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2/15

しょうゆアブセント

 クラスの男子に泣き顔を見られた日の翌朝、私は後悔の念でいっぱいでした。


 それは昨晩のこと、私は某検索サイトにて「熱を出す 方法」で調べていました。

 そこで私は、危険だけれど確実な熱の出し方を見つけたのです。

 それは、コップ一杯のしょうゆを一気に飲む、という方法。

 ちなみに、分量しだいでは最悪の場合死にます。

 その時、こうなったら死んでもいいや! というぐらいの気持ちだった私は、その次の日の朝、その方法を実践したのでした。


 すると、どうなったことか。

 確かに熱は出ましたが、吐き気が止まりません。

 朝起きてからずっと私はトイレに(こも)って嘔吐、嘔吐、嘔吐……こんなの嫌でも泣いてしまいます。

 さっきから心臓がバクバクするし、胃は痛いし、苦しいし、やらなきゃよかったと思わずにはいられませんでした。

 ひとしきり吐き終えた私は、洗面所でうがいをして、よろよろと台所へ向かいました。

 そこで、コップ一杯の水を用意して、飲みました。


「大丈夫なの?何か変なものでも食べた?」


 心配そうなお母さんが私の顔を(のぞ)き込んで聞いてきました。


「しょうゆ……」


 私には嘘を()く余裕なんてありません。正直に話してしまおうかなと弱気になっていたのですから。


「は? しょうゆ??」


「しょうゆ飲んだ……」


 お母さんは呆気(あっけ)に取られた顔をして、倒れ込むように椅子に腰掛けた私を眺めていました。


「まあ、とにかく学校には休むって連絡するからね? ゆっくり休みなさい。あと部屋に洗面器持っていくのよ」


「はぁい……」


 そういえば、台所の机には新聞紙の()かれた洗面器が置いてありました。

 私はそれを持って自室に戻りました。

 そして、自室のベッドの枕元に洗面器を置き、私はベッドに仰向けに寝転がり、まぶたを閉じたのでした。


 次に気が付いた時には、既に夕方。それどころか、夜に近い気もしました。

 気分は少しマシになったかなと身体を起こすと、部屋の外からお母さんの声が飛んできました。


「友達が来てるわよ」


「ひぇ、友達……?」


 頭がぼんやりしている私は、何も考えずにふらふらと立ち上がり部屋のドアを開けました。

 ドアを開けるとやっぱり目の前にはお母さんがいました。


「出てこれそう?」


「……うん、行けそう」


 2つ返事で玄関へ出ることを承諾した私は、玄関へ寝間着のまま向かいました。


 そこにいたのは、一人の制服姿の男子。それも、昨日泣き顔を見られてしまった人でした。


「あの、神崎さん。学校で配られたプリントとか、あと宿題とか……持ってきたんだけど……その、調子はどう……?」


「あっ、ありがとう。ええと、気分は朝よりはマシになったと思う……よ?」


 私は、何であんたが来たの?! と頭に沢山のクエッションマークを浮かべながら口を動かしました。

 まさか、自分が私を休ませるに至った間接的な原因だとは毛の先ほども知らないであろう彼は、そうか、それは良かった。と胸を撫で下ろすのでした。


「それじゃあお休みなさい……!」


 私はそう言って半ば無理やりドアを閉めようとしました。

 ずっと顔を合わせていたくなかったので、すぐに帰ってもらいたかったのです。


「えっ!? 待って!」


 すぐに止められました。


「神崎さんプリントは??」


 受け取るのをすっかり忘れていました。


「ああ……ごめん。ぼんやりしてたから……わざわざ持ってきてくれたのに……」


「いや、大丈夫だよ。疲れてるとそういうときもあるから……」


 彼はそう言って、私にクリアファイルに入ったプリントを差し出しました。


「あの、神崎さん」


 その時、彼はまたこう言いました。


「何かあったら、俺でよかったら相談乗るから……。その、一人で抱え込まなくても、いいんじゃないかな」


 彼がそう言い終わらない内に私の手は動きました。


「それじゃあお休みなさい!」


 そしてついにドアを閉めました。滑るような動きで鍵まで掛けました。


 ドアの前の気配が立ち去ったのを確認すると、私は安堵の息を吐きました。

 そして停滞していた思考がやっとまともに回り始めました。

 考えることはもちろん、なぜ彼はプリントを届ける役を請け負ったのか、ということ。

 ……絶対に彼は最後の一言を私に言いに来たに違いありません。

 昨日の帰りに泣いている私を見かけて、何かあったんだと思ったに違いないのです。

 泣いているからと優しくされるのは気持ち悪くてあまりいい気がしないのですが、残念ながら大抵の人間はそうしがちなのです。


「友達はもう帰ったの? どうしたって?」


 お母さんが玄関へやって来て、まだ玄関のドアへ向いたままの私に、後ろから声を掛けました。


「プリント届けに来たって」


「そう。明日は学校、行けそう?」


「わからない」


「晩御飯、食べれそう?」


「今日はちょっと……いいや」


「それじゃあゆっくり休みなさいね。お腹空いたら、台所にご飯、置いてあるからね」


「はぁい」


 病気になった時、いつも以上にお母さんは優しくなります。

 それは、色々な方面で弱った私にはとても暖かく感じられました。


 ほんの少しだけ癒された私は、自室のベッドに項垂(うなだ)れていました。

 全身の力が抜けて、立ち上がる気力はありません。

 そんな身体に反して、頭の方はぐるぐると動き始めるのでした。

 それでもやはり一人きりの私は泣いていました。


 いっそのこと、誰かに私のこの体質を言ってしまった方が、楽なのかもしれない。


 半分、諦めたような言葉が脳裏に浮かびました。

 ですが、それを言ったところで何になるのでしょうか。

 そこまで親しくもないのに、こんなことを話してしまってもよいのでしょうか。


 気が付けば私は、さっき家に来た男子の顔を思い浮かべていました。


「ああ、明日学校、どうしようかな……」


 妙に塞ぎ込んだ気分で意識は沈んでいきました。




男の子の名前どうしよう……

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