第十八話
現場が近づくにつれ、血の臭いが濃くなっていく。大量の血が草花に付着しており、冷たくなった動物の死骸があちらこちらに転がっていた。それを横目にルナの後を追っていくと、だんだんと女性と男性の言い争う声がリディアリアにも聞こえるようになってきた。
ルナに止まるよう指示され、相手から見えないように木々の中へ身を隠す。そして息を殺しながら、相手の様子を窺うためにこっそりと木々の間から視線をやると、そこには思いもよらぬ姿があった。
男性の方は見覚えがなかったが、この場にそぐわない華美な恰好をしている女性には見覚えがある。
(スノウマリー?)
そう、そこにはスノウマリーの姿があった。
二人はリディアリアたち三人が近くにいることに気づかず、話をし続けていた。
「アスト、これはどういうことなの? こんなこと私は聞いてないわ」
男性の名前はアスト、というらしい。スノウマリーはアストに胸元を掴み抗議をしているようだった。対してアストはそれを鬱陶しそうに払いのけると、服を整える。アストの顔は背を向けているせいで瞳の色がわからず、魔族なのか人族なのか判別できない。けれど次のスノウマリーの言葉でアストが人族であることが判明した。
「アストいったじゃない。半人半魔の妹が完全な魔族になるには一度魔核を取り出す必要があるって。だから私は……」
(半人半魔? スノウマリーの妹が?)
戦争が終結した今、人族と魔族、互いの国への行き来も増えてきた。だから十歳以下の半人半魔もいないことはないという。それでも半人半魔は稀な存在だ。リディアリアも深い眠りから目覚めてから、一度も出会ったことがない。
そんな稀な存在がスノウマリーの妹なのか。
リディアリアはスノウマリーに対して、良い感情を持ったことがなかった。初対面では飾りの妃だと馬鹿にされ、新人騎士と試合をしたあとに弱みを知っているかのように探してきたからだ。
だというのに、今のスノウマリーは違う。妹のために必死になっていた。
「どういうこと?」
リディアリアを見下し、鬼の形相で探したスノウマリーは一体なんだったのか。
スノウマリーを観察していると、ルナがスノウマリーたちに聞こえない小さな声で耳打ちしてきた。
「リディアリア様、少しよろしいですか?」
コクリと頷くリディアリアに、ルナが事情を説明してくれた。
「スノウマリーにはスノウリリィという八歳になる異母妹がいます。スノウマリーの母親は十三年前に戦争で亡くなり、今の義母は戦争で怪我をしていたところをスノウマリーが保護、その後父親と結婚しスノウリリィが生まれたらしいのです」
にわかには信じられない話に、目を丸くする。
(あのスノウマリーが……?)
リディアリアが知るスノウマリーとは別人物のようだ。
「魔王城に働きに来たときにはすでにあの態度でしたので、誰もこのような過去があるとは思わなかったでしょうね。私もスノウマリーがリディアリア様に突っかかってくるまで調べもみませんでしたし……」
スノウマリーがあのような態度をとるのには何か理由でもあるのだろうか。
そんなことを考えていると、スノウマリーが男性に思い切り突き飛ばされているのが目に入った。
「俺ァ、そんなこといった覚えはねぇなあ。たとえいったとしても、そりゃあ騙されたお前さんが悪ィ」
「いったわ! だから私はスノウリリィをここに連れてきたのよ!!」
華美なドレスが土や血に塗れようと、気にせずアストに食いつくその姿は、どうみても妹を想う姉の姿だった。
「義母様のお兄様だから、私は信じたのよ。なのに妹が魔物になるだなんて……」
(つまり人族の伯父に騙されて、妹の魔核を奪われ、魔物にされてしまったということ?)
それはあまりにも残酷な話だ
成人した魔族なら誰もが知っている常識。それを二十歳のスノウマリーが知らなかったのは、まだ成人をしてそれほど日にちが経っていないからなのだろう。もう少しアストが話を持ち掛けるのが遅ければ、見抜ける嘘だった。けれどそれができなかったのは、アストが未成年は魔物が実は元魔族なのだと知らない、という情報を知っていたからなのかもしれない。
ふつふつと、心に怒りが沸き上がる。
(こんなことっ、あんまりだ!)
正直、スノウマリーのことは好きでもない。けれどそれとこれとは別の話。
魔族は実族よりもかなり出生率が低い。その分、何よりも同族を大切にする。その同族を魔物に変えられたとあっては、怒りが沸かない方が無理だろう。
「リディアリア、抑えなさい」
沸点が低く、喧嘩早い。そんなリディアリアの性格を熟知しているライトニングが、注意を促す。一度はライトニングの言葉を聞いて、気持ちを落ち着けようと思ったが、次のアストの言葉を聞いて気が変わってしまった。
「まあ俺ァ、大満足だぜ? なんせ、滅多に手に入らねえ魔核が、こうも簡単に手に入っちまったんだからなァ? これで一生遊んで暮らせる」
その手元には赤い宝石のような物が握られていた。血のように真っ赤で、思わず魅入ってしまうくらい、綺麗な輝きを放つそれは、魔族の大切な魔核だった。
「返して、それは妹のよ!!」
「いんや、これは俺ンのだ。欲しいンなら、力づくで取り返すこったな!」
「なっ」
「こんな危ないところにわざわざ話を来てやったんだ。土産ももらわねぇと、なっ!!」
アストはそういうやいなや、持っていた短剣を抜き、スノウマリーに襲い掛かった。明らかに命を狙った行為。土産というのだから、話し合いする気もなくスノウマリーの魔核を狙ってわざわざ来たのだろう。
(本当に最低)
スノウマリーは地面に尻をついて、反撃もままならない状態。
それを見て見ぬフリなんてできそうになかった。
「ごめん」
リディアリアは一言置いて残すと、その場から投げナイフを放った。




