第十四話
ルナにぶかぶかになった服から子どもサイズのちょうどいい服に着替えさせてもらうと、早速仕事をするために机へと向かう。
机の上には今日中に片づけなければいけないものと、そうではないものがきちんと整理して置かれていた。ルナが予め仕事をしやすいように分けておいてくれたのだろう。本当にリディアリアにはもったいないくらい優秀な魔族だ。
衣服を片づけるために、部屋の外へ出ているルナに心の中で感謝をする。
しばらく書類仕事をしながら、ルナを待っていると、お茶の用意とともになぜかライトニングを連れてルナが帰ってきた。
「ライトニング、どうしたの?」
ライトニングと会う予定はもう少し後だったはずだ。何かその時間に予定でも入ってしまったのだろうか。キリのいいところまで仕事をして、机から応接用のソファへと移動する。ソファの前にある机には温かい紅茶と茶菓子が置かれていた。
「早急にリディアリアへ伝えたいことがありまして。ルナ、少し席を外していただけますか?」
「わかりました。扉の前で控えておりますので、終わりましたらお呼びください」
ルナは礼の仕草を取ると、詮索もせず部屋の外に出た。
「仕事中にすみません」
ルナが扉を閉めたことを確認すると、申し訳なさそうにライトニングが謝た。対してリディアリアは、首を横に振る。ライトニングが早急の用事というのだ。おそらくリディアリアの魔核に関することだろう。
「魔核のこと、だよね?」
確認すれば、ライトニングは真剣な顔で頷いた。
「魔核を治す方法が一つだけ見つかりました」
魔核を治す方法が見つかったということは、リディアリアがこの先何十年も生きていける可能性が見つかったといこと。だというのに、ライトニングの表情はそこまで明るくはない。
その方法というのが、難しい手段なのだろうか。
ごくりと唾を飲み込み、ライトニングに続きを促す。
「治す方法、それにはディティラス様の協力が必要となります」
「ディティの?」
思わず首を傾げてしまう。
「はい。リディアリアはディティラス様の種族魔法を覚えていますか?」
魔王とはいっても、ディティラスも魔族だから、もちろん種族がある。その種族はヴァンパイア。人族の間では血を糧とする魔族として有名な種族だ。しかし人間の知っているヴァンパイアと実際のヴァンパイアの認識は少し違う。
それは人族の間では血のみを糧とすると伝えられているが、実際は普通の食事も摂るし、何年も摂らなくても平気だということ。
これはサキュバスが情事をしないと生きていけないといった、誤った情報が流れているのと同じぐらい有名な人族間の情報だ。
他にも夜しか起きていられないというのも誤った情報だし、太陽ももちろん平気である。
「ディティの種族はヴァンパイア。だから、吸血を介して魔力を他者から吸収して、自身の魔力にすることができる《吸収》、吸血した者を一時的に操ることができる《人形》、あとは……っ」
そしてあと一つ。一生に一度しか使えない魔法がヴァンパイアには存在する。その魔法の特徴を思い出して、声を失った。
「そう、ヴァンパイアには他の種族とは違う、特別な魔法が存在します。この魔法があるからこそ、ヴァンパイアという種族が歴代魔王に就任することが多いとさえいわれています。その魔法の名は《一心同体》」
「……あれは、駄目だよ。もし、あれしか方法がないのだとしても」
リディアリアは知らずのうちに、スカートの裾を握りしめていた。
一生に一度しか使えない魔法《一心同体》。
対象の相手から血をもらい、自身の血を与えることで、魂の半身となることができる魔法だ。魂の半身となることによって、互いの種族の魔法を使用することができる素晴らしい魔法。しかしその反面、片方が死ぬともう片方も死んでしまうというデメリットがある。本来の用途としては、伴侶となるものや信頼する仲間に使用することが多い。
ディティラスの伴侶とはいっても、リディアリアの体は万全な状態ではい。魔核が壊れる前だったら、喜んで魂の半身になっていた。
(でも、今の私じゃ駄目だ)
魔核が壊れた状態で魂の半身になれば、リディアリアだけでなく、ディティラスも危険に陥ってしまう。壊れた魔核がどういうふうに作用するか分からないからだ。
魂の半身となるということは、互いの体を作り変えるということ。つまり上手くいけば壊れた魔核は元通りになる。ライトニングはそういいたいのだろう。
けれどもし失敗すれば――。
(私の魔核は完全に壊れて、死ぬ。そして私が死ぬということは半身となったディティも死ぬということ)
だからこそディティラスに使ってほしくはなかった。
いくらポジティブ思考とはいっても、こればかりはポジティブに考えることができなかった。
「ライトニング、こればっかりはライトニングの話でも聞けないや」
泣きそうな顔なのはわかってる。それでも、リディアリアは無理をして笑顔を作った。
ライトニングもリディアリアがそう答えることは薄々気づいていたのだろう。リディアリアを無理に説得しようとすることはしなかった。
ただ穏やかな声でリディアリアに話しかけてきた。
「そうおっしゃると思っていました。ですが、覚えておいてほしいのです。リディアリア、貴女が助かる唯一の方法はディティラス様なのだと。私は七貴族【傲慢】である前に、義理でも貴女の父親。ディティラス様よりも、貴女の命の方が私にとってとても大切なのです。ようやく目覚めてくれた娘が、あと数カ月もしないうちに永遠の眠りにつくのは、私には耐えれそうにありません」
「……っ、ライト、ニング……」
ライトニングの言葉にはずっしりとした重みがあった。リディアリアの目覚めを待っていたのは、ディティラスだけではない。ルナもライトニングも、関わりのある魔族が望んでくれていたのだと改めて知る。
鼻にツンとした痛みが走り、目が熱くなってきた。潤む瞳をライトニングに見られまいと慌てて、下を向く。
ライトニングはルナの用意した紅茶を飲み干すと、リディアリアの頭を撫でて、静かに部屋をあとにした。




