第十二話
鍛錬場を出て、すぐに人気の無い木陰に隠れることにした。このまま歩いていては、他の魔族に見られてしまう恐れがあるからだ。
「リディアリア様、すぐに戻って参りますので少々お待ちください」
「ごめんね、ルナ」
「いえ。私ももう少し時間を気にするべきでしたので」
今のリディアリアは完全に子供の姿に戻ってしまっていた。そこでリディアリアの顔を隠せるフード付きの上着を、ルナに取ってきてもらうことにしたのだ。
ルナを待つ間、木陰で気配を隠しながら待っていると、すぐ近くに魔族の気配を感じた。その魔族はリディアリアの方に用があるのか、こちらに足を進めている。ならばと、気づかれないようそっと身を隠す。しかしその魔族はリディアリアがいた位置くらいまで来ると、なにかを探すようにまた違う方向へと歩いていく。それを何度も何度も繰り返していた。その行動を不信に想い、木陰からそっと魔族の顔を見ようと覗くと、そこには魔王の間の扉前で会ったスノウマリーの姿があった。
(なぜスノウマリーがここに?)
己のドレスが汚れることも厭わず、何かを懸命に探す形相はまるで悪魔が微笑んでいるかのような笑みだった。その表情を目にして、背筋に冷たいものが走る。
(一体何を企んでいるの?)
スノウマリーは魔王の妃の座を狙っている。そのためには、邪魔な妃の座についているリディアリアをどうにかしてどかさなければいけない。そのことと何か関係しているのだろうか。
慎重に気配を隠し、その行動の真意を確かめるために、スノウマリーの監視をし続けることにした。
「おかしいわねぇ。確かにここに隠れたと思ったのに」
(隠れた……?)
どうしても見つからないせいで、苛立ちも募っていたのだろう。スノウマリーが小さく愚痴を零す。耳をそばだてていなければ、聞こえなかったくらい小さな声だった。
隠れた、という単語を使うということは探し物ではなく、探し人ということになる。嫌な予感がリディアリアの心中を占める。できればそんな嫌な予感は当たってほしくない。しかし無情にも嫌な予感というものは当たってしまうものである。
「どこに行ったのよ。あのサキュバス」
ドクンと大きく心臓が跳ねた。
現在魔王城にいるサキュバスはリディアリアただ一人。なぜスノウマリーがリディアリアを捜しているのか見当はつかないが、口調からしていい意味合いではないだろう。
リディアリアは葉音などで居場所がばれないように慎重に身を隠していたが、じわじわとスノウマリーに追い詰められ、隠れる場所を次第に失っていった。
(ヤバい、かも……)
周囲を見渡しても、隠れる場所は見当たらなかった。しかしスノウマリーはもう目前まで迫ってきている。戦争に参加していたおかげで、気配を隠すことに長けてはいても、姿を隠すことまではできない。
子どもの姿をしているリディアリアが見つかってしまうのも時間の問題だった。
そしてついにその時はやってきてしまう。
せめて、と鍛錬場で受け取っていた柔らかなタオルで顔を隠すものの、まさに焼け石に水状態。スノウマリーはタオルで顔を隠したリディアリアを見つけてしまった。
「あら、ここに――」
いたの?
そう続けられるはずだった言葉がふいに止まる。同時に、ふわりとリディアリアの上に何かが被せられた。
「この子に何か用か?」
(この声は――)
声の主がリディアリアの知っている人物であることに気づく。
「ディティラス、様……」
どういう経緯でディティラスがここへ現れたのかは不明だが、ディティラスによって最悪の事態は免れた。ほっと胸を撫でおろし、顔を隠すたに被せてくれたディティラスの上着を両手でぎゅっと握りしめた。上着からはディティラスの匂いがして、リディアリアを落ち着かせてくれる。
「この子は俺の遠縁にあたる子供だ。見つけてくれたことに感謝する」
「いえ、あの」
突然ディティラスが現れたことに動揺をしているのか、スノウマリーは言葉を詰まらせていた。どうにか言葉を絞り出そうとするが、いいたい言葉が見つからない。まさにそんな感じだ。
しかしディティラスが、スノウマリーの言葉が出るのを待っているはずもない。スノウマリーに背を向けると、リディアリアが見えないよう上着に包み、そのまま両腕で抱きかかえた。人前で抱きかかえられるのは恥ずかしいことこの上ないが、今回ばかりは抱きかかえられて安心をしてしまう。
ディティラスは堂々とスノウマリーの横を通り抜け、リディアリアの危機を掬ってくれた。
スノウマリーとすれ違う際、上着の隙間からちらっとスノウマリーの顔を覗くと、そこには般若のような顔をしたスノウマリーがいた。悔しそうに唇を噛みしめ、両手で固い拳を作っていた。




