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第二十二話

 パリンと氷特有の割れる音が、豪快に森中に響き渡る。氷の欠片がパラパラと地面に落ちていった。目の前にいる魔物がいなければ感動できるような、綺麗な光景だった。しかし今はその光景に見とれている暇はない。なにせ目の前には魔物がいるのだから。

 魔物は元魔族とは思えないほど、野太く大きな声で咆哮をあげた。声の音量が大きすぎるせいで、地面が揺れるほどだった。近くにいた鳥たちは一斉に羽ばたき、どこか遠くへ飛んでいく。その羽音が妙に耳へ残った。

「スノウリリィ……」

 近くにいたスノウマリーが心配そうにスノウリリィの名前を呟くが、その呟きがスノウリリィに届くことはなかった。

 元はスノウという種族だというのに、種族の特徴である白さがどこにも見当たらない。ただ他の魔物と同じように、黒い靄をまとった醜い姿へと変化してしまっていた。そんな姿を見ても、スノウリリィだと、自身の妹だとはっきりいえるほどにスノウリリィを妹として、家族として愛していたのだろう。

 その想い応えたい。気付けば、スノウリリィの魔核を指先で布越しに触っていた。

(だから、まずはこの魔核をスノウリリィに返さないと)

 返すには、まずスノウリリィを拘束して、魔核があった部分にライトニングの魔法で戻してもらう必要がある。

(ちょっと痛いけど、我慢してね)

 魔物になったスノウリリィに痛覚や記憶があるのかは不明だ。けれど致命傷にならないギリギリの傷を与えていかなければ、魔物を捕らえるのは正直難しい。

 殺すことと捕獲すること。どちらが難しいかと言われれば、後者一択だ。殺すのに手加減はいらないからなにも考えずに全力で挑めばいいのに比べて、捕獲となると相手の攻撃を躱しながら致命傷にならない傷をその時その時で考えて行動し、与えていかなくてはならないからだ。

 傷はあとでライトニングが魔法で治してくれる。だからある程度の傷は与えても大丈夫なはずだ。そうリディアリアは判断すると、大地を踏みしめて一気に魔物の元へ駆け寄った。

 魔物はすぐに自身の元へ駆け寄ってくるリディアリアに気づき、戦闘態勢をとる。魔物にわかりやすいよう、大きく槍を振り上げれば、魔物は攻撃される前に槍を弾き返そうと、自身の周囲を覆う靄を使ってリディアリアを襲ってきた。

(よし、つられた!!)

 魔物の攻撃は単純明快。元がどんな魔族だったとしても、その種族の魔法を使うことはない。それは魔法を発動させる魔核が体内に存在しないからだ。だから自身を覆う靄を魔法変わりに攻撃へ使うことが多い。

 これだけなら誰でも対処できそうだが、問題はこの黒い靄にあった。黒い靄は魔物の体内に残っていた魔力そのものが具現化したものである。だから魔物の思った通りに動くのだ。攻撃を弾き飛ばしたいと思ったなら鋭利で硬質な靄に。攻撃をしてくる者を拘束したいと思ったら、弾力はあるが決して千切れない縄のような靄に。

 今回はリディアリアが元々狙っていたように、黒い靄は鋭利で硬質な靄へと変化をした。槍が靄と衝突すると、鈍い音が森に響く。

「っ、やっぱ硬いなぁ」

 力を結構入れてみるが、それでもびくともしない。想定内のこととはいえ、毎度硬質な靄には目を見張るものがある。ただ久々に強敵と戦うからなのか、リディアリアの顔には自然と笑みが浮かび上がっていた。

 黒い靄はリディアリアの攻撃を完全に防ぐと、硬質な靄から縄のような靄へと質を変化させた。このままリディアリアを捕らえるつもりなのだろう。

「もちろん捕まる気はないけどね!」

 槍を弾き返された反動を利用して、槍を持ったまま空中で一回転する。身軽だからこその動きだった。この体も捨てたものではない、と考えながらトンと軽い足音を立てながら着地する。

 リディアリアを捕まえ損ねた黒い靄は、リディアリアを追撃してきた。それを躱そうと思えば躱せたが、リディアリアは敢えて躱そうとは思わなかった。リディアリアと魔物の合間に双剣を持ったルナが入り込んできたからだ。双剣は色んな方向からくる攻撃に対しては相性のいい得物だ。だからこそこのタイミングで入ってきたのだろう。

 《主従(マスター)》の魔法をリディアリアと交わしているルナの今の状態は、ウルフの優れている身体能力がさらに向上していてリディアリアの何倍も素早く動くことができ、攻撃も重い。そんなルナが合間に入ったのなら、ここで避ける必要性はない。そう判断した。むしろルナが作ってくれた隙を生かして、攻撃を仕掛けるべきだろう。

 黒い縄のような靄を双剣で相手するルナの背後から、隙を縫って前へと出る。リディアリアを咄嗟に追おうとするが、ルナがさせるはずもない。全面的にルナを信頼しているリディアリアは、避けることもせずただ魔物を目指した。

 黒い靄がリディアリアに当たらないことを知ると、魔物本体が直接リディアリアを迎え撃つ運びとなった。

(うん、いい調子)

 魔物が驚異的な強さを持つ一番の原因は、黒い靄にある。これは魔核を通して体に流れる魔力の量が多ければ多いほど、強さは増していくからだ。スノウリリィも魔力量が多い方なのか、黒い靄は中々の強さだ。

 けれど逆にいえば、魔物本体はそうでもない。それは魔物本体の元が魔族だからだ。魔力が黒い靄となって外に出ている時、本体は魔力がほぼ空の状態となっている。魔力を製造する魔核がないからだ。だから魔物本体の強さは、魔物となった元魔族の身体能力の強さに比例してくる。

 これがもしウルフのように魔法で体を強化したりして攻撃をする魔族ならば、多少苦戦することもある。しかしスノウのように魔法で直接相手を攻撃する魔族ならば、リディアリア程度の強さがあれば一人でも倒せることができる。まあ、前提で黒い靄をどうにかしなければならないというのがあるのだが。

 そんなことをつらつらと考えながら、ライトニングが今いる位置を確認する。ライトニングは魔物のすぐ後ろに回りこんでいた。リディアリアが最初に目立つように動いたおかげで、ライトニングから目を逸らすことに成功したらしい。気配を完全に絶ってリディアリアと同じ得物、槍を構えるその姿は、まるでおとぎ話に出てくる忍者のようだ。

 ライトニングもリディアリアが自身の存在に気づいたことに、気づいたらしい。リディアリアに合図を送ってきた。その合図に小さく首肯すると、さらに走るスピードを速めた。

 黒い靄はルナが全て対処してくれている。ライトニングには気づいていないし、絶好のチャンスだ。

 魔物の懐まで潜りこむと、槍でその胴体を薙ぎ払った。魔物の胴体に大きな傷が一つつく。もちろんアストの時のように手首を切断するような力を込めていないので、体が真っ二つになることはない。それでもその傷は表面だけでなく、ある程度の深さがある傷となっていた。

 魔物は痛みを感じたのか、大きな声を上げて、口から涎をだらだらと零す。隙が出来たタイミングを見計らって、次は真後ろにいたライトニングが両足を膝下から切断した。ライトニングよりも先に両足を切断してもよかったのだが、相手は魔物。油断は禁物だ。ライトニングという味方がいる以上、危険はなるべく減らした方がいい。そのためにライトニングが背後に回ってくれていたのだから。

 リディアリアの師をしていただけあって、その槍は目にも止まらぬ速さだった。

 両足を切断された魔物は、意識が腹の傷に向いていたこともあって、足が切断されたことに気づいていなかった。しかし視線が低く、そして体が地面へと傾くことに疑問を持ち、下を見てようやく足がないことに気づく。魔物はこれまでにない以上に声を上げた。

 耳をつんざくような声に、思わず顔を歪めてしまう。槍を地面へ置いて両耳を塞ぎたい衝動に駆られたが、必死に我慢をする。戦闘中に隙を見せるわけにはいかないからだ。

 鼓膜がやられたのか、声のボリュームが下がっても、キーンと耳鳴りがしていた。先程まで風の音や葉が擦れ合う音までしっかりと聞こえていたはずなのに、耳鳴りをしているせいで小さい音は聞こえなくなってしまっていた。

(でもこれくらないなら)

 戦闘に支障はでないはず。そう判断して、地響きを立てながら地面へ倒れた魔物に近寄った。両足を切断されているとはいえ、まだ両手がある。リディアリアとライトニングは互いに視線を交わせると、ライトニングは右手を、リディアリアは左手を槍で貫通させ、地面へと深く突き刺した。

 これで粗方魔物の動きは封じられた。ルナが黒い靄を相手してくれているうちに、早く事を進めた方がいい。

「ライトニング、これを」

 リディアリアは上着のポケットから、魔核を包んだハンカチごと渡した。ライトニングは魔核を大事に受け取ると、ぽっかりと空いた魔核があった部分に乗せ、両手を魔核の上へ被せる。

「《治癒(ヒーリング)》」

 そして、ライトニングの魔法による治療が始まった。

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