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第十五話

 ライトニングと入れ替わりでルナが入ってくるが、ソファに座って頭を下げたまま動かないリディアリアに心配そうに声をかけてくる。

「ごめん、なんでもないから。だから心配しないで」

 ルナに笑った顔を今は見せることができない。だから俯いたまま話かけた。

「そうですか。では、落ち着くまで私は外に出ていますね。用事がありましたら、お呼びください」

 涙声にも関わらず、気づかないふりをして普段通り接してくれるルナに、涙が止まらなくなる。すっかり冷めてしまった紅茶を温かい紅茶へ変えると、ルナは礼をして部屋の外へ出て行った。

 静かになった部屋で、涙を拭いながらリディアリアは必死になって考えを巡らせた。

(他の、他の方法を考えないと……)

 ディティラスを危険にはさらしたくない。大好きな人だからこそ、生きていてほしい。

 だからこそ十年前の戦争の時、リディアリアは自身の身を投じたのだ。

 でも心が揺れ動いていた。

(もし成功すれば、ディティラスとずっと一緒にいられる)

 成功すれば、の話。

 成功しなければ、二人とも死ぬ。

 生にしがみつきたいリディアリアの心が訴えかけてくる。

 ディティラスと生きたい。ディティラスともっと色んなことをしたい、と。

「でも、駄目だよ。絶対に駄目。誰も危険にさらさないきちんとした方法を見つけないと」

 拭っても拭っても、涙は止まってはくれなかった。

 これほどまで泣いたのは深い眠りから目覚めて初めてのことだった。

 ここで弱音の一つでも吐けるのならば、どれほど楽になるだろう。ディティラスやルナに打ち明けられたら、どれほど心が楽になるのだろう。悪魔がリディアリアの耳に囁いてくる。

「駄目、絶対に駄目」

 悪魔の囁きには絶対に乗ってはいけない。

 自身の心を叱咤して、その誘惑に封をする。

「まだ時間はある。泣くのは魔核を治す方法が見つからなかったときで十分だ」

 リディアリアは自身の両頬を両手で叩いた。

「こんな時こそ、前を向いて笑わないと。じゃないと、魔王の妃なんてやってられないもんね!」

 思考を無理矢理明るい方向へ持っていく。

「よし。今は仕事をしよう」

 ルナが入れなおしてくれた紅茶を一息に飲むと、リディアリアは仕事机へと向かった。

 それから仕事に打ち込むこと数日。

 最低でも六日は元の姿に戻ることを禁止されていたこともあって、リディアリアは書類をひたすら片付けていた。当初は何かを忘れまいとするリディアリアをディティラスやルナが心配してくれていたが、適度に休憩を取ったり、昼食や夕食などはディティラスとともに取っていたこともあって、心配はすぐに和らいだようだ。それでもディティラスには、無理をしないようにと小言をもらってしまったが。

(でも、今は自分にできることをきちんとしないと)

 何事もきちんと前向きにとらえることが重要だ。そうしないと前へ進めない。

 書類仕事でもそうなのだから、魔核を治すことだって同じことだ。

 そうして、今自分にできることを一つずつ片づけていく。仕事をしている間は集中しているせいか、どこか心が軽く感じた。

 そして明日に元の姿へ戻る日を迎えた今日。

 いつものように仕事をし続けていると、ふと一枚の報告書が目についた。

「これは……」

 その内容というのが、魔物が人族の国と魔族の国の国境で発生したというもの。討伐に七貴族の力が欲しいと書いてあった。

 魔物。それは魔族と人族共通の、倒さなければいけない生き物だ。真っ黒な醜い体を持ち、その体を守るように周囲には黒い靄が漂っている。強さは個体それぞれだが、今回発見されたのは七貴族の力が必要なほど強大な魔物ということだろう。

「魔物が生まれたということは、また……」

 魔物は自然に生まれるものではなく、あることが原因で生み出される。それを知っているリディアリアは唇を噛みしめた。しかしそれと同時にある一つの閃きが脳内に落ちてきた。

「あ…………」

 外道ではあるが、もしかしたらリディアリアが助かる道。その方法を閃いてしまったのだ。

 おそらくライトニングには反対されるだろうが、戦争が終わった今、魔物の存在は少なくなってきている。このチャンスを逃せば、次はいつくるか分からない。

 リディアリアは扉の外に控えるルナを呼び寄せると、ライトニングに伝言を頼んだ。

 伝言を聞いたライトニングは、数十分もしないうちにリディアリアの部屋を訪れてくれた。

「足を運んでもらってごめんね。ちょっと聞いてほしいことがあって」

「いえ、その姿では私が足を運んだ方が早いので、構いませんよ。それで、聞いてほしいこととは?」

「この書類を見て欲しいの」

 ライトニングへ一枚の書類を渡す。先程リディアリアの目についた魔物の討伐要請に関する報告書だった。

「七貴族への要請ですか。誰を選ぶか、ということですか?」

 通常の思考ならば、そう考えるだろう。しかし意見を求めるだけのために、忙しいライトニングをわざわざ呼び出したりしない。ふるふると首を横に振り、ライトニングの瞳を真っすぐに見据えた。

「ううん、それに私が行きたいの」

「リディアリアが、ですか? ですが、貴女はまだ」

「魔法が使えない。それは十分分かってる。でもね、私の魔核を元に戻す方法がここにあるかもしれないの」

 魔核を戻す方法があるかもしれない。

 リディアリアの口からそのワードが出た瞬間、ライトニングは大きく目を見開けた。

「……それは、どういうことですか?」

 ライトニングの反応は正しい。渡した報告書の内容は魔物の討伐。どこにも魔核に触れたところはない。

 これから伝えることをすれば、ライトニングは必ず止めるはずだ。でも余命を抱えるリディアリアからしてみれば、今から口にする方法は唯一助かる方法だと確信していた。

「魔物。それがどうやって生み出されるかは、成人すると同時に親から子へと教えられる」

 魔族の成人は、二十歳。十六歳で成人と見なされる人族よりも四年も長く子供として扱われる。その代わり二十歳を過ぎれば成人魔族となり、一人前として扱われる。もちろんどの魔族にも例外はない。

「そうですね。リディアリアの場合は成人より先に教えなければいけませんでしたが……」

「それはしょうがないよ。私が自分の意思で七貴族【色欲】になったんだから」

 十八歳という最年少で七貴族に加わったリディアリアは、二年も早く成人魔族として扱われるようになった。七貴族となれば、上級魔族よりも上に立たなければいけないことが多い。周囲の間違った知識に流されないよう、早く成人魔族と同じ知識を身に着けなければならなかった。

 それは、本来成人するときに身に着ける知識を、二年前倒しで身に着けなければいけないことを意味する。だからリディアリアは当時十八歳でありながら、魔物に関する知識を持っていた。

「魔物は自然には生まれない。なぜなら、魔物の元となるのは、魔核を失った魔族なのだから」

「ええ、その通りです」

 当時、この話を聞いたときは、驚きで声が出なかった。

 凶悪で醜い姿をした生物が、まさか同じ魔族だとは思わなかったからだ。

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