最終話 暗号解読ゲームと愛してる
ゴールデンウィークは終わり、授業が始まった。
暗号研究部のイベントである暗号解読ゲームの開催も告知されたのだが。
「世羅っ!」
叶は怒りをたぎらせ、暗号研究部の部室へと乗り込んだ。
部室には、世羅、望、久我の三人がいる。
「いらっしゃい、小坂君。紅羽ならいないわよ」
「知ってるっての! クラスの友達に囲まれて質問攻めにされてるわ!」
「助けてあげなかったの? 薄情な彼氏ね」
「どの口で言ってんだ! なんだよこれは!」
叶が持ち出したのは、暗号解読ゲームの詳細が書かれている紙だ。
その内容が問題であり、叶が怒っている理由でもある。
『恋愛成就のご利益あります!
暗号解読ゲームのテストケースになってもらった二人の男女が、見事結ばれました。あなたも気になるあの人を誘い、暗号解読ゲームに参加しませんか?』
と書かれている。しかもご丁寧に、叶と紅羽の名前がある相合傘まで。
要するに、クラスどころか学校のほとんどに知れ渡ってしまったのだ。
おかげで叶は男子の嫉妬を浴び、紅羽は女子から質問攻めに。文句の一つも言いたくなるというものだ。
「何か問題ある?」
「大ありだ! 俺たちに内緒で何書いてくれてんだ!」
「許可なら取ったわよ。紅羽がいいって言ったもの」
「……マジ?」
「マジよ。顔を真っ赤にして、だけど満更でもなさそうに、『叶君との関係を学校中に……ありだね!』って言っていたわ。付き合いたてだから、頭がお花畑になるのも仕方ないわよ」
叶は聞いていない。世羅や久我はともかく、望も教えてくれなかった。
ゴールデンウィーク中は紅羽と二人でデートをしたが、何も言っていなかったし、叶一人が知らされていない。
「望!」
「教えたら、兄さんは怒るでしょ。それとも怒らない?」
「怒る!」
「ほら。だから内緒にしておいたの。兄さんに内緒にしたのは熊野実先輩も同じなのに、私だけを怒らないでよ」
「紅羽はいいんだ!」
「差別反対」
望は叶の怒りをのらりくらりとかわし、平然としている。
いつからこうなってしまったのか。最後の暗号を見た時、既に手遅れ感はあったが、妹が変態の仲間入りを果たしてしまった。
「大体、兄さんも悪いから」
「そうね。小坂君が暗号研究部に入部していれば止められたわ」
「僕たちだけを責められてもねえ」
「こいつらは……」
このままではダメだ。紅羽がピンチである。
「分かった、入部する。俺がいなきゃ、紅羽まで変態になりかねない」
「兄さん、私は?」
「お前なんか知らん」
「兄さん……シスコンからロリコンになったんだ。業が深い」
「さすが玲兎の友達ね。類は友を呼ぶわ」
「いやあ、照れるなあ」
本当にどうしてくれようか、この変態どもは。
入部を決意したのは早まったかもしれない。紅羽を退部させる方がよかった。
叶が頭を抱えていると、紅羽も部室にやってくる。
「紅羽、小坂君が入部するらしいわよ」
「本当!? 叶君、入部してくれるの!?」
「やっぱ撤回していいか? 紅羽を退部させたくなってきた」
「ええーっ、一緒に部活しようよ。叶君がいてくれたら、私も嬉しいな」
「ま、まあ、紅羽がそう言うなら」
恋人の頼みとあれば断れない。叶が一緒にいれば、紅羽が道を踏み外すこともないだろう。
こればかりは、面倒と言っていられない。由々しき事態なのだ。
「兄さんが熊野実先輩のお尻に敷かれてる」
「玲兎の友達だからね」
「照れるなあ」
道を踏み外すことはないはずだ。多分。
「さて、小坂君が入部したことだし、早速働いてもらうわよ。暗号解読ゲームを成功させなきゃ」
「働くのはいいが、何をするんだ? 俺は暗号なんか作れないぞ」
「暗号は作らなくていいから、紅羽とイチャイチャしなさい。恋愛成就の謳い文句が嘘じゃないって示すためにね。紅羽も、本番は私たち側にならなくていいから、参加者側に回ってちょうだい。小坂君とイチャイチャしながら暗号を解くの。学校中に見せつけるように」
「学校中に見せつける……私、やる!」
「その意気よ。名前は暗号解読ゲームにする予定だったけど、少し変えるわ。望ちゃん」
「はい、部長!」
望は部室の隅からプラカードを引っ張り出した。でかい文字が書かれたプラカードを。
暗号解読ゲームと愛してる。
実に頭の悪い名前だ。
「これ、独り身の生徒は参加しにくくなるんじゃないか? 同性同士も」
「参加するしないは自由よ。私としては、恋愛に臆病になっている人を後押しできればいいと思っているの。小坂君と紅羽みたいな人をね」
「いいことを言ってるようだが、お節介じゃないか?」
「だから、自由でいいのよ。強制はしないわ。友達同士で参加してもいい。告白のきっかけにしてもいい。身も蓋もないことを言うなら、恋愛を押し出し過ぎると先生方からの苦情がね」
世羅の考えはなんとなく分かった。
学園祭や修学旅行のようなイベントの一つと考えればいい。これらは恋人を作るためのイベントではないが、事実としてカップルが誕生しやすくなっている。
先生から苦情が入った場合は、このように反論するつもりだと思う。
「お節介だな」
「お節介でもなんでも、みんなで楽しめればいいじゃない」
「亜子の言う通りだね。盛り上がっていこう」
「盛り上がっていきましょう!」
三人はやる気十分であり、紅羽は妄想の世界へと旅立っている。
しばらく妄想を満喫した紅羽は、叶の制服を引っ張った。そして一枚の紙を。
『亜子ちゃんみたいに美人じゃない私だけど
玲兎君よりも叶君がいい
悲しみの時も喜びの時も
両手をつないで
ルルルルル
※少しずつステップアップしていければいいね』
「私が作った暗号だよ。解ける?」
「いくらなんでも、ルルルルルはないだろ。言葉が思い浮かばなかったんだな」
「しょうがないんだよ! 叶君なんか嫌い!」
「怒らないでくれって。俺も同じことを思ってるから」
これは、一文字目、二文字目、とつなげていけばいい。「少しずつステップアップ」がヒントだ。
「あ」こ、れ「い」、かな「し」、りょう「て」、ルルルル「ル」。
愛してる。
「ちゃんと言葉にしてよ」
「二人きりの時にな」
世羅たちは、叶と紅羽をニヤニヤしながら見ている。この場では言えないが、愛しているのは確かだ。
おかしな部活に集まった愉快なメンバーたちは、今日も楽しくやっている。




