第三十話
ディティラスと魂の半身の魔法を交わして眠りについたあと、夢を見た。
とても懐かしい夢だった。
まだリディアリアが十歳になったばかりの、ライトニングに引き取られたばかりの頃の夢。
十歳にして両親を戦争で亡くし、その後を追うように戦場へ足を運んだ。けれどサキュバスという種族は戦争には向いていなくて。たまたま通りがかったライトニングというヒーリィに助けてもらったのがディティラスと出会った全ての始まり。
所謂戦争孤児だったリディアリアは、戦争のせいで全てを失い、まるで世界が全て敵のように思えていた。
「リディアリア、行きますよ」
こうして十歳のリディアリアにライトニングが手を差し出すが、その手を取ろうということはしなかった。元々ライトニングが穏やかな性格なこともあり、そんなリディアリアに対して困った顔をするだけで、怒りもしなかった。
「…………」
ライトニングについてきたのは、ただ強くなりたかったから。七貴族としてのライトニングは子どものリディアリアも知るほどに有名な魔族だった。ヒーリィという治癒に特化した魔族なのに、槍の使い手として名を馳せていた。だからライトニングから義娘にならないかといわれたときにチャンスだと思ったのだ。ライトニングを利用すれば、両親の仇も討てるのではないかと。
おそらくそんなリディアリアの思惑なんて、ライトニングにバレバレだったに違いない。けれどライトニングはそんなリディアリアに対して、何もいうことはなかった。
ライトニングとともに、魔王城へやってくると、様々な魔族がリディアリアを興味津々な瞳で見てきた。見目もよく、実力もあり、魔族としての地位も高い。それなのに、ライトニングには奥方がいなかった。そんなライトニングがつれてきた子どもが他の魔族からしたら珍しいのだろう。
注がれる視線を全て無視し、ライトニングのあとをついて歩く。そうして連れてこられたのは魔王と呼ばれる魔族の中で一番偉い男性の部屋だった。
「今日からこちらに私の義娘として魔王城に住むリディアリアです。種族はサキュバス。以後お見知りおきを」
ライトニングに背を押され、仕方なく前へ一歩進む。
前情報として聞かされた情報によると、魔王の名前はディティラス。種族は歴代魔王の中でも多いヴァンパイアとのこと。
さすがに不敬とは思いつつも、その姿をまじまじと見てしまう。漆黒の髪に魔族特有の赤の瞳。
(この魔王が、私の両親を戦争に行かせた魔族)
そう思うと、怒りがふつふつと湧き上がってくる。けれどここでその怒りをぶつけてしまったら、リディアリアはこの場で即処刑をされてしまうだろう。なにせリディアリアは戦争孤児で、目の前にいる男性は魔王。明かな権力の差も実力の差もあるのだから。
視線を逸らすように頭を下げ、ライトニングの元へ戻る。
これがディティラスとの最初の出会いだった。
それから特になにかあったわけでもない。ライトニングの指導の元、仕事の手伝いをしながら、鍛錬をつけてもらっていた。魔王城に住んでいることもあって、ディティラスとは廊下などですれ違うことは何度かあった。
もちろん会話などあるはずもなく、目上の存在であるディティラスに道を譲り頭を下げるのが常だった。
そんな日々が続く中、鍛錬場でライトニングに鍛錬をつけてもらっていると、普段は決して視線を逸らさないライトニングが一瞬、リディアリアではなく、違う方向に視線をやっていることに気がついた。リディアリアがつられるようにその視線の先を辿っていくと、そこにはディティラスがいた。ディティラスはちょうどリディアリアの方を見ていたのか、視線が交わった。リディアリアは慌てて視線を逸らし、目前にいるライトニングとの鍛錬に集中しようと槍を構える。
(っ、なんでここに。ライトニングに用でもあるわけ?)
でもそれにしてはディティラスがライトニングに声をかける様子もないし、その逆も然り。ならばライトニングの義娘であるリディアリアの様子を見に来たのかとも思ったが、その考えはすぐに打ち消す。
(そんなわけ、あるはずがない)
初対面でリディアリアに興味を持った雰囲気もなかった。たかがサキュバスの子ども一人に魔王であるディティラスが興味を持つはずがない。
考えをいくつか挙げてみたが、どれもピンとくるものがなくそのまま消えていった。
「考え事をしながらの鍛錬ですか? 随分と余裕ですね」
「……っ」
心ここに非ず。
ライトニングには鍛錬に意識がないことをしっかりと見破られていた。
振り下ろした槍を簡単に弾かれ、唇を噛みしめる。
(そうだ。こんなことに意識を取られている場合じゃない。しっかりと鍛錬をして、人族に負けないくらい強くならないと)
リディアリアはディティラスがいることを頭の片隅においやり、再び鍛錬に集中した。
あれが偶然ならば、もうディティラスはこないと思っていた。
(なのにどうして……!!)
毎日決まった時間にライトニンと鍛錬をすることは、誰にも隠していないし、隠すようなことでもない。しかしまさか、ディティラスと鍛錬場で視線が合ってから、毎日ディティラスがやってくるとは夢にも思わなかった。
最初はその視線が気になりすぎて、身が入らないこともあったが、なにも邪魔をせずただ見ているだけだったので、すぐに視線を忘れて集中することができた。
 




