四話 第二の暗号
体育館に行けば、バスケットボール部やバレーボール部が熱心に練習していた。
そんな中、制服姿の女子が一人、体育館の扉付近で座っている。望だ。
「望」
「もう、遅いよ兄さん。最初の暗号を解くのにどれだけかかってるの」
「アホか。いきなり難し過ぎるんだよ」
「難しかった? とりあえず答え合わせね」
「いろは歌だ。普通の五十音かと思ったが、いろは歌とは思わなかった。変にひねらずに、五十音かアルファベットにしておけよ。いろは歌とか思いつかねえって」
「ちゃんとヒントがあったでしょ。最後の『ん』がヒントよ。いろは歌には『ん』がないから、数字じゃなくて直接『ん』になっているの。それに気付けば一発で解ける簡単な暗号よ」
「気付けるか!」
いろは歌に「ん」が含まれないことなど、たった今知った。気付けと言われても無理だ。
「しっかりしてよ。これ、第二の暗号ね。今度も簡単だから」
「お前らの言う簡単は信用できないって思い知った」
「今度は本当に簡単。いろは歌よりも身近でよく目にするやつよ。そこに書かれた場所に行ってね。私は部室に戻るし、二人で乳繰り合……じゃなくて暗号解いて」
「どんな言い間違いだ!」
叶の言葉を無視して、望は部室に戻って行った。
微妙に気まずくなってしまうが、気を取り直して第二の暗号を見る。
『4の1、9の1、11の3』
「今度こそひらがなだろ。4の1なら、た行の一番目の文字だ。つまり『た』!」
「11って何? わ行でも10番目だよ?」
「……『ん』?」
「そうすると『たらん』になるよ。足らん? 『お前らの脳みそが足らんわ!』って言われてるってこと?」
「熊野実……頼むから親父ギャグは……」
熊野実という女子は、ここまで親父ギャグを連発する人だっただろうか。あまり知りたくない一面を知ってしまった。
再び気を取り直して、暗号を考える。
今度もひらがなではなかった。望は「身近でよく目にする」と言っていたため、元素記号や都道府県コードでもあるまい。
「小坂君、この隅っこに描かれてるやつって何かな? 妖怪?」
暗号と思しき数字以外に、望が描いたらしい絵がある。
望は絵心がマイナスの極限に振り切れている人間だ。熊野実が妖怪と考えてしまうのも無理はない、おどろおどろしい絵である。
だが、兄の叶には分かる。これは動物だと。
「多分、羊だな」
「小坂君も冗談言ってるじゃない。これが羊なわけないよ。私の目には、炎に焼かれた妖怪が苦しみにのた打ち回りながら、剣で串刺しにされてるようにしか見えない。小さな子供が見れば泣き出すよ」
「あいにく冗談じゃない。あいつの絵は、前衛芸術家が土下座して謝罪する代物なんだ。しかも、将来の夢が保育士だぞ。子供に歌を歌ってあげたり絵を描いてあげたりしたいんだと。俺や両親がどれだけ止めてるか」
こんな絵を子供に見せた日には、トラウマになりかねない。保育士になるなとは言わないが、絵だけは描くなと口を酸っぱくして言い聞かせている。
さておき、望が羊の絵を描いた理由はなんだろうか。ただの手慰みの可能性もあるが、暗号と一緒に描いてあるのだから関係があるかもしれない。
「身近な羊ってなんだ?」
「あ! おひつじ座! 誕生星座だよ!」
「なるほどね。もしかして、おひつじ座を一番目として考えろって意味か?」
「一番目はどこからきたの?」
「熊野実が剣って言ったやつだ。数字の1のつもりなんだろ」
炎は羊毛、苦しみにのた打ち回っているのは単に絵が下手、剣は数字の1。暗号よりも暗号らしい絵であった。
となると、四番目はかに座、九番目はいて座、十一番目はみずがめ座だ。
「4の1は『か』、9の1は『い』、11の3は『が』だ。かいが……絵画だ!」
「絵画ってことは美術室かな?」
「だろうな。行ってみよう」
第一の暗号よりも素早く解けた。体育館から美術室へと向かう。
「解くには解いたが、こんなもん他人には無理だぞ。ヒントの絵がヒントになってない。俺じゃなきゃ分からん」
「さすがお兄さんだよね」
「こんなことでさすがって言われても嬉しくないって。要改善だな。望以外の誰かに描かせればマシになる」
そんな会話をしながら美術室に行けば、久我が待っていた。
正解だったらしい。間違いであってくれれば、望の絵が羊だという推測も否定できたのに。オリジナルの妖怪だと言い張れたのに。
兄として悲しくなる叶だった。
「ようこそ。早速だけど答え合わせをしようか」
「誕生星座だが、それよりこれを見ろ、これを!」
久我の眼前に暗号の紙を突き付け、望が描いた絵を指差す。
「お前らは、これがヒントになるって言いたいのか!?」
「この妖怪、何?」
「望が描いた羊の絵だ! おひつじ座ってヒントのつもりだろうが、読み解ける人間が家族以外にいるか! どんな名探偵でも無理だわ!」
某名探偵の孫だろうと、某バーローだろうと、さじを投げてしまう。
「名探偵なら、絵がなくても解けるんじゃない?」
「んなことを言いたいんじゃねえよ! 本番は、望には絶対絵を描かすな! ゲームにならん!」
「確かに、これはまずいね。テストしておいてよかったよ。収穫になった。ありがとう、小坂君」
「俺も兄としてすまん。あいつの絵だけはどうにもできないんだ」
まさか、このような形で謝罪することになるとは思わなかった。
とにもかくにも、第二の暗号は解けた。次は第三の暗号だ。