景を思い出し、顔を赤くして俯く。心臓も激しく動く。

 そのように五月が答えられないのをサラが感じ、雪奈の質問に答える。


「五月と裕樹がラブラブだねえ、という話をしてたのですよ。それはもう大盛り上がりで。

 そんなわけで、五月はさっきからこんな風に、ショートしっぱなしというわけです」

「ああ……、そう、お(にい)との話……。納得。わたしもちょっと見てられないくらいなのよね……。いくらお兄と五月と言っても、中学生からずっとあんな感じで進歩はないし、かといってあんなにいちゃいちゃされると、恥ずかしくて見てらんないし」


 雪奈はサラの話を少しだけ聞いたのにもかかわらず、朝ご飯の時のサラが言ったことと同じようなことを話す。それだけ五月と裕樹の仲は、他者から見ると、恋人のようにしか見えず、その交際も普通のカップルよりも仲睦まじく見えるのであった。


「もう、夫婦と言っても過言じゃないよね」


 楓もサラと雪奈と同じような考えであるが、夫婦という言葉が五月に追い打ちをかけ、先ほどと同じく何も考えられない状態になる。


「結婚まで一直線じゃないですかね。子供も、もうすぐできるかもですね」


 サラがとんでもないことを言うが、もはや五月はそれを理解することすらできないほど動揺していた。そのため、五月は蚊帳の外でどんどん話が盛り上がる。


「サラ、変なこと言わないで。お兄がそんなこと、すぐにできるはずないじゃない。早くても就職するまでは今のままじゃないの?」

「いやいや、案外、学生婚っていうのもありうるんじゃない? で、五月がお産で学業との両立が大変なことに」

「え、な、なんてこと言うの、楓。いくらお兄と五月でも、そんなこと……」


 このような話を、バスが来るまで延々としていた。暁家の次期当主の楓、源家の次期当主の五月がいるのに、バス停でこのような話をしていたのだが、この時間にバス停付近にいるのはこの四人だけなので、誰かに聞かれるということはなかった。



 ※



 バスに乗り込んでからは、五月と裕樹の話は収まり、今日の放課後からの春休みについての話に花が咲いていた。五月だけは先ほどからのからかいを引きずっていて、いまだに一人で赤くなって俯いている。それでも幾分かは落ち着いてきていた。

 バスが千渡中学校前のバス停に泊まると、そこに見知った二人が乗り込んできた。


「おはよう、みんな。あれ、巫女さん、どうしたの? 顔赤くして。ひょっとして風邪?」

「おはよう、ミーちゃん、大丈夫? 具合悪いなら休んだ方がいいんじゃない?」


 かなちゃんとマリリンが五月の様子を、風邪をひいたものと勘違いをする。その勘違いをただしたのは双子の姉だった。


「違いますよ、佳菜子、麻利亜。五月と裕樹がラブラブだという話をしていたらこうなったんですよ」


 それを聞いて、五月は落ち着き始めていた気持ちが再び恥ずかしさに包まれ、再び小さくなってしまう。


「なるほどねえ、サラ姉の言う通りみたいだねえ。で、具体的な話はどんな感じ?」


 かなちゃんがみんなに聞く。


「五月がお兄とラブラブなことと、もうすぐ結婚したり、子供ができたりするんじゃないかっていう話なのよ。そしたら五月はもう、あんな感じ」


 雪奈が代表して応えると、マリリンが五月に尋ねる。


「そうなの。それじゃ、ミーちゃん、もし子供ができたら、どんな名前にするの?」


 結婚でも十分すぎるほど大きな話なのに、あろうことか子供の話までされ、五月の思考は完全に止まる。


「ご、ごめん。ちょっと、今は思いつかない……」


 それを聞いて、楓がみんなに声をかける。


「じゃあさ、みんなで五月の子供の名前を考えない? 男の子と、女の子、どっちが生まれてもいいように両方考えよ。

 わたしは……、そうねえ、源家は女の子に『月』の字を使うから、女の子の名前は、最近の名前はキラキラネームが多いって話だけど、それにあやかって、『桜月(さな)』はどう? 初代源家当主の名前の漢字そのままだけど、『桜』に『月』って、なんかきれいじゃない? 月のラテン語の『ルナ』に『桜』を組み合わせて、『桜月(さな)』。桜の季節じゃないと合わないかもだけど、いい名前だと思うの。


 男の子は、……うーん、『結弦(ゆづる)』かな。『弦』は、半月とか、弓に張る糸のことらしいの。『月』と『芯の強さ』を合わせて『弦』で、人々との結びつきを表す『結』を合わせて、『結弦』。いい名前だと思うけど」


 楓をきっかけに五月の子供の名前を五月以外の五人で考え始める。雪奈は、男の子が「翔平(しょうへい)」、女の子が「()()」、かなちゃんは、男の子が「スバル」、女の子が「ルナ」、マリリンは、男の子が「(たくみ)」、女の子が「智乃(ちの)」、サラは、男の子が「シオン」、女の子が「ナオミ」という名前を考え、一枚の紙にまとめ、五月に手渡した。


「これで子供の名前は大丈夫だね」


 そういう雪菜の言葉に、五月はただ縮こまることしかできなかった。

 そんな、楓、雪奈、サラと一緒に過ごすというありえない幸せに、五月は気付かないまま浸っていた。



 ※



 学校についてからも、五月は裕樹との仲の話を引きずっていたのだが、他の五人は既に別の話に花を咲かせ、完全に五月は置いていかれていた。

 そんな五月に、クラスメイトで高校から友達の、白鳥友菜(しらとりゆうな)が話しかけてくる。


「おはよう、五月ちゃん! みんな話してるのに、一人でどうしたの? 具合悪い?」


 五月はそれを聞き、顔を赤くして、俯いてしまう。先ほどの話をまた思い出してしまい、言葉が思い浮かばない。


「気にしないでください。意中の殿方との話で、朝から大盛り上がりなんですよ。聞いてるとおなか一杯になるので、聞かない方がいいかもですよ」


 そう言って、サラが五月をからかう調子で返す。


「……サラ、もうやめて。ここで言わなくたっていいじゃない……」


 いつまでたってもからかい続けるサラにうんざりして止めようとするが、動揺しきっていて、言葉の調子が弱くなる。そんな五月とサラを見て、友菜ちゃんは笑う。


「二人は仲良しだね! うらやましいな。さすが双子だね!」


 これのどこが仲良しなのかよくわからなかったが、朝から動揺し続けていたせいで、疲労を感じてしまい、それ以上話すのをやめた。

 それでも、友菜ちゃんといったクラスメイトや、サラと一緒にたわいない話をするのは、楽しかった。

 その楽しさは、当たり前のように感じた。


 でも、しばらくそんな風に思っていなかった気がする。

 クラスメイトとも楽しい時間を過ごす。それはいつ以来だったろうか。

 そもそも、クラスメイトと楽しく過ごしていただろうか。

 それは遠い昔のようで、五月は、自分の周りに、自分に、違和感を覚えた。



 ※



 放課後はいつものように「橘のそばで」で蕎麦を食べることになっていた。午前中で学校が終わっていたので、昼食に訪れた。部活動は顧問の先生が会議のため、休みだった。もっとも、高校は糸川町の北に位置する、(ゆかり)市にあるために、千渡村に着くまで一時間以上かかり、食べ始めたのは一時三十分くらいからだ。しかし、「橘のそばで」の蕎麦にみんなが虜になっていているために、みんなで食事をする場所は、決まって「橘のそばで」だった。


 蕎麦を作るのは、橘家前当主の雄一郎。年齢を理由に当主の座を娘の綾花に譲ったあとも、蕎麦を作ることは止めておらず、当主になった綾花に、いろいろと指導もしていた。

 六人でいつもの店の奥の部屋で蕎麦を食べていると、突然、襖があいて、人が入り込んできた。


「ああ、よかった、綾花さんの言う通り、まだいた。雪奈、早く帰ってここで食べるなら、そう言ってくれよ。俺も蕎麦食べたいんだから」


 そう言って部屋にあがりこんできた彼の姿を目にした瞬間。その声音を聞いた瞬間。

 五月は、自分の胸が高鳴るのを感じる。

 それは、朝、サラたちにからかわれたからだろうか。それとも、その人のことを、好きだからだろうか。


「ああ、お兄。今日は早いのね?」


 大学でも野球を続けている裕樹がもう帰っているのが意外だったので、雪奈は思わずそう言った。


「練習が早めに終わって、家に帰ったら、お母さんがみんなこっちに行ってるって言ってたから、俺も食べようと思って」


 そう答えて、裕樹はみんなの座っている位置を確認し、端のほうに座っていた五月の横に向かう。


「五月ちゃん、隣いい?」


 「隣」。

 裕樹の言葉に、午前中のみんなのからかいもあり、意識してしまう。

 心拍が早くなって、心なしか強く感じる。


「だ、大丈夫ですよ。練習お疲れ様です、裕樹」

「ありがと、五月ちゃん。それじゃ、失礼します」


 五月はどもってしまうが、そんなことを気にせず、裕樹は五月の隣に腰を下ろす。


「……あ。そうだ、水……」


 裕樹の分の水がないことに気付き、部屋をいったん出て、セルフサービスの水を、その場においてあるコップに注ぐ。

 そして、部屋に戻り、裕樹の目の前の机の位置にコップを置く。


「どうぞ、裕樹。喉乾いてますよね」


 裕樹は笑みを浮かべてくれる。


「ありがとう、五月ちゃん。気が利くね」


 裕樹の言葉がうれしくて、顔が綻ぶ。


「そんなことないですよ。裕樹の方が優しいです」


 裕樹の隣に座りながら言った。


 照れくさくて、素直に受け取れず、裕樹の目も見られなくて、俯いてしまう。

 顔を横に向ける。

 裕樹が隣。

 とてもドキドキするけど、居心地がよくて、とても落ち着く。

 でも、思った以上に近くて、狭いかと思い、体をどけようと畳に手を置く。


「あ……」


 裕樹と声が重なる。

 裕樹の手がそこに降りてきて、触れ合ってしまった。

 二人は思わず手を引っ込める。

 しかし、五月は裕樹と手を触れたその感触が名残惜しくて、無意識のうちに自分の手に目を向ける。

 とても、温かくて、すべてを包み込んでくれそうだった。


「ご、ごめん、五月ちゃん。びっくりさせちゃった?」


 その五月の様子を見て、裕樹は五月に嫌な思いをさせたのではないかと思い、とっさに謝る。五月はその声を聴いて我に返ると、目を合わせられないまま、裕樹に返す。


「い、いえ、大丈夫です。裕樹こそ、わたしが邪魔になりませんか?」

「あ、うん、大丈夫」

「そ、そうですか」


 ぎこちない会話を裕樹と交わす。そのまま裕樹は、五月にとって、少し離れていると感じるくらいの距離で座ろうとする。その遠さが大きく感じて、五月は、もっと近くにいたい、離れたくない、そう思って思わず裕樹の服の袖をつかんでしまう。それを感じた裕樹は、五月の方へ振り向く。視線が重なり、五月の胸は大合唱してしまい、五月は俯いて裕樹に言った。


「そ、その、裕樹。もう少し、近くても大丈夫ですよ」

「え、で、でも、五月ちゃん、嫌じゃないの?」

「い、嫌なわけ、ないじゃないですか……」

「わ、わかった。じゃ、遠慮なく……」


 そう言って裕樹は、五月に体を傾ければすぐに肩が触れ合うほどの距離にまで近づいて座る。

 五月はその近さに緊張し、何も話せなくなる。蕎麦にも手がつかない。裕樹も五月と同じようで、五月のほうをちらちらとみては俯くということを繰り返して、蕎麦を注文するという行為を忘れていた。


 その二人を、サラたち五人は、恋愛の漫画を見るようにドキドキしながら見ていたが、何も行動を起こせない二人にじれったさを感じていた。それを打開しようと、雪奈が残りの四人を集め、五月と裕樹に気付かれないように小声で呼びかけた。


「ねえ、早く食べて、ここを出ない? 二人っきりにさせるの。そうすれば何か進展があるかもよ」

「雪奈はそれでいいの?」


 楓が雪菜に尋ねる。いくら五月とはいえ、兄と恋仲になるかもしれないのを認めることになり、それを受け入れられるのかが問題だと思った。五月の姉であるサラにも言えることで、楓はサラの目を見る。すると、サラは五月と裕樹に気付かれないよう、笑みを浮かべて小声で言った。


「私は、五月が幸せなら、それでいいと思います。裕樹もそうなら、なおさらです」

「わたしも、サラと同じ。お兄が幸せなら。五月にも幸せになってほしいし」


 二人の気持ちを確認した。ほかの三人も異論はない。


 そうなると行動が早く、五人は蕎麦を味わいながらも急いで食べ終える。そして、いまだに何もできない二人に、五人を代表して雪菜が声をかける。


「ごちそうさま。お兄、五月。わたしたち食べ終わったから、先出てるね。帰りは二人で一緒に帰っておいで」

「え……」


 五月と裕樹の声が重なる。それを無視するように五人は帰宅しようと襖に向かう。


「それでは。五月、裕樹。お先に失礼しますです」


 サラがそう言ったのを合図に、みんなは部屋を出ていく。最後に楓と雪菜が出ていく。

 その楓と雪菜の姿が、やけに遠い気がする。

 もう、会えない気がする。

 なぜか、そう思ってしまう。


「……楓、雪奈!」


 だから、思わず五月は叫んでしまう。


 二人は振り向いてくれる。

 何か言わなくてはいけない。そう思うのに、なにも言葉が浮かばない。

 でも、もし何も言わなかったら、後悔する気がする。

 だから必死に頭を巡らせる。

 そうして、とっさに思い浮かんだ言葉が、一つ、あった。


「……ありがとう」


 なんに対しての「ありがとう」なのだろうか。

 裕樹と二人っきりにしてくれたことについてなのか。

 それとも……。


「……あっ」


 その答えにたどり着き、先ほど感じた違和感の正体に気付く。

 ……友達でいたいと思った初めて思った人が、二人だったから。

 意味のない学校に、初めて意味を持たせてくれた人だったから。

 そして、裕樹とめぐり合わせてくれたから。

 「今までありがとう」って言えなかったから。


 しかし、今ここにいる二人は、現実のものではない。

 窓を見てみる。夕日が差し込んでくる。

 裕樹と「約束」を交わしたあの時のような、「逢魔(おうま)が時」といった時間のようだった。

 そして、その意味は。

 視線を戻すと、そこにはもう楓と雪菜の姿はなく、裕樹と二人っきりになっていた。



 ※



 だからわたしは、裕樹に尋ねた。


「ねえ、裕樹。これって、夢、かな?」


 聞きながら、おかしなこと言ってるなとは思う。夢の中で、夢の世界の人に、夢なのかと聞く。当人たちには自覚がないだろうに。


「なに言ってんだい、五月ちゃん。夢なわけないじゃないか」


 裕樹はそう言って否定する。


 でも、今なら、「逢魔が時」ならわかる。

 現世とあの世の境。言い換えれば、三途の川のあちらとこちらといった感じだろうか。

 楓と雪菜、お父さん、お母さんは、この世のものではなかったと感じた。


「五月ちゃん?」


 どうして、と聞かれても困る。だって、本当に直感だから。それにちょっとした違和感があれば、もう、疑いようがないのかなと思った。

 そもそも、白鳥友菜という人物と会ったこともない。


 だから思った。

 これは、わたしにとっての幸せ。何一つ欠けなかった時の、みんなと一緒にいる、もう得られない幸せ。

 それの、夢。

 わたしが見ている、夢。

 それに溺れていたい。


 でも、それはできない。

 だって、夢は夢。逝ってしまった楓と雪菜、そして、お父さんとお母さんとずっと一緒にいられるけど、今のわたしが本当にほしいものとは違う。

 みんなと一緒に楽しく過ごす。わたしも一緒に楽しく過ごす。


 でも、わたしが夢に溺れてたら、「みんな」はどうなるの?

 わたしの夢の中の住人だったら幸せだけど、今いるみんなはどうなの?

 わたしがみんなと一緒に楽しく過ごしたいように、みんなもそうなんじゃないの?

 わたしが夢に溺れてたら、みんな、悲しむじゃない。

 わたし、嫌だよ。みんな悲しむなんて、嫌だよ。

 みんなで、笑って、楽しく、一緒にいたいよ。


 みんなを、わたしの呪いに巻き込みたくない。でも、それを言い訳にして、突き放されたみんなの顔はどうだった?

 悲しそうじゃなかった?

 それを謝ったっけ? ううん、謝ってない。「ブラスト」を使った時、かなちゃんたちを助けようとしたけど、みんなを傷つけたままだ。

 それなのに、このまま逃げたら、自分でわたしの幸せを捨てるようなものじゃない。

 みんなを不幸にさせちゃうじゃない。


「五月ちゃん、どうしたの? ねえ、大丈夫?」


 あ、そうか。

 わたしの本当の幸せって、みんなで一緒に、笑って、楽しく過ごすことなんだ。

 何回も頭に浮かんでいたことなのに、それに気付かないなんて、馬鹿だな、わたし。

 でも。今気付けた。やっと気付けた。

 ……目を覚ましたら、みんなに謝らなきゃいけないな。


 ……夢の中だけど。さっきも言ったけど。肝心な時に言えなかったけど。

 最後に、あなたたちにいちばん近い、この夢の世界で、あなたたちに伝えるね。

 楓、雪奈、お父さん、お母さん、今まで、本当にありがとう。

 わたし、幸せになるから。あなたたちはわたしを不幸にするために生まれたんじゃないって、証明してみせるから。

 だから。


「さよなら」


 そして、夢の中の裕樹から、顔をそむける。

 もういなくなってしまった楓と雪菜に、朝に別れた両親に、背を向ける。

 大丈夫。

 わたしの中で、生き続けているのだから。


「……気づいちゃったか」


 小さくその声が聞こえる。


「もう、楓ちゃんも、雪奈も一緒にいられない。でも、五月ちゃんがその様子なら、大丈夫そうだな」


 寂しそうに聞こえる。

 わたしだって、寂しい。せっかく楓と雪菜に会えたのに、もう、会えない。

 でも、いつまでもここにいるわけにはいかないから。

 振り向きたい。夢の中とはいえ、最後に裕樹の姿を見て、最後の一押しがほしい。


 でも、振り向くわけにはいかない。

 ここに、わたしは、いるわけにはいかない。

 前を向いてみると、部屋がぼんやりと白くなっている。夢が覚めそうなのかもしれない。


「夢の世界の裕樹。ごめんなさい。わたし、もう、ここにいるわけにはいかない」

「わかってるさ。……五月ちゃん」


 そこで裕樹は一度区切る。


 ますます部屋が白くなる。


「また、いつかどこかで会えるさ。楓と雪菜と。だって……」


 視界が白に染まる。なにがあるのかがわからなくなる。

 お前ら友達だろ、ズッ友だろ。

 そう聞こえた気がした。


サラのセリフの、「それでは。五月、裕樹。お先に失礼しますです」は、誤字ではありませんのでご注意ください。


次回の投稿日は、令和元年七月十四日です。

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