八話 底力
ゴールデンウィーク二日目。今日も昨日と同じく、テストケースとして暗号を解いてみることになっている。
やり方は変わらない。暗号研究部の部室で第一の暗号を受け取り、叶と熊野実で解いて学校を回る。
「ねえねえ、昨日のは結局なんだったの? 私、まだ教えてもらってないよ。みんなに聞いても内緒って言われるし」
「もうちょっと待って。すぐに教えるから」
「焦らすなあ。まあ、今はこの暗号を解こうか」
本日の第一の暗号はこれだ。
『イタリアはローマからの留学生、レオナルド君が頭を抱えて言いました。
廊下で、イチャイチャ、カップル、あまりにも、信じられない、非常識、イタリアでは、大変、説教、受けます』
割と簡単な暗号だ。
「ローマ字にしろってことだな。そんで頭文字をつなげればいい」
「だからローマの留学生なんだ。頭を抱えてるんだ」
R(廊下で)、I(イチャイチャ)
K(カップル)、A(あまりにも)
S(信じられない)、H(非常識)、I(イタリアでは)
T(大変)、S(説教)、U(受けます)
頭文字をつなげれば「理科室」だ。
理科室に行き、望から第二の暗号を受け取る。
『蛇の目でお迎え嬉しいな』
「えらく直球だな。暗号になってないんじゃないか?」
「これは私も分かるよ。童謡あめふりの歌詞だよね。蛇の目は傘のことだから、傘立てがある場所。学校の玄関だね」
玄関には久我がおり、第三の暗号を。
『わちにんこ』
五文字のひらがなが横書きで書かれていた。
これは少し難しい。一瞬では解けなかった。
「わちにんこってなんだろ? 絵もあるね。望ちゃんの絵と違ってうまい」
「望には描かせないように言ったが、ちゃんと改善したんだな。よくやった」
妖怪の絵では解けるものも解けなくなる。
今日は分かりやすく、デフォルメされた人間だった。
歯を見せて笑っている顔と、ピースサインをしている手がある。「に」という笑顔の擬音と、ピースしている中指に矢印もついた絵だ。
「……分かった。かなり強引な気もするが」
「早っ! 今日の小坂君、気合い入ってるね。答えは何?」
「左から読むからダメなんだ。これは右から読む」
「こんにちわ? 挨拶だね」
「おかしな部分に気付かないか?」
「どこか変? 普通に挨拶の言葉だと思うけど」
声に出して読むだけでは分かりにくい言葉だ。書き間違える人もたまにいる。
「最後の『わ』が間違いだ。正確には『は』になる。こんにちは。歯を見せてる笑顔がヒントだろうな」
「ややこしい。『は』が『わ』になってるの? それは分かったけど、場所は?」
「熊野実、正解。今ほとんど答え言ったぞ」
「わけ分かんない!」
「はがわになっている。んで、ここに『に』の文字があるだろ? 『に』までで考えろって意味だ。あとは二つって意味も含んでる」
「ちょっと早口だよ。ゆっくり教えて」
「悪い」
気が急いているせいで、早口になってしまっていた。改めて説明する。
こんにちはの「は」が「わ」になっている。「はがわになっている」で、「に」の文字までで考えればいい。「はがわに」だ。
通常の文章は左から右へ読むところを、逆になっている。「はがわに」を逆から読むと「にわがは」だ。最初の二文字を取れば庭。
「ラストは中指にある矢印だ。これも多分、『なかゆび』の二文字を取る。くっつけると?」
「中庭!」
「はい、正解」
「凄い! こんなのよく解けたね!」
「底力っつうかなんつうか、やればできるもんだな」
今日の叶にとって、第三の暗号までは全て前座になる。
本番は、昨日世羅に頼んだ第四の暗号だ。そこにたどり着くために、叶自身にも信じられないほどの底力を発揮していた。
中庭に行くと世羅が迎えてくれた。
「随分と早かったわね。昨日よりもずっと早いわ」
「小坂君、凄いんだよ! パパパッって解いちゃったの!」
「ふうん、ちょっとは男を見せたって感じかしら? それじゃあ、第四の暗号よ。場所もおあつらえ向きでしょう? よく晴れた日に、物静かな中庭で二人きり。他の生徒だって今日はいないわ」
「そこまで配慮してくれたのか。ありがとう」
「紅羽のためにね」
「変態と常識人のコンビなのに、妙に仲がいいよな」
「紅羽、変態って言われているわよ?」
「お前に言ったんだ!」
漫才を繰り広げる叶と世羅を、熊野実は優しい目で見つめていた。
世羅はひらひらと手を振りながら去り、叶と熊野実が残る。
「小坂君、第四の暗号は?」
「そうだな。見てみるか」
『四月一日で読むこと。
わこたさかたわかたなうたは、くたまわのわみたくれわはを』
『天のグループが存在する。あるグループは一つの顔を持ち、あるグループは二つの顔を、またあるグループは三つの顔を持つ。
しかし、実は隠された小さな顔を持つグループも存在する。
隠された小さきを見よ。小さき四天王を。さすれば答えが照るであろう。
※答えが分かればパートナーに伝えること。Good Luck』
後半は昨日と同じで、前半が追加された暗号だ。世羅たちは、叶の希望通りにしてくれた。
「前半は私も分かるよ。というか、これって小坂君を呼んだ時の暗号でしょ? 一度解いたのに、なんで今になって使ったの?」
「咄嗟だったし、使い回しになったんだ。暗号自体は重要じゃないからな」
「また私に内緒にしてる」
「すぐに分かる。熊野実、前半を解いてみて」
「わこたさかたわかたなうたは、くたまわのわみたくれわはを。わたぬきだから、ここから『わ』と『た』を抜くんだよね」
わこたさかたわかたなうたは、くたまわのわみたくれわはを。
こさかかなうは、くまのみくれはを。
「小坂叶は、熊野実紅羽を?」
「でもって、後半だ。熊野実も知りたがってたよな? 遅くなったが答えだ」
緊張してきたが、ここまでお膳立てしてもらってやめることはできない。
小坂叶は、熊野実紅羽を。