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第二十七話

「眠りましたか?」

 ライトニングが少しでも苦痛を和らげるために、ディティラスが魔法を使用しているとき、ずっと治癒の魔法をかけているのは知っていた。それでもリディアリアの体力はすでに尽きかけており、魔核を失った状態だった。十年とはいわないが、再び長い眠りにつくことになるだろう。くせ毛である桃色の髪を撫でながら、愛おしいリディアリアを見つめた。

 瞼は閉じられ、その可愛らしい口から己の名を呼ぶ声がこれから長い間聞けないのは、正直辛いものがある。それでも生きているのだと、繋がっているのだと、魂の半身となった今は、どうにか平静を保つことができた。

 リディアリアが負った脇腹の傷を一瞥すれば、傷跡もなく綺麗に塞がっていた。いくらヒーリィで七貴族の名を持っているとはいえ、魔物を魔族に戻したあとの治療だ。それを完璧にやってのけるのだから、大したものだと舌を巻く。

 ライトニングも傷が完全に癒えたと確信を持ったあと、その手をリディアリアから離していく。しかしリディアリアを見つめる瞳は悲しみに揺れていた。

「ディティラス様」

「なんだ」

「申し訳ございません」

 ライトニングが謝る理由はなんとなくわかっている。ディティラスへ送った手紙の内容についてだ。ずっと地面へ寝かせておくわけにはいかないと、子ども姿のリディアリアを片腕で抱きながら、懐から手紙を出した。

「これのことなら謝る必要はない」

 手紙をもらったのは、リディアリアたちが出発したその日の午後。ライトニングの部下から受け取った。訝しげに思いながらも、その手紙を読んでみれば、リディアリアのことが書いてあったのだ。何度も読み返したせいで、その内容は一言一句違えることなくいうことできる。

「ライトニングが知らせてくれて助かった。そのおかげでリディを助けられたのだからな」

 手紙の内容を要約すると、リディアリアは十年前の戦争で魔核を酷使したせいで余命は半年ほど。延命するにはヴァンパイアの種族魔法を使うしかないが、リディアリアが拒否をした。しかしその代わりの案として、魔物を魔族に変えることができたら、リディアリアの魔核も取り換えることができれば延命できるのではないかと今回の魔物討伐に志願した、とそう書かれていた。

 最初は信じることができなかった。けれど何度も読み返し、リディアリアの現状とライトニングの性格を考えて、それが事実なのだと結論づけた。

「リディの為ならば、たとえ危険があろうとも魔法を使うことになんの躊躇いはない」

 リディアリアが無事に帰ってきて、魔物を魔族に変えることに成功しても成功しなくとも。リディアリアが止めたとしても、ディティラスは躊躇いなくやってのけるだろう。

 討伐にはライトニングもいる。だから帰ってきたあとにでも魔法を使おうと思っていた。けれどそれはすぐにやめにした。

 ディティラスの心の中である疑問が出てきたからだ。

 もし、リディアリアの魔核がライトニングの予想よりも早く限界を迎えてしまったら?

 そう想像し、血の気が引いた。

 この十年間のことを思い出してしまったからだ。リディアリアが目を覚めるまで、なにをしても楽しくなかった。どんなことが起ころうとも、感情が揺れ動くことがなかった。まるで壊れてしまったかのように。

 だからこうして追いかけたのだ。急ぎの仕事を全て終わらせ、リディアリアが討伐に向かったその日の夜に、ディティラスもウルフであるグレイストを伴って魔王城をあとにした。グレイストはいきなりのことにも関わらず、なにも理由を聞かずに背に乗せてくれた。こうしてリディアリアの窮地に間に合うことができたのも、休憩を最小限にしてとにかく目的地へたどり着くことを優先してくれたグレイストのおかげだ。

 リディアリアから視線を外して、周囲を見渡せば、ライトニングとルナ、ルナ、スノウマリー、グレイストが心配そうにディティラスたちを見ていた。ルナの背にはまだ幼い少女が目を閉じた状態で、おぶさっていた。おそらくこの少女が魔物だった魔族なのだろう。

「皆の者、感謝する」

 ディティラスが小さくではあるが、頭を下げれば、各々慌てたように顔を上げてくださいといってきた。そんな彼らに苦笑し、頭を上げると最初にライトニングへ顔を向けた。

「ライトニング、お前のおかげでリディアリアをこうして救うことができた」

「いえ、私はディティラス様。貴方様より義娘であるリディアリアを優先させてしまったのです。ですから、感謝など不要です。むしろ相応の罰が必要かと。私は魔王である貴方様を危険に晒したのですから」

 ライトニングらしいと思う。謝罪を口にするものの、その表情に後悔は何一つない。

 おそらくディティラスとリディアリアを天秤にかけたのだろう。普段ならば見逃せないものではある。なにせ魔王よりも自身の義娘を優先したのだから。それでもディティラスは責める気にはなれなかった。

「これは俺が望んで行ったこと。ライトニングが気にすることではない。むしろ感謝しているくらいだ」

 もしライトニングがディティラスへ知らせることなく、リディアリアの命が失われていたとしたら。そう考えただけでぞっとする。

 次いでルナとグレイストに視線を向けた。

「ルナ、リディアリアにずっと付いてくれていたこと、感謝する。目を覚ましても、また傍にいてやってほしい。グレイスト、此度は酷使させてすまなかったな。だがお前のおかげでリディアリアを救うことができた。ありがとう」

「いえ。リディアリア様の怪我は、私の責任でもあります。リディアリア様が目覚めたとき、次こそ必ずやお傍でお守りしてみせます」

「気にしないでください。リディアリア様の窮地に間に合ってよかったです。ですが、今回の事の顛末、あとで事情の説明をお願いします。同じ七貴族として、今後助けられることがあれば、助けたいんです」

 二人の真っすぐな視線が、ディティラスに向けられる。けれど二人の想いは、腕の中にいるリディアリアへ向けられたもの。自身へ向けられた想いではなくても、リディアリアを支えてくれる魔族がいることがとても心強かった。

「もちろんだ」

 二人へ力強く頷くと、ルナのすぐ後ろへ控えているスノウマリーの名を呼んだ。スノウマリーは肩をびくりと震わせ、その場へ跪く。

「どうか、妹の命だけは……!!」

「魔物になったのはお前の妹か」

「はい。スノウリリィと申します。リディアリア様たちに助けていただきました」

 声が、体が、震えていた。この場で問い詰めるような真似はしたくなかった。ライトニングたちが拘束をしていないという現状が、悪いことはなにもしていないという証拠になるからだ。

 しかし討伐に編成されていないスノウマリーがこの場にいるのは些か不自然すぎる。状況が分からない今、適切な判断をするには知っている者に尋ねるしか方法はない。意識を失った地べたに転がる人族と関わりがあるのなら、それ相応の処罰を魔王の名の元、与えなければならないからだ。

「ライトニング、状況の説明を」

「はい」

 そこでディティラスは、ライトニングに説明を求めた。本人に聞くよりも、的確に情報を得ることができると判断したからだ。それにリディアリアが関わっているとしても、私情を入れずに説明をしてくれるのだろう。ライトニングとはそういう男だ。




「なるほど、そういうことか」

 ライトニングの説明を聞き終えると、スノウマリーは顔色を悪くしていた。

 これまでのスノウマリーの態度や、経緯にいろいろと納得できるものがあった。

「スノウマリー。お前に罰を与えよう」

「はい……」

「これから先、リディ……リディアリアへ忠誠を誓え」

「…………え?」

 牢に入れられることや、処刑されることを覚悟していたのだろう。スノウマリーは、目を丸くして口をポカンと開けていた。

「リディが助けた者を、乱暴に扱うつもりはない。もちろんお前の妹も、だ」

 リディアリアを優しく見つめながら、その柔らかな頬を撫でる。

 リディアリアが小さいころからずっと傍にいたのだ。リディアリアのしたいことなら、大体はわかるつもりでいる。

「リディは妹であるスノウリリィを助けたのだろう? しかも最後は比較的好意的だったという。ならばリディの侍女として傍でずっと支えていてやってほしい」

 すでに七貴族【色欲】や魔王の妃としての地位は獲得しているが、それは公になっていない地位。そしてこうして二度も長い眠りの中にいるのだから、その地位を脅かす者も今後は現れてくるだろう。

「リディは戦場にずっといたから、信頼できる友人が少ないんだ。だからスノウマリー、君たちにそれを頼みたい」

 友人は頼んでできるものではない。けれどスノウマリーならば、リディアリアの友人になれる気がした。

 スノウマリーは逡巡したのちに、その場で深く頭を下げた。

「こんな私でよろしいのですか?」

「ああ。まあ最も、それは最終的に決めるのはリディだがな」

「わかりましたわ。その罰、妹共々謹んでお受けいたします」

 その言葉に、リディアリアと初対面を果たしたときのような棘はなく、どこか敬意のこもった言葉のような気がした。

 意識を失ったリディアリアを両腕でしっかり抱きかかえると、獣化したグレイストに跨った。

「ゆっくりでいい。リディアリアをこのまま魔王城へ連れ帰る」

「御意」

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