序章
私は、感情の制御がへたくそでした。
具体的には、怒られた時にすぐに泣いてしまうのです。
実は、怒られた時だけではありません。
とにかく、感情が何かしらの理由で、何かしらの方向に高ぶれば、私は涙を流していたのです。
なので、悲しければ泣くし、怒れば泣くし、悔しければ泣くし、嬉しくても泣きます。
このままだと、大きくなって恥ずかしい思いをするなと私は思うようになりました。
まず、私にとって泣くことは、羞恥でした。恥ずかしいのです。
そして、恥ずかしいと思えば、なおさら涙は止まらなくなり、喉はギュッと締め付けられるような痛みを感じてしまいます。
そこで、私はこう考えました。
泣かない人間になるのは難しいだろうから、せめて場所を選んで泣けるようになろう。
それが、今の私の悩みに繋がるとは、当時の私には思いも寄りませんでした。
「うえっ……ぐひっ……」
私はとある人のいない道を歩いていました。それも泣きながら。
別に、辛いことがあったわけではありません。
私は、ある特訓を行うことで、泣く場所を選べる人間になろうとしました。
ですが、予想に反して、私は一人になると泣き出す人間になってしまったのです。
こんな変な体質になってしまうと、逆に私は不安になるのです。
私にとって、泣くことは羞恥なのです。
いくら誰もいないところであれ、ここは外です。
もし誰かにこの泣き顔を見られてしまったりしたら……。
そんな不安を抱えて、私は止まらない涙を流しながら歩きました。
大丈夫、もうすぐ家に着くところなのですから。
そう自分に言い聞かせながら、私は足早に歩き出しました。
そんなとき、前方から見知った顔がやってくるのが、曇った視界の端に入りました。
その見知った顔は、少なくとも家族の顔ではありません。
学校のクラスで、軽く話したことのある程度の仲の、男子生徒の顔だったのです。
これはまずい。
そう悟った時には既に相手との距離は3メートルほど。
これでははっきりと顔が見えてしまいます。
突如として一人きりではなくなった私の涙腺は、涙を流すことを止めました。
しかし、腫れた目とまだ頬に伝う涙は変わりありません。
「あっ神崎さっ……!」
ついには気付かれてしまいました。
今さら涙を拭ったところで遅いのに、私の手は焦って頬の涙を拭い去ろうとしていました。
「えっ、どうしたの? 何か辛いことでもあったの??」
「あっ、ひっ、人違いですっ!!」
焦りすぎた私は、顔から火が吹き出るんじゃないかと思うぐらい熱い頬を押さえて、その道を走り抜けました。
さっきそんなことがあって、私は今猛烈に悩んでいます。
明日学校に行きたくないのです。
封印されたと思っていたこの涙の羞恥が、今頭の中で転げ回っているのです。
もうショックで涙が止まりません。
私が家の自室で泣いているのはいつものことなのですが、今この時の泣き顔は特に最悪です。
机の傍らに立っている鏡で私の顔を見たのですが、手で掻き乱したり枕に擦り当てたりした前髪はぐっちゃぐちゃ、目どころか鼻は真っ赤になって、口は上に凸の放物線のように歪んで、その顔はどこかの昔話に出てくるようなマヌケな人物そのものでした。
「やだ……もう学校行きたくない……」
いつもの私らしくなく、私はいつしかスマフォで「熱を出す 方法」と検索し始めたのでした。