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魔法の契りで幸せを  作者: 平河廣海
第一章 胎動
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第一話 約束

本日から投稿させていただきます、平河廣海です。感動できるような、何回も読みたいなと思えるような作品にしていきたいと思います。どうか、よろしくお願いします。


追記

諸事情により、作者名を「AgAgDR」から「平河廣海」に変更しました。

 その日は、真っ青な空に覆われ、辺り一面、光り輝く銀世界だった。

 かつての惨状を物語るものは、何一つなかった。

 このまま、みんな幸せになって。

 私も、娘との約束を果たして。

 ようやく、肩の荷が下りると思っていた。

 (いにしえ)の苦しみから、解き放たれると思っていた。


 その時だった。

 あの子の、五月(さつき)のところに、大きな雪の塊が急に押し寄せたのだ。

 周りには、五月を救ってくれた、愛しい人たちもいた。

 でも、気づいていない。

 このままでは、また……。


「さ、五月!」


 思わず叫んだ。

 でも、遅かった。

 五月が振り返った時には、もう、すぐそば。

 思わず、かつての呪文を叫んでしまった。


「ネヴァー・ブレイキング・シールド!」


 ……。

 何も、起こらない。

 そのまま、みんな、飲み込まれてしまった。


「さ、五月……」


 その瞬間、私の根元が、崩れ落ちた気がした。

 ……死なないで。

 そう願わざるを得ない。

 助けたかった。

 雪に手を突っ込もうとする。

 しかし、何もつかめない。

 当然だった。

 だから、願うことしかできない。

 死なないで。

 それ以外、何も、できなかった。


 二度と使わないと決めていた魔法を使おうとしても、やはりだめだったのだから。

 去年に続いて、まさか、こんなことが起こるなんて。

 「あの時」は、不幸を防ぐためにあの魔法を使ったのに、それが裏目に出た。

 やはり、実験が必要だった。でも、そんな暇はなかった。

 五月に、なんて謝ればいいのだろう。みんなに、なんて謝ればいいのだろう。

 そして、私の娘に、なんて謝ればいいのだろう。

 私には、わからない。何が正しいのかも。どうすればいいのかも。



 ※



 何か物音がした。その音で五月の目が覚めた。真っ先に見たのは、白い無機質な天井。そして、お義母さんだった。


「五月……、五月? 気が付いたのかい?」


 慌てた様子でお義母さんが尋ねてくる。怪訝に思いながらも頷き、お義母さんに聞いた。


「どうしました? 何かあったのですか? そしてここはどこですか?」


 すると、お義母さんが困ったような顔をしていった。


「何も覚えてないのかい?」


 なんのことを言っているのかわからず、五月は覚えていないと返した。


「そうかい……」


 それっきり何か考え込んでいたようだが、突然立ち上がり、そのままでいるように五月に言った。

 お義母さんが去るのを見て、五月は体を起こした。

 体が重い。

 なぜかベッドに寝かせられていたようだ。しかもその部屋はどうやら病室らしい。五月の体のあちこちに何かの道具が張り付けられてたり、刺さってたりしていて、頭の方からは、プ、プっと、機械的な音が五月の命の鼓動が途絶えていないことを伝えている。ほかにベッドはなく、一人部屋だった。


 そして、部屋の隅のほうに、五月以外は姿を見られず、五月でも触れない友達がいた。いつものように、ピンクの長髪、髪型は五月と同じロングストレート、金色の瞳で、紅白の巫女服を着ていた。


「気が付きましたか、五月?」


 サラが声をかけてくる。


「サラ、ここはどこ? 病院みたいだけど……。わたし、何か発病したの? それとも事故? 体に痛みはないけど……」


 サラから返事はない。口を(つぐ)んでいて、どう答えるか、迷っているようだった。怪訝に思っていると、お義母さんが男性と女性と一緒に部屋に入ってきた。おそらく、男性が医師、女性が看護師だろう。


「具合はいかがですか?」


 男性が聞いてくる。


「特に何も。いつも通りだと思います」


 それを聞き、男性が、五月の脈をとったり、目で顔色などを確かめたりして、診察を始めた。それが終わると、お義母さんや五月に言った。


「今のところ問題ないようですね。数日様子を見るために入院していただきますが、順調にいけばそのまま退院できると思います」

「そうですか。ありがとうございます」


 お義母さんが言った。しかし、そのあとの男性の一言に、違和感を持った。


「できれば全員助けたかったのですけどね……」


 女性が男性の肩をたたく。すると五月のほうを見て、目が合うと、男性は目をそらした。五月は怪訝に思い、尋ねた。


「いったい何があったのですか? 隠し事されるのは好きではないのですが」


 お義母さんたちはそれを聞き、目を伏せる。

 なぜだろう。

 嫌な予感がする。

 胸の奥からざわめき立ち、これ以上は聞いてはいけないと、本能が告げている。

 それでも、何も知らないままではいけない。村に関わることだった場合、実質的な長の五月が知らないわけにはいかなかった。そのため、さらに聞こうとすると、お義母さんが五月に尋ねた。


「言ってもいいけど、心の準備をしていたほうがいいよ。あんたは間違いなくショックを受ける。いずれ、いやでもわかることになるけど、本当に今知りたいのかい?」


 五月は頷いた。お義母さんはそれを見て、覚悟を決めたみたいだった。心なしか、震えているようにも見える。


「友達や(かえで)と、スキーをしていたのを覚えているかい?」


 五月は頷く。それはそうだ。雪奈(ゆきな)や楓、クラスメイトと、小学校卒業前の思い出に、スキーに行こうという話だった。近くのスキー場で滑り、蕎麦屋で昼食をとり、再び滑って、最後に温泉に行く。保護者として五月のお義母さんが同行した。

 しかし、五月はふと疑問に思った。なぜか温泉に行った記憶がない。そして、雪奈と楓の親友二人もここにはいない。自分に何かあったら、すぐに来てくれるはずだ。

 次第に不安になっていく。それに追い打ちをかけるようにお義母さんは言った。


「雪崩に巻き込まれて……、あんた以外、全員、死んだ。あたしは休んでいたから巻き込まれなかった。雪崩のことを聞いて、すぐに駆け付けた。あんたはすぐ見つかって病院に直行したから、今こうして話せているが、他の、やつらは…、ダメだった。まったく、親失格だねえ、あたしは」


 涙しながらお義母さんは語った。それに、声をかけられない。

 ……信じない。

 咄嗟に今聞いたことを頭の中で否定する。

 ありえない。


 それは、現実逃避かもしれないもの。それでも、五月にとっての支えである雪奈と楓が死んだという事実を認めたら、五月に何も残らないようで、両親を失った時のようで、また奈落の底にまで落ちてしまう。

 それに、五月以外全員死んだことの衝撃が強く、嘘のように思えた。何より実感がない。もしかしたら、何かの理由でここにいなくて、後でお見舞いに来てくれるのかもしれない。そのような気がして、信じられない。


「楓や雪奈たちに会えますか?」


 そう聞くと、お義母さんたちはうろたえた。これが事実ならば当然の反応で、かえって五月の不安をあおる。


「いずれ知ることになるのですよね? それならば変わらないと思います。それに、本当の話なら、会わないのは後悔するかもしれないと思います。最後のお別れはさせてください」


 五月は、二年前の6月の地震で、両親を亡くした。その時はきちんとお別れできず、後悔した。そんな思いは、もう、したくない。


 それに、嘘だということを、確かめたかったのだ。二人でない誰かで、どこかに実は隠れていて、五月を見舞ってくれる。

 そんな想像をしてしまう。

 五月の言葉を聞いて、お義母さんも男性に頼んだ。娘だった楓に説得され、村長の彼女は、村の御三家の、源家の最後の一人であった五月を引き取った。そのことで五月の気持ちを理解できたのだろう。

 男性はしぶしぶ了承し、五月を友のところへと連れて行った。


 長い、薄暗い廊下を進み、その部屋に入った。

 二人とともに、クラスメイト二人も、顔に白い布をかぶせられて眠っていた。

 楓の布を始めにとる。顔が青白い。でも、眠っているだけのよう。

 手に触ってみる。石のように冷たい。硬い。

 そのことが、楓がどうなったのかを、いやというほど五月に突きつける。


 その瞬間、今までのことが頭に浮かぶ。

 仲良くなり始めた時のこと。

 いろいろ遊んだこと。

 家族になろうと言ってくれたこと。

 姉妹になってくれたこと。

 それから、五月の心を、温かに癒してくれた。

 雪奈とともに。

 闇に沈んだ五月の心を、やさしく照らしてくれた、光だった。


 五月は雪奈の布もとる。

 否定してほしかった。

 もう、二人がいないということを。

 雪奈の顔を見つめてみる。

 楓と同じようだった。

 寝ているだけなのだと思った。

 触ってもみる。

 楓と同じようだった。

 それが、現実がいかに残酷なのかを、五月に突きつける。

 楓と同じように、雪奈も……。


 クラスメイト二人も同様だった。

 もはやそこにいるのは、親友たちでなく、何も物を言わないただの亡骸だった。


「あ、あ……」


 そのことを信じられず、頭が真っ白になる。


「五月……」


 お義母さんが五月の肩に手を置く。

 別れの言葉を言えということなのか。


「……楓、雪奈……、なんで……」


 そんなの、本当はしたくなかった。

 信じたくなかった。

 ずっと一緒にいたかった。

 でも、それはもう、叶わない。

 そのことが、五月に突き刺さる。

 まるで、刃物に刺されたかのよう。

 そのまま意識が遠くなる。

 光を失ってしまった。

 それも、あっけなく。

 そのまま、五月の意識は、闇へと吸い込まれていった。



 ※



 それから五月は入院した。その間は村の人々がお見舞いに来てくれたり、いろいろな検査をしたり、サラと話したりした。


「サラ、ありがとね。ここにいてくれて。みんなお見舞いしてくれるけど、正直いや。そっとしていてほしいのに。その点サラは、わたしといるだけ。それがありがたい。余計なことはいらない。ただ、見守ってくれるだけでうれしい。ありがとね」


 微笑みながら五月が言う。それが帰って痛々しい。心配かけさせまいとしているのか。自分の前では、無理しなくてもいいのに。そう思いながら、サラは五月に返す。


「いえ、私は見守る以外、なにもできませんから……。五月だけ私を見られるといっても、私のことを触れない。私も五月を触れない。あ、でも、しゃべることもできますね。でも、ほっといてほしいことがだれにもありますし。無理に励まそうとするのは、逆効果なことがあるのは知ってますから。それに、あの時みたくボロボロになってほしくないです」


 あの時というのは、五月の両親が死んだ時。家が神社だったのもあり、「祟りがあった」だの「呪われている」などといううわさが広まり、イワキダイキという記者が騒ぎ立て、執拗に五月に付きまとい、五月はどんどん追い詰められていった時のことだ。何とか五月の義母であるゆかりを中心とした村の重役たちがその記者を追い払ったものの、五月の傷は深かった。

 それを救ってくれたのが、楓だった。


「あの時私は、五月を励ますだけでした。でも、それは五月が求めていたことではなかったんですよね。結果、五月を傷つけてしまった。それを楓が一緒に遊ぶことで、徐々に五月に笑顔が戻っていきました。そのおかげで、楓のお母さんのゆかりの家が、五月を引き取ってくれたんです」

「……そうだね、サラ。だけどね、あの時は楓が助けてくれたけど、今回は、どうすればいいかな?」


 声を震わせて、五月が言う。


「みんな、死んじゃった。楓も、雪奈も、ほかのみんなも。四月からわたしは中学生だけど、正直やっていける自信がない。わたしのことを知っている友達が、サラ以外、もう、いない……」


 そんな五月に、サラは声をかけられなかった。親も友達も失った少女は、弱々しく見える。サラもずっと一人だったため、五月の気持ちがよくわかる。

 なんとかしてあげたい。なんとかしたいが、友達といえども、彼女にできることは限られる。しゃべるか、見守ることしかできない。そんな自分を、サラはもどかしく思った。



 ※



 テレビをつける。

 病院の夕食の後。

 ちょうど、ニュースが放送されていた。

 そこで流れていたのは。


「……では、その神社の娘だった少女が、今年も事件を起こしたということですか?」


 楓と雪菜が死んだことを伝えるもの。

 ……その責任を、わたしに押し付けるもの。


「えー、詳しいことはわかりません。しかし、『一部報道関係者』からは、その少女と関係の深いものが死亡するということが報道されております。根も葉もないうわさでしかありませんが、おととしの『六月地震』で、少女は家族三人で旅行に行って、土砂崩れに巻き込まれたにもかかわらず、その少女が生存したこと、また、今回の雪崩で友人と一緒にスキーをしていて、またしてもその少女だけが生存したことから鑑みて、少女と何らかの関係があるものと考える人々が多くいて、少女の自宅近くには多くの報道関係者、野次馬も駆けつけています。その神社の伝説に魔法があること、村の有力家が取材を拒んでいることも追い打ちをかけています」


 ……やめろ。

 やめろ、やめろ、やめろ!

 テレビを消し、ベッドの上からリモコンを床に投げつける。鈍い音が響き、電池カバーが外れ、電池が病室の隅に転がっていく。

 テレビを聞いていると、わたしを根元から引き裂かれるような気がする。

 わたしにとって、大切なものを、(けが)される気がする。


 ニュースで言っていた、「一部報道関係者」は、イワキダイキだ。そういう確信がある。

 あの(くず)は、わたしと関係の深いものは死ぬと、ほざきやがった。

 なんでそんなことを言われなくてはならないのだろうか?

 なんでそんなデタラメを本当のように伝えるのだろうか?

 なんでうわさでしかないのに、さも本当であるかのように伝えるのだろうか?

 なんでそんなにわたしのことを悪く伝えるのだろうか?

 わたしが何をしたというのだろうか?

 何もしてないではないか!

 ただみんなと遊んで、普通の生活をしていただけだ!


 ただ、……みんなが、わたしが気づかないうちに、何も、できないで、……死んでしまった、だけなのに……。

 わたしは、みんなを失って、とても悲しくて、悔しいのに……。

 みんな死んでしまって、心細いのに……。

 なぜ、こんなことを、言われなければ……。

 わたし、なにも、してない……。

 ただ、みんなで遊んでいただけ。

 いくら伝説に魔法があるからって、なにも、できるわけ、ないのに……。


 ……ねえ。

 なんで、みんな、死んでしまったの?

 楓、雪奈……。

 お父さん、お母さん……。

 会いたいよ。

 一緒に遊びたいよ。

 もう一度。

 わたしは、嫌だ……。

 もう、みんなと、会えないなんて……。



 ※



 退院後、五月は真っ先に親友に再びお別れを言うことにした。

 最初は楓に言った。

 親友であり、家族だった。

 両親の死後、楓が、五月を一時保護していた楓の母のゆかりなどといった暁家を説得し、五月に一緒に暮らそうと言ってくれた。

 五月が受け入れた後も、姉妹として、支え続けてくれた。

 一緒の部屋で過ごしたり、ご飯、登下校、学校、遊び、勉強、お休みまで、ずっと一緒にいてくれたのだ。

 楓と過ごしてきた日々の、全てが愛しい。


 それは、五月の両親が死ぬ以前に、人見知りだった五月と最初に仲良くなった、雪奈も同じ。

 彼女たちとの日々は、何にも代えられない、宝物だった。

 それは、ついこの間まで、確かに五月のそばにあった。

 でも、今となっては、はるか遠いところにまで逝ってしまった。

 そんなの、受け入れられるはずがなかった。


 しかし、現実は残酷だ。

 否定したくても、彼女に何を言っても、返ってくるのは沈黙のみ。

 顔を窺えば、青白いものの、まるで眠っているかのよう。それでも、触れば、石のように冷たくて、固い。

 もう、何度も、そうして確かめた。

 そのたびに、会えないことを悟った。五月の心が、闇の奥底へと沈んでいった。

 五月は、ただ咽び泣くだけだった。

 これからどうするのかすら、頭の片隅に浮かばなかった。

 とりあえず、お別れを楓に言った後、雪奈にも言うために、雪奈の家にも行き、そこでも泣きじゃくることしかできなかった。

 そんな時だった。


「ただいま」


 玄関から声が届く。

 その声を聞き、ようやく五月は泣くのをやめる。

 せめて、雪奈の兄にだけは、気丈にふるまいたかった。


「こんにちは」


 彼が部屋に入ってきたところで、互いに挨拶をする。

 望月(もちづき)裕樹(ゆうき)。雪奈の兄で、中学三年生の、元野球部の受験生だ。

 ただ、雪奈が死んだからか、お互い暗い。いつも会うたびに二人で話すのに、そのたびに心が安らぐのに、悲しみが勝り、かえって雪奈との幸せな日々を思い出し、切なくなる。

 言葉も交わさず、五月は帰路につこうとした。

 そんな気分じゃなかった。みんなに、雪奈と楓に、もう一度会いたいのに、会えない。その事実が、五月に重くのしかかる。


 ……跡を追いたい。

 そうすれば会えるのではないだろうか?

 真面目にそう思う。

 そこに、横やりが入る。


「裕樹、五月ちゃんを送ってきなさい」


 裕樹の母が、裕樹に、五月を家まで送るよう言ったのだ。

 裕樹と視線が交差する。五月はすぐに俯いた。

 いくら裕樹でも、今は一人にしてほしかった。

 しかし。


「行こう、五月ちゃん」


 裕樹が五月の手を取る。


「……はい」


 そのまま裕樹に手を引かれ、二人で裕樹の家を出た。

 夕方だった。学校帰りに来たので、意外と遅くなってしまった。太陽が赤く輝き、空を染め上げている。今まさに沈もうとしていて、暗い静寂が訪れようとしていた。


「五月ちゃん」


 突然、裕樹が声をかけてきた。


「なんですか?」


 裕樹に振り返る。

 すると、五月の体を、何かが包み込む。

 それは、裕樹の腕だった。

 五月は、裕樹に抱きしめられた。


「ゆ、裕樹? いきなりどうしたんですか?」


 あまりのことに、そう返すしかできない。

 でも、裕樹の体は温かくて、冷え切っていた心が温まれる気がした。


「雪奈や、楓ちゃんの分も、幸せになれよ」

「突然どうしたんですか?」


 それに裕樹が笑顔を浮かべながら答える。少しでもその場の雰囲気を良くしようとしているようで、かえってつらく感じる。


「俺もだけど、五月ちゃんの元気がない。でも、そんなこと、あいつらは望まないと思う。日々を笑って、楽しく過ごすことを願うと思う。いつまでも落ち込んでたら、それこそ不幸だと思うんだ」

「やれと言われても、すぐには……」


 無理だ。そう思った。もう、自分を支えるほどの存在は、ない。話すか、見守ることしかできないサラでは、やれることが限られる。確かに五月の友達だが、今の五月を支えられるほど強くはなかった。

 しかし、裕樹は言った。


「それじゃ、約束してくれ。俺との約束。『絶対に幸せになる』というものだ。この約束のために、頑張ろう。俺も頑張る。五月ちゃんも頑張る。

 俺は高校生に、五月ちゃんは中学生になるから、もっと忙しくなってこれまでのように会えなくなるけど、この約束で俺たちはつながっている。雪奈たちともつながっている。これを支えにして、頑張らないか? それを雪奈や楓ちゃんも望むんじゃないのか? このまま俺たちが不幸になったら、あいつらは、俺たちを不幸にするために生まれたことになるんだぞ。それでいいのか? それをあいつらは望んだのか?」


 そんなことは、ない。自分はもろいが、不幸になることを彼女たちは望んでない。不幸にするために生まれてきたなんて、認めない。そんなのは、許されない。

 それに、裕樹との約束は、お互いを強く結ぶ。支え合える。そして、彼女たちのためになる。

 まるで、暗い洞窟に差し込む、光のようだった。

 希望への道標のようだった。

 だから五月は言った。


「そんなことないです。裕樹の言う通り。裕樹、約束します。絶対、幸せになります。それが、楓や雪奈が望んでいたことだから」

「……ありがとう、五月ちゃん。そういえば知ってたかい? 夕暮れは現世とあの世の境だって」


 「逢魔(おうま)が時」だったろうか。確か顔が見えないからとかいう話だった気がする。


「聞いたことがあります。ということは、これはみんなにも伝わりそうですね」


 五月は笑った。

 雪奈や楓、裕樹との、確かなつながりを感じることができたのだ。はるか遠いところに行ってしまったと思っていたが、再び会えた気がして、心強かった。

 絶対に幸せになる、か。

 裕樹との約束で、出口のなかったトンネルから、抜け出せそうな気がした。

 もう一度、幸せになりたい。

 それが、雪奈と楓にとっての幸せでもあるのだと、そう思う。

 とりあえず、前を向こう。

 そして、一歩踏み出そう。

 どんなにつらくても、彼との約束を思い出して、支えにして、必死にもがこう。

 そうすれば、いつかきっと、幸せになれる。

 そう思えるような、魔法の言葉だった。


「それじゃ、約束」


 絶対に幸せになる。



 ※



 今日は中学校の入学式。五月は「約束」を果たそうと、決意を新たにしていた。

 見知った人は誰もいない。しかし、「約束」が彼女を支えていた。

 そして、彼女は言う。


「わたし、(あかつき)五月(さつき)。よろしくお願いします」




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