二話 テストケースとして
本日二話目です。一話目を未読の人はそちらからお読みください。
明日からも朝晩の投稿になります。
「小坂君を呼んだのは、ちょっとお願いしたいことがあるからなの」
暗号研究部の部長である世羅の話は、そこからスタートした。
「私たち暗号研究部は、ゴールデンウィーク明けにちょっとしたイベントを開催するつもりよ。新しい年度が始まって一ヶ月がたち、クラスにも溶け込めてきたなって時期にゴールデンウィークの長期休みでしょう。せっかく縮まった距離が、休み中に開いちゃう人もいると思うのよ」
「そこで、僕たちがイベントを開催しようってわけ。仲良くなるにはイベントが一番。暗号研究部が発足して一年目の記念でもあるし、結構力を入れてるんだ」
世羅の言葉を久我が引き継いでくれて、彼らの目的と理由は把握できた。
「イベントは結構だが、俺に手伝いをしろって?」
「手伝いとも言えるわね。テストケースになってもらいたいの」
「テストケース?」
「私たちが考えているイベントは、暗号を解いて指定の場所を回るレクリエーションよ。暗号解読ゲームといったところかしら。暗号研究部らしいでしょう」
暗号研究部は、読んで字のごとく暗号を研究している。
叶がもらった手紙にあったような暗号だ。推理小説などで登場しそうな物と言えば分かりやすいかもしれない。
一年前、世羅が部活を立ち上げ、幼馴染の久我と友人の熊野実を入部させた。
世羅、久我、熊野実は全員が一年五組だった。叶も同じクラスであり、三人とは仲がよかった。五十音順で席に座った時、四人が近かったため親しくなったのだ。
その関係で叶も誘われたが、面倒だったので拒否し、三人の部活となった。
今年になり、叶の妹の望が入部して、現在の部員数は四人だ。
「私たち三人で知恵を出し合って考えた自信作の暗号だけど、難易度の調整をしてなくてね。誰も解けないと困るし、かといって簡単過ぎてもつまらないし、小坂君にテストケースになってもらいたいってこと」
「……三人?」
テストケースになれと言われたのも面倒だが、「三人で知恵を出し合って」という言葉が気になった。
部員は四人なのに、三人で考えた。誰か一人が仲間外れにされたことになる。
この一人が望ではないかと思ったのだ。唯一の一年生だし、二年生三人から仲間外れにされたのではないかと。
心配になって望を見れば、兄妹なだけあり叶の言いたいことを察してくれた。
「仲間外れにはされてないから心配しないで」
「ならいいが、じゃあ三人って?」
「紅羽には、小坂君と一緒にテストケースになってもらいたくて、暗号制作組に入れなかったの。本人も納得済みよ」
「はーい、納得済みです」
世羅の説明に納得した。望や熊野実も落ち着いているし、いじめだの仲間外れだのがないようで何よりだ。
「つまり、俺と熊野実で暗号を解いてみろと?」
「そういうこと。明後日からゴールデンウィークが始まるわよね。休み中に学校を使って試してみたいの」
「ゴールデンウィークにわざわざ? 俺は面倒だし嫌だぞ」
「予定あるの? 私だって、小坂君の予定を無視して頼もうとは思ってないわよ。望ちゃんから聞いた話だと、『兄さんは家でゲームでもするだけなので、バリバリこき使ってやってください』ってことだったけど」
「望……」
「間違ってる?」
恨めしそうな視線を望に向けるが、間違っていないから反論もできない。
しかし、面倒なものは面倒だ。叶は、男子高校生にしては覇気がなく、二言目には「面倒」と口にする性格である。
テストケースになるなら、何かしらの報酬が欲しいところだ。それなら引き受けてもいいと思える。
「暗号を解けば、なんかもらえるの? イベントをするんだし、一番になった生徒には景品とかあるんじゃないのか? 俺もそれをもらえるなら手伝う」
「景品は考えてなかったわね。玲兎は考えてた?」
「僕も考えてなかったよ。生徒が開催するのに、お金や物を景品にしたら先生方がいい顔をしないと思って」
「景品なしで参加者が集まるか?」
生徒にだってそれぞれ予定がある。自分の貴重な時間を割いてイベントに参加するなら、見合うだけの何かを求めるのではないだろうか。
大金や高価な代物を用意しろとは言わないが、何もなしでは参加者もいなくなりそうだ。
「じゃあ、望ちゃんとの一日デート権」
「ぶっ殺すぞてめえ」
「怖い怖い。シスコンのお兄さんに怒られちゃった」
「兄さんは、私が大好きですから」
「シスコンじゃねえよ。兄が妹を心配して何が悪い。変な男とデートなんざさせられるか。正直に言えば、望がこの部活にいることも嫌なんだ。久我のハーレム要員として見られかねない」
部員数四人であり、男子が一人に女子が三人だ。女子三人は、タイプこそ違えど魅力的な少女たちだし、久我をハーレム野郎と断じる者もいる。
イケメンがハーレムを作っていることを気に食わないと思う男子は多く、女子にはモテる反面、同性の友人は少ない。
叶は面倒臭がりのため、怒ったり嫉妬したりするのもバカらしいと思う性格だ。よって久我を嫌ってはいないが、ハーレム要員の中に自分の妹が加わるのは看過できない。兄としてはいい気分ではないし、心配にもなる。
「望ちゃんは可愛いと思うけど、手は出さないから安心して。第一、僕が手を出せると思う? 亜子の目があるのに?」
「むしろ世羅がヤバい。こいつの考えはいまだによく分からん。久我は世羅の命令に逆らえないし、世羅が一言『望ちゃんを抱け』って命じれば従いそうだ」
「命じないわよ。私をなんだと思ってるの」
「変態」
変態だからこそ、彼氏が他の女に手を出している姿に興奮するとか。
失礼極まりない感想だが、ないとは言い切れない。
「望ちゃん、あなたのお兄さんが酷いんだけど」
「兄さんは、私が大好きですから」
「亜子に対しても酷いけど、僕に対しても酷いよね。僕はそこまで鬼畜な男じゃないから」
「失礼なことを言ってる自覚はあるが、とにかく望には手ぇ出すなよ」
異性として見ているわけではなくても、妹は好きだし大切だ。普通に彼氏を作る分には構わないが、ハーレム要員の一人になるのは断固として反対する。
「小坂君がシスコンなのは分かったわ。望ちゃんとの一日デート権はなしとして、紅羽にしましょうか」
「……熊野実との一日デート権?」
それは、望とは別の意味で嫌だ。
叶と熊野実は、二年生に進級しても同じクラスになれて、叶にとっては一番親しい女子である。
昨年から気になっている相手だ。叶の性格上、告白するまではいかないが、気になっている女子には他の男とデートをしてもらいたくない。
彼氏でもないのに束縛するようなセリフは言えず、言葉に詰まってしまう。
「本番で紅羽とのデート権を景品にしないわよ。小坂君への報酬。紅羽と二人でテストケースになるわけだし、ある意味デートとも言えるでしょう。悪い話じゃないわよね?」
「まあ、望や世羅と比べれば、熊野実の方が……」
素直に嬉しいと言えず、この場にいる女子三人の中では一番マシという言い方をしてしまった。
「決まりね。ゴールデンウィークによろしく」
うまく丸め込まれてしまった気はするが、叶は熊野実と二人でテストケースになるのだった。