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第二十一話

 スノウマリーの案内の元、リディアリアたちは国境近くの森を歩み進んだ。ただ、スノウリリィの元までは距離があるらしく、道中気になっていたことをリディアリアは聞いて見せることにした。

「ねぇ、スノウマリー。貴女本当に魔王の妃になりたいの?」

 歯に衣着せぬ、率直な質問だった。その質問に、泣いたせいで目下が赤くなっているスノウマリーは、リディアリアを一瞥してまた前を見た。

「なりたいわ。スノウリリィのためにも、私は妃にならなくてはいけないの」

「スノウリリィのため? ディティラスが好きなんじゃなくて?」

「ディティラス様は素敵なお方よ。でも、恋愛対象として見ることはできないわ。だって、恐怖しか感じないんですもの」

「恐怖?」

 リディアリアは首を傾げた。ディティラスのどこに恐怖を感じるものがあるのだろうか。

 仕事もでき、身体能力も高く、容姿端麗で優しい。そして魔族の中でもトップに立つ魔王でもある。だから昔は適齢期に入った魔族の女性がたくさん群がっていた。素敵な要素しかないのに、なぜスノウマリーは恐怖しか感じないのだろうか。

「肩書に見合うだけの仕事ができ、騎士と試合をしても負けなしの身体能力。これだけ見れば完璧なお方よ。でも容姿端麗なのにどんなお話をしても無表情、どんな物事も興味がないのか淡々と事を進める姿は恐怖でしかないわ」

(ディティラスが無表情? 淡々と物事を進める? そんなディティ、私は知らない……)

 リディアリアの知るディティラスはそんな魔族ではない。面白いことがあれば笑うし、楽しいことがあれば、進んで一緒にやってくれる。決して無表情でも、他事に興味が沸かない魔族ではない。

 魔族違いなのでは、と思った。しかし魔王であるディティラスを間違えるなんてマネ、スノウマリーがするはずがない。ならばとライトニングとルナへ聞くことにした。二人ともディティラスのことをよく知っている。二人に聞けば確実だろう。

「ライトニング、ルナ。違うよね? ディティは表情豊かで、淡々と物事を進める魔族ではないよね?」

 疑問形ではあるが、確信を持った質問だった。二人ならば首を縦に振ってくれるであろうと信じて。

 けれど返ってきたのは、否。

 二人とも縦ではなく、横に首を振った。そしてその表情にはどこか痛ましげなものがあった。

「リディアリア様が深い眠りについたあと、ディティラス様は変わられました。戦争が終結し、目を覚まさないリディアリア様を抱きかかえて戻ってきたディティラス様は涙を流しておられました。そして……それが最後の表情でもありました」

 呼吸は辛うじてしているものの、固く閉ざされた瞼は開くことなく、その唇からは慣れ親しんだ声も発せられない。そんなリディアリアを大事に抱え、ディティラスは戦争から戻ってきたという。そしてリディアリアをベッドへ寝かせると、表情と感情を戦場へ置いてきてしまったかのように戦争の後始末を取り組んだらしい。その姿は鬼気迫るものがあったといいう。

「嘘……」

 到底信じられない話に、つい口をポカンと開けてしまう。

「それだけ大事だったのですよ。リディアリア、貴女のことがね。もしあのままリディアリアが息を引き取っていたら、自決していたかも知れません」

 リディアリアがあのまま静かに息を引き取るか、それとも長い眠りののち目覚めるのか。そればかりは誰にもわからなかったという。幸いリディアリアの息が止まることなく、心臓も動き続けたおかげで、目覚めることを切望したディティラスは、リディアリアに再び会うためだけに生き続けてきた。

 それでもリディアリアにいない生活に、感情と表情を失った。表情豊かなディティラスを知らない魔族たちは、そんなディティラスに恐怖しか覚えなかったらしい。その一人がスノウマリーであり、現在のディティラスに女性たちが群がらない理由でもあった。

 知らなかった。深い眠りについていたとはいえ、リディアリアがずっとディティラスを傷つけ続けていたのには変わりない。

「帰ったら、謝らないと」

「そうですね」

 十年も眠り続け、余命半年になった体になったとしても、魔法を使ったことに後悔はない。でもディティラスをそこまで傷つけてしまっていたなんて、考えてもみなかった。複雑な表情をするリディアリアにライトニングは優しく同意をし、頭を一撫でしてくれた。

 話が脱線してしまったこともあって、リディアリアが元の話に戻すと、スノウマリーはなぜ妃になろうかを素直に話してくれた。

「私と違って、妹は半人半魔。人族と魔族、互いの国への行き来も増えたので、半人半魔もいないことはないわ。ですが、それでも半人半魔は稀な存在に変わりありませんの。そして年を重ねた魔族からしたら、中途半端な存在は余計に目をつくのですわ。だから半人半魔の妹を持つ私が妃になれば、妹の立場ももう少しよくなるのでは、と思いましたの」

 スノウマリーの顔に深い皺が刻み込まれる。

(そういうことか……)

 長いこと人族と魔族は戦争をしてきた。だから戦争が終わった今でも、人族を嫌う魔族や、魔族を嫌う人族は少なからず存在する。特にスノウは山奥の氷に囲まれた場所に好んで住む。そういう閉鎖的な考えを持つ魔族が多くいたのだろう。

 怖くとも妹のために。その想いだけで、なれるかもわからない妃になろうとし、リディアリアを蹴落とそうと必死になっていた。あの表情は嫉妬ではなく、必死の形相だったのだと今になってわかる。

 なんだか喧嘩を買おうとした自身が恥ずかしくなってきた。

 最初の印象はだんだんと変化を見せ、今では妹を大切にする素敵な姉にしか見えない。礼儀などを差し引いても、印象を変化させるには十分の話だった。

 話をしているうちに、スノウリリィの元へ辿り着いたのだろう。

 スノウマリーは森の中にひっそり存在していた岩を指さした。一見、なんの変哲もないただの大きな岩。

(けど、近づいてよくみればわかる。あれがただの岩じゃないってことは)

 ごつごつした岩を集中してよくみれば、そこにはおかしな点が一つあった。岩の一部が太陽の光を浴びて反射していたのだ。

「あの岩の一部に偽装して、スノウマリーを隠してありますわ」

 スノウは氷系統の魔法を使用する。詳しくは実際に使用している姿を見たことがないのでわからないが、その魔法で凍らせて、岩と同化させることによって偽装をしたのだろう。

 たしかに氷で閉じ込めてしまえば、魔物も身動きが取れなくなる。けれどそれはずっと持つものではない。魔法は同じ種族魔法でも使う者によって、威力は変化する。スノウマリーは上級魔族といっても、まだ年若い。数か所ヒビ割れているが、それでもここまで持っただけ上出来というべきだろう。

「スノウマリー、魔法を解いていいよ。ただ解いた後はすぐに隠れること」

 遠くへ離れて、と指示をしないのは、目が届かない位置ではもしものことがあった場合に助けることができないからだ。近くにいれば、魔物をそちらへ行かせないこともできるし、いざというとき助けにいくことができる。それでも近すぎてしまえば攻撃の邪魔にもなってしまう恐れがあるため、遠すぎず近すぎないニキロほど先のところへ隠れてもらう手筈となっている。

 ルナから再び槍を受け取り、構えをとる。ライトニングもルナも同じく、己の得物を手に、魔物がどう動いても対処できるよう見据えていた。

「……わかりましたわ」

 リディアリアたち三人の姿を順に見て、スノウマリーは大きく深呼吸をした。

「……氷解せよ」

 魔物を覆っていた氷が徐々に脆くなっていき、中から魔物が出ようとする動きによって、幾つもの亀裂が音を立てて入っていく。最初は小さなものでも、亀裂がどんどん大きくなり、他の亀裂と繋がっていくことによって氷が砕けることとなった。

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