第十一話
「お前らは魔王様の妃であられるリディアリア様よりも弱い。それを今日痛感したはずだ。それと同時に、己の実力に胡坐をかいていたこともな。だがな、それはある程度の実力を得た者たち誰もが通る道でもある。もちろんこの俺だってそうだ」
実際リディアリアも通った道だ。心の中で頷きながら、新人騎士たちとグレイストの話に耳を傾ける。
実力がある程度備わると、自分はとても強いのだと変な自信が身についてしまう。これがまだ試合とかならばまだいい。しかしその場が戦場だとしたら、すぐに命を無くしてしまうだろう。
以前戦場でリディアリアは、過剰な自信のせいで大怪我をしたことがある。近くにいた義父ライトニングがすぐにその場で治してくれたから、これはディティラスでさえ知らない話だ。でも普通はそうもいかない。
各々思うところがあるのだろう。言い返すこともできない彼らは声をかけることにした。
「でも貴方たちは今日この場で気づけた。それは大きな収穫ではなくて?」
まだ彼らは若い。これからたくさんのことを学んで吸収していくだろう。そんな想いをこめながら、話しかける。
新人騎士たちにその想いが伝わったのか、リディアリアを見る目が変わった気がした。
先程までは己の実力の無さをただ悔しがっていただけだった。それが今では悔しさとともに、もっと強くなって見せるという意思や、自身の実力に胡坐を掻いていた恥ずかしさがみられる。いい傾向だ。
「貴方たちはいつか大切な誰かを守るために、その剣や弓を振るうことになるでしょう。だから慢心せず、常に向上心を持ってください。もちろん外見で判断してはいけません。現に女性であり、戦闘向きではないサキュバスでもある私に貴方たちは負けたのですから」
外見で判断していてはいつか足元を掬われる。どんな場面でも命がかかっている以上、全力で挑むべきだ。もちろん命がかかっていない今回の試合でも同じことがいえる。最も、今回に関しては隊長になれるというご褒美をぶら下げていたので、全力だったかもしれないが。
新人騎士たちはリディアリアの言葉に、それぞれ頷いてみせた。
それをきちんと確認すると、グレイストに視線を向ける。
「グレイストさん、今回はこれぐらいでよろしいですか?」
「ええ。ありがとうございます、リディアリア様」
グレイストは新人騎士たちがいる手前、リディアリアに敬語を使いつつ頭を下げる。
馴れないグレイストの行動に、苦笑してしまう。
そんなとき、ふと体に異変が現れた。
(っ、もうそんな時間?)
どうやら三時間、すでに経過していたらしい。
異変といっても、痛むとかそういう異変ではない。少しずつ視線が低くなっていることに気づいたのだ。ルナもそのことに気づいたのか、さりげなくリディアリアの姿をグレイストたちから隠し、次の予定があるとグレイストへ進言してくれた。
リディアリアの体のことは、知る人が少ない方がいい。そう判断してディティラス、ライトニングとルナの三人と、信用ができて世話をしてくれている数人の侍女や給仕、ディティラスの側近や護衛の騎士たち以外誰にも教えていなかった。七貴族辺りにはいつか気づかれてしまうかもしれないが、今は伝えないでおこうということになったのだ。
「そうでしたか」
「すみません。私も時間を把握していなくて……」
「いやいや、構いませんよ。ではまた時間のあるときに先程の件もよろしくお願いします」
「もちろんです」
幸いにもルナはリディアリアよりも身長が高い。リディアリアの姿が徐々に変わっていることにまだ誰も気づいていないようだった。
失礼ではあるが、ルナの背中越しに会話をすることにした。といっても完全に子供の姿に戻ってしまうまでもう時間があまりない。
「では、私はこれで失礼しますね。また日程については後日連絡します」
話を切り上げて、鍛錬場を早く後にした方がいい。そう考えて踵を返すが、新人騎士の一人、チイエナに呼び止められてしまった。本来ならば聞こえなかったフリをして、早く部屋に戻った方がいい。けれどリディアリアの性格上、そんなことができるはずがなかった。
「なにかしら?」
動揺などを分からせないように、心を落ち着けて冷静な声を出す。
「リディアリア様、また試合をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんよ。時間が合えば、だけれど」
「構いません。ですがもし次試合に勝てたら、私に褒美を欲しいのです」
「褒美? 隊長の座、とかかしら?」
時間は刻一刻と迫っている。しかしチイエナの声色は本気で、話を切り上げるなんてマネはできそうになかった。
「いえ、隊長の座ではありません。私が欲しいのは、主としてのリディアリア様です」
チイエナはウルフ。つまりウルフの種族魔法、《主従》の相手としてリディアリアを選んだということだろう。リディアリアの何が琴線に触れたかはわからない。しかし、チイエナにとっては、リディアリアを主にしたい何かがあったのだろう。種族魔法はメリットもある分、デメリットも存在する。だからチイエナも生半可な気持ちで口にはしていないはずだ。
リディアリアは様々なことを踏まえて逡巡したのち、一つの条件をつけることにした。
「いいでしょう。しかし一つ条件があります」
「その条件とは?」
「私の侍女、ルナも貴方と同じウルフの女性です。ルナは私と《主従》の魔法を交わしています。彼女が認めたとき、私は主として貴方を迎い入れましょう」
どうしても上からの言い方になってしまうが、こればかりは仕方がない。別にルナと魔法を交わしているからといって、ルナの許可をもらわなくてはいけない、などの決まりは特にない。
しかし、余命のことはリディアリアがどうにかするからこの際置いておくとしても、子どもの姿になってしまうという秘密がバレてしまう恐れがある。万が一にもリディアリアが負けた場合、ルナに盾になってもらうしかなかった。
もちろんここで主にはなりたくない、ときっぱり断れば、このような事をする必要もない。けれどチイエナが真剣であるのならば、リディアリアも真剣に返すべきだと思った。だからこの問題が解決するまで、ルナに負担はかかってしまうがお願いするしかなかった。
ルナはリディアリアの考えを即座に理解すると、チイエナに話かけた。
「私は優しくありませんよ? それでもよければ、ですが」
「もちろん構いません!」
ルナに認めさせるということは、ルナと最低でも試合で引き分けるほどの実力をつけなければいけないということ。魔法無しの武術だけの試合ならば、リディアリアよりも、圧倒的にルナの方が強い。そんなルナと引き分けるには、中途半端な鍛錬では到底無理だ。
チイエナもそれはわかっているのだろう。声はやる気に満ち溢れていた。
子どもの姿になってしまうことをバレてしまったらいけない危機的状況なのに、自然と口元に笑みを浮かべてしまう。
「そうですか。では魔法を交わせる日を楽しみにしていますね。――チイエナ」
「……っはい!」
満足そうな返事を聞き、リディアリアはようやく鍛錬場をあとにしたのだった。




