五話 第三の暗号
「第三の暗号はこれね。三つ目だから、一つ目や二つ目よりも難しくしてあるよ。解けるかな?」
第三の暗号を渡した久我は、挑発するようなセリフを口にした。
「望の絵よりも難解か?」
「あれと比較しないで」
「俺が悪かった」
望の絵と比較されれば、どのような暗号も簡単になってしまう。無茶なことを言ったと自覚した叶は、素直に謝罪した。
「とにかく、解けたらそこに行って。亜子が待ってるから」
望の絵はどうでもいいので、第三の暗号だ。
『22360679 下上』
「あれ?」
暗号を見た熊野実は、怪訝な声を漏らした。
叶も「あれ?」と言いたい。難しいどころか簡単な暗号だ。高校生であれば誰もが知っている。
「富士山麓オウム鳴く。ルート5の語呂合わせだよな。どこが難しい?」
「ルート5は分かっても、場所につながらないってことかな? まさか富士山に行けってわけじゃないだろうし」
「確かに、これだけじゃどこに行くのかさっぱりだ」
これまでの二つは、「体育館」や「絵画」と場所が分かりやすくなっていた。
ルート5からは場所が読み取れない。
「ルート、つまり何かの経路を表してる? その五番目だ」
「学校の避難経路じゃないよね。通学路でもないし」
「数字以外に書いてある『下上』がヒントなんだろうが、何を意味してるんだ?」
「普通は上下になるよね。下上なのが怪しい。下上、下剋上? 富士山は日本一の山だから、その富士山に下剋上するって言いたいのかな?」
「ちょっと無理がないか?」
下上から下剋上につなげ、富士山に下剋上するという考えは無理がある。
間違っている気がするが、熊野実は下剋上の方向で考えている。
「富士山が日本一なら、日本二の山? もしくは……白山!」
「ハクサンって?」
「石川県と岐阜県にまたがる山だよ。白い山って書いて白山。日本三霊山の一つとして有名だよ。白山比咩神社もあるから、寺社仏閣が好きな人の間でも知られてるかな」
「やけに詳しいな」
「私、旅行が好きなの。寺社仏閣も好き。彼氏ができたら、二人で日本の観光名所巡りをしてみたい。北陸にも行きたいなあ」
熊野実は上目遣いで叶を見てきた。
まさかこれは、叶と旅行したいという訴えか。
自分に都合のいい妄想をしたが、即座に切り捨てる。
「冬に行けば、うまい食い物がありそうだな。日本海の幸だ。福井県はカニで、富山県はブリだったか? 富山にはホタルイカもあったな」
「食べ物ばっかり。小坂君は色気より食い気なんだね」
あからさまにガッカリした声になった熊野実を見て、答え方に失敗したかと思った。
しかし、どう答えるのが正解なのか、叶には判断できない。「俺と一緒に旅行しようぜ」などと誘えるなら、もっと早くに関係を深められている。気になっている女子に対して積極的にアピールし、恋人同士にとか。
叶も積極的になりたいと思わなくはない。暗号研究部に誘われた時も、熊野実がいるなら入部しようかと考えた。
入部しなかったのは、久我が理由だ。学校一のイケメンである久我と一緒にいれば、相対的に叶が悪く見える。
面倒臭がりの叶が、久我と真っ向から張り合う気になれるわけがない。張り合ったとして勝てると自惚れてもいない。
叶にアドバンテージがあるとすれば、久我には恋人がおり叶はフリーなことか。
これも、どこまでアドバンテージになるやら。恋人のいる人を好きになってしまうことは、いくらでもあり得る。
熊野実が久我を好きになってしまうと仮定する。
その時、同じ部活に入部していたら。好きな女子が別の男子に夢中になっている様を間近で見せられたら。
冷静でいられる自信がなく、入部せずに逃げ回っているのだ。
なんのことはない。面倒臭がりではなく臆病者だ。
情けない自分を誤魔化すように、叶は暗号の話題に戻す。
「旅行好きは分かったが、白山と下剋上がどう関係してくるんだ?」
「富士山との背比べの逸話とか知らない?」
「知らない」
「白山のおひざ元にある加賀の国の人たちは、白山こそが日本一高い山だって主張したの。富士山よりも高いから背比べをしようって話になった。こっそりと草鞋を敷いて、高さを誤魔化したら引き分けになりましたって話」
「アホみたいなやり方だな」
「おとぎ話みたいなものだからね。要するに、この暗号は、富士山よりも低い白山を指してるんじゃないかな?」
「面白い考えだが、かなり強引だぞ。仮に白山が正しいとしても、具体的にどこへ行けばいいんだ?」
ルート5から場所が読み取れなかったように、白山からも場所が読み取れない。
そもそも、白山という答えにたどり着くまでが至難の業だ。そこからさらに場所を考えなければならないとなると、解ける人がいるとは思えない。
「違うかな?」
「違うと思う。もうちょい単純に考えよう。矢印に従って数字をずらすとか」
「下と上にずらしたら元に戻るよ?」
「最初の二つだけ……違うな。数字じゃなくて、ルート5の二文字をずらせばいいんだ。『ル』の下は『レ』って具合」
「小坂君、冴えてるね! でも、長音符号の上は?」
「長音符号を『ウ』って考えればどうだ? 『ウ』の上は『イ』だ」
ルート5の二文字をずらせば、レイト5になる。
「玲兎! 久我君の名前だね! 凄い!」
「久我に関係する5といえば、去年のクラスか? 一年五組」
「行こう!」
下剋上や白山に比べれば、こちらの方が正解っぽい。美術室から一年五組のクラスへと向かう。
「この暗号も改善の余地があるな。久我の名前の玲兎まではまだいいとしても、あいつが一年五組だったことを知ってる生徒は限られる」
「特に一年生は知らないよ。各学年の五組を回ってみるって手もあるけど」
「二年が一番有利だよな。特定の学年が有利になる暗号は避ける方がよさそうだ」
熊野実と話しながら歩く。旅行の話題になった時は少し嫌な雰囲気だったが、なんとか元に戻ってくれた。叶としても一安心だ。
あとは、臆病な自分をどうするか。今回のゲームがきっかけになればいいが。