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魔法の契りで幸せを  作者: 平河廣海
第一章 胎動
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第十四話 神託

地震、津波の表現を含みます。

 どうして、私に何も起こらないのだろう?

 五月が、あんなに満たされていると言うのに。裕樹とのすれ違いがなくなったのに。

 今、五月は間違いなく幸せだと思う。

 それなのに、なぜなのだろうか?

 もっと、五月が幸せにならなくてはいけないのだろうか?

 それとも、本当に五月は幸せなのだろうか?


 そう考えると、合点がいってしまう。

 イワキダイキのような連中がまだいる。

 それに、みんなでなら乗り越えられると信じている。

 でも。それができなかったら……。

 あるいは、「五月と一緒にいると死ぬ」というのが本当だったら?


 それに対抗できる手段は、ない。せいぜい、「プレディクション」で危険を予測するだけ。

 でも、それはあまり解決策にはならない。どうでもいいような内容まで見えてしまう。

 「オラクル」なら、危険なことや、新しい魔法がわかるのだが。危険なことを察知し、魔法で対抗する手段を得られるかもしれない。私が教えるわけにはいかないから、都合がいい。


 「神託」という意味で、他に、神官、そして、「巫女」という意味がある。実際に神に聞くわけではないが、それを使える人が限られること、その魔法の効果から、神託を受けるようなイメージが広がったのだろう。所詮呪文はその魔法のイメージを名前にすることが多い。「オラクル」の効果は、先ほども言ったとおり、危険なことや、新しい魔法がわかることだが、基本は、「未来を見る」というものであり、「プレディクション」と似ている、いや、「プレディクション」の上級魔法だ。


 それを使えたのは、リベカ様のような、「巫女」という存在だけで、「オラクル」とも呼ばれる。リベカ様以来、約百年経った当時もそれを使える人が現れず、幻の魔法ともされる。

 そのリベカ様が「オラクル」で未来を見て、神器を作ったのだろう。もっともそのうちの一つはリベカ様が使って、使い物にならなくなったと言われていて、私自身、その存在を見たことがなく、真偽はわからない。


 そんな「オラクル」を、五月が使える可能性は、無に等しい。

 私でさえ使えなかったのだから。桜月(さつき)でさえ使えなかったのだから。

 ただ、万が一使えた場合、私は、桜月との約束を無下にすることになる。今の状況は静観を保っているが、自ら破る真似をすることになる。そして、五月は、「巫女」であることを証明することになる。さらなる不幸を招くかもしれない。魔法が使えたところで、何もできないこともあるのは、もうわかりきった話だ。


 覚悟が必要だ。

 「オラクル」を五月に教えて、もし、さらなる不幸が起きても、それを受け入れる覚悟が。

 逃げてはだめだ。

 五月は言った。「防げるかもしれないのに何もしない方が嫌」と。

 五月は覚悟を決めたのだ。私が言ったことを正確に理解できてはいないだろうが、後悔をしないために魔法を使うと言った。

 そんな五月を。何よりも大事な五月を。裏切りたくはない。


 やはり、教えるべきだろう。五月が狂気に走らないように、不幸を招かないように。

 私の二の舞にならないように。

 五月に、私が魔法を使えた人間だと悟られないように気を付けながら。

 恐らく、「オラクル」を使えないと思うが。

 ……。ごめんね、桜月。約束を破って。

 こんな、私で。



 ※



「プレディクション」


 五月は呪文を唱える。教員とのやり取りがあってからは、寝る前に一時間ほど練習するようになっていた。年明け前から練習してきたこともあり、ほぼ成功するようになっており、未来を見ることができる時期も、最大で十日前後先、最小で数分後、ある程度狙った時期を見られるようになっていた。


 今は二月末。バレンタイン後、かなちゃんやマリリンだけでなく、お義母さんや綾花、さらにはサラにまでからかわれた。裕樹との再会の後、みんなに知られ、そのような事態が起こり、現在は、恋人とまで言われてしまうぐらいである。正直そのような認識は五月にはなかったのだが、バレンタイン後に裕樹と連絡したり、一緒に遊んだりしている様子から見るに、そのように言われるのは仕方のないことだった。いじめは相変わらずだったが、それは気にならないまでに五月は充実していた。


 しかし、いつ事態が転がり落ちるかわからない。予知しかできないが、せめてその魔法、「プレディクション」の練習を通して、未然に不幸を防げないか模索していた。知っているからと言ってできることは限られるが、知っていたほうがましだと考えてのことだった。

 そのため、裕樹と一緒にいるようになって、確かに満たされたものを感じてはいたが、いつそれがなくなるか怖くて、充実感よりも不安の方が勝っているという状態で、楽しいのに苦しかった。それの気休めにしかならないが、あらかじめ未来を予測することで、できるだけ悪い事態を避けたかった。


 そして。今使った「プレディクション」は、十日以上先を見るという、まだ成功の確率が低いものを行っていた。

 すると、次第に、視界が金色に薄く染まっていった。それに五月は驚く。今までなかったことだった。それに遅れて、頭の中に映像が流れ込む。


 しかし、それはかなりぼんやりとしていて、よくわからない。かろうじて、どこかの部屋にいるのだと、白い壁を見て思った。

 そして、「プレディクション」は、そこで終わった。

 視界の金色が消えていく。

 すると、五月の体を疲労が駆け抜け、少しふらつく。壁に手をつき、体を支える。


「大丈夫ですか、五月。なにか見えましたか?」


 サラが五月の体調を気遣いながらも、その予知の内容を聞いてくる。


「大丈夫。ちょっと疲れただけ。視界も少し金色っぽい色に少し染まってたけど、たぶん疲れたからだと思う。あと、一応予知は見えたけど、壁のようなものしか見えなかった。やっぱり時間があいた予知ははっきりとは見えない。まだ、練習が必要かな」


 五月は、「プレディクション」の後に疲労を感じたことから考えて、金色っぽく視野が薄く染まったのは、疲労の影響だと考えた。

 五月の言葉を聞くと、サラは五月に言った。


「そうですか。念のためにもう終わりにしますか?」

「ううん、まだやる」

「そうですか」


 いつもならもっと何かを言ってくると思ったのだが、そんな五月の想像とは違い、サラはあっさりと引き下がる。(いぶか)しげに五月が目を向けると、サラは続けた。


「五月、確か、『プレディクション』は英語でしたよね?」


 突然サラがよくわからないこと言ったため、五月は間抜けな返事をする。サラはそんな五月の様子には構わず、続けた。


「この間テレビで見たのですが、『オラクル』という英語があるらしいのです。意味は、『巫女』、神官、神託らしいです。五月が使える魔法で、英語と同じ『プレディクション』は『予知』という意味なんですけど、一回、『プレディクション』を使う要領で、『オラクル』を唱えてみてはどうでしょうか。魔法の呪文はもしかしたら英語と同じものかもしれません。それが正しければ、『プレディクション』と同じようなことが起こるかもしれませんよ」


 サラの提案に、五月はサラが何をしたいのかよくわからない。サラの言ったことが事実なら、英語を話すだけで魔法が使えるようになってしまう。そんなことは起こるはずもなく、妄想の類のように思えた。

 しかし、「プレディクション」を最初に使った時のことを思い出す。あの時は夢で見たのだが、英語の「prediction」を見て、その意味を想像しながら唱えた結果、魔法として使えたのである。その時と同様なら、今回も同じように何か起こるかもしれない。


 そもそも、あの夢が、誰かに意図的に見せられていたのなら。今回も同じように何か起こるかもしれない。今回はサラから聞いた。あの夢は、誰かが見せた。

 誰かって、誰?

 それこそ妄言だと、五月は思いなおす。そもそもそんな手段はない。魔法があるなら別だが、それは五月しか使えない。源家の先祖の桜月も使えたらしいが、彼女は五月のことを知っているはずはなく、知っていても、どうこうしないはずだ。できるならできるで、一回干渉したら、もっと五月に干渉してもいいはずだ。


 とりあえずサラに頷くことにした。何も起こらないだろうし、起こっても、もうけものだと思った。


「わかった、サラ。とりあえず、やってみる」


 サラは、五月が余計なことを言わないのを、特に何も思っていないようだった。返事をする間が少し長く、自分で判断したと思ったからかもしれない。


「オラクル」


 「プレディクション」と同じ要領で、先ほどと同じ時期を見るように唱える。今回は、神託を受けるようなイメージを持ちながら唱えた。

 唱えた直後、先ほどと同じく、視界が金色に染まっていく。しかし、先ほどよりも明らかに濃く、物の色が変わって見えた。


 そして突然、その見ていた光景が、一変した。

 かすれたものだった。たくさんの机があるように見える。目の前に大きな板があるように見える。その板の前に人が立ち、板に何かをしているようだった。机にも人がついているようで、五月が見ている映像から、その視線の持ち主はその席のうちの一つに座っているようだった。

 教室だと思った。部屋にあるもの、状況が、授業のものに似ていた。


 教員が生徒に向かい説明をする。生徒はそれを聞く。そうしているように見えた。五月は何も聞こえなくて、ただ映像を見ているように見えているだけで、周囲の様子からそう推測した。

 しかし、教員はそれを突然途切れさせる。

 何があったのかはわからない。一瞬のうちに教室にいる人は何かを探るようになっていた。

 幾許(いくばく)も無く、それは終わりを告げる。

 教員が何かを叫ぶ。すると生徒が机の下に潜る。

 それからすぐに、机が動き出す。次第にその動きは激しくなり、教壇も動く。ガラスも割れる。

 しかし、突然目の前が真っ白になり、それより先は見えない。


 そう思った直後、また何かが見え始めた。

 人がいた。男の人だ。五月はすぐに、裕樹だと気付いた。

 また視覚しかない。

 見たこともない場所だった。様々な野球の道具が並んでいる。倉庫だと思った。

 裕樹は何かを探しているようだった。

 急にその動きを止める。

 五月はなぜそうするのかわからなかったが、ふと道具のほうを見ると、揺れているのがわかった。

 慌てて裕樹のほうに視線を戻すと、裕樹は地面に伏せていた。

 そこに、道具が落ちてきた。


 またそこで目の前が真っ白になる。

 今度はかなちゃんのお母さんが見えた。どこかの道路を車で走行しているようだった。

 これも視覚しかなかった。

 突然、横から水が流れてくるのが見えた。

 黒かった。


 また真っ白になった。

 すると、徐々に見知った光景に戻り、金色もなくなると、サラの声が聞こえてきた。

 頭が痛い。体がだるい。

 椅子から転げ落ちてしまう。


「五月! 五月! 大丈夫ですか?」


 そんな声が遠く感じる。夢を見ているようだ。


「ううん……、大丈夫じゃない……」


 おっくうに感じながらもサラに返す。

 風邪を引いたような感覚だった。


「ごめん……、サラ……。ちょっともう無理……。もう、休ませて……」


 サラは心配そうに五月を眺めている。


「わかりました。ごめんなさい。変なことを言って。とりあえず今日は休んでください。もう、夜も遅いですし。明日も具合悪かったら、休んでくださいね」

「うん……」


 曖昧に返事をしながら、五月は眠りに吸い込まれていった。


 その翌日から三日間、五月は高熱を出し、寝込んだ。お義母さんだけでなく、かなちゃんとマリリン、裕樹も看病してくれたようだが、そのことを五月は知る由もなかった。

 結局、五月は風邪ではなかったという。原因は不明。おそらく、過労だということだった。

 魔法の練習くらいしか疲れることをしていないのにである。



 ※



 「オラクル」を唱えて、寝込んでから四日目、五月はようやく熱が冷め、ある程度は動けるようになった。

 しかし、体のだるさは残っていて、学校をその日も休むことになった。


「体調はどうですか、五月」


 サラは椅子に腰掛ける五月に声をかける。


「まだだるい。だから今日も休んだけど、明日か明後日にはたぶん元気になると思う」


 五月はいくらか顔色がよくなっていて、サラはほっと胸を撫で下す。


「ごめんなさい。五月が少し疲れているところに、追い打ちをかけてしまいました」


 サラは謝る。


「大丈夫。最後は、わたしがやるって決めたんだし。……ねえ、サラ」


 心配をかけさせまいと五月は少し強がる。それでも、ある疑念をサラにもっていた。


「今回の魔法って、たまたま成功したの?」


 サラの目を見る。嘘をつくようなら、目を見ればわかるはずだ。


 しかし、サラは首を横に振る。嘘のようには見えない。五月は自分が想像したその仕草の意味に驚くが、サラの答えはそれとは違かった。


「いいえ、わかりません。そもそも、魔法があることを知らないって、前にも言ったではないですか。そんな私が、呪文を知るはずはないでしょう? なので、でまかせ半分で言ったのですが……、五月の様子を見る限り、成功したようですね。瞳の色も金色になっていましたし」


 その言葉に、五月は驚愕の表情を浮かべる。


「え……、わたしの目、金色になってるの?」

「はい、以前から、『プレディクション』を成功させたときに、薄く金色がかっていたんです。そして、『オラクル』を使う直前の『プレディクション』ではそれが少し強くて、『オラクル』の時はもっと強かったです」


 五月はそのことを信じたくなかった。まるで、自分が化け物のようだった。イワキダイキの言う妄言が、本当のように思えて怖かった。

 でも、昨日の視界が金色がかった光景から考えると、事実のようにしか思えない。


「それで、なにが見えたのですか?」


 サラは五月のその感情に気付かずに見えたものについて尋ねる。内心少し気遣ってほしかったが、表情には出さずに返事をする。


「三つあって、一つは、授業中に教員が何かを叫んで、机に潜ったら机が揺れたりガラスが割れたこと、二つ目は、裕樹が倉庫のようなところで物を探していたところに、道具が揺れて裕樹のほうに落ちたこと、三つ目は、かなちゃんのお母さんが、車を運転してたら黒い水が車の横に来たこと。そんなのが見えたの。見えただけで、音とか触れた感触とかはなかった」


 よくわからないものだった。ただ、その分予知の内容はいつもより重要そうなものであり、それを三つも見られた。その効果は「プレディクション」よりも明らかに高かったが、その分、体が悲鳴を上げた。

 改めてその内容を考えてみると、一つ目と二つ目の共通点である揺れが大きな意味を持つと思った。教員が叫んだ後に机に潜ったのだから、教員の指示で潜ったと言える。その直後に机が揺れ、ガラスが割れた。裕樹は倉庫のようなところで、道具が揺れによって落ちてくるところだった。三つ目は水があったが、揺れと関係がありそうなのがすぐに思いつかない。


 ただ、揺れの状況から、ある程度予測はついた。その予測から考えると、水が来たのは、その揺れに関係することだと思った。


「たぶん、地震だと思う」


 そう発言すると、サラはため息をつく。


「またですか……」


 それを聞くと、五月は暗鬱な気分になる。


 両親は、地震で死んだ。それが再び、起ころうとしている。

 また、なにかを失ってしまう気がする。イワキダイキの妄言通りになってしまう気がする。


「五月、それがいつ起こるかわかりますか?」


 不意に、サラが思案していた五月に声をかける。五月は内心驚くが、その驚きには構わず、予知の内容を思い返す。

 しかし、首を横に振った。


「ううん、わからない」


 予知の内容を思い返しても、かすれていて、日付を読み取ることができなかった。

 それでも、今までの「プレディクション」の練習から、ある推測は立てられた。


「でも、たぶん、近いうちだと思う。『プレディクション』の練習で一番先の未来を見られたのは、十日ぐらい先。日付を決める要領は何となくつかめているんだけど、今回はその限界の十日ぐらい先を見ようとしたの。ということは、今回できた『オラクル』も、同じくらいだと思う。……おそらく、数日後、長くて十日前後先、地震が来る」


 「プレディクション」の性質からして、地震が来るのは避けられないと思った。

 でも、その結末までは、なぜか見えていなかった。それはつまり、やり方次第では不幸を防げるかもしれないと言う、根拠のない、かすかな希望があった。

 それをサラに話すと、五月に同意してくれ、そのうえで提案してきた。


「裕樹や佳菜子のお母さんに、注意しておくよう伝えるのはどうでしょう? 『オラクル』で見えたということは、なにかあるかもしれないですし。裕樹には、倉庫で作業するときは、物の落下に気を付けるように言ったり、佳菜子のお母さんには、佳菜子経由で、水に近いところで気を付けるよう言ったりすれば、たぶん大丈夫だと思います。二人なら、五月のことを信じてくれると思いますよ」


 五月は、それで本当にいいのかを考えてみるが、そうする以外ないことに気付く。

 五月には、地震が起こるとわかっていても、それを他の人もわかったとしても、それに対処する手段がない。せいぜい気を付けることくらいだが、どう考えても家などに被害は免れない。五月がほかに魔法を使えればいいのかもしれないが、今の体調ではそれはできず、使い方も、使えるのかもわからず、そもそも裕樹たちにすら打ち明けられないのに、おいそれと使えるものではなかった。


 そう思うと、空しさに包まれる。結局魔法を使えたところで、何もできやしないのだ。不幸が起きるかもしれないとわかっても、それを防げないのだ。

 無力だった。

 そのことをサラに言うと、サラは少し強めの口調で五月をとがめる。


「ならば、五月。あなたはあきらめますか? 逃げますか? せめて、このおきるかもしれない事態を伝えるべきではないですか? あなたは私に言ってくださいましたよね。『防げるかもしれないのに何もしない方が嫌』と。だったら行動してください。より良い未来のため、幸せのために、少しでもあがいてください。今の五月は、五月らしくないですよ。何度打ちひしがれても、みんなに支えられて、何度でも立ち上がってきたではないですか。私が一緒です。大丈夫です。きっと不幸にはなりません。大体、あきらめたら、幸せを捨てることになりますよ。みんなを裏切ることになりますよ。

 ……それで本当によろしいのですか、五月?」


「そんなわけ……」


 そんなわけ、なかった。

 幸せを捨てたくない。みんなを裏切りたくない。そんなの、死んでもできない、したくもない。

 だから、五月は、サラの言う通り、みんなに注意をすることにした。みんなは、素直に頷いてくれて、ありがたかった。



 ※



 一週間後。五月は、午後の国語の授業を受けていた。

 その日は、成績表が返される日だった。五月は、当然のように他を圧倒しての首席だった。それをお義母さんに見せて、喜ぶ顔が見たかった。

 地震についてだが、「オラクル」で見た光景のようなことはなかったものの、一回大きなものが来た。実際には、三つ目に見た、水については何も起こらなかったのだが、予知を乗り越えたものと思っていた。一応、警戒を解いてはいないのだが、それでも甘くなっているのは否めなかった。


 授業を聞く。板書を写す。教員の話で参考になりそうなことを書き留める。

 普通の日常だった。

 グラッ。

 突然、地面が揺れたような気がした。

 教員は、授業を中断する。周りの人は何事かと辺りを見やる。

 すると、激しい揺れが来た。


「隠れろ!」


 すぐさまクラスの人全員が机の下に隠れる。五月は机の脚をもちながら隠れる。

 揺れは激しい。遊園地の乗り物に、体を激しく翻弄されるような感覚。

 周りからは悲鳴が聞こえる。泣き声も聞こえる。

 しかし、一向に揺れは収まらない。それどころか、その勢いを、明らかに増している。

 机が動く。

 ガラスが割れる。


 その時、さらなる悲鳴が聞こえる。そこのほうに視線を向けると、赤いものを額から流していた人がいた。ガラスで切ったみたいだった。

 その揺れは、次第に弱くなってくる。ようやく終わるのかと、その場の全員が息をつく。

 しかし。

 さらに大きな揺れが押し寄せ、再び一同を恐怖にたたきこむ。

 それに、誰もが、なすすべがなかった。

 五月も、その中の一人だった。



 ※



 いつの間にか、揺れは収まっていたらしい。

 五月たちは、校庭へと移動していた。ガラスに気を付けながら、歩みを進めた。

 その間も、ずっと揺れているような感覚だった。

 ふと、冷たい感触があった。

 空を見ると、雪が降ってきていた。

 肌に落ちた雪は、すぐに溶けてしまう。

 絶望が降ってきた。

 幸せが溶け落ちていった。



 ※



 その日は、保護者が迎えに来て、帰宅することになった。マリリンは早々に母親が迎えに来て、連絡のつかない五月とかなちゃんに申し訳なさそうにしながら帰っていった。

 一方のかなちゃんは、母親の心配をしていた。出張で、沿岸近くのほうにいるらしい。

 そして。教員たちの話を盗み聞きしていると、沿岸を大きな波が襲っているようだった。

 五月の予知の光景の後に違いなかった。


「大丈夫だよ……。うん……、絶対……。そんなわけ……」


 そう、かなちゃんは口にするが、一目見て動揺しているのがわかり、どう声をかけるべきかわからない。予知で結果が見えなかった分、無事だと信じたいが、信じることしかできない。

 一方の五月も、お義母さんといった暁家の人や、綾花といった橘家の人に連絡がつかず、内心動揺していた。なにより、源家当主である自分が、こんな大変な時に、千渡村にいないと言う事実に、無力感を感じていた。


 しかし、それは長く続かない。

 綾花が来たのだ。

 五月は、綾花と一緒に千渡村に戻った。かなちゃんを置いていくのはためらわれたが、五月にはやるべきことがあるだろうと言われ、迷いがありながらもかなちゃんと別れた。



 ※



「状況はどうなっていますか?」


 車を臨時会議の場である、千渡温泉に走らせている道中、五月は綾花に尋ねる。

 しかし、その答えはすぐには返ってこない。


「綾花?」


 五月は何事かがあったのではないかと思ったが、自分が動じていてはいけないと思い、それをひた隠しにして、綾花に返事を促す。


「……裕樹君と、ゆかりさんが」


 やがて、綾花が口を開いたが、五月が耳をふさぎたくなる内容だと、裕樹とゆかりの名を聞いて五月は理解する。それでも、目をそらしてはいけなかった。


「ゆかりさんが、物が倒れたのに巻き込まれて、足を負傷。命に別状はありませんが、歩けないほどで、骨折しているかもしれません。ですが、村のみんなに指示を出すために、温泉に待機しています。車を運転するのは心もとないので、私が来たわけです。それで、……その、裕樹君、は、学校の倉庫で物が落ちた時に、頭に当たって、意識不明です。この二人以外に、けが人はいません。死者は一人もいません」


 ……最後のけが人のところは、聞こえなかった。

 裕樹が、意識不明。

 イシキ、フメイ。

 顔から血の気がなくなるのを感じる。


「五月ちゃん、しっかりしてください! 大丈夫です、裕樹君はきっと目を覚まします! 五月ちゃんが信じてあげなくてどうするんです? 幸い、容体は安定していて、あとは目を覚ますのを待つだけです」

「……本当ですか? 本当に、裕樹は大丈夫なんですか? 目を覚ますんですか?」


 容体は安定だと聞いても、裕樹の意識がないことには変わりなく、裕樹もいなくなりそうで怖い。

 ……イワキダイキの妄言が本当のようで怖い。


「大丈夫です。五月ちゃんが、一番裕樹君のことを信じているのでしょう? そんな五月ちゃんが信じてあげなきゃ、裕樹君がかわいそうですよ。それに、気を失っているだけなんです。頭に当たったと言うのもあって、少し大事にはなってますけど、五月ちゃんが考えているほど、深刻ではないですよ」


 綾花は笑ってそう言った。しかし、綾花の言うことが本当のことだと信じるしかないにしても、どうしても、なにかあったら、と考えてしまう。

 せっかく裕樹と以前のようにすごしていたのに、せっかく幸せの一端をつかみかけていたのに、それらが崩れ落ちるように感じる。自分を支えてくれている裕樹が、いなくなってしまうかもしれない。

楓や雪奈、両親のように、いなくなってしまうかもしれない。


 そんな不安に押しつぶされそうだが、綾花の笑みは、不安で仕方ない五月をかろうじて錯乱しないほどには繋ぎ止めていた。いつも五月を支えてくれる彼女だから、不安に押しつぶされそうな中でも、わずかな希望を信じることができた。


「わかりました……。……ありがとうございます、綾花。おかげで、少し、冷静になれました……」


 綾花を不安にさせないよう、強がったが、不安を隠しきれず、弱々しく言ってしまう。


「いえいえ、五月ちゃんが動揺しているのはわたしも嫌なので。頼りにしてますよ、源家当主様」


 そう軽口をたたいて、なお五月の不安を取り除こうとしてくれる。その気遣いがありがたかった。

 五月は、これ以上綾花を心配させたくなくて、自分を少しでも鼓舞しようとして、いつもの声の調子で綾花に言った。


「わかりました。といっても、わたしは、たぶん源家の片づけとか、炊き出しの手伝いとかをやるだけだと思いますけどね」

「それも大事な仕事ですよ。

 大丈夫です。裕樹君は絶対大丈夫です。村の人も大丈夫です。

 ……イワキダイキが言うようなことにはならないので、あんまり抱え込まないでくださいね。私たちが守りますから」


 はっとして綾花のほうを見る。


「……気づいていましたか」


 微笑を浮かべる綾花を見て、肯定と五月は受け取る。


「お気遣いありがとうございます、綾花。さて、急ぎますか」

「はい、五月ちゃん」


 雪の降る夜の中を、車は進んでいく。



 ※



 その翌日、炊き出しを行った後、五月は源神社の宝物殿に来ていた。

 炊き出しの際、裕樹が目を覚ましたと聞き、ほっとした五月ではあったが、しばらく裕樹が入院すること、その病院が遠いこと、そして、源家当主としての仕事があることで、裕樹との再会は、先の話になった。しばらく会えないのはさみしかったが、それでも、無事とわかっただけで、五月の不安は、多少は除かれた。


 一方で、かなちゃんのことも心配だった。余震の可能性があり、むやみに移動しない方がいいと、ゆかりが判断し、村からは出ないことになったため、かなちゃんに会えないことが、その不安の要因だった。

 そのゆかりからの指示で、まずは、源家の心臓部とも言える、源神社の宝物殿の片づけを、五月はまずすることにしていた。


 宝物殿を正面から見上げる。一目見た限りでは、建物に損傷は見当たらない。しかし、中はおそらく悲惨なことになっているだろうと予想した。昨日の揺れは凄まじく、たとえ建物が無事に見えても、ダメージがあることが考えられ、中のものは、ぐちゃぐちゃになっているだろうと思った。

 扉にかかっている南京錠を開ける。扉を開ける。その感触は、以前の重いものと、何ら変わらない。

 建物には影響がないようだと思った。


 そして、中に踏み入った。

 停電しているため、懐中電灯で中を照らす。窓がないため、真っ暗なのだ。

 しかし、そこは、以前のまま、様々な道具が並んでいて、地震の影響をみじんも感じなかった。

 そんなはずはないと、他のところもくまなく照らすが、まるで、揺れなどなかったかのように、以前の姿そのままだった。


 なぜなのだろうかと思ったが、ふと、両親が死んだときのことを思い出す。

 その時に片づけをしてくれたゆかりが、こんなことを漏らしていた。


「なぜか宝物殿だけ、地震の影響がなかったんだよ」


 その時は何も感じなかったが、魔法を使えるようになった今、五月は、ある可能性を思い浮かべた。


 ……五月の先祖の、源桜月が、もしくは、神様の桜空(さくら)が、魔法をかけて、宝物殿の中のものを守ったのだと。

 源家の本宅の方は、当時のものではなく、今の建物は、戦後に建てられたもの。そして、神社のほうは、老朽化を理由に、百年ほど前に、建て替えたと聞いたことがある。しかし、宝物殿は、一切建て替えた記録がない。


 ゆえに、源桜月の時代の建物が、そのまま残っているのは、宝物殿のみで、そこならば、魔法を使えた桜月と時代が重なるので、魔法の影響が残っている可能性があった。

 そうまでして残したかったもの。それに覚えがあった。


 それは二種類ある。一つは、桜空(さくら)伝といった書物、そして、もう一つは、ご神体とされる、血腸村、すなわち、千渡村の守り神である、桜空(さくら)を模した、木製の像の目の前にある、祭壇に安置されていた。

 それは、青く光る勾玉、「弥栄之四方御統(やさかのよみすまる)」という、源家当主が受け継ぐ、家宝というべきものである。なぜなのかはわからないが、桜空(さくら)伝に記載されていないのにもかかわらず、源桜月が何に変えても後世に残すよう、源家にだけ伝わっている。……その勾玉と桜空伝を残すことこそが源家の使命なのだとも。


 それゆえ、それらを保管する宝物殿は、源神社の心臓部なわけである。なにで作られているのか、なぜ光るのか、なぜ後世に残さなくてはいけないのかは、全くわからないものだ。それゆえ、魔法で作られたものとも考えられる、謎の勾玉である。

 いずれも、桜月の時代に作られたとされているのだから、魔法と関係があると指摘するのも、無理はない。


 しかし、魔法で守っているのだとしたら、なぜこの勾玉を残す必要があったのだろうか。

 桜空(さくら)伝は、記録として、源神社の信仰の拠り所として必要だろう。しかし、「弥栄之四方御統」は、桜空(さくら)伝にすら記載されていない。そんなものを、なぜ残す必要があったのだろうか。


 その漢字から考えてみる。

 「弥栄」というのは、あまり聞いたことがなかったので、以前興味本位で調べたことがあるのだが、「一層栄えること」という意味らしい。つまり、繁栄を願ったものと言える。

 「之」に関しては、おそらく助詞の「の」だと考えられる。

 「四方」は、「東西南北」だとか、「あちらこちら」という意味。

 「御統」は、そのまま、「統べる」と思われ、「支配する」という意味に解釈できる。

 それらを統合してみるに、「一層の繁栄を願って、様々な場所を統べる」という意味だろうか。

 これだと、まるで、為政者の持つ勾玉と言える。


 しかし、所詮源家は、血腸村、すなわち千渡村の有力な家に過ぎず、「四方」という感じを使う意味が分からない。

 やはり、もともとの呼び方に、当て字を付けたのだろうか。その際、本来の呼び方から外れてしまったのだろうか。そうだとしたら、本来の呼び方とは、意味とはなんなのだろうか。

 底知れない謎があるような気がする。

 しかし、その謎こそが、桜空(さくら)伝の謎を、神様の桜空(さくら)の謎を、血腸村の謎を、桜月の謎を、そして、魔法の謎を、明らかにするような気がしてならなかった。


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