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第二十九話

 ライトニング曰く、人族との戦争で両親を失い、戦争孤児となってしまったリディアリアはその恨みから一人両親の敵を討とうと人族の元までいっていたらしい。しかしリディアリアの種族はサキュバス。戦闘向きの種族ではないリディアリアが、人族に敵うはずもなく殺されそうになっていたところを、たまたま同じ戦場で治癒をしていたライトニングが助けたということだ。普通ならば、そのまま孤児院へ預けるが、ライトニングはリディアリアの中に眠る膨大な魔力に気づき、養女として育てることを決意したらしい。

 同じ魔王城に暮らしていれば、それなりに遭遇もする。廊下や中庭など、魔王城の様々なところで出くわした。ライトニングに礼儀を教えられたのか、最初はリディアリアが小さく会釈するだけで、互いに言葉を交わすこともなかった。その時はまだディティラスも関わろうとすら思ってもいなかった。

 けれどある日、鍛錬場でライトニングと二人で鍛錬しているところをたまたま発見した。リディアリアがどれだけライトニングについていけるのか、興味本位で鍛錬を見ていると、中々目を見張るものがあった。人族に殺されそうなほど弱かったと聞いていたのに、己の身長より長い槍を扱って、ライトニングに必死にくらいついていた。対してライトニングは涼しい表情で受け流していたが、たどたどしくあっても決して戦意を失わないで向かい続けるその心意気は立派だと舌を巻いた。

 その日から、ディティラスは一日に一回、決まった時間に鍛錬場を覗くようになった。そんなディティラスに気づいたライトニングはつまらなくはないかと聞いてきたが、そんなことは決してなかった。ディティラスの権力と美貌を目当てにいつも周囲にいる女性たちへ作り笑いをしながら話すより、日々上達していくリディアリアの姿を見る方が、よほど有意義な時間だった。リディアリアもディティラスに気づいていたが、言葉を交わす素振りも見せず、鍛錬をすることの集中をしていた。だから尚のこと興味を持ってしまったのかもしれない。

 ディティラスがこれほど一人の魔族を気に掛けるのは珍しい。だからディティラスがリディアリアに気があるように見えても仕方ない。一人の女性がリディアリアへ嫉妬をし、悪質な悪戯をしたことがあった。ディティラスはそれに眉を潜め助けようとしたが、リディアリアは見事にそれを己の力だけで解決をしてしまった。日頃の鍛錬のおかげでもあるが、その姿を見てさらに興味が惹かれた。

 それから時は経ち、リディアリアが魔王城に来てから二年という月日が経過しようとしていた。その頃にはリディアリアとの会話も増え、時には一緒に鍛錬をすることもあった。この頃にはすでにリディアリアが上級魔族として名を上げており、素直に称賛をした覚えがある。

 魔王城に来た歳から考えて、その時の歳は十二歳といったところだろうか。サキュバスという戦闘に向かない種族であるサキュバスには、月のモノ、または精通しないと魔法を使えないという他の種族にはない制限がある。リディアリアが魔法を使ったところを見たことがないディティラスは、まだ月のモノが来ていないのだろうと判断していた。だから魔法を使わずに純粋に力だけで上級魔族になれたのは、リディアリアの鍛錬の賜物だろうと思った。

 何か褒美としてリディアリアに贈ろうと考えながら、日課の鍛錬場へと足を運ぶ。いつものように鍛錬場で鍛錬をするリディアリアに声をかけようとしたが、それはすぐに驚きへと変わった。

 リディアリアが苦しそうに、鍛錬場で大量の汗を掻きながら腹を抑えていたからだ。近くにいるライトニングはリディアリアに触れようともせず、その姿を冷静な目でずっと見ていた。

 なぜそんなに冷静な目で苦しそうなリディアリアを見ているのか、理解に苦しんだ。だからディティラスはライトニングを押しのけ、リディアリアの背を摩った。

 大丈夫か、そう声をかけたのをよく覚えている。けれど、リディアリアから返ってきたのは大丈夫という返事。明らかに大丈夫ではなさそうなのに、放っておいてとまでいわれてしまった。しかしその言葉を信じられないディティラスは、近くにいたライトニングへ八つ当たりをしてしまった。どうして助けないのか、と。そんなディティラスをライトニングは怒ることもなく、小さな声で理由を教えてくれた。

 月のモノがきてしまったのだと。

 ディティラスはヴァンパイア。血の匂いには敏感な方だ。いわれてみれば、微かに血の匂いがした。ライトニング曰く、月のモノがきてしまったサキュバスや、精通したインキュバスは体内にある魔力を初めて感じ取ることができるという。魔力量が少ないものは発熱ほどで済むのだが、魔力量が多い者は耐え難い苦痛を味わい、稀に魔力の暴走を起こすのだそうだ。現に魔力量が多いリディアリアはその苦痛に苦しんでいるのだという。ならばその苦痛を取り上げてやればいいのだが、その方法は口づけで他者の体内へ魔力を流し込むこと。ライトニングは義理とはいえ父。そしてリディアリアは苦しいからといって、義父であるライトニングへそんなことを頼むような性格の持ち主ではない。かといって口づけをするような仲の魔族もいないのだろう。だからこうして苦しみが落ち着くまで、魔力が暴走してもいいように鍛錬場にいるのだそうだ。

 それを聞いてディティラスは想像してしまった。リディアリアが他の魔族と口づけをする姿を。今までディティラスは年の離れた妹としてリディアリアを見てきたと思っていた。けれど想像をして、腸が煮えくり返るほど想像に嫉妬してしまう自身の心に気づかされてしまったのだ。この少女に異性として惹かれているのだと。目の前にいるリディアリアは二年前よりもずっと大人びて見えた。まだ成長途中で子どもらしい肉付きではあるが、体は徐々に少女から女性に変わりつつある。

 自身の気持ちに気づいてしまったディティラスの行動は早かった。リディアリアに口づけをしてもいいのかと確認したのである。リディアリアは驚きの表情をして見せるが、幾つか言葉を交わして了承の返事をもらった。これがディティラスとリディアリアの初めてのキスだった。リディアリアのたどたどしさは今でもよく覚えている。

 それからリディアリアとの関係性は、鍛錬仲間から恋人として変わった。もちろん変わったといっても、それは二人きりでいるときだけ。ライトニングを義父に持つといっても、魔王であるディティラスと釣り合うには最低でも七貴族に入ることが条件となる。だからリディアリアはさらに鍛錬を重ね、合わせて魔法も習得していった。

 結果、リディアリアは槍の使い手としてライトニングに一人前と認められ、さらには種族魔法だけではなく固有魔法も使えるようになっていた。そのせいか成人する前には戦争に参加することを余技なくされてしまっていた。最初こそディティラスはリディアリアが戦争に参加することを反対した。戦場は決して安全なところではない。常に危険が伴う場所だからだ。大切な恋人であるリディアリアが心配でたまらなかった。けれどリディアリアが申し訳なさそうにいったのだ。自分は戦場に出るために力をつけたのだと。

 そこでリディアリアに初めて出会った時のことを思い出した。怪我を負った獣のような瞳。リディアリアがあのような瞳をしていたのは両親を人族に殺されたから。ライトニングと出会ったのは両親の敵を討とうと向かった戦場だ。

 ディティラスの一存では止められない。それを分かってしまった。言葉を失うディティラスに、リディアリアは恥ずかしそうに、頬へキスをしてきた。両親を殺した人族を恨んでいるが、人族全体を恨んでいるわけではないと。だから魔族と人族のために戦争を止めたいのだと話してくれた。

 そんなリディアリアの想いを無駄にはしたくなかった。だからリディアリアに一つお願いをした。どんなことをしてでも、最後には必ずディティラスの元へ帰ってきてほしい、と。リディアリアはそれに頷き、その約束通り何度もディティラスの元へ帰ってきてくれた。

 七貴族の一員となって一週間後、固有魔法を使って長い眠りにつくまでは。

 あのときの胸の苦しみは一生忘れることはないだろう。

 閉じていた瞼を開け、その瞳にリディアリアを映し出す。

「眠りが覚めたら、結婚しよう。ずっと、待っている。愛しているよ、リディ」

 返事はなかった。けれどそれでも構わなかった。

 リディアリアの前髪をそっとよけ、その額にキスを落とした。

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